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ウワサのモリヤ  作者: コトサワ
16/48

小川くんのピクニック (小川くん側 その4)

いよいよ4人でピクニック!

快晴だ。本当に梅雨なのか? まだ梅雨は明けてないのか? カラッ梅雨である。

…実は カラツユは、俺にとってはありがたい。原因はモリヤだ。

雨が降ると、水本はモリヤの家に行ってしまう。いつも水本は、モリヤの家で何もないと言うけれど、モリヤの話を聞くと 俺はどんどん怖くなる。モリヤには 関わってはいけなかったのだ、きっと。

でももう、今さらしょうがない。水本はすでに 深みにはまってしまっている。モリヤにつかまってしまっている。ウツボカズラの花に落ちてしまっているのだ。そうして、逃げる気もない。花の液に酔ってしまっているのだ。匂いに 酔っ払ってしまっているのだ。

そんなことを考えながら 俺はモリヤの家に向かっていた。今日は4人でピクニックに行く。とてもモリヤに似合わない企画だ。

8時にモリヤの家の前で待ち合わせ。だけど俺は かなり早く家を出た。学校へ行く時は いっつもギリギリなのに、今日はやたら早い。───心配だからだ。水本は 今日をとても楽しみにしていた。早めに来るに決まっている。万一モリヤと2人っきりになったりしたら‥‥ いや、もうすでに何度もあいつらは2人きりで過ごしているんだけど、それでも 阻止できるものならば 阻止しておきたいと、俺は心から思う。

いくらなんでも早すぎたかと思いながらも 俺はかぶりを振った。イヤイヤ分からんぞ。水本はとても子どもみたいなところがある。楽しみにしすぎて 興奮して寝られなかった、とか言って めちゃくちゃ早く来る可能性もある。思わず知らず、俺は急ぎ足になる。朝とはいえ もう暑い。汗をかきながら、俺はモリヤの家の前に到着した。

家の前には 誰もいない。葉っぱにくるまれたような モリヤの森の家は、しんと 静まりかえっている。まさかもう中に入ってるってことはないだろうな? と 考えている自分に苦笑いしてしまった。相当 疑り深くなっている。来てるわけないよな。まだ7時すぎだ。

モリヤの家の、ほんの十数歩先に木が枝を広げている。葉陰ができていて 日差しをしのげる。俺はその木の下に座って待つことにした。

…待つほどでもなかった。ものの数分後に 水本と湧井が2人で歩いてきた。

「あ‼」

と水本が、俺を見付けて驚いている。

「小川くん⁉ 早いね‼ びっくりした! オレたちも早すぎたねって言いながら来たのに。」

「時間配分を間違えた。」

と言っておいた。歩きのくせに。間違えるわけない。湧井は気付いてる。にやっと笑って オハヨーと言った。俺も笑って オハヨウと返す。湧井も心配して早く来たに違いない。そして水本は、やっぱりメチャクチャ早く来てる。嬉しそうにへへへと笑っている。

「早朝から楽しそうだな。」

知ってるけど。分かってるけど 俺がそう言うと、水本はやっぱり へへへと笑いながら

「だって嬉しい。2人とも ホントに楽しみにしてたんだ。オレ、もしかして2人は楽しみじゃないんじゃないかって 思ってしまっていたから。こんなに早く来るのは、楽しみだったからだよね! 良かった!」

俺と湧井は顔を見合わせた。そして 水本を見て笑った。

「もちろんだよ。」

ああ 水本、かわいすぎるぞ。やばいなァ。

「モリヤに声かけるのは、ちょっと待とうね。早すぎるもんね?」

と水本が言った途端 森の家の戸が開いた。水本がびっくりして 

「あ‼ モリヤ!」

と言った。モリヤが家から出てきて

「おはよう」

と言って カギを閉めた。そうして俺たちのいる木の下に歩いてきて

「声がしたから出てきたけれど 待ち合わせ8時だったよね? 違った?」

と聞いた。

「8時! おはようモリヤ。オレたち早く来すぎたんだ。ごめんね。モリヤ、用意大丈夫?」

「全然大丈夫だよ。揃ったんだから行こうか。」

「うん!」

あ──、嬉しそう…。水本 小犬みたい。嬉しいのを 隠しもしないんだもんな。

「悪いな みんなして早すぎて。」

一応、俺も謝った。まだ、7時半にもとどいていない。モリヤは ちらっと俺と湧井を見た。笑っている。‥‥色っぽい…今日も又…。

「悪くないよ。早い方がいい。今日は暑くなりそうだ。」

色っぽくモリヤが言う。俺は湧井を見た。湧井は 睨むようにモリヤを見ていたが、俺の視線に気付いてこっちを見た。

「駅に向かおう。」

気をとり直すように、笑顔をつくってそう言った。

「モリヤも もうすっかり用意できてたの?」

水本がモリヤに並んで歩きながら聞いている。

「うん。用意といっても、顔洗うぐらいだしね。」

「何持ってきた?」

モリヤは小さめのリュックをしょっていた。水本を見て にっこり笑っている。色っぽい笑顔だ。でも水本は あんまりそう思ってるように見えない。やっぱり感じていないのかな。

「水だよ。」

とモリヤは答えている。

「そうか。」

水本は嬉しそう。

「担当だから! オレはおにぎり持ってきたよ。モリヤの分も。」

「それは楽しみ。」

恋人同志みたい。そうなんだろう?と思ってしまう。ふと横を見ると 湧井も熱心に2人の様子を観察している。俺は思わず苦笑い。やっぱりな。こうなると思ってたんだ。


駅に着くと 「どこまで?」と水本が俺に聞く。俺が答えると 分かったと言って、モリヤの方へ行く。

「切符、オレが買うよ。」

と嬉しそうに言っている。

「なんで⁉」

小声で激しく、湧井が俺に言う。

「モリヤ、切符の買い方知らないんだと。」

「はあ⁉」

じゃあ私が買ってあげるわよ!とでも言って 2人の間に割り込みそうだから、俺は湧井の前にまわって まあまあと言った。

「湧井の切符は 俺が買ってやるから。」

「そんなこと言ってるんじゃないわ。」

と湧井は言ったが 2人には何も言いに行かなかった。

日曜の、8時にもなっていない朝だから 電車内はすいていた。でも 座るかと俺が聞くと、全員首を横に振った。

モリヤは この前、電車がとても久しぶりだと言っていた。小学校の遠足から乗っていないとすると、5年ぶりぐらい? ドア辺に立って外を見ている。水本は そのすぐそばに立っている。やっぱり外を見て。

水本なんか 電車通学なんだから、窓外の景色なんて珍しくもないだろうよ。なのに、とっても嬉しそう。モリヤと見ることに意味があるんだろうかなァ。

湧井は 同じ扉の前の、逆手すりにつかまって2人を見ている。俺は湧井の後ろに立っていた。湧井の真剣な瞳に 太陽の光が当たっている。キラキラして とてもキレイだ。湧井に集中したいなァと思いつつ、やっぱりあっちの2人を見てしまう俺。

モリヤは窓外を見ているが、時々水本の方を見て にっこり笑う。水本はモリヤの方に顔を向けているので、俺からは表情は見えない。でも嬉しそうに決まってるんだ。

ガタンと電車が揺れた。湧井がよろけたら支えてやるのに 手すりを持ってるから大丈夫だった。モリヤも手すりを持っていた。水本が何も持っていず、おっとっとと 2、3歩よろけた。俺より先に モリヤが手を出した。二の腕をつかんで水本をとどめる。ありがとうと水本が言う。

