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ウワサのモリヤ  作者: コトサワ
34/48

水本の穏やかなサマーバケーション

本日、空も心も 曇りなし。

たった3日会ってないだけだ。なのに何 この嬉しさ。昨日行くと決めてから、楽しみ度が半端ない。

今までは、3日会わないことなんてザラにあった。連休だろ、冬休みだろ、春休み、夏休み!! 3日なんて短い短い。普段学校がある時だって、クラスが違うから、体育のない日は会わないことも多かった。この前モリヤが毎日顔を見に行く、と言ってくれるまでは。

それなのに今は。この夏休みは。ずっと、毎日、モリヤに会える日を待っている。雨が降るのを待って、30日にキャンプに行く日を待って···。

「あ」

思わず声が出てた。

コレ、内緒にしとこう。だってこれは···。こんなこと、小川くんや湧井さんに言った日には···。絶対、恋してるとか言われる。分かる。絶対言われる。恋じゃなくたって、会いたいと思うよな⁉って言ったところで、きっと却下されるんだ。言わないでおこう。言わなきゃOKだ。へへへ。オレも学習してるんだから。

そんなこと考えている内に、おにぎりができた。梅干しと昆布のおにぎり。オレとモリヤと2コずつだ。もし、モリヤが忙しいと言ったら、全部置いて帰ってくるんだ。差し入れ、差し入れ。

一応、お茶も持って オレは家を出た。遠足みたいで楽しい。いい天気だ。雨の気配もない。朝の9時だけど、真昼みたいに暑い。突然行くもんだから、ウキウキしながらも、ちょっと心配。迷惑がられる可能性も、なくはない。オレは今日、タオルを2本持っている。それは一応。そう、一応ね、一応。と、心で何度も言い訳して、でも知らず知らず、顔が笑ってるのに気付く。あ、と思って、口元を引き締めて又どんどん歩く。電車に乗って又、あ、と思って口を引き締めて、ニヤニヤしてる変なやつと思われないよう、扉の所に立って外側を向いて、じっとガラスの外を見る。ああ、すぐに口がニヤニヤしてしまう。静かに息を吸って、又静かに吐いて。そしてオレは諦めた。嬉しいんだから仕方ない。こっそりニヤつくぐらい許してもらおう。

駅に着いたら、さっさとホームに出てさっさと改札を通り抜け、ニヤニヤしてるのを気付かれないぐらい、さっさと歩いてゆく。でも歩き出してすぐに、そんなこと考える余裕もないぐらい、勝手に急ぎ足になって、制御不能みたいにダカダカ ダカダカ進んで行った。ほとんど走るみたいに早く足が出てしまう。完全に息の上がった状態で、モリヤの家に着いた。


森の家は───── この真夏の日差しに、ピカピカ輝いていた。家を覆う葉の重なりが、まるでいきいきとして、さながら熱い太陽の光を存分に楽しんでいるかのよう。森が濃い。森が深い。

オレは森の家の前に立って、一生懸命息をととのえた。なんとか弾む息を落ち着かせて、「モリヤコウキくん」と名を呼ぼうと

「モ」

と口にした途端に扉が開いた。オレは、モの形に口を開けたまま止まってしまった。次の声がオレの口からこぼれる前に

「水本?」

モリヤの姿と声が同時に現れた。息がととのったと思ったら、次は心臓がドクドクと騒ぎ出した。

「どうした?」

モリヤがオレをじっと見る。えーと えーと 頭にぐるぐる無意味なコトバ。

「···お、おはよう。」

意味のある語を出さなくちゃ。よし、これOK。あいさつだ。

モリヤは真面目な顔をしていたが、やがてにっこり笑顔になった。そして

「おはよう。用事?」

「あ、いや、う、うん。そう、用事。つ、伝えたいことがあって···。」

へえ、とモリヤは小さく言って

「すごく汗をかいているね。走ってきたの?」

「お? いや、走っては···」

うふふと、モリヤが笑った。

「どうぞ入って。」

「いいの?」

「いいよ。」

やった···!! よかった!!

