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ウワサのモリヤ  作者: コトサワ
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続 うわさのモリヤ

モリヤはウワサの人である。様々なウワサがモリヤを取りまいている。

オレ水本はモリヤに懸想している。比較的新しいこのウワサはかなり定着している。でもモリヤの方はその気がない、というのもウワサとして定着している。

オレも、モリヤも、それを否定しない。モリヤにいたっては どんなウワサも否定しない。そしてモリヤには仲良しの友だちもいないので、真偽を本人に問い質したりするやつも いないのだった。


この夏、オレはモリヤに そばに寄っていっても構わない、という許可を得た。ので けっこう堂々と近くに寄っていく。でもクラスが隣なので 普段はあんまり寄っていく機会はない。登下校で見かけたら するするっとすぐ後ろを歩いたり、放課後図書室で見つけたら隣に座って本を読んだり、2クラス合同体育の時に 近くで着替えたり、手を洗う時 隣の水道を使ったり、まぁそんなところだ。

近くに寄っても 別にしゃべりもしない。懸想しているわけではない。オレはモリヤが発する匂いが好きなのだ。森に住む 貴い香りを放つモリヤ。森家香貴という名前も大好きだ。


モリヤはあいかわらず五分がりだった。夏も終わるのに色も白いまま。身長もあんまり伸びないし 太りもしない。

今年の体育祭の組体操のメインは どでかいピラミッド。モリヤはそのてっぺんに抜擢されてしまった。軽いから。 

水泳は得意なようだが 走るのも遅いし球技も苦手。でも、軽いやつ何人かでピラミッドのてっぺんを試してみると、モリヤが一番安定していたのだった。


「すごいなモリヤ」

体育の授業後の着替えで いつも通り近付いたオレは、とっても久しぶりにモリヤに声をかけた。

「え。」

「てっぺんをとれるとは。あれは 体育祭の華だ。」

モリヤは

「へえ、そうなんだ。」

と他人事みたいに感心して、もう一度

「そうか。」

と言って、嬉しそうに笑った。

匂いが立つ。ああ、とオレは思った。残念。ピラミッドの時、オレは下の方。てっぺんのモリヤと ちっとも近くない。真近だったらピラミッドの時に 華のモリヤからのいい匂いを目一杯 味わうことができるのに。


「新しいウワサが入ったわよ。」

湧井さんがあらわれて言った。」

「寿司屋さんみたいだね。」

「何が。」

「新鮮なネタが入ったわよ、みたいな。」

「寿司屋じゃないよ。モリヤだよ。血が出ないってウワサよ。」

「血?」

「ケガをしても 血が出ない。」

「ははは」

オレは笑ってしまった。おもしろい。さすがモリヤだ。

「台風が来るそうだぞ。」

小川くんが寄ってきて言った。これはウワサじゃなくて情報。

「へえ? 晴れてるのに。」

オレが窓の外を見て言うと、

「水本は天気予報を見ないのね。」

と湧井さんが言った。

「うん。朝はテレビを見ない。」

「昨日の夜から言ってたぞ。今日の午後からくずれるって。」

「へえ。直撃?」

「予報ではね。」

小川くんは うなずいてから付け加えて言った。

「今日大雨になったら 明日はモリヤは休むかもな。」

「どうして!?」

驚いてオレは聞いた。

「モリヤは大雨の日や、その次の日、休むことが多い。」

「ほんと!?」

「ほんと。このあいだも そうだったろ。」

「このあいだ?」

「水本がモリヤの家に行った時よ。」

「ああ。そうだっけ?」

「そうだよ。夜中にすごい雨が降った。」

「ふうん、なんでだろう。」

「さあ。そういうウワサ。」

「ふうん。そうか。」

やっぱりウワサの人だ。


台風は来た。5時間目終わったところで 警報なんかのために全員下校となった。

全校生一度期に下校だから、どえらく混雑した。やっと玄関を通り抜けたら モリヤを発見。ああオレって運がいい。人の波をかき分け かき分けモリヤの近くへたどり着く。モリヤはいつもより早足だった。なんだか急いでいるよう。でも傘をさし、もうドシャドシャ雨が降ってくる中 歩くモリヤからは 香気がするどく立ちこめていた。なんだか真剣な顔をしている。どうしたんだろう。

モリヤがドンドン早足で行ってしまうので オレもどんどん早足で追いかけた。

夢中で追いかけるうちに モリヤの家の辺りに来てしまった。オレはハッとした。もうすぐ森の家にたどり着いてしまうではないか。いかん。これはストーカーだ。

だから。オレは立ち止まった。だから、変態的行動は慎まなくっちゃと 肝に命じていたんだったのに。

オレは くるりと方向を変えた。もう、前が見えないほど ドシャドシャ雨が降っている。ハァ、とオレは立ち止まっていた。スゴイ。どれだけの雲が集まったら これほどの雨がふるのだろう。