「先週のお返しだよ。おあいこ。」

モリヤがにっこり笑ってそう言った。

「うん。」

と、水本は言って静止している。じっとモリヤを見つめているようだ。

今日は海まで行く。今しばらく電車に乗ってないといけない。

「モリヤ」

俺はモリヤを呼んだ。

「ん?」

と、こっちを見る。色気が‥‥

「ちょっと」

と俺が言うと、モリヤは俺の方へ来た。待ってましたとばかりに 湧井が水本の隣に寄った。モリヤは一瞬そちらに ちらりと流し目をくれたけど、すぐに俺の顔を見た。

「何?」

「あのな、」

俺が手すり側に立っているので モリヤは水本たちに背を向けている形だ。その方がいい。湧井と水本の仲のいいのを、モリヤになるべく見せたくない。

「洞熊学校 読んだんだが」

「ん? ああ‥! そう。読んだんだ? どうだった?」

モリヤは笑顔。

「うん…。俺はおもしろいとは思わなかったけど。なぜあれを読めと?」

「そう? おもしろくなかった? 小川は、」

にっこりとモリヤは微笑んでいる。色気がどんどん溢れ出る。

「どのくだりが気になった?」

「気になる?」

「おもしろいとか好きとか以前に、気になる話だと思わなかった?」

気になる話…か。

「印象的ではあったね。」

「だろ? どの部分が?」

「うーん… 一番印象に残っているのは タヌキのお腹が爆発するところかな。」

「へーえ。なるほど。」

「その前もだけど。」

「その前って?」

「タヌキのところに ウサギが来るだろ。食べてしまったのには驚いた。耳や足だけじゃない 頭も全部。オオカミまで丸食いだもんな。キョーレツ。」

「へーえ。」

「…あの話、3匹とも 生きているものを食べてしまうよな。クモもナメクジもタヌキも。タヌキが一番、生々しかったかな。」

「なるぼど。ヒトに一番近いものね。」

「ああ、それでか。」

なんか なっとく。

「モリヤはどこが気になったんだ?」

人に聞くからには 自分も気になったんだろう。

「ぼくはね」

色っぽく笑って モリヤはツイと俺に近付いた。そうして 囁き声で言う。

「なんといっても ナメクジのくだりだねえ。」

「カタツムリとの相撲か?」

俺は少し身を引いて言った。

「いいや。」

「塩で溶けるところ?」

「違う。トカゲとのくだり。」

トカゲ‥‥。心臓のところまで、舐めて溶かすんだっけ。つくづく怖い話だ。

「どう 気になったんだ?」

気になるところは 人によって違うもんだなァと俺は思った。ナメクジでいうなら、トカゲより相撲の方がハデな気がするが。

「キズを治してあげようと言って なめるんだよ。」

俺は、ギョッとした。モリヤが うっとり、といった風情で言うのだ。キズを治してあげようと なめる‥‥‥‥

───ホントは なめたらすぐ治ったんだけどね‥‥‥

俺はモリヤを凝視した。

「────どういう意味だ?」

「どういう意味もないよ。ぼくは そこが気になったというだけのこと。」

「なぜ気になる。」

「なめとけば なおる」

「は?」

「舐めとけば治る、は かつて一般常識だった。」

何を言ってるんだ、モリヤは? 俺はドキドキしてきた。怖い。聞いてはいけない気がする。

「けど 今や、舐めるなんて とんでもない。傷に菌を入れて 悪化させる行為だなんて言われている。でもね。」

モリヤは にっこり。色っぽい。怖い。

「ナメクジは ケガを治すことができたんだと思うんだ。だって、唾液でトカゲの身が溶けるんだよ? 毒ぐらい、溶けて無くなって当然だよね。」

「‥‥‥」

「ただ本人に 治す気がなかっただけだよね。初めから。」

「‥‥‥」

モリヤが何を言おうとしているのかが分からない。俺はじっとモリヤを見ていた。ふふふとモリヤが笑う。

「何言ってるのか分からない、っていう顔だね。」

色っぽい。怖い。俺は電車中だってことを忘れそうだ。すぐそこに 水本と湧井がいるってことを忘れそうだ。

「つまりね」

言いながら 又モリヤが俺に近付いた。電車の揺れに合わせて、深く近付いてきた。

「ぼくは キズを なめて治せるってことだ。」

耳元で囁く。俺は一瞬、恐怖で身動きを奪われた。

電車のガタンで助かった。おっと、とよろけて モリヤが俺から離れてくれた。ところが その勢いを使って、モリヤは水本にぶつかりにいったのだ。そう。あれは絶対わざとだ。

驚いた水本が、モリヤを抱き止めた。

「危ないモリヤ。手すりを持って。」

「うん、ありがとう。」

なんて、わざとらしく言っている。湧井の顔がちらりと見える。睨んでる睨んでる。モリヤも そう言ってたよなァ。一緒に遊びに行ったら ずっとぼくのこと睨み付けていそうって。でも わざと、睨まれるような行動をおこしてんじゃないか。

「小川くんも こっちへ来て。」

恐い顔のままの湧井が 俺を呼んだ。ほんの2メートルほどしか 離れてはいないんだけど。俺は言われるままに、3人に近付いた。

「2人で何の話をしてたの?」

湧井が無理矢理に にっこりを作って、俺とモリヤに聞いた。う~ん… これも怖いな。

モリヤはもちろん、怖がったりしてない。おもしろそうな色を瞳に浮かべて にっこり笑って答えた。

「とても文学的な話をしていた。」

「文学的?」

怪訝な顔の湧井。

「どんな? 小川くんとモリヤが 文学の話? あ! もしかして宮沢賢治?」

単純な興味の感じられる声でそう聞くのは もちろん水本。

「そうだよ。小川が 洞熊学校を卒業した三人を読んだって言うから、それについて 意見の交換をね。」

「ええ⁉ すごい。かっこいい。」

「そんないいもんじゃないよ。童話だぞ?」

俺はそう言ったが 水本は

「童話だって 文学だよ。」

なんて言っている。

「そうだ、聞きたかったんだ。モリヤは宮沢賢治、好きなのかい?」

水本が聞くと、モリヤはやっぱり色っぽくにっこりして

「いいや 別に。」

と言った。

「ええ⁉ そうなの⁉ あ、じゃあ 作者じゃなくて、その洞熊学校とかいうお話が 好きなのか?」

「いいや?」

単純に水本はびっくりしている。びっくりまなこ。

「じゃあどうして 小川くんに薦めたの?」

「好きではないけれど 気になる話だったので。」

モリヤはここで ふふふと笑った。

「でも 小川とは、気になる箇所が違っていた。人によって違うんだ、という発見があっておもしろかったな。」

「モリヤは どこが気になったのよ?」

おや、という顔をモリヤはした。

「湧井サンも読んだの?」

「知ってたわ。本を持っていたから。」

「なるぼど。湧井サンは気になったところはあった? 気になったり 印象的だったりしたところ。」

「──全体に漂う 不気味な感じと、あと ナメクジが相撲をとるところかな。よっしょ そら はっはは っていう掛け声が不気味すぎ。投げ飛ばして笑うんだもの。」

「へえ‥‥」

モリヤは おもしろそうに聞いている。

「小川は タヌキのくだりだって。お腹が破裂するところと、ウサギやオオカミを食べてしまうところね。」

「そうなの?」

と湧井が俺を見たので 俺はうなずく。

「ふうん。で、モリヤは?」

もう一度 湧井が聞いた。

「ぼくは ナメクジがトカゲの傷を治すと言って なめるところだよ。」

「ナメクジは いいやつなの?」

と水本が聞いた。そう、水本はこの話を読んでないんだもんな。

「いいや。」

モリヤが答える。

「治してあげると言いながら、なめて溶かして食べてしまうんだよ。」

非常に色っぽく、非常に嬉しそうに笑って、モリヤが言った。

「ほんとだ。」

ポカンとした感じで水本が言った。

「みんなが言ってる話の断片が、それぞれことごとく怖い。なんかオレも読みたくなった。湧井さん、本貸してくれる?」

「いいよ。今 小川くんが持ってるから、次まわして貰って。」

水本が俺を見た。

「分かった。明日 持ってくるよ。」

と、平然を装おって答えながら、俺の心は どんどん怖さで充満してきていた。ひたひたと怖さが迫ってくる。少しずつ 水位が上がってくるように。

治してあげると言いながら なめて溶かして食べてしまうんだよ─────

ああ怖い。 "ナメクジは いいやつなの?" と水本は聞いた。 "モリヤは いいやつなの?" と水本が聞いたとしたら、モリヤは同じ答えを返しそうな気がする。自分でそう考えて ゾッとしてしまった。


「次じゃない?」

と湧井に言われて 俺は我に返った。茫然としてしまっていた。電車中を、ちっとも楽しめなかった。ああ 小学生の頃は良かったなァ。なんてね。気を取り直して進もう。

駅に降りて みんなで海まで歩いた。海までは すぐだ。10分もかからない。いくらも歩かない内に、潮の香りがしてきた。

一軒家が並ぶ道を通った。それぞれの玄関の前に 植木鉢が置いてあったり、花壇があったりして、色とりどりに花が咲いている。

「きれいだね。」

と水本が言う。やっぱり水本は、花好きなんだな。好きそうと思った。

水本が指差す度にモリヤが

「あれは ルリチョウソウだよ。あれは 七変化。ツクバネアサガオだね。」

すごい。俺には 一つも分からない。

「モリヤ、これは?」

「ムラサキクンシラン。」

楽しそう。水本はやっぱり小学生みたい。モリヤの色気が通じないのは そのせいか?