モリヤがスッと家の中に消えた。オレも後を追う。こんなにサンサンと日が照っている。けれども森は深く、緑が濃い。つまり家の中はやはり、葉陰の薄暗さ。驚くほど涼しい。ホッとする。ああ、森の家、大好き。オレは深呼吸をして、とりあえずタオルで汗を拭いた。さすがに雨に濡れた時ほどではないが、でも暑い中、超早歩きで長いこと歩いたので、止まった途端の汗のふき出しはすごい。雨は一度拭いたらぬぐえるが、汗は拭いても拭いても出てきてしまう。

モリヤがオレをじいっと見ていた。気付いてオレはドキリとしてしまう。

「モリヤ、今日、大丈夫だった? 突然来てしまってゴメン。」

モリヤはにっこりと笑って

「大丈夫だよ。ぼくは毎日何もない。水本がたずねて来てくれて、とても嬉しい。」

「! ほんと⁉ 良かった··!!」

「ふふふ。水本、座って?」

「あ、うん。」

オレは、その場に座った。床もやっぱりヒンヤリ。そしてうっすらと草木の匂い。モリヤの匂いは───···感じられず。

「モリヤ」

「うん?」

「今日は、何しようと思ってた?」

「うん? 何も。」

「え、と、出かける予定はなくても、家で何かしようとは思ってたんじゃない? 例えば····んー··· 宿題とか···?」

うふふ、とモリヤが笑った。

「別に。別に本当に何も。」

「···そ、か。のんびりしようと思ってたのかな···昼ぐらいまでオレ、居させてもらっても、かまわない?」

「かまわないよ。むしろ、もっと居てくれていい。」

えへへとオレも笑ってしまう。嬉しいことを言ってくれる。よし、2人でおにぎりを食べるぞ! 見える、森の家で。

「で、」

にっこりしながらモリヤが言った。

「伝えたいことって何?」

「あ! そうそう! 用事があって来たんだった!」

それはちょっと口実であるけど。

「あの、次、雨が降った時、」

「うん?」

「小川くんと一緒に来ていい?」

モリヤが、真顔になった

「なぜ。」

「よく分からないんだけど···」

「どういう意味」

モリヤのにっこりが、すっかり消えている。じっとオレの目を見ている。目が、少し恐い。···怒ってる? しまった。先に小川くんに電話して、理由を聞いておけば良かった。湧井さんからの又聞きで、〝心配だから〞なんて、オレが理解できていない理由しか聞いていない。

「わ、分かってないんだオレ、分かってないんだけど、小川くんが一緒に来たいって···。ごめん理由、ちゃんと聞かずに···オレ···」

「·····小川が一緒に行くって? それをぼくに伝えろと言った?」

「あ、ううん、わ、湧井さんに、聞いて···。雨の日、モリヤん家行く時に、小川くんに電話するようにって。一緒に行きたいそうだって。」

「·······」

モリヤは、ちょっと恐いなと感じる目のまま、オレをじいっと見て、そして不意に ニヤッと笑った。

「小川ってほんとひどいんだよ。」

「えっ⁉」

「で、それを水本に言いに行けって? 矛盾してるなぁ。水本に、ぼくに会いに行けと言ったってこと?」

「あ! いや、ううん、そうじゃない。小川くんに連絡するようにってだけ言われて···。でも、急に2人で行ったら、モリヤ、困るといけないと思って、オレが勝手に伝えに来た···」

モリヤの目が大きくなる。

「水本が勝手に。」

「そ···そう···。結局、約束してないのに急に来てしまった···。困らせてる? ごめん。あの、オレ、すぐ帰れるから。なんなら、もう···」

「水本」

「はい。帰ろうか?」

「そんなこと言ってない。」

「え」

「水本が来てくれて嬉しいと、ぼくは言った。さっき言ったよ。忘れてしまった?」

「いや··· いいや。忘れてない··· けど···」

「信じてないってこと? ぼくはウソは言わないよ。知ってるよね?」

「知ってる。」

「では、そのまま受け取って。ぼくはとても嬉しい。雨の日まで、会えないと思っていた水本に、思いがけず今日会えて。」

とてもキレイに笑ってモリヤはそう言った。

「オレもなんだ···!」

オレはなんだか笑えずに、真面目に言った。

「オレも、これ伝えに行ったら、モリヤに会えると思って嬉しくて、考えなしに来てしまったから、今、不安になってて···。信じてないことない。モリヤの言葉は信じてる。」