しばし、感動的にドシャ降りの中、立っていた。

「水本。」

いきなり呼ばれてオレはとび上がった、気がした。驚いて振り向く。モリヤが立っていた。

「何してるの。」

「オ! 」

しまった。ストーカー的行為が見付かってしまった。ああ、ほんとにバカだオレは。さっさと立ち去ればよかったものを。

「いや、その。ドシャ降りに感動してしまって。ゴメンゴメン。帰るとこ。今すぐ ただちに。」

じゃあ、と手を上げてオレは歩こうとした。

「水本。」

もう一度名を呼ばれ、オレは振り向いた。

「雨やどりしていくかい。」

「え!!」

驚いた。まさか、である。あの森の家に招いてくれるのか、このオレを!?

「い、いいの....?」

「雨で前が見えない。あぶないから。」

オオ.....。感動してしまう。

「ありがとう。」

モリヤは くるりと振り返って森の家の方へ歩いてゆく。ドシャ降りの中を。オレは後に続いた。

雨が 全ての空気をたたき落としそうな勢いなのに モリヤの香気だけは雨にも射落とされず むしろ勢いを増すように立ちのぼっていた。ああいい匂い。幸せ。ほんとにオレは運がいい。


森の家にたどり着いた。緑が濃い。

もう、家なのかすら分からない感じに、家にまといついた葉が育っている。ドシャ降りの向こうにけむる森の家を眺めてオレは考えた。秋になったら どうなるんだろう。森の家も紅葉するんだろうか。冬になったら葉が散って、普通の家になってしまうんだろうか。

モリヤは迷いなく森の家に進み、すいこまれた。

「あっ。」

オレは傘をさしたまま 家の前10メートルぐらいのところに立っていた。ドシャドシャ ドシャドシャ雨は降る。モリヤをのみこんで 森の家ごと消えてしまうような気がした。

ら、モリヤがもう一度出てきた。

「水本? 早く入って。」

ハッとしてオレはモリヤのそばに行った。蔦のからまって、扉と分からない扉が 内向きにおされていた。

オォ、家が開いている。オレは傘をとじた途端、したたかに濡れて扉の内へ入った。家の中は暗く、森のような匂いがした。

アレ...とオレは思う。

家中あのいいにおいが充満してるんじゃないかと思っていたのに、そうでもない。むしろ、普通の葉っぱとか草とか、よくある植物的な匂いがするだけで、さして()()香りがない。

オレはキョロキョロした。

「ああ、暗くて驚いた?」

とモリヤが言う。

モリヤの方向。ああ良かった。あの匂いだ。

「うん。電気は点けないの?」

「ああ。」

「....ふうん...。」

目が慣れてきた。よく見ると、あの、テレビなんかで時々見るツリーハウスのような...感じ なのか?

あまり物が無い。

「電化製品が、ナイね。」

「うん。ナイ。」

そうかァ。モリヤはテレビも見ないんだ。これは、今までウワサにならなかったのが不思議だな。イヤ、そうか。モリヤがしゃべらないから 分からないんだ。テレビ情報を きっとまるで知らないことも、電気を点けないことも。

「じゃあ、夜は暗いね。」

と言っておいてオレは思った。当たり前だな。この辺、駅から離れていて外灯も極端に少ない。

「もしかして ランプとか点けるの?」

「いいや。火はあまり使わない。」

「ん? では 食事は?」

「いいよ。」

と言ってモリヤは座った。

「聞きたいこと、聞いてくれていい。」

「うん?」

オレはもう一度 くるりと部屋を見まわして

「いつも制服を どこに掛けてる?」

「? 制服?」

「うん。あと、洗濯したら どこに干してる?」

「ああ ダメダ。」

と言って モリヤは笑い出した。

「何? どうした?」

笑うようなことは言ってない。

「ぼくはあやしいよ。」

モリヤは言った。あやしい? 前にもそう言えば言っていた。あやしいって どういうことだろう。

「だから聞きたいことがあるんだろうと思うのに、水本は何も聞かないんだね。」

今...オレ、聞かなかったか?