湧井もさすがに、この会話は問題なしと踏んだのか 黙っている。ただ 2人から目は離さない。この4人では、ダブルデートにもなりはしないのだ。

道路を渡ると松林があって、その先はもう海だ。

「あ! 海だ!」

ほんと 小学生っぽい。水本は走って砂浜に下りていった。俺たちも続く。

海開きはまだ。そして朝。あんまり 遊びに来てるやつらはいない。地元の人が散歩しているくらい。

波打ち際まで進んでいく。波が寄せては返す。そんなことは 知っている。海なんて何度も来たことがある。それでもやっぱり 感動してしまうのは何故だろう。波は止まることなくやって来る。戻っていく。又やって来る。そしていちいち形が違う。

「海、いいね。」

俺の隣に立って、湧井が言う。

「来て良かったね。」

そう言って笑う。俺も、うんと うなずいた。すると湧井は、少し俺に近付いて

「でも今度は2人で来ようね。このメンバーじゃ、気が気じゃなくて 海どころじゃない。あ! ホラ! 又モリヤが水本に触ろうとしてる!」

そう言うと湧井は、「水本──」と呼びながら走って行った。

さわろうとしてる? 波ギりまで進もうとする水本を、止めようとしたってことか。人目(俺らのことだが)があるっていうのにモリヤ、やけに大胆だな。‥‥‥いや、俺らがいるからか。2人きりだと自制するのがキツイが、俺らがいたら 止めてくれるだろうと思って、のびのび近付いてんのか? ‥‥‥考えすぎか??

俺も3人に近付いていった。

「水本が思い付いた遊びって何よ?」

と湧井が聞いている。

「その前に聞いてみようよ。」

水本は そう湧井に笑いかけて

「小川くん!」

と俺を呼んだ。

「なんだ?」

俺も輪に入る。

「オレ 一応ビーチボール持ってきてるんだけど、ビーチバレーする?」

「してもいいぞ。」

と俺。

「モリヤは?」

水本が聞くと モリヤは色っぽくにっこり。

「3人でどうぞ。」

水本と湧井は にやっと顔を見合わす。

「じゃあ 砂でお城作るのだったら?」

モリヤは

「それなら やってもいいよ。」

と言ったが、俺は嫌だ。

「俺パス。」

と言ったら、水本と湧井は笑い出した。

「何だよ?」

「だって2人とも予想通りの答えなんだもの。」

湧井は笑いながら そう言った。続けて、

「それでは水本が これなら2人ともいけると思った遊びをどうぞ!」

水本は嬉しそうに言い放った。

「砂の山‼」

「砂山?」

湧井は納得してない顔。

「そんなの おもしろい?」

でも 水本は、ふっふっふと笑って

「砂場じゃないよ、海だからね。砂で山作って トンネル掘って 水を引き入れるのだ! 波打ち際の ちょうどいい位置で作らないと崩れるし、上手いこと水の道ができたらおもしろいよ! な⁉」

おもしろそうに言うなァ。けど それは俺も楽しそうと思う。血が騒ぐ。

「いいよ やっても。」

とモリヤが言ったので

「俺も。」

と言った。湧井は水本を見て

「オオ~~!」

と 拍手してる。かわい。

「やっぱり2人一組だよね?」

と言ったのはモリヤ。答えて水本が

「んー? 4人で1つは難しいかな?」

「勝負した方が おもしろいよ。」

おっと モリヤ、のりのりじゃないか。

「私 水本と組みたい‼」

湧井… もう あからさまに阻止する態勢だな… 

ハハハ とモリヤが笑った。こ…わ…

「だめだよ。こういうのは、恋人同志で組むもんだ。湧井サンは小川と。」

「なんでよ? モリヤと水本は恋人じゃないんでしょ?」

湧井はわざと、水本に向かって言ってる。

「違うよ‼」

と水本が言うのを 分かってて。

あんまりムチャするなよ湧井…。モリヤを刺激するなってば。

「よし、こういう時は グーチョキだ。」

俺が割って入る。

「運を天にまかせるやり方。不公平なし 恨みっこなし いくぞ!」

「いいよ。」

とモリヤは笑ってる。水本も湧井も手を出した。俺が掛け声をかけると───

「ヤッター‼」

と ピースの手を上げたのは湧井。

湧井と水本がチョキ。モリヤと俺がグー。あらら とモリヤが言って俺を見て、そして笑う。

「よしっ 水本、あっちで作ろう! 絶対勝つからね‼」

湧井は水本の手を引っぱって走って行った。水本は引っぱられて走りながら こっちを振り返り、

「じゃあ あとでねー。」

と叫んだ。

「さて、ぼくたちも始めようか。」

モリヤがにっこり言う。

「う、ああ…。」

こんな色っぽいのと 今から長く2人で向かい合ってるのか。いやいや。砂を見てりゃいいんだ。モリヤの顔を見ている必要はない。

「この辺にしよう。」

とモリヤが言う。

「小川が海側に行って。」

「なんで?」

「スリルある方が好きだろ。ぼくは海水に濡れたくない。」

気を… 使わないんだな。まあいいか。

俺たちは黙って砂を積み始める。振り返って見ると、少し離れたところで 湧井と水本が山を作っていた。楽しそうだ。

「残念だったね。」

という声に振り向くと、モリヤが笑っていた。

「確率は3分の2。それをとれないとはね。小川は最悪のカードを引いたと思ってるだろう。」

「…それは モリヤだってだろ。水本以外とは、こんなことしたくなかったんだろうに。」

「まあ さして興味はないね。」

正直者め。

「でも水本が嬉しそうだから いいんだよ。それに ぼくと小川にとっては… 組み合わせにランクを付けるとすれば、これは普通ランク。」

「普通?」

「そう。良いは ぼくが水本 小川が湧井サン、だろ。」

「まあな。」

「小川は ぼくとより、水本との方が良かったと思っているんだろうが とんでもない。」

「‥‥なんで?」

「だって そうなったら、ぼくのお相手は 湧井サンだよ。いいの?」

「え…‼」

「よいわけないよねえ? ぼくだって嫌だ。水本が小川となんて。絶対、嫉妬するなあ。」

そう言ってモリヤは 流し目で俺を見る。だから怖いよ。つまり何? 嫉妬返しのために湧井を…

「なんか 小川、怖いこと考えてない?」

モリヤはクスクス笑う。

「…こ、怖いことって何だよ?」

焦ってドキドキしてしまった。

「恋人同志でトンネルを掘る醍醐味は、海水を引き入れることじゃないよねえ?」

モリヤはトンネルを掘り始めている。真っ直ぐではなく 下に向かって。そうしないと 海水を引き入れられないから。俺も掘り始めながら おそるおそるモリヤを見る。モリヤは 手は動かしながら、目は俺の方を見ていて そして色っぽく笑っている。

「それは砂の下で手がつながった瞬間の 衝撃と喜びじゃない?」

俺は 手を止めてしまう。

「良かったね。ぼくとで。」

もう いろんな意味でドッキンドッキンしてしまって、トンネルを掘り続けることもできない。固まってしまう。

「ほら、小川の方からも来てくれないと 手が届かない。せっかくだから、ぼくたちもトンネルの醍醐味を味わおうよ。」

味わいたくない‼

「砂を掘るなんて わけない。ぼくなら好きな瞬間を選んで、手を握れるね。」

俺はモリヤの顔を凝視してしまう。

「ぼくの顔ばっかり見てないで。」

と モリヤは笑う。

「砂を見て、掘って。あ。」

「冷た!」

大きい波が来た。尻が濡れてしまった。でもトンネルは、俺がほとんど掘ってなかったから 水が溜まることもなく無事。

「ハハハ。濡れてしまったね。早く掘って完成させよう。そして勝利宣言だ。」

くそう。もう早く終わらせた方がいい。俺はトンネルを掘り出した。モリヤはもう掘り進めず にっこり笑ってこっちを見てる。

湧井らは つながったんだろうか。俺は思わず振り向いて、湧井と水本の方を見た。まだ楽しそうに 掘り進めているようだ。水本が海側。水本は濡れたかな。無事かな。俺が2人を見ながら掘っていると、2人もふとこっちを見た。

「完成したー⁉」

と水本が叫んでいる。

「ま‥‥」

だ、と言おうとした途端 ふわりと手の先の砂が崩れて、ぐいと 手をつかまれた。俺は 息をのんでしまう。モリヤが俺の顔を見て 笑っている。手をギュッとつかんで。

俺は手を引っ込めようとするが、なにしろモリヤは手の力が強いのだ。振りほどけない。モリヤは ふふふと笑った。

「これが醍醐味。暴れると崩れてしまうよ。」

色っぽくにっこりする。

体を 何か衝撃が貫いた気がした。

モリヤは次の瞬間 スッと手を離して、トンネルから抜いた。

「さて、上手い具合に水が来るかな。」

言って立ち上がり、俺の隣に来た。俺も必死で手を抜いて 立ち上がった。

波を見ながら、ほんとだ と思っていた。この組み合わせで、まだ良かったんだと。湧井がこんな目に合ってたらと、考えただけで たまらない。 ‥‥‥水本だったら? 水本がモリヤとトンネル掘ってたら、どうなったんだろう。湧井と今やってるみたいに、単純に楽しめていたんだろうか 水本は‥‥‥。