「良かった。なら居てね。」

もう恐い目をしていない。優しい目でモリヤはにっこり笑った。

「うん。いる。···あの、モリヤ?」

「何?」

「雨の日···2人で来ていい···?」

「····」

モリヤはオレをじっと見た。笑ってない。でも恐い目じゃない。···と、オレには見えた。直後、不意ににっこりため息をついた。

「小川はここへ来て、何をするつもりなんだろう。」

「···さあ···?」

オレには分からない。でも···。何をするつもりでもないのかもしれない。だって、オレがそうだもの。ただ、来たいんだ。会いたいだけ。小川くんもそうかもしれない。恋でなくたって そういうことはあるってオレ、知ってる。

「オレは··· 小川くんはモリヤと遊びたいだけだと思うけど···」

「それはないよ。」

にっこり笑って、でもキッパリとモリヤは否定した。

「····。あ! じゃあオレ、電話して聞いてこようか。駅までひとっ走りしてさ。···ああ、いや、駅行くよりもしかして、小川くん家行った方が早いのかな···」

「聞かなくていい。」

オレは驚いてモリヤの顔を見た。強い、否定だったのだ。

「なんで? 理由が分からないと、訪問の許可を出しにくいんだろ?」

訪問の許可って·· 我ながら堅いことを。モリヤは単に気になっただけだろうに。····モリヤが他人のことを気にするのは、意外な気がするが。家訪問は、やはり特別なのか。それとも、そんなに気にするのは、小川くんだからなのか···。

ふふふっと、不意にモリヤが笑う。

「ほんとは分かってるんだ。だから聞かなくていい。」

「?? 分かってるって? 小川くんがここへ来て何をするつもりなのか?」

オレは首をかしげた。

「だから遊びに···」

「それはないよ。」

また····。オレはじいっとモリヤの目を見た。目がにっこりしてる。

「水本は、小川と一緒でいいの?」

「え!! オレは、2人がいいならいいよ。」

「ふうん。そうか。」

「う··· うん···。モ、モリヤは···?」

「うーん。まあじゃあ次回はいいよ。」

「次回?」

「次、雨が降って水本が来る時。その時は小川と来ていいよ。」

「いいの。」

「いいよ。」

「···次回は、っていうと···?」

「ぼくは水本に、雨の日の真っ暗な家で歌をうたってもらいたいんだ。」

「あ!! そうだ! 涙の歌。歌うよ! 約束だもの。」

「雨の日の」

「うん?」

「真っ暗な家で。」

「うん。···うん?」

「小川が来たら、真っ暗にできない。」

「あ!!!」

どうしてか分からないけれど、オレは胸がドキドキしていた。ドキドキしながら、モリヤを見ていた。

オレ、知りたかったんだ。

「モリヤ、どうして小川くんが来た時、アカリを入れたの?」

「水本が来た時も灯りあっただろ。トイレに。」

「···うん、トイレだけ。小川くんの時は、部屋にもあったんだよね。」

「水本はトイレに灯りが無いと困るだろ。」

「うん。」

そう。あの時、灯りの存在を知った時は、心底助かったのだ。

「小川は部屋にも灯りが無いと、だめだからだよ。」

「だめ···」

あの暗さは俺にはムリってモリヤが判断したんだろ、って、小川くんは言った。実際ムリだしな、って。

ほんとにそうなんだ。小川くんに真っ暗はムリって思って、モリヤは灯りを入れた。小川くんの言った通り。あ!!!!! オレは下を向いた。顔が熱くなってしまって。確実に赤面している。なぜって

「水本?」

なぜってオレがなんで、小川くんが灯りをつけてもらったことに拘っていたのか、気付いてしまったからだ。

「どうした?」

やきもちだ。恥ずかし!!! 人間小さすぎだろ!! 小川くんのためにモリヤが、あまり人のことを気にしないモリヤが、アカリを入れた。その小川くんに対する優しい気持ちに、オレはやきもちをやいているんだ。小さい··· 心が狭い··· 恥ずかしい····。

「水本、どうした?」

近い!!! 音も無くモリヤがオレの、ま隣に来ていた。オレの顔のすぐそばに、モリヤの顔がある。オオ!! このキョリか!! 闇の中、耳のすぐ横で声がしてオレがびっくり飛び上がる時のキョリはこれか!!

