表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウワサのモリヤ  作者: コトサワ
13/48

香気芬芬 (また小川くん側 その3)

小川くんがモリヤと話をするのは 水本が心配だから。何も好き好んで、モリヤと2人っきりで話をしているわけではない。

モリヤが小川くんと話をしたのは もちろん誘われたからに他ならない。水本の話と言われたからだ。それだけ。

ところが この日モリヤは自ら小川くんを誘った。話をしようと。なんの話かは、分かりきったことだった。

日曜のピクニックが よっぽど楽しみなのか、それとも水本のキズを見に行った時に 嬉しい出来事があったのか、日曜までの2日間のモリヤの機嫌は すこぶる良かった。

モリヤはこれまで とてもおとなしく、極めて口数少なく、目立つ行動など全くとらないやつだった。いつも落ち着いていて物静か 気分にムラがない。言い換えると 感情表現が豊かでない。どちらかと言うと 無表情な男だったのだ。

それが、水本と仲良くなってから 少しずつ変わってきた。口数の少ないのは変わらずだが、それでも不意に発言することもあり、第一よく笑顔を見せる。何より色気。これはもう全く驚くほどで…。

そして個人的に話してみると、これが全然おとなしくなどない。よく喋る。よく笑う。さらに、考えていることが意外に過激…。

ただ 個人的に口をきいているのは、水本以外には俺だけのようで 多分誰も、モリヤの本質を知らない。

モリヤは元々から、おとなしく見え 目立つ行動などとらないのに 常にウワサの人で、俺は中学時代から知っているが ちょっと変わったウワサの絶えないやつだった。

そのモリヤが感情を現そうものなら、もうどうしようもなく ウワサはいや増す。すごい色気と相俟って ウワサの勢いは収まらない。

遂には、俺もそのウワサに巻き込まれた。まず 仲良くなった…というか モリヤに興味を持って近付いた水本は、ウワサの総攻撃を受けた。当然のように。色事のウワサになって、どんどん発展していった。そして水本と仲の良かった俺までも、三角関係だなんのと…。

前回のは、またひどかった。俺はモリヤの色香に迷わされ、勢い余ってやっちゃったあげく、遊ばれて捨てられ、モリヤは水本の元へ戻った。と、ここまでは前段階。その後、モリヤを忘れられない俺が、無理矢理モリヤを誘い、水本の手から再び奪い去ったはいいけれど、モリヤは水本との S… なんか 情けなくなってきた…。ウワサ、酷すぎる…。 …とにかく、モリヤは 水本の両手首を縛り上げてどうのこうのを経験ズミ。俺も それを受け入れたら よりを戻せたんだが、俺もモリヤ側だったもんで受け入れられず、交渉決裂。ショックを受けた俺は、遂にリストカット‥‥‥

いい加減にしやがれってウワサだ。ただ さすがにこれはみんなも信じていないようだが。俺がリストカットするたまでないことは、周知の事実だから。おもしろがって むちゃくちゃ言ってるのだ。

このウワサは 水本の耳には入れてない。自分のことだし、ひどすぎて…。反応を見たい気がしないではないが。水本は言うなれば モリヤと正反対で、表情が豊かだ。隠せない。それがおもしろい。

そんな水本を、モリヤはかわいいと 俺に明言した。なんのためらいも恥じらいも躊躇もなく…。かわいくてかわいくて たまらんのだと。

俺は モリヤの機嫌のいいのは 怖い。初めて 長くモリヤと話した時から、俺はモリヤが怖い。それは 水本にも湧井にも、内緒にしているけれど。

傷をモリヤに見せた時の話を 水本に聞いたけど、相当緊張してモリヤに会いに行ったわりに、明るく、薬を貰っただけだと 水本は言った。いい匂いもした 良かった、なんて。‥‥まあ、水本の場合、何かあったらすぐ分かる。心にカゲリがあると すぐ顔に出るから。だから大丈夫だとは思うけど…。


ピクニックの前日の土曜日、俺は 気を付けて行くように、水本に注意した。

水本は 笑っていた。そんな山奥に行くわけじゃない。少しは登るけど、遭難する心配のあるような所ではないと。

俺は遭難の心配をしていたわけではない。でも水本は嬉しそうに笑って、俺に礼を言った。そんな心配をしてくれるなんて、と、ホントに嬉しそうに。

───確かに かわいいのだ水本は。ただモリヤに、それを惜しみ無く見せてしまうのは 危険な気がしてしょうがない。もう一度言うけど 俺はモリヤが、怖いのだ。



日曜日はキレイな晴天だった。今年はどうも空梅雨だ。梅雨入りしてから、一度どしゃ降りがあったが、梅雨らしい雨はそれきりで、一日中曇りもせずにキレイな空だったりする。日曜も、そんな青空の日だった。

俺は 湧井と会っていた。遊びに行こうと湧井は言っていたんだが、前日になっても何処に行くか決まらず、湧井は家に来るかと俺に聞いた。家に‼ 初めてだ。付き合って 一年とほんのちょっと。けっこう長いけど、家によばれたことはない。俺もよんだことはない。会うのは もっぱら外でだ。

ついに! ‥‥‥が、ドキドキワクワクのお宅訪問…では、ないんだこれが。湧井が一心に水本を気にかけていることは 2、3日前から明らかだった。日曜日は前から二人で会う約束をしていたが、湧井は水本のことが気にかかりすぎて、どこぞへ遊びに行く気がしなかったのだ。それが分かってしまう俺も俺。彼女の家に行けるという、すばらしき事実を前にしてさえ 一心不乱に喜べない。俺もやっぱり 水本のことが気にかかりすぎている。


さすがに 湧井がドアを開けた時は、お互い いつになく訳の分からない笑いを浮かべたりして、おかしなムードで家にあがったが、ああせっかく、家の人もいず! なんと二人っきりだというのに‼ 頭には モヤモヤと水本が思い浮かんでしまう。二言目には

「水本 何してるかな。」

う~ん… 俺たち 大丈夫か?