「あ、来た。」

モリヤが呟いた。

さっき 俺を濡らしたよりも、まだ少し大きい波が来た。シュ──ッと 上手い具合にトンネルに、水が入っていった。

「ハハハ 完成だ。ぼくらの勝ちだね。」

キャー というような声が聞こえて、水本と湧井がこっちへ走って来た。

「あ! すごい完成してる‼」

水本がトンネルを見て言った。

「そっちも できたの?」

とモリヤが聞く。水本は首を横に振った。

「さっきの大波で 崩壊してしまった。ね。」

と湧井を振り向く。

「残念。負けてしまったね。」

湧井は水本に言った。残念と言いながら 笑っている。

「トンネルは完成してたの?」

とモリヤが聞いた。

「うん。手の先が当たった途端、水が入ったんだ。」

水本が残念そうに言っている。

「おあっ」

水本の叫び声に 驚いて見ると、水本は身を引いて モリヤに向かって赤くなっていた。

「シャツが濡れてるね。」

モリヤはにっこり。

「モリヤ!」

恐い顔で 湧井がモリヤを睨んだ。

「あ! 湧井さん ごめん‼ 何もないよ。オレがちょっとびっくりしただけだから。驚かしてごめんっ。」

赤くなったまま水本が言った。

「モリヤが変なとこ触ったからでしょ。エッチなことしないで!」

モリヤは あくまで色っぽく笑う。

「エッチなことなんか してないよ。シャツをちょっと、つまんだだけ。水本はほんとに よく驚くよね。」

あくまでにっこり。

「う、うん、すぐびっくりしてしまう、ごめんよ。」

「水本が謝ることないわよ!」

「湧井 湧井」

俺は湧井の腕を持った。

「服に触っただけで エッチとは言えないと思うぞ。」

湧井をなだめようと、そう言った。

「触り方だもん。シャツじゃなくて お尻触ってたし。」

湧井は恐い顔のまま、俺に抗議する。

モリヤ… もうちょっと控えてくれよ…。

「今日は さわやかピクニックなんだから。エッチなことするんなら、モリヤは水本に近付くの禁止!」

湧井を止められなかった。

「わ、湧井さん エッチなことなんかしてないよ。オ、オレがびっくりしすぎただけ。ね…」

水本が必死に湧井に言う。モリヤは笑っている。

「そうか。今日は、さわやかピクニックなんだ? でも砂の下で 手を握り合うなんて、さわやかどころか、淫靡でエッチだと思うけど… なァ? 小川。」

「えっ‼」

俺にふるなよ。俺が絶句していると

「砂の下で手を握り合う…って、トンネル掘ること? トンネル掘ったって 手なんか握り合わないよ。ねえ 湧井さん。」

水本が湧井に言う。

「うん。」

「あ、恋人なら握るかもしれないか。でも別にエッチじゃないよ。ハハハ モリヤ、そんなのエッチと思うんだ?」

かわいー と思ってんな?水本。甘いぞ。違うぞ。単に手をつなぐことをエッチと言ってんじゃないぞ。ああバカだな水本。モリヤのこと、全然分かってない。モリヤは 水本を見て、いとおしそうににっこりだ。

「さて ぼくたちの勝ちだね。罰ゲームを考えとけば良かったなあ。」

「えっ⁉ 罰ゲームなんかあるの⁉」

なんで水本は そう素直な反応なんだか。

「そんなの決めてなかったもの ダメよ! 罰ゲームなんて、後から決めるもんじゃないんだから!」

その通り。やるなら言っとかないと。

「では もう一勝負する? 罰ゲームを決めて。」

「この組分けのままなら、やってもいいよ。」

湧井~ ムキになるなよ…。

「罰ゲームって、何?」

と聞いたのは水本。ふふふとモリヤは 嬉しそうに笑う。

「何がいい? 海に投げ込まれるってのはどう?」

「ええ⁉」

水本 いい反応だ。

「だめだよモリヤ。強烈すぎるよ。電車で帰れなくなってしまう。女の子もいるんだし。」

ね、と水本は俺を見る。もちろん俺はうなずいた。

「私は別に構わないけど?」

「湧井!」

すごい戦闘態勢に入ってしまってる。

「ダメダメそんなの。さわやかピクニックのコンセプトに外れる。アイス奢る にしとこう。」

「アイス‼ いいね! オレ食べたい。」

「ふうん。水本がそれでいいならいいよ。」

良かった。モリヤが納得。

「湧井もいいか?」

湧井は俺を睨んだ。睨んで言った。

「いいよ。」

しかし 又モリヤとトンネルか…。はっきり言って嫌だ。

「ではスタート!」

湧井は言って、又水本の手をとって走って行った。なにしろ モリヤの近くにいたくないんだな。モリヤは ぼんやり2人を見送っている。

「俺らも始めようぜ。」

俺が言うと モリヤは俺を振り向いた。

「やりたい? 小川。」

「へ?」

「ぼくは どっちでもいいなあ。アイスなんて。勝っても負けてもつまらない。」

オイオイ。

「俺らもやらないと、勝負にならない。水本が ガッカリするぞ。」

「うーん、そうか。仕方ない やるか。」

全然気乗りしてない。もうあからさま。おざなりに砂を積みながら

「アイス奢るなんて 罰でもないよなァ。小川なんて、奢ってあげたい くらい思ってるんじゃないの?」

とモリヤが言う。まあ確かに モリヤの言う通りだけど。ホント激しい性格してるよな。海に投げ込むだなんて。

「湧井や水本を、海に投げたかったのか?」

「あれは冗談。」

「えっ」

そうなんだ? もう こいつ分からん。

「じゃあ、どんな罰ゲームが良かったんだよ?」

思わず聞いてしまった。

「そりゃあ、絶対やりたくないことだよね。」

モリヤは砂の山を ギュッギュッと手で押し固めながらしゃべる。

「お昼ごはんを 全部差し出すとか。」

うわ。絶対嫌だ。

「全身 砂に埋めてしまうとか。」

げ。服ままか。えらいことになる。

「海から駅まで おんぶとか。」

「それは無理だろ。」

「無理?」

「あっちが負けたら 湧井に俺は背負えないよ。」

あはははは とモリヤが笑う。

「ぼくなら背負えるよ。湧井サンと そう身長変わらない。」

ぎょっとする。

「けど そうだね。ダメだ。向こうが負けても、こっちまで罰ゲームみたいになってしまうな。」

「‥‥‥」

「さて 山は完成。トンネル掘ろうか。」

ああ嫌だ。掘りたくない…。

「なんだよ やりたくないの? いいよ掘らなくても。ぼくも別に負けてもいいしね。あっちを勝たせる?」

「いや。」

俺は トンネルを掘り始めた。嫌だけど。やりたくないけど。でも やらなくて、こっちが勝負を放棄して負けたなんて、自分たちがそれで勝ったなんて知ったら、湧井はとても怒るだろう。