「水本、目がまん丸だよ。」

少し笑ってモリヤが言った。

「あ、お、おどろい··た。」

オレは、お尻の位置をずらして少しモリヤから離れる。でもやっぱり、見えていると安心感が違うな。·······そりゃ、小川くんもアカリ、ほしいよな···。

「····ん? えー···とそれじゃあ、今度小川くんとここへ来たら、その時は歌、うたわないの···?」

「そう。」

「····歌わなくていいの?か?」

「歌わないで。」

「·······」

歌は、暗くないとだめなのか···。···なんでだろう。

オレは、まだけっこう近くにあるモリヤの顔を、じいっと見た。やっぱりモリヤは、暗いのが好きなのか。ほんとは、ほんとに自然のまんま、暗くなったら真っ暗がいいんだ。そしてモリヤはそれで不自由なく動けるんだものな。

「何?」

にっこり笑ってモリヤが聞く。

「いや、うん。···分かった。」

しばらく2人とも黙ってその場にじっとしていた。

オレは、黙って、気持ちを落ち着かせようとしていたのだ。小さい自分を恥じて。嫉妬心を沈静化しようと、心を抑えていた。

モリヤは暗いのが好き。でも小川くんのためなら灯りを入れる。次回雨が降った時は、小川くんと一緒にここへ来ていい。その時はもちろん灯りを入れる。歌は聞きたいけど、暗いとこで聞きたいから、小川くんが来てる時は歌わなくていい。アカリがあるから。 落ち着いて情報を整理する。────大丈夫。落ち着いてきた。大丈夫。───ああ、オレって贅沢なことだ。モリヤと仲良くなれた。雨の日は家に呼んでもらえる。雨の森の家で、モリヤと過ごすことができる。どんどん、あり得ないと思っていた夢のような希望が叶えられている、というのにオレときたら。小さいことで嫉妬したりして。そんな欲深いことではだめだ。こんなありがたいこと、嬉しいと思って享受しなければ、もったいないじゃないか!! 

オレは目を閉じた。ふうーっと、静かにため息をついて、それからモリヤを振り向いた。

光るような笑顔で、モリヤがオレを見ていた。ほんとに、モリヤの顔の辺りが光っているよう。それほどにきれいな笑顔。しばらくオレは見とれていて、そして、あ、と思った。さっきモリヤ、すごくオレの近くに来た。ほんとに鼻先と言える距離。けど、やっぱり、匂いはしなかった。

「モリヤ」

「何?」

「今、匂い、ないの?」

モリヤはさらに深くにっこり笑う。

「ああ、ないよ。」

「───そうか。」

「ごめんね。せっかく来てくれたのに。」

何を言う!!!

「ごめんじゃない!! いいんだモリヤ。オレはモリヤの匂いが大好きだけど、あるとラッキーということで、なくても全然かまわないんだ。モリヤは自然にいてくれればいい。ただ···」

「ただ?」

モリヤはにっこりしたまま首をかたむける。

「気にはなるから、今みたいに聞いてしまうかも。···聞かれるの、イヤ?」

「全然。かまわないよ。」

「ああ、よかった。」

2人でにっこり。ああ 穏やかな時間になった。よかった。ドキドキしたり、嫉妬したりして、少し心の消耗が激しかった。穏やかになってよかった。

終業式の日、もう4日前か。あの日はモリヤの匂い、すごかったんだ。外なのに、すごく濃い匂いがして。そういえば、あの日のモリヤは少し不安定な感じがして、少しオレを不安にさせた。

今日は。オレはモリヤをじっと見る。うん。安定している。浮わついてもいないし。落ち着いている。そして、匂いが、ない。

あの日、たくさん出しすぎたのかなぁ。出したら消えるというようなものなのかも、オレには分かってはいないのだけど。でも、完全に消えてしまったりはしないと、モリヤは言った。又、戻るものなのだと。ならば今回も、きっとそう。そのうち又、戻るのだろう。

いつだろう。次の雨の日は、戻っているかな。どうだろうか。もう1つの匂い、という可能性もあるもんな。目の前にいるのだから、本人に聞けばいいようなものだが、ただ、モリヤにも分からないかもしれない。少なくとも、コントロールはできないと言っていた。そして問題なのは、答えてくれたところで、オレに分かるかどうか、だ。本当に、本当に聞いてもさっぱり分からないことが、オレには多い。とみに最近多い。オレはその度に自分のバカさ加減を思い知って、今なんかは少々聞くことが怖くなっているのだ。

そんなことを考えながらモリヤの顔を見ていると、ピカピカ光るきれいな笑顔でモリヤが言った。

「ぼくは水本と黙って座っているのも好きだ。」

「えっ?」

「こうして何をするでもなく、2人で過ごす時間が好きだよ。」

同じだ!! 同感!! オレも!!

