いえでんランデブー (小川くん側 その15)
いくつになってもイエデンって勇気いる。
次の日の朝、又も夏休みだというのに早起きする俺。7時のニュースで天気予報を見る。週間予報が出る。傘マークは····無い。けど、曇りマークは有り、予報士が「所によって雷を伴う激しいにわか雨の可能性があります」などと言っている。それは··· やばいやつかな··· 〝雨が降ったら〞なんていう、曖昧な約束をしてるんだ、あいつらは。夏休みに入って一度も会えてないんだから、水本なんか、ちょっと降ったら行ってしまうかもしれんよな。会いたいんだからな。
は──────っと、朝っぱらから俺は、くそでかいため息をついた。仕事に出かける仕度をしながら母親が
「ふられたの?」
と笑って言った。やかましい。むっつり黙っていると
「青春だねー。アハハ。今日中に仲なおりしな。行ってきます。」
言いたいこと言って出て行った。はあっと、もう一度俺はため息をついた。
昼前に電話が鳴る。出ると湧井だった。
『何してたー?』
「なんにも。ぼーとしてた。湧井は?」
『考え事してたよ。』
「ん? 何考えてたんだ?」
『お昼、何食べようかなって。アハハ』
ああ明るい。嬉しい。
「何食うんだ?」
『うん。ソーメンに決めた。さわやかにいくよ。』
「へー。いいな。」
『小川くんは?』
「ん? 昼メシ? ···カップ麺かなァ。」
『ハハハ。夏休みの昼は、麺がちだね。』
「なんだそれ。」
つまんない会話が楽しい。
『あのさ。』
「うん?」
少し口調が改まった。
『···昨日、どうだった?』
「ああ···」
そうだよな。報告もするって俺、言ったもんな。しかし··· ど完敗だった報告は、なかなかに つらい···。俺が一瞬言葉に詰まっていると
『怖い目にあった?』
「あ·· いや···。」
『何かあったの?』
緊張が感じられる声だ。いかんいかん。心配させては。
「何があったわけでもないんだ。が、なんにもできなくてな。何しに行ったんだか分からなくて、ちょっと落ち込んでいる。」
『え? なんにもって、だって行ったんでしょ、モリヤん家。』
「行った。」
『会ったんでしょ、モリヤに。』
「会った。」
『なら、できてるじゃない。モリヤに会うことがすでに、ミッション1クリアなのよ。』
「ミッション1?」
俺はハハハと笑ってしまう。
『そうだよ。···私、思うんだけど。』
「なんだ?」
『小川くんも言ってたけど、夏休みなんてモリヤ、ほんと人に会わないじゃない? 閉じこもって、閉塞した空間に居るんだよ。風を入れてあげるだけで、大きな革新なのよ。』
革新かァ。
『家で2人で黙ってた?』
笑った声で、ムードを変えるように言った。俺も笑って
「うん。黙ってオセロしてた。」
『オセロ⁉ モリヤ、オセロ持ってたの?』
「いいや。俺が持って行ったんだ。」
『はー。そうかー。おもしろかった?』
「全然。」
『ハハハ。負けたんだ?』
「当たり。2回やって、2回とも。すげーショック。」
『へー。』
湧井は笑ってる。
「リベンジしたいんだけどなぁ···。」
『うん? オセロ?』
笑ってる声。
「いや、モリヤん家でのこと全て。俺ずっとモリヤに負かされてる気がしてるんだよな。」
『あら。』
笑ってない声が返ってきた。
『学校中でモリヤに勝てるのは、小川くんだけよ。』
「お?? うん? ···水本は?」
『大負けだよー。信じきってるじゃない。モリヤがどんなに悪いことしたって、〝モリヤは悪くない〞って言うよ、絶対。』
確かになァ。完全に落ちてるもんなァ。けど···。けどモリヤに勝てるのは、水本だけって気もするんだけど。湧井は勝てると言ってくれたが、俺は勝てる気がしない。全然。
『もしかして又行こうと思ってる? モリヤの家。』
「···ああ。行かないといけない気がしてな。」
『リベンジのために?』
「うーん···。それはもちろんそうなんだ。そうなんだけど、それだけじゃなくて···。なんか、行かなきゃならん気がして、しょうがないんだ。」
『モリヤの内の何かを吐き出させるため、でもなく?』