視線を感じて目を上げると、モリヤが俺を見て笑っている。

「なんだよ?」

見ないでほしい。トンネル内で手を握るのは、淫靡でエッチなんだって。開通したくないなあ…。

「小川って 矛盾が多いね。」

「‥‥‥」

しょうがないじゃないか。そういうもんだ 人間なんて。

無意識にモリヤの手を さけてたのだろうか。俺はモリヤの方へ、よりも 下へ下へ掘っていた。ガリッと何か硬いものに、指先が当たった。

「痛」

手を抜いてみると、中指の先が切れて 血が滲んでいた。

「おや」

と モリヤが顔を上げる。

「何だろう 貝殻かな。」

俺が トンネル内を覗き込んでいると、ぐい と手をとられた。驚いて見ると モリヤが俺の横に来て、手首をつかんで 俺の指を見ている。

「なっ なんだよ⁉」

行動がいきなりで 怖いんだよ。

「硝子じゃない? スパッといってるよ。」

しげしげ傷を見て モリヤが言う。ちょっと切れただけだと思ったんだが、見ると血がけっこう出てきている。モリヤが視線を 俺の顔に当てた。にやっと笑う。

「治してやろうか。」

「はあ?」

血が、ボトッと 砂の上に落ちた。直後、何のためらいもなく モリヤは俺の中指を口に入れた。

息が止まる。固まってしまう。

モリヤの舌が 指に当たる。俺は思いっ切り 手を引いた。

モリヤが手を離さなかったので、体ごと俺に ドンッとぶつかってきた。砂に足をとられて、俺はしゃがんだ姿勢からよろけ、そのまま尻もちをついた。

山が ぐしゃっと潰れてしまった。モリヤは俺の上に倒れてきている。

砂に手を着いて モリヤは身を起こし

「危ないなァ小川。」

と言った。俺は 腰が抜けたみたいになって、動けないでいた。

「指を食いちぎってしまうところだった。」

思わず俺は 右手を見た。中指に歯形が付いていた。そして指先の血は、止まっていた。

「どうしたのー?」

向こうの方から 水本の声が聞こえた。振り向くと、水本も湧井も 立ち上がってこっちの方を見ている。

「なっ なんでもない!」

と叫び返したけど、水本が走って来た。後ろから湧井も。

「どうしたの? まさかケンカ?」

びっくりした顔で水本が聞く。モリヤは手の砂をはたいて立ち上がった。

「まさか。」

と言ってモリヤは、水本ににっこり笑いかけた。

「小川が、砂の中に硝子があると言うから、覗き込もうとしたら 2人して転んだんだよ。山を潰してしまった。小川、大丈夫?」

モリヤは俺に、手を差し出した。起こしてもらうもんか! 俺は モリヤの手には触れず、必死で立ち上がった。

「小川くん大丈夫?」

水本が 覗き込んで聞く。

「砂の上で転んだぐらい大丈夫に決まってる。」

俺は 尻の砂をバタバタはたきながら言った。

「そうか。良かった。」

水本は ほっとした顔をして

「湧井さん! この勝負は勝てそう! 戻ろう!」

と言って、湧井を引っぱって走って行った。

「‥‥‥」

俺は じっとモリヤを見た。

「まだ痛いだろう? 手をかして。ちゃんと治してやろう。」

モリヤは おもしろそうに言う。

「結構だよ。」

俺は言いすてた。クククとモリヤが笑った。そして ふと思いついたように そうか、と言った。

「口の中を触られるのも 口の中に触られるのも、嫌なんだ。そうか そうか。」

口の中に触られるって何だよ。舐められるってことを言ってんのか? なんにしろ、怖いんだってば。

「ちょっと聞くけど」

モリヤが言った。

「それは ぼくだから、嫌なのかな? 好きな人ならいいの?」

好きな… 湧井に指を舐められたらって言ってんのか? バカ! 想像してしまった。止められない。赤くなってしまった。

モリヤは じいっと俺を見て、そうか と言った。

何がそうかだ。何納得してんだ?

「場所をずらして もう一度作ろうか。指痛いから、やめとく?」

「やるさ。」

言って 俺は、ドサドサ砂を盛っていった。

トンネルを掘り始める。

「まだ痛いだろうに。」

とモリヤが笑って言う。

「どうしてそんなに一生懸命掘るの?」

うるさいな。

「小川の行動は矛盾だらけだけど 参考になることもあるから、このような遊びも 無駄ではないってことだな。」

失礼なやつだ。しかし

「参考ってなんだ?」

「口の中は触ったら嫌われるけど 逆は大丈夫とか。」

「は⁉ 大丈夫⁉ ちょ」

俺はトンネルを掘る手を 止めてしまった。

「ちょっと待て。モリヤ… や、やめろよ? 水本のこと、舐めようとするのは よせよ?」

怖いから…! なんの参考だよ? 何を参考にしてんだよ⁉

ふふふとモリヤは笑っている。

「いやだなあ。だからぼくは けだものではないと言ってるだろう。意味なく人を舐めたりしないよ。洞熊学校のナメクジでもないしね。溶かして食べたりもしない。」

と言って笑ってるのが 怖いんだってば。

砂のトンネルに手をつっこんだまま、俺は動けないで モリヤの顔を見ていた。色っぽく笑わないでほしい。

「うわ」

ざ───っと 波が来た。トンネルに水が入ってくる。手を抜く暇もなかった。水と一緒にモリヤの手が伸びてきた。

「恋人じゃないと 手を握ったりしないって、水本は言ってたねえ?」

俺の手を しっかり握ってモリヤが言う。左手は砂に着いて 右手はトンネルの中、モリヤに握られている。声が出ない。

そうだよ。ましてや男同志でトンネル掘って なんで手を握り合わなきゃならないんだ。

「なん…」

俺は必死で声を出した。

「なんでつかむんだ。離せよ。」

「なんでと思う?」

とモリヤが笑う。

「‥‥‥嫌がらせか。」

「ハハハ。その通り。小川が嫌がることをしている。嫌がらないなら 握ったりしないんだけどね。」

「今日 嫌がらせされるようなことしたか?」

がんばって冷静に言う。もう 必死でがんばって。

手を握って 全然力を緩めてくれない。水の入ったトンネルの中。淫靡でエッチな握り方‥‥。

「やっぱりぼくは トンネルは水本と掘りたかったんだよね。」

そんな。そりゃそうだろうけど。俺だって湧井と掘りたかったし。なんで俺に嫌がらせだよ。理不尽な‥‥。

くくくっとモリヤが笑う。

「小出しに解消しといた方がいいだろう? 溜め込んで一気に嫌がらせした方がいい?」

「だからなんで 俺に嫌がらせありき…」

「湧井サンにした方がいい?」

「‼」

モリヤは色っぽく にーっこりと笑っている。俺の手を握ったまま。海水が手のまわりにある。生ぬるい感じがする。

「今日は ずっと湧井サンが水本をさらっていってしまう。せっかく一緒に来てるのに ちっとも近くにいられない。おまけに聞いた?」

「な‥何を…?」

心臓が ドッキンドッキン鳴っている。モリヤは手の力を緩めてくれない。

「砂の下で指先が触れたんだって。こうやって握り合ってるより むしろエッチな気がしない?」

「‼ しっ しないしない‼ なんでだよ⁉ トンネル掘ったら絶対 触れてしまうだろうよ?」

「まあ それが醍醐味だから。」

「いいかげん 離せよ。」

モリヤは俺の顔をじっと見た。しばらくまじまじと見つめてから にっこりと笑った。

たのむ。やめてくれ。

「小川は おもしろいね。」

何がだ? おもしろくもなんともないぞ?