「嬉しい! すごく嬉しい!! モリヤの家でこうして過ごすことを、オレは、奇跡のような幸せと思っているよ!」

モリヤがピカピカに光っているというのに、なぜかモリヤの方が、眩しそうな目をした。そして

「それは、とても好きなんだけれど」

そう言って、少し言葉を切った。

「···けれど?」

反対語がくるのかな。けれど○○はキライなんだよ、って···? ドキドキしながら、モリヤの次の言葉を待つ。

「けれど、喋ってほしいとも思ってしまう。」

「···喋ってほしい···?」

「水本は」

ふうっとモリヤはため息をついた。嬉しそうなため息。

「黙っている時、ずっと何かを考えているね。ずうっと独り言を心の中で言っているみたいに。」

「えっ」

そんなこと、分かるのか??

「まるで話をしているみたいに表情が動く。それを聞きたいと思ってしまう。」

もう一度モリヤは、ため息をついた。

·····確かに。確かにオレは今黙っていた時、考え事をしていた。それを聞きたい?? ·····何を、考えていたかな。·····嫉妬してたな。それを抑えようとしてた。オレはチラリとモリヤを見る。光輝くにっこりが見える。オレは目をふせる。こんなこと言えるもんか。他には何を··· オオ···そうだ、終業式の日のことや、モリヤの匂いのこと···· 再びチラリとモリヤを見る。変わらず輝いて、モリヤはにっこり。

「····モ、モリヤの匂いのこととか、考えてたかな··· 次、会った時は戻っているかな、とか···」

「全部」

「···え」

「全部口に出して。水本が考えている間中のこと、ずっと聞いていたい。」

「!!」

そうだ、前にも、声に出して言ってくれないかなァって、モリヤが言ったことがあった。

「いやモリヤ、口に出して人に聞かせるようなことは、考えていないから。黙って葬るべきことが、ほとんどだから。」

「そんなこと、水本がどう思っていても、かまわない。それを聞きたいのは、ぼくだ。」

オレは、まじまじとモリヤを見た。こういうとこ、モリヤって変わってる。これまであんまり、人付き合いをしてこなかったからかな。今までの分まで全て、人の言葉を摂取しようとしているのかな。けれども。

「黙って考えていることは、恥ずかしいことも多いから。全て口にするのは難しいよ。」

···それこそ、全部言おうものなら、モリヤに嫌われてしまうだろう。オレも逃げ道は欲しい。

アハハとモリヤは笑った。

「水本ってば」

と言った。てば? 何?

「うん、分かった。いいよ。想像で補っておくから。」

不思議なことを言う。想像力を使って補うほどのことは、考えていないよ。モリヤはオレが、どういった類いのことを考えていると思っているのかな。そんな高尚なこと、オレが考えるはずもないと、分かりそうなものだけど···。

「水本、汗が」

不意にモリヤがオレの襟足に触った。オレは自分でも驚くほどに、びっくりしてしまって飛び退いた。つもりが、うまく飛び退けず、座ってる足がからまって床にドン!と転げた。