「一番の目的はソレだよ。けど何か··· 自分でもよく分からんのだが···。」
湧井がちょっと黙った。そして
『モリヤに会いたいと思う?』
「会いたくない。」
『···そうなの?』
「行きたいわけではないんだよ。でもなぜか行かねば、と。」
『色香にやられてない···?』
そっと湧井が言った。昨日のモリヤの凄まじい色気を思い出してしまう。
「うーん··· やられてはいる。」
『えっ⁉』
「でも、落ちてはいない。うーん、なんだろうなァ。よく分からんから、説明もできない。悪い。」
『ふぅーん···。じゃあ、夏休みの宿題だねー。』
宿題かァ。モリヤについて考察せよ。
『次は、いつ行くか決めてる?』
「それまでに雨が降らないことを祈りつつ、29日。」
『うん? 飯盒炊爨の前日?』
「そう。当日高揚マックスは絶対ヤバいだろ。」
『それを出させに、のりこむのかァ···』
「もちろん、高揚していない可能性もあるけどな。」
『うん。』
湧井がちょっと黙った。それからスッと息を吸う音が聞こえて
『本当に』
「うん?」
『本当に、私は小川くんを信頼している。』
「····お··· そう··か。うん。サンキュー。」
『1ツ質問していい?』
「うん。なんだ?」
『29日までに雨が降ったら、どうする?』
「それなんだよなァ···」
『やっぱり考えてたよね?』
「ああ。降らない確率は100%ではないだろ。当たり前だけど。」
『うん···。毎日水本ん家遊びに行っちゃおうか。』
「アハハ。俺もおんなじこと考えたよ。」
『実行する?』
「やりすぎと思う。」
『···そうかなァ。』
2人ともしばらく黙っていた。お互い少し考え込んで。─────水本に、モリヤん家へ行く時には連絡しろと言っておけば····そうしたら
『水本に電話してもらう? モリヤん家に行く時。』
うん。やっぱりおんなじこと考えた。
「電話してもらって、どうする?」
『·····付いて行く···? 引き止めたってムリでしょ。』
「絶対ムリ。···けど···」
雨の日の森の家へ、水本のことを、それこそ死ぬほど待ちわびているモリヤのところへ、付いて行った日には··········
『小川くんはモリヤん家を経験済みだけど』
「ん?」
『小川くんが過ごすのと同じように、水本は過ごしてるのかな。それなら心配することもないのかな···』
「····絶対同じではないな。」
『···まあ··· だよね。当然違うよね。』
もう それはアキラカなのだ。見えるか見えないかが、すでに違うんだから。
『小川くん』
「ん?」
『モリヤの家で、水本が眠ってしまったり 倒れたりする原因って、見当ついたり···してる?』
「────いや。それが、さっぱり。」
はっきり言って、いつもモリヤん家では心がいっぱいいっぱいで、そんな原因を探る余裕もないんだが、帰って落ち着いて考えたところで、何も思い当たらない。モリヤの家は、とにかく物が何も無い。本当にガランとしているのだ。(家の内装─柱や床、多分壁も?─は、ほぼ木でできているようなので、冷たい感じはしないのだけど。) 何もないから急にわき出る匂いの元も何か全く分からないし、催眠効果のある何かが置かれている様子もないのだ。
『···小川くんは、眠りそうには ならないのね?』
「ああ···。」
────ただ··· 匂いにやられそうになる時はある。あまりに匂いが強烈で、フラフラになりそうな時が。あと、色気で頭がおかしくなりそうな時とか。俺がモリヤん家に行った時は···· 匂いにまかれてやられそうになった時は、窓を開けてもらったり、俺自身が外へ出たりして、濃密すぎる匂いからは逃れていたけれど、けれども例えばああいう時に、逃れず、そのままじっと匂いに囲まれていたなら···· どう、なったんだろう····· ───────倒れてしまうのだろうか··· 窒息状態のようになって···? ──────俺は、多分できない。逃れず、じっとしていることなんて きっと無理。けど···。けど水本は··· あの匂いが好きなのだ。あんな濃密な匂いでも、嬉しくて、ずっと吸い込みながら じっとしているんじゃないか? ───────まさか、それで倒れて···??? でも···· 濃密な、というのは俺の感覚的なもので、それによって酸素が薄くなっているのかどうかは分からない。匂いがきつくて苦しい、というのも、これ又感覚的なものだ。実際に息ができないわけではないし···。