「おもしろいから やっぱり嫌がらせは、湧井サンじゃなく小川にしておくよ。小川もその方が いいんだろう?」

「う…」

そりゃ、湧井にされるよりは全然いい。

「さて」

ふいにモリヤは 手を離して立ち上がった。

「あちらも一応 トンネルは完成したんじゃない?」

俺も慌てて手を抜いて 立ち上がった。湧井と水本は、砂の山の前で波を待っているようだ。

「行ってみようか。」

言ってモリヤは 2人の方へ歩いていった。もちろん俺も続く。

「あれ⁉」

と気付いて 水本が言う。

「もしかして完成したの?」

「したよ。」

モリヤは水本の隣に立って ふふふと笑う。

「又 勝ってしまった。」

「ええ~⁉ もうちょっとだったのに! 後は水が来るのを待つだけで。ねえ 湧井さん。」

「うーん。位置に問題ありだったかな。遠すぎたか。」

と湧井は水本に言った。残念そう。

「水本」

モリヤが水本を呼ぶ。

「うん?」

「トンネル貫通した時 手を握った?」

水本は ハハハと笑った。

「握らないよ。オレと湧井さんは恋人じゃないから。」

な? と水本は湧井に笑いかける。

「そうよ。あ、でも 握手はしたよね。友だちだもんねー。」

ねー と水本も言っている。こら 余計なことを…  俺はちらっと モリヤを見た。

「ふーん」

と笑っている。怖い…。モリヤが俺の視線に気付いて こっちを見た。ニヤリと笑う。

「ポイント1」

だって。なんだなんだ? ‥‥嫌がらせポイントか? いやだなあ… ポイント制かよ。

「アイス食べにいく?」

水本が言った。嬉しそうに。湧井も

「仕方ないなあ。負けちゃったしね。」

と言って笑った。もちろん 異存はない。俺たちは4人で アイスクリーム屋目指して歩いて行った。

まだ 海の家なんかは開いてないが、少し歩くと お菓子屋とか ホットドッグ屋とか コンビニもある。ホットドッグ屋に、ソフトクリームも売っていた。

「ソフトクリームにする?」

とか言って 湧井と水本で決めてる。と思うと、2人は振り向いて

「小川くんもモリヤも ソフトクリームでいい?」

と水本が聞いた。

「おー。」

と俺は答え、モリヤはうなずいた。

「あ! 湧井さん 味が選べるよ。どれにする?」

「私いちご! 水本は?」

「オレもいちごにしようかな。」

で、又振り返る。

「俺はバニラ。」

と答えて 隣を見た。水本もモリヤを見て

「モリヤ、どっちする? いちごかバニラ。か、ミックス。」

モリヤは

「なんでもいい。」

と言った。

「ん? モリヤ、ソフトクリーム嫌い? 普通のアイスクリームの方が

いい?」

「いや?」

とモリヤは ちょっと首をかしげた。

「選べと言われても、分からないんだ。実は食べたことがない。」

「ええ⁉」

とこれは3人ともが 声を出していた。

「ソフトクリームを? アイスクリーム?」

「両方。」

「なんで⁉」

水本はびっくりまなこ。でも 俺たちもだな。

「興味がなかったから。」

「へ~~~」

水本はそう言って、

「じゃあ ぜひ食べてみて。奢りだしね! バニラ買う。オレいちごにするから 一口ずつ食べて、いい方をモリヤが食べるといいよ。」

そのまま振り向いて店に入り、注文している。湧井も付いていった。

2人はそれぞれ両手に バニラといちごのソフトクリームを1つずつ持って、店から出てきた。湧井は俺の方に来て ハイ、とバニラを渡す。

「サンキュー」

と俺が言うと

「負けちゃったからね。仕方ない。」

と威張って言った。

水本は モリヤの方へ行き

「バニラからどうぞ。」

とモリヤに渡している。そして興味深げにモリヤを見ている。モリヤは一口食べて、水本を見てにっこりした。

「おいしいね。」

「だろ⁉」

水本は 自分が作ったものみたいに喜んで

「じゃあ いちごをどうぞ。」

と渡した。

「ふーん。これいちご? おもしろい味。」

モリヤは にっこりしながら、そんなコメントをした。

「おもしろい? バニラの方がいい?」

「どっちでもいいよ。けど水本は いちごが良かったんだろ? ではバニラを戴くよ。」

そう? と言って、水本は素直にバニラを渡している。モリヤが食べているのを、しばらく見ていたが

「モリヤ」

と声をかけた。

「何?」

「ソフトクリームの食べ方の王道は、かじるじゃなくて嘗めるだよ。」

「そうなの?」

「ハハハ。うそ。嘗める人が多いってだけ。ほんとはもちろん どっちでもいい。」

そう言って いちごのソフトクリームを嘗めずにかぶりついた。ふふふとモリヤは笑って 水本を見ている。

「モリヤ見て こんな下の方までクリームが入ってる。お得なソフトクリームだ。やったー。」

水本が ソフトクリームのコーンの下の方を、モリヤに見せている。ホントに小学生みたい。

ふとモリヤが そのコーンを持った水本の手をとった。と思うと その指をペロリと舐めた。

「わっ」

と水本は叫んで手を引っ込めた。その拍子にコーンを握り潰してしまった。

「何やってるのよ⁉」

湧井が割って入った。水本は こなごなになったコーンと、クリームの付いた手を見て 茫然としている。

「エッチなこと禁止って言ったでしょう!」

湧井は水本の前に立って、モリヤを睨み付けた。

「エッチなこと?」

モリヤは平然と にっこりと聞き返す。

「手に付いたクリームを舐めるのは、エッチなの?」

「エッチよ! そんなこと普通しないよ!」

モリヤが俺を見た。見るな!

「小川は? 湧井サンの手にクリーム付いてたら舐めない?」

「な! 舐めないよ!」

強めに言ってしまう。分からんけど。2人きりだったら やってしまうかもしれないけど。

「ほら! そんなことしないのよ!」

「へえ。そうか。ソフトクリームなんか食べるの、始めてだから 分からなかったよ。」

しらじらしくそんなこと言って にっこりしてる。

「ごめんね水本。どうやら常識的じゃない行動だったようだ。」

「あ⁉ う… い、いや…。えーと…」

水本は 対応しきれないでいる。

「水本おいで! 手を洗いに行こう。」

湧井が 水本の手首をつかんで、トイレのある方へ連れて行った。

その2人の姿を見送って モリヤは笑っている。

「湧井サンは ぼくが何をしても、エッチだと言うんだね。」

いやいや 何をしてもじゃないだろう。ほんとにエッチなことを してるだろうよ。

「モリヤ…。お尻触るのも 指舐めるのも、充分エッチだぞ。」

「え? そうなの?」

なんか しらじらしい。

「じゃあ小川も、さっきぼくが小川の指舐めた時、エッチと思ったの?」

「えっ」

「あんなの よくある光景じゃないのかなァ。」

本気なのか そらっとぼけてるのか…。

「それならさ、」

モリヤが俺をじっと見た。ああ これのせいか? この色っぽさが、行動を余計にエッチに感じさせるのか?

「それなら、さっきのぼくの行動を 小川がとったとするだろ。湧井サンはエッチって言ったかなあ。」

「…さっきの、って 水本の手を舐めたアレ?」

「うん。ほんとに クリーム付いてたんだよ? 紙で拭く代わりに 舐めて取った。小川がそれをしたら、湧井サンはエッチと言ったと思う?」

「‥‥‥」

いや、しないけど。 ‥‥でも もしか、水本が手をクリームでベトベトにしてて、おいおい何やってんだよって ちょっと舐めても‥‥エッチとは‥‥ うーん‥‥‥

「ま、いいけど。」

俺が考えていると、モリヤはケロッと言った。

「行動自体はエッチとも思わないけど、気持ちはエッチだったからな。誤解とも言えないか。」

そんなこと言って笑っている。 ‥‥気持ちはエッチ! この青空の下、さわやかな海辺で エッチな気持ちを発揮しないでほしい。2人きりじゃないんだし!

湧井と水本が戻って来た。

「ゴメンゴメン。」

と言って水本は笑っている。湧井は笑ってないけど。

「ぼくこそごめんね。水本、ぼくのこと嫌いになった?」

何を聞く モリヤ?

「まさか! 嫌いになるわけないよ! なんで?」

モリヤ‥‥ 嬉しそう‥‥

「あっ!」

思わず俺は、声を出してしまった。3人ともが俺を見る。

「い、いや、なんでもない。」

「何よ?」

湧井が聞いてくる。

「お、いや… 喉が、乾いたなーと…」

「飲み物担当は小川くんでしょ。持ってきてるんじゃないの?」

「持ってる。さあ飲もう。」

「…へんなの。」

そうだよ。確認だったんだ、モリヤの行動…。口の中に触られる…つまり舐められるのは、好きな人ならいいのか と聞いてた。…水本が怒ってないのは 好きだからだって確認…。

今さら確認しなくても 分かってるだろうに…。

しかしモリヤは、とても とても嬉しそうに笑っているのだ。


俺がゴクゴクお茶を飲んでいると

「暑くなってきたね、どこでお昼食べる?」

と湧井が言った。

「あー、そうだな。」

俺は周りを見回して

「松の木の下なら、陰になってるんじゃないか?」

「うん。じゃ 行こうか。水本──っ」

水本はモリヤと、ちょっと先でしゃがんでいた。立って走ってきて

「キレイなの拾った ホラ。」

と手を広げた。水本の手のひらの中に 薄青緑のかたまり。波でカドがまるくなったガラス。

「あ! ガラスだ。キレイね。」

と湧井が言う。

「あげる。」

水本が言うと、湧井は嬉しそうに受け取った。

「ありがとう。今日の記念に持って帰る。」

松の木の方へ、みんなで歩いて行った。かんかん照り。暑い。

「小川くんが砂の中で見たのって、こんなガラス?」

と水本が聞いてきた。

「ああいや、違う。まるくなってるのじゃなくて、手、切れるようなやつ。」

「え? 割れたガラス? 触っちゃったの?」

「あ、ああ。」

「大丈夫だった? ケガしなかった?」

「う、ちょ…ちょっとキズいったけど大丈夫だ。」

「どこ?」

と湧井が俺の手をとった。ドキンとしてしまう。こういうドキンはいいなあ。青春ぽくて。

「うん? これ? 中指?」

湧井が指をじっと見て言った。

「ああ。」

「血は止まってるね。キズテープいらない?」

「ああ。大丈夫だ。」

前を歩いていたモリヤが振り向いた。俺と目が合うと にっこりと笑う。たのむ 余計なこと言うなよ? モリヤは色っぽく 俺を見たものの、何も言わず また前を向いて歩いて行った。

「モリヤはガラス、触らなかった?」

などと水本が聞いている。

ああ ドキドキしてしまった。言うかと思った。"ぼくが舐めて血を止めてやったから大丈夫だよ" なんてことを…。


松の木陰になっている所に、湧井がシートを敷いてくれた。靴を脱いで上がって、みんなでお昼を食べる。なんか懐かしい。遠足みたいだ。

「ご~はんだ ごはん~だ~ さあ食べよ~」

水本が歌いながら リュックからおにぎりを出している。

「か~ぜはさわやか 心もかろく~」

すると湧井も合わせて歌い出した。

「誰も元気だ 感謝して~」

水本と湧井は にっこり笑い合って

「楽しいごはんだー さあ食べよう  いたたきまーす!」

だって。なんてかわいい2人。モリヤもにっこりと いや、むしろ うっとりと、水本を見つめている。

「懐かしいでしょ?」

と湧井が俺に言った。

「その歌? うーん… 知らない。」

「うそだァ。歌ってるはずだけどな? 小学校の遠足の時、歌わなかった?」

「歌ってたのかも知れないが 覚えてない。よくそんなの覚えてるな。」

「覚えてるよー。ねー 水本。」

「うん!」

「では食べよう。どうぞ。」

湧井が俺の前に 包みを広げてくれた。水本はモリヤに おにぎりを渡している。

「いただきます。」

みんなで言って食べ始める。ああホッとする。これだよ。さわやかピクニック。こうでなくては。

「あ、ほんとにサンドイッチにしたんだ?」

俺が言うと、湧井が だって と言った。

「水本のおにぎりのが おいしいなって言われたら、ショックだもの。」

水本がハハハと笑っている。

「そんなこと あるわけないよ。」

サンドイッチはうまかった。卵やハムやレタスやツナや、いろんなものを挟んでくれてる。

「おいしい?」

湧井が心配そうに聞く。

「めちゃくちゃうまいよ。」

俺が答えると、嬉しそうな笑顔になった。いいぞピクニック! 