「水本!!」

モリヤがオレを起こしてくれる。わあ。

「ごめん! びっくりして···」

もう! 恥ずかしい!! 何こけてるんだオレ! 恥ずかしくて、さらに汗をかいてしまう。顔が熱い。慌てて言う。

「あ、あせを拭くよ。」

しかしモリヤ。オレはカバンからタオルを出して汗を拭きながら、モリヤを見た。

「ぼくこそ、ごめん。驚かせてしまったんだね。どこか打ったんじゃない?」

モリヤが手をのばそうとするから、オレは慌てて首を横に振った。

「打ってない。大丈夫。どこも、なんともない。」

「本当? 見せて?」

「大丈夫だから見なくていい。」

「もしケガでもしてたら、怒られるから。」

「誰に?」

「小川と湧井サン。」

!! 確かに!! でも

「ほんとに、なんともない。だから見なくていい。怒られない。」

言いながら、オレは必死で汗を拭く。タオルで拭いていて

「あ!」

「どうした?」

「タオル! もう1枚持ってきてるんだ。掛けておいていい?」

モリヤが笑った。

「かまわないけど、今、匂いはないよ?」

「うん。念のため。備えあれば憂いなし。」

アハハハハと、モリヤが声に出して笑った。貸して、とオレの手からタオルを取って、ハンガーに掛けてくれた。

「ありがとう。」

嬉しい。いつ匂いが戻るか、分からないもんな。いつも突然だし。

まてよ。オレは膝にカバンをのせたまま、掛けてくれたタオルを見ながら考えた。今日匂いが戻らなかったとしても、これ、このまま掛けておいてくれないだろうか。そしたら、いつ匂いが戻っても····。いや。いやいやいや。家主のモリヤが、何も物を置かないこの家に、ずっとタオルを掛けておくなんてダメだな。うん。よくない、よくない。

「だから」

ついっとモリヤがオレに近付いた。オレは又も、したたかびっくりする。

「声に出してほしいと言っているのに。」

言ってモリヤは笑う。キレイな笑顔が近い。オレはカバンを握りしめた。 あっ。

「モリヤ」

「うん。どうぞ。」

「え」

「声に出してくれるんだろ。」

「あ? いや、違う。あのオレ、今日、おにぎり持ってきたんだ。食べる?」

モリヤが、ハッとしたような顔をしてオレを見た。

「ほんと?」

「うん。いつもとおんなじやつだけど。いる?」

「もちろん。」

と言ってモリヤは、本当に嬉しそうに笑った。

今日のモリヤは、本当に笑顔が美しい。今日は太陽が出ていて良かった。夜でなくて良かった。顔が見えて良かった。心底オレは、そう思った。

モリヤが、じっとオレを見る。ア、また声に出せと言うのかな。少しオレは考える。 ダメだろ。やっぱり恥ずかし思考だろ。本心だけど、本心だだもれは赤面ものだろ。言わないぞ。話を逸らさなきゃ。オレは急いでおにぎりを取り出した。

「2コずつだよ。」

「とても嬉しい。ありがとう。」

輝く笑顔で、モリヤはおにぎりを受け取った。ああ、こんなことぐらいで その笑顔。モリヤ最高。

2人でおにぎりを食べる。

「水本のおにぎりは、本当においしい。」

なんて言ってくれる。

「ぼくは生まれてから、水本のおにぎりほど美味しいものを食べたことがない。」

大げさ! オレは笑ってしまう。大げさだけど、なんて嬉しい。

「そんなに喜んでくれて、本当に嬉しい。」

オレも心から言う。

その時、サーッと風が抜けた。気持ちいい! 森の家サイコー!! ラララランララララー 思わず歌が出た。嬉しすぎて、はな歌。2つ目のおにぎりを食べかけていたモリヤが、食べるのをやめて、じいっとこっちを見た。

「あ、食べてる時に、行儀悪いね、ごめん。」

「·····」

「モリヤ?」

「全然」

「ん?」

「行儀悪くなんかない。もっと聞きたい。」

「ア、ほんと? じゃあ、すぐ全部食べてしまうから、待ってね。」

オレは慌てて残りのおにぎりに、かぶりつく。グイと、おにぎりを持つオレの手を、モリヤが掴んだ。あいかわらず強い力。

「急がなくていい。ゆっくり食べよう。もったいない。」

オレはモリヤを見て、笑ってしまった。もったいないだって。どこまでオレを喜ばせてくれるんだろう。

「うん。じゃあ、ゆっくり食べる。それから歌う。」

「うん。」

頷いてモリヤもにっこり笑う。

慌てずゆっくり、おにぎりを食べた。お茶も飲んだ。モリヤは水を飲んでいた。ごちそうさまとモリヤは言って、オレを見た。

「さっきの、なんていう歌?」

「みどりのラララ。聞いたことあるかも。オレ小学校の時、習ったよ。」

「知らない。」

「じゃあ、最初から歌ってみるね。」

その場に座ったまま、前を向いて歌った。オレの小学生の時に習った歌なものだから、歌詞に自信はないけど、多少の間違いは許してもらおう。歌いながら、少しモリヤを思わせる歌詞だなぁと思った。