『小川くん? 大丈夫?』
しまった、つい黙りこんでしまっていた。
「ああ、悪い。」
『小川くん··· 本当に大丈夫だったの? もしかして倒れたりしたんじゃない? 隠してない?』
緊張の感じられるような湧井の声。
「本当に」
俺は、なるったけ冷静な声で、落ち着いて、ゆっくり言った。
「本当に倒れてない。隠してないよ。」
『絶対ね? 嘘じゃないね?』
余裕を見せたい。湧井の不安を消したい。俺はわざと笑顔を作って言った。笑った声に聞こえるといいなと思って。
「湧井は俺を信頼してくれているんだろ。」
『──────うん。』
「倒れてない。絶対だよ。嘘じゃないよ。」
『────分かった。信じる。ごめん。』
謝らなくていい。ウソをつく時もあるしな。さて、話を戻さないと。···29日までに雨が降ったらどうするか。そこだ。俺は受話器を口元から離して、そっとため息をついた。戻して
「水本に連絡させよう。」
『ん?』
「モリヤん家に行く時。」
『えっ』
ちょっと 間があって
『付いて行くの···? モリヤん家···?』
「例え、2人っきりの時と、プラス俺がいる時とで、モリヤの態度が違ったとしても、やっぱり一度は行かなきゃ気がすまない···と思う。俺が。」
『わっ わたしも行くっ!!』
行きたいだろうな。逆立場だったとしたら、俺だってそう言う、きっと。でも。
「まかせてくれないかなあ?」
『···私は、1人より2人の方がいいと思うけど···。』
うん。ほんとはそう。俺だって、1人より2人の方が心強い。けど。
「モリヤの家って、暗いんだよなァ。」
『え』
「明かりが極端に少なくてな。晴れてる昼間ならいいけど、大雨の日なんかは、すごく暗くて。ほんと暗くて···· 湧井」
『う、うん?』
「怖いと思うぞ。」
『えっ⁉』
「俺、大雨の日に初めてモリヤの家に行った時、最低限のアカリしかない状態で、暗くて怖かったよ。」
『ええ??』
少し、沈黙があった。湧井のドキドキが伝わってくるよう。
『モ、モリヤが怖かったんじゃなくて、暗くて怖かったの? そんなに暗いの?』
「ああ。だいぶ暗い。湧井、怖がるだろうなぁと思った。」
『お、おばけ出なかったら大丈夫だよ。』
「────モリヤが嫌がらせで、怖い話したらどうする?」
息をのんだようだった。モリヤがそんなことするかは分からない。けど、嫌がらせはするかもしれない。アカリを全て奪うという可能性も、ある。
「俺にまかせとけ。な?」
『う、うう··· 〝暗いから〞が理由なんて··· くやしい。』
すごく がっかりした声。
「誰だって苦手なものはあるよ。しなくていい時は無理しなくていいと、俺は思う。」
『コレは、しなくていい時に入る?』
「入るよ。俺がいるからな。ちゃんと見てこよう。そして湧井に、ちゃんと報告するよ。」
『小川くんにばっかり、やらせてるわ。』
「うーん···。それはちょっと違うなぁ。やらされてるわけではなく、俺自身が やらなくちゃという気が大きくて。自分の気を済ますために行くみたいなとこがある。言わば、わがままだな。だから湧井が気にやむ必要は全くないんだよ。」
『···それは···納得しかねるけど··· でも、分かった。今回も小川くんに、たよってしまうことにする。あっ! ちょっとまって、いいこと思いついた! アウトドア用のランタンとか持って行ったら、明るくならない⁉』
俺はにっこり。
「照明効果が出てしまって、よけい怖くないか?」
『···う〰〰·· 怖いかも···。分かりました。お願いします。』
「ハハハ。まかせとけ。」
モリヤの家が 明るい時ならまだしも、暗いあの家に湧井は絶対行ってはいけない。俺は暗いことより、湧井がそこにいることが、怖くてたまらないのだ。やはり俺のわがままだ。ごめんな、湧井。