ふとモリヤを見ると、これ又幸せそうに おにぎりを食べている。全体にこういう雰囲気なら、すごくいいのに。ピクニック最高なのに。どうも モリヤに翻弄される。ピクニック前半は ドキドキハラハラしっぱなし。

「すごく楽しいね。」

と モリヤが言った。水本を見つめて。

「ほんと⁉ モリヤ楽しい⁉ 良かった‼」

心から嬉しそうに 水本が言う。笑う。

「あ」

水本が言って モリヤをじっと見た。

「うん?」

とモリヤが色っぽく聞く。

「あ、ううん。…匂い、戻ってないね。」

「そうだね。」

モリヤは にっこり返事。

「来週… いや、もう今週になるのか‥ プール始まるって。‥‥プールの時も、戻ってなさそう?」

モリヤはやっぱり にっこりと水本を見ている。

「そういえば」

水本の問には答えず、モリヤが言った。

「水本に 初めて話しかけられたのは、水泳の着替えの時だったなあ。」

「えっ‼ モリヤ、そんなこと覚えてるの?」

「当たり前じゃないか。"モリヤ。休まないのか?"」

「‥‥‥」

「ぼくが、どうして と聞くと、"いや。なんでもない。悪い。"」

「‥‥‥」

水本は目を見開いて絶句している。一年も前の会話を、よくもまあ覚えているものだ。

「初めての会話にしては おかしな内容だね。」

ふふふとモリヤは笑っている。

「う、うん、そうだね。ご、ごめん。」

ハハハ、と笑ってモリヤは言った。

「一年たっても まだ謝る?」

そう言いながら モリヤはとても嬉しそう。

「その次は 化学の教科書を届けに来てくれた時。」

「…‼」

水本は、びっくりまなこで やっぱり絶句。

「"モリヤ!"って叫んだと思ったら、"おまえの名前は 森家香貴か!" だって。」

クスクスとモリヤは笑い出した。

「"森の家の貴い香りか!"」

クスクス笑い続けて

「あげくに 強引に手をとって握手して、"ナイスネーミング" だよ?」

アハハハハとモリヤは爆笑した。珍しい。でも そりゃ笑うわな。手を握りに行ったという ウワサは聞いていたが、そんな経緯だったとは。おかしなやつだなあ、水本は。

「そ、そんなにおかしいかな。」

水本はちょっと目を白黒。

「あの時は クラス中が驚いてたよ。」

モリヤが笑いながら言った。

「そ、そうか… それは… 申し訳なかった…」

「だから」

モリヤは もうゲラゲラ笑っている。初めて見た。こんなに笑うモリヤ。

「どうして 今になって又 謝るの? 謝るようなことでもないよ。バカだなあ 水本は。」

バカだなあと言いながらそれは、かわいいなあと俺には聞こえる。ホントにかわいくってたまらない という顔を、モリヤはしている。

「あ」

と、湧井が俺を見た。こっそりと

「これ、モリヤの匂い?」

と俺に聞く。俺はウンとうなずいた。いつもの匂いじゃない、という モリヤの匂い。俺にとっては いい匂いの方の、モリヤの匂いだ。

「‥‥いい匂いね。」

湧井は 俺に顔を寄せて、ごく小声でそう言った。さわやかドキドキ。

でも、湧井も こっちの匂いはいい匂いと思うんだ? 俺とおんなじ。水本だけ違う。

ハ───ッと 水本は一旦、肺じゅうの空気を吐き出すようにしてから

「でも」

と言った。

「あの時はまさか 一年後に一緒に海にピクニックに来れるようになるなんて、想像もしていなかった。」

そう言って へへへへと笑った。

「良かった。」

と水本は言った。

「こんなに仲良くなれて 本当に良かった。」

う~ん… 天然だなァ水本。無意識的に誘惑してるぞ? 俺は ちらりとモリヤを見る。ほら~~。キスされても文句言えないぞ水本… ああ 怖いこと考えてしまった。取り消し取り消し。

「海、楽しいね。」

水本が俺の方を向いた。

「小川くんありがとう。」

「おう。」

かわいいぞ水本。しかし それを表現しなくていいんだ。ほら、モリヤがこっち見てるじゃないか。うわあ。指を2本立てている。もちろん ピースじゃない。‥‥ポイント2だ。もう‥‥ 怖いから… 笑ってるし。