歌い終わってモリヤを見ると、モリヤは真面目な顔でこっちを向いていた。しばらく、そのまま黙っている。何も言わない。笑わない。少し心配になる。この歌は、気に入らなかったかな···?  少し心臓がドキドキしてきた。何かの結果発表を待っているみたい。

「ミドリノラララ」

ポツンとモリヤが呟いた。

「覚えておく。」

「え、歌? もう覚えた?」

「違う。題名。」

「ああ···」

モリヤは、ふうーっと大きく息をついて

「水本には、もう何曲も歌をうたってもらった。今までの、全部レパートリーにしていい?」

「レパートリー? なんの?」

「リクエストの。」

「リクエスト···· とは?」

ようやくここで、モリヤはにっこりと笑った。

「ぼくが水本にリクエストする曲の、レパートリー。」

「え····」

「今まで全て、水本が選んで、歌をうたってくれてただろ。もちろんそれは、今後も続けたいんだけど、それプラス、ぼくが聞きたい歌を、時々リクエストしてもいい?」

「ええ?? もちろんだよ⁉ いつでも、いつでもモリヤの聞きたい時に、聞きたい歌を言ってくれたらいい。ああ、これまで、何の曲を歌ったかな。思い出せるかな。思い出せる曲は紙に書こうか?」

「全部覚えてるから大丈夫。」

「えっ ほ、本当に?」

さすがだ。オレなんか、きっと必死で思い出さなきゃ、思い出せない。1つ前はなんだっけ。雨の歌··· いや、虹だ! 虹の歌。虹とスニーカーの頃。こうやって、たぐっていかないと、オレなんか思い出せないけど、モリヤはスパンと全部言えるんだろうな。オレとの最初の会話すら、覚えてたもんな。ほんと、すごい。頭のできが違うんだ。

「嬉しい。」

とモリヤが言った。

「どんどん、楽しみが増えていく。」

それはこっちのセリフだ。オレは、モリヤをじっと見た。泣きそう。オレばっかり幸せ貰って、こっちからは何もできなくて申し訳ないと思っているっていうのに、歌をうたったぐらいでモリヤ···。泣きそうにありがたい。もちろん、ほんとには泣かない。泣きそうな自分にびっくりしたけど、ちゃんとこらえる。

「モリヤ、今の歌も気に入ってくれたんだ。」

「ああ。」

ため息のようにモリヤは答えた。

「とても、ステキだった。」

「よかった。オレもこの歌、すごく好き。」

「うん···。」

ああ幸せ。なんて幸せ。夏休みの一日。日は高い。外はきっと暑いだろう。真夏の強烈な暑さだろう。でもここは。葉陰の森の中。空気が澄みきってひんやりしていて、そこで嬉しいことを、幸せな気分にしてくれることを言ってくれるモリヤと2人で、幸せにまみれて座っている。雨が降っていないのに、森の家に来られて! モリヤに会えて!

ああ、ここへ今日来れたのは、小川くんと湧井さんのおかげだなァ。2人にはホント感謝しなくちゃ。変な心配ばかりしている2人。今日のこと、教えてあげよう。こんなに穏やかで、楽しい時間を過ごせたこと。不安な気持ちの1つも無い。心配要素のカケラも無い。

「いい日だなあ。」

思わずオレは呟いた。思わず知らず声がもれてしまった感じ。

「きっと、ぼくの方がいい日。」

「えっ」

なんだなんだ? 負けず嫌いみたいな発言。モリヤに全くそぐわない。負けず嫌いだなんて!

「ハハハハ」

オレは笑ってしまった。

「なんで笑うの?」

にっこり笑いながらモリヤが言う。

「だって、負けず嫌いの人みたいなこと言うんだもの。そう思って笑ってしまった。モリヤ、負けず嫌いとは、ほど遠いよね。」

「負けず嫌いかァ。」

笑ってる。

「負けたくなくて言ってるんじゃないよ。本当のことを言ってるだけ。」

「モリヤの方が、いい日だって? いや、オレだと思うなァ。」

ふふふっと、モリヤが笑う。

「負けず嫌いなのは水本かな。」

「お? オレだって、本当のこと言ってるさ!」

2人で、声立てて笑ってしまう。分かった。おんなじぐらい、いい日なんだ。

次回、水本のこんな行動はつゆ知らず、な2人。

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