「水本にそれを伝えるのは、湧井にまかせていいか?」
『全然いいよ。でも負担が違いすぎない? 差がありすぎでは?』
「そんなことないよ。俺、電話キライなんだ。ア、かかってくるのは平気。かけるのが苦手。」
『え? そうなの?』
「うん。なんか緊張して、嫌だ。」
『小心者ぶってるな?』
笑ってる。
「ぶってないよ。水本、家電だろ? ハードル高いよ。」
『ええ~? 小川くんだってイエデンじゃない。私は緊張しつつも、かけてるよ。』
「緊張するのか?」
『ハハハ、ウソ。最初の1回目だけ緊張した。もう、しない。』
「さすがだよ。じゃあ、電話かけんの苦手な俺のために、水本に電話してくれるか?」
『OKだよ。そっか。電話かけんの苦手なのかー。』
湧井、嬉しそう。
『じゃあ水本に、モリヤん家行く時は、小川くんに連絡するよう言っとくね。』
「ああ、たのむ。」
当分俺は、雨と電話の音に怯えることになりそうだ。少し 沈黙があった。そして
『小川くん』
「うん?」
『夏休みにもう1つ、大事なことがあるんだけど気付いてる?』
大事なこと? なんだ? 4人のキャンプの計画。それから、水本のモリヤ家訪問。それ以外に? あ‼ 湧井と遊ぶ計画かな? 全く考えてなかったぞ。それか??
「デ、デート企画かな? ゴメン。まだなんも考えてない。」
『····』
「あっ す、すぐ考える! 今からすぐ‼ ごめんっ」
モリヤ&水本優先なんて、良くないよな。うん、絶対良くない。
『う~~ん··· 躊躇なく責められないところがキツイ···』
「え?」
『あ、デート企画じゃないよ? それはいんだ。私が企画してもいいし、一緒に考えてもいいし。』
ん?? まだ他にあるのか?
『前置きしておくと、小川くんはモリヤ関係を、私の分まで背負ってくれてたから、たいへんだったんだって よーく分かってる。怒ってないよ。けどちょっと寂しいから思い出してほしかったんだ。』
「···な、なに···」
『ふふふ。夏休みには、私の誕生日がやってくるのだよ。』
!!!
『ここまできれいに忘れてると、かえってスガスガしいよ。プレゼントは期待してるからね。』
「ごっっ ごめん!!! いっ いいわけできない! まじ悪かった!!」
『何日かは覚えてる?』
「はっ はちがつなのか! 知ってる! 覚えてる! ···いやごめん、忘れてたけど··」
うわ···· やば··· 絶対やっちゃダメなやつ···
『うんだから、前置きしたでしょ。分かってるし。怒ってないし。忘れてたの謝ってくれたから、許そう。そのかわり、7日は2人で会ってね。』
「もちろん!! 俺、ちゃんと、ちゃんと考える! ごめんよ。」
『うん。思い出してくれたから、それでいいのだ。雨の日のことと、キャンプのことと、まだキョーレツに考えなきゃいけないからね···』
「あ、ああ、うん。そ、そうだよな···。け、けど、ほんと、ちゃんと考える。怖いことばっかじゃなくて、嬉しいことも考えられるの、すごくありがたい。」
『そう言ってくれると、言って良かったって思えるよ。重荷になったら申し訳ないとも、少し思ったもんで。』
う···わ··· 気ィ使わせてたのか··· モリヤのことがあるもんだから···。悪かったなぁ。ほんと、まじで申し訳ない···。くそぅ 俺のバカ! ついでにモリヤのバカ‼
じゃあ今から水本に電話する、と言って湧井は電話を切った。湧井との電話が切れた途端、もう恐怖。雨と電話のベルへの。もちろん水本からの···。
けど··· ああ、良かった。ありがたいことに俺の心は、恐怖で占められてはいない。湧井の誕生会。お誕生日イベント。それを考えなきゃという思いが、絶対心を半分は占めている。良かった。ほんとに。もう夏休み中、心がモリヤでいっぱいっていうのはマジで、マジでかんべんしてほしいからな。
今から考えるぞ! 湧井との楽しいイベント!! 高2の夏休みの思い出は、湧井とのデート! と、後々断言できるほどの、ステキイベントにするのだ!!
次回、裏目に出ちゃった?