「キャンプとかしたいね。オレ 飯ごう炊さん、友だちとやったことないんだ。」

「学校以外でってこと?」

と湧井が聞く。

「うん。学校では、1回だけやったことある。中学の時。湧井さんは?」

「中学では3回やったよ。1、2、3年。年1回。ね?」

湧井が俺を見る。

「ああ。そうだったな。3年の時は、結構みんな慣れてた。」

「あ! モリヤも一緒の中学だよね。じゃあモリヤも3回やったんだ。」

水本が隣を振り向いてそう言うと、モリヤはにっこりして

「いいや。」

と言った。

「ん? 3回やってない? どうして?」

「休んだから。」

「えっ‼ キャンプの日休んだの⁉ もったいない… ───体調悪かったんだ?」

今現在のことではないのに、水本のセリフの最後の方は 心配そうになっていた。

モリヤは水本に向かって にっこり笑って

「体調が悪かったわけではないよ。行きたくないから休んだんだ。」

「えっ⁉」

水本は またまたびっくりまなこ。

「キャンプ行きたくなかったの⁉ どうして⁉」

やっぱりモリヤはにっこり。

「他人と一緒に寝るなんて 御免だから。」

俺と湧井は 思わず顔を見合わせた。水本は声もなく驚いて モリヤの顔を凝視している。

「そっ そうなの? 人と一緒に寝るの、嫌なんだ? そんなに?」

「うん。そんなに。」

そんなにって どんなにだよ。…学校行事を休むくらいってこと? 水本は心底驚いたようだった。水本にそんな感覚は皆無だろうからな。むしろ、とても好きそう。

「あれ? でもモリヤ、オレに泊まってもいいのにって 言ったよね?」

なにっ⁉

俺と湧井は、音がするほど激しい視線を 水本に向けた。直後 それをモリヤに。

モリヤは嬉しそうに笑っている。

「うん。言ったよ。泊まる?って聞いたら、水本が帰るって言ったから。"遅くなってしまったんだから泊まってもいいのに" と、ぼくは言った。」

「?? さっき、人と一緒に寝るの嫌だって‥‥」

「水本はいいんだ。」

モリヤは に──っこり。

「ど、どうして…?」

うわあ! 水本やめろ‼ 天然すぎる‼

「私はたい焼きが食べたい‼」

湧井が叫んだ。

「え‥‥」

びっくりして 水本が湧井を見た。

「今すぐ たい焼きが食べたい。さっきの店に売ってたから 買いに行こう、水本!」

「た‥たいやき?」

「さあ‼」

と 湧井は立ち上がった。

「水本も食べたいでしょ! たい焼き、キライ?」

「い、いいや。好きだけど…」

「でしょ! いくよ!」

湧井は水本の腕をつかんで引っぱった。驚きながらも 立ち上がり、

「み、みんなで行く?」

「2人でいいよ。いる人?」

と湧井。俺もモリヤも手を上げなかった。

「オッケー。水本 行こう。」

湧井は 水本の腕を引っぱって靴を履き、そうして店の方へ向かっていった。

水本は わけの分からないまま、連れて行かれた感じ。

「あぁあ。」

モリヤはシートの上で 体操座りになって、大げさにため息をついた。

「また湧井さんが 水本をさらっていってしまった。」

そう言って、俺を見てニッと笑って

「ポイント3」

と言った。オイオイオイ。湧井の分も全部 俺に付くわけね。

「と… 泊まれって、水本に言ったのか?」

さっきの会話、聞き流せない。

「泊まれとは言ってない。泊まるかと聞いたんだ。前にも聞いたけど その時も水本は、帰らないといけないと言って 帰ってしまった。」

つまらなそうに モリヤは言った。

「…と…泊まらせたい…のか‥?」

モリヤは少し驚いたように 俺を見た。俺が怯んでしまう。

「小川は 湧井サンに泊まってほしいと、思わないとでも?」

「‥‥‥‥いや。」

「しかし キャンプかあ…」

一人言のように モリヤは呟いた。

「行ったことがないから イメージつきにくいなあ。寝るのはテントなの?」

「え… ああ、テントのこともあるし 木の小屋みたいなのもあるな。バンガローっていうのかな。」

「ふ────ん。」

モリヤは想像しているようだ。

「それは 全員で寝るの? それとも、2人ずつとか?」

「そ…そりゃ自由だろ…」

「自由…」

モリヤは 俺をじいっと見て、へえ… と呟いて笑った。

「水本と2人だけで眠れるんなら 行ってもいいなあ。」

「‼」

そんなあからさまに‥‥

「モリヤー 小川くーん」

大声で呼びながら 水本が嬉しそうに走ってきた。湧井もすぐ後ろから走ってくる。松の木の下まで走ってきて

「たい焼き買ってきた! あんことカスタード、どっちにする?」

「水本… 俺ら、いるって言ってないぞ。」

モリヤは嬉しそうにニヤニヤしてるから俺が言った。ハハハ、いいじゃないか、と水本はわけの分からないことを言って

「オレはどっちも好き! 湧井さんもだって。だから2つずつ買ったんだ。ね、湧井さん。」

「うん。特別に選ばせてあげよう。」

湧井は俺の目の前に 右手と左手に持ったたい焼きを、差し出した。

「じゃあ あんこ」

「右手があんこです。」

湧井は左手を引っこめた。

「モリヤ もしかして、たい焼きも食べたことない?」

水本がモリヤに聞いている。モリヤは笑ってうなずいた。

「回転焼きも? ベビーカステラは?」

ベビーカステラは 仲間か?

「食べたことないよ。」

「じゃあ又 一口ずつ食べてみて。すごいおいしいよ!」

モリヤが嬉しそうなのは よく分かるんだけど、水本も嬉しそうなんだよなー。モリヤもあんこを選んだようだ。

「モリヤ、たい焼きにも興味なかったの?」

たい焼きを食べながら 水本が聞く。

「そう。」

「ふーん。普段、甘いもの食べない?」

「うん。」

「ほんと⁉ すごいなモリヤ。オレなんか毎日、なんか食べてるよ 甘いもの。」

モリヤの私生活は、ホントにナゾに満ちている。

「あ、じゃあ今日 急にたくさん甘いもの食べたの、よくなかったかなあ?」

モリヤはたい焼きを食べながら

「どうして?」

と聞いている。あくまでにっこりと。

「お腹痛くならないかな?」

「ならないよ。」

モリヤは笑って言う。ならん。水本ってば、モリヤだって高校生男子だぞ? ソフトクリームとたい焼き食べたぐらいで、腹痛(はらいた)おこすもんか。


たい焼きを食い終わって、みんなで向こうの方に見えている突堤まで、歩いてみることにした。砂浜をザクザク歩いていく。

「サンダル履いてきたらよかったなー。そしたら水の中を歩けたのに。」

なんて湧井が言っている。確かに、そう。気持ち良さそう。

「水本キャンプしたい?」

歩きながらモリヤが聞いた。俺はドキッとしてしまう。

「うん。したいけど…。」

水本は ちょっと考えて

「けど、モリヤは人と泊まりたくないし、湧井さんは女の子だから 泊まりはムリなんじゃない? 日帰りで 飯ごう炊さんしようか。」

なんて言う。なるほど その手があったか。

モリヤは湧井を振り向いて

「へえ? 湧井サンは泊まれないの?」

なんか 挑発的。やめろモリヤ。湧井も答えなくていいぞ。でも 俺が口を出す前に、湧井が食いぎみに言った。

「泊まれるわよ。」

「ぼくも 水本と2人テントなら泊まりたいよ。じゃあ行く? 泊まりで。」

「だめよ 2人テントなんて!」

「湧井」

やっと 口を出せた。

「ダメだろ、泊まりなんて。女子が一人だけなんて状況で。」

「いいよ。黙ってたら分からないもの。」 

「湧井…。」

「水本なんて 女の子と一緒じゃない。大丈夫よ。」

「へ⁉」

水本がびっくりして湧井を見る。

「なんで? 湧井さん、なんでオレが女の子と一緒??」

「感覚。」

「かんかく⁉」

「友だちには男も女もないってこと。」

「ええ??」

湧井 むちゃくちゃ言ってる。

「小川が嫌だって。男ばっかりの中で 湧井サンが泊まるのは。湧井サンは小川と行けば? ぼくは水本と2人で行こうかな。」

「ばか言わないでよ。だめよ! そんなの! 水本はみんなで行きたいんだから‼ そうよね⁉」

湧井は水本に同意を求める。分かったぞ。モリヤ 嫌がらせしてるな? 湧井に発動してるじゃないか。約束が違う。

「う、う… オレは…」

水本は湧井におされて 言葉につまっている。

「泊まりは回避。日帰りキャンプで 飯ごう炊さんとバーベキューやろう。」

俺は変なムードを断ち切るように 明るく言った。でもモリヤが

「泊まりもなしで 食べる目的のキャンプもどきには、興味ないなァ。」

なんて言うのだ。

「そおかァ…。」

水本はモリヤを 受け入れてしまうんだよな。

「でも水本がやりたいなら 別にいいよ。やりたい?」

「う‥‥」

水本はちょっと考えて

「…やりたい。みんなで ごはん作ったりするの、楽しそう…。」

そうかな。楽しいかな。俺はちょっと怖いけど。

「じゃあやろう。」

モリヤはにっこりそう言って

「小川と湧井サンが嫌だったら ぼくと2人でもいい?」

なんて水本に聞いている。

「嫌だなんて言ってないでしょ!」

湧井ったら激しい。

「ふうん? 嫌じゃないんだ? 小川は嫌だよね? 湧井サンと2人きりがいいよね?」

答えが分かってての質問だな。嫌がらせ発動中。ポイント3まで、これでチャラにしてくれないかな。

「みんなで行きたい。行こう。」

俺は言った。

「うん‼」

水本が嬉しそうに言ってから

「モリヤいい?」

ちょっと心配そうに聞いた。

「いいよ。でもできれば次は、海じゃない方がいい。」

「ん。川だね? そうしよう。いいよね?」

水本が、俺や湧井に向かって言う。俺たちは そろってうなずいた。

「やったー 嬉しい。夏休みにする?」

「そうしよう。」

俺は言った。モリヤもにっこり うなずいている。湧井は笑わず うなずいている。

夏休みの日帰りキャンプ企画。楽しいはずなんだけど、やっぱり俺には キョーフの企画。湧井も モリヤに対してガマンしないからな。ポイントが溜まっていってしまう。せめて 嫌がらせは、俺にだけにしてくれないかなあ…。

突堤の先まで 歩いていって、みんなで海を見た。とてもきれいな水で、小さい魚のカゲも見えた。水本は大喜びだ。そんな水本を見て、モリヤも楽しそう。


それから次の駅まで 海辺を歩けるところまで歩いていって帰ることにした。

少々暑くてぐったりしてきたので、電車に乗ったら ほっとした。クーラーがきいていて、とても涼しい。おまけに座れた。モリヤの隣に座った水本が

「モリヤどうした? しんどい?」

と聞いている。

「ちょっと 海風にあたりすぎたかな。」

とモリヤが答えている。

「だるくなった? 寝てていいよ。オレ、起こしてやる。」

優しー。

水本の隣が俺で、湧井はその隣にいるんだが、湧井は熱心に水本とモリヤのことを覗き込んでいた。

モリヤはにっこり水本を見つめて ありがとうと言った。そして そうさせてもらうよ、と言って目を閉じた。電車の揺れで、コトンと水本の方に倒れかかる。水本は にっこりそのまま、もたれさせてやってる。俺は タヌキと見た。モリヤ、寝てないと思うな。この状態を楽しんでいるに違いない。ちらりと湧井を見ると、思いっきりモリヤを睨みつけている。でもさすがに 起こすことも、席を替われと言うこともできないようで。

「湧井。」

俺は小声で言った。湧井が大きな目で俺を見る。

「湧井も疲れただろう。眠ってもいいぞ。」

「眠くないもの。」

「起きてても、腹が立つだけだぞ。」

耳打ちするように俺が言うと、考えるように少し黙って それから

「ウン。」

と言った。俺にちょっともたれて目を閉じる。うわお。今日(いち)幸せ! ああ青春の1ページ。ようやっと ダブルデートらしさが出たぞ。

ドキドキと幸せを噛みしめていると、スイッと水本が俺に体重をあずけてきた。おい! 寝てるのか?

俺は 湧井と水本を受け止めて 起きていた。ふとモリヤを見ると、水本にもたれながら目を開けて 俺を見ていた。

やっぱりタヌキ。あ、指が4本。ポイント4~? なんで… 俺、悪くないじゃないか…。ああ、理不尽…。

次回、明くる日の水本です。

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