「聞いて、と言って やっと聞いてくれたと思ったら 意外すぎて意図が分かんない。」

「意図? 意図なんかないよ。単なる質問だし。」

オレは首をかしげた。モリヤこそ いってる意味がよく理解できない。

「こんなあやしい家に住んでいて、あんなにあやしいウワサがあって、そしてウワサ通りほんとにあやしい。水本はそれを目の当たりにしてるのに どうしてあやしまないんだろう。」

こんなモリヤの笑顔は初めて見た。匂いが、立つ。さっきまで普通の草の匂いだったのに 一気にモリヤの匂いでいっぱいになった。モリヤの匂い。そう、これは モリヤの匂い。

オレは 真面目な顔をしてモリヤをじっと見た。笑顔のモリヤは ちょっとだけ顔を真面目に戻して

「質問に答えてなかったな。そこ。」

と指さした。

「制服は その枝に掛けてる。」

枝...。なるほど、柱というよりは幹。鴨居というよりは枝。

でも 制服の掛け所はもう どうでもよくなっていた。香草の匂いじゃないんだ。これはモリヤの匂いなんだ。制服に匂いがついてるんじゃないんだ。たとえハダカでも モリヤから匂いが出るんだ。ああ、プール。だからプールのシャワーの後にも匂いがね。

「やっぱりだ。」

オレはつぶやいた。

「なっとくだ。」

「何が? 制服掛ける場所が想像通り?」

モリヤは不思議がるような おかしがるような顔をして言った。

「うん? イヤ。オレの中のモリヤのあだ名になっとく。」

「あだ名?」

「ハービィ モリヤ。」

「ハァ?」

ハービィ葉脈ってのもある。と心の中でつぶやいて、オレはうなずいた。

「何? ハービィって?」

「ハーブのような。ハーブ的な。まるで香草の。」

「...そんなあだ名を...心の中で....。」

ブーッとモリヤはふきだした。ゲラゲラ笑い出す。オオ‼ ゲラゲラハービィ。初めて見るぞ!

笑うモリヤのまわりだけ 明るくなったような気がした。そして香気が。

そんなに笑うと芽吹いてしまいそう。笑うモリヤを見てオレは思い、ハハハと笑ってしまった。芽吹くだって。芽吹かない 芽吹かない。人間人間。ハハハハ。ハービィメブキ。これもいいな。ハハハ。 

「ああ残念。」

笑いおわったモリヤが笑顔で、でも本当に残念そうに言った。

「ん? 何が?」

「雨が あがってしまった。」

本当に、さっきまであんなにドシャ降りだったのに 雨音がしなくなっていた。そして ほんのり明るく。けど、

「どうして残念? 雨が好き?」

「ああ。雨は好き。でも残念なのは」

ス──────ッ とモリヤは ここで息をすいこんだ。

「あのままドシャ降りなら 水本をひき止めておけると思った。あがったら やはり帰さなくては。」

帰す。

「またね。」

モリヤは言った。

また。

「また来てもいいの?」

「うん。また。ぜひ。」

嬉しい。森の家にまた呼んでもらえるなんて。ああ。モリヤ最高。

「明日は学校へ来る?」

「そうだな。」

「雨のあと、体の具合、悪くなる?」

「いいや。むしろ良すぎて。」

良すぎる? 良すぎると学校を休むのか。学校なんて行ってられないほど 楽しくなってしまうのかな。雨の後には必ず?.........おもしろいなァ。

オレはにっこりした。

「そうか。来れたら来て。オレはモリヤが来てくれると とても嬉しい。」

モリヤは黙った。何も言わず オレを見ていた。匂いだけが、すばらしく香った。

あ、とオレは思った。いけない。恋人みたいな発言をしちゃったか? ストーカー的?

「....来れたら、でいいんだけど...。」

オレは そっとつけ足した。

「行くよ。」

モリヤは言った。笑っては いなかった。香りが立ちのぼった。

「きっと行く。」

オレは嬉しくて笑った。

「よかった。では帰る。ありがとう雨やどりさせてくれて。」

うふふとモリヤは笑った。

「よかったかも。雨が上がって。ぼくは、やはり少し残念だけど。」

よっぽど雨が好きなんだ。うん、だって体の調子が良すぎるほど 良くなるんだもんな。

雨が降ると体調が良くなる。新しいウワサがでるだろうか。みんなより一足先に知ってしまった。

オレはニッコリ手を振って森の家を出た。モリヤもニッコリして手を振っていた。

森の家からオレを見送って。


「水本をひき止めておけると思った。」

ふいにモリヤの言葉を思い出して オレは森の家を振り返った。もうモリヤの姿は見えなかった。

ひき止めておけなくて残念。ひき止めて、おきたかったってことか....?

───────なんちゃって。

雨上がりのぬかるんだ道を オレは笑いながら歩いていた。アハハハハ。

ポジティブシンキング‼

でもいいや。そう考えると オレはとても嬉しいんだから。

ああ 嬉しい。

と思ったら さっきのドシャ降りがうそみたいに夕日が出ていた。オォ....。もう一度振り返った。

「あ!」

スゴイ。虹だ。森の家の上に 美しい虹がかかっていた。

えもいわれぬ幸せを感じて オレは家路についた。

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