あげくの果てには 湧井が「あ!」と何かに気が付いたよう。なんだと聞くと、俺より先に 水本を家に誘ってしまったと言うではないか。

「なんで⁉」

と俺は思わず声が大きくなってしまった。でも湧井は へへへと笑って

「なんとなく。」

なんとなくね。まあ 深い意味はなかったんだろう。俺に言っちゃうぐらいだから。それに水本は来なかったんだと。恋人でない女子の家には行かないと言って。常識人だからと のたまったそうだ。誰がだ。


二人ともが 気もそぞろだもんだから、今いち甘いムードにもなれず、何して遊ぶでもなくボンヤリしていた。

遂に湧井が笑い出した。

「こんなことだったら 付いていったらよかったね。」

「水本にか? 嫌がってたのに?」

俺も笑ってそう言った。

「だって私たちバカみたい。付いていった方が 気も楽よ。きっと。」

「う~ん… それは 分からないぞ。」

「この状況よりかは マシじゃない?」

「湧井は あの二人がイチャイチャしてても平気?」

「いちゃいちゃ? 水本が? モリヤと? しないでしょ。」

「いいや。すると思う。湧井は見たことないのか?」

「そんなの見たことないよ。小川くんはあるの?」

湧井はびっくりした様子でそう言った。

「いや 見てはないが。」

「ほら。水本って、すごい恥ずかしがりよ。イチャイチャなんてできないよ きっと。」

「それがな、水本ってモリヤの匂いが好きだろ。」

「うん?」

「モリヤの匂いが変わったとか言ってた時、あっただろ?」

「うん。」

「体育の着替えの時に、水本がモリヤの匂いを嗅ぎに行った。」

「近付いたってこと?」

俺は ツと、顔を湧井の肩辺りに近付けた。前に水本がモリヤにしていたように。

「こんな風に。」

近くにあったクッションで 顔を思いっきり押し返された。湧井はびっくりまなこになっていた。俺は微笑んでしまう。

「水本は意外にこんなことを平気でする。多分相手の気持ちが分かっていないし、周りの気持ちも分かってない。みんなの前で 堂々とやって平気。」

「‥‥‥」

「俺だったら、二人きりだって 今ちょっと勇気がいったし、湧井だってその反応だろ? 普通はそうと思うよ。でも水本は。」

「‥‥ほんとにモリヤの匂いだけが好きってことはないよねえ…」

「希望的観測? ないよ。見てて湧井も分かってるだろう。」

「うん。水本は モリヤが大好き。‥‥」

う~ん… と考えていた湧井と ふと目が合った。すると湧井はいたずらっぽい表情になって

「ちょっと勇気がいったんだ?」

なんて言う。

「う」

時間差で そこ、攻めてくる?

「‥‥ホントはちょっとじゃなくて大分。なぐられる可能性だってあるし。クッションは優しい。」

俺がボソボソ言うと、湧井はかわいい笑顔を見せた。

「そうか。二人っきりなんだから あそこはあのまま受け止めて、ギュッと抱きしめる場面だったのかな。」

なんて、大胆なことを言いながら赤くなってる。かわいい。このまま甘いムードに突入できれば嬉しいのに

「モリヤは どう反応したの?」

と やっぱり、あっちの二人が気になるんだ。

「モリヤは… 平然としてるように見えた。心の中は分からないけどな。」

「平然‥‥かあ…。モリヤって、水本が好き? よね?」

俺は 真面目な顔で、湧井を見た。

「死ぬほど好き。」

「‥‥‥ほんとう?」

「ああ。想像してたよりもっと。直接話して驚いた。モリヤは、水本が大好き。まさに水本命。世界でただ一人だけ。水本が全て。」

「‥‥そんなに?」

「そんなに。‥‥だから、ホントに 故意に水本を傷つける気は、モリヤにはサラサラない。」

「‥‥ほんとうかなあ…」

だって水本は、モリヤの100だから。水本以外はモリヤにとって(ゼロ)なのだ。(ゼロ)。何の興味もナシ。そしてその全ては 水本一人にそそがれる。

だからモリヤは 本当は平然じゃなかったはず。学校だったから 平然を装ってたんだ。それだから家で、二人きりであれを、しかも肩に触れた上にやられた時、モリヤは限界にきて水本を追い出した────

────そんなこと されてごらんよ、ねえ?───

うん。 今日の俺たちみたいに 気もそぞろな状態ではなかったんだろう。かわいくて かわいくて、そこを耐えて、あげくのはてのソレ。

もう水本は近付いて来ない、とモリヤは言ったけれど、それこそ 本当かなあ、だ。だって水本は、分かってないんだから。

多分、一番最初の 自分がモリヤに興味を持った時の、あの関係性のつもりで ずっといるんじゃないか。自分()モリヤに近付いている。自分から一方的に近付いていっている。モリヤは ただそれを容認している、と。まさかモリヤの中で、自分が100の存在になってるだなんて、夢にも思ってないのでは。

水本は、モリヤは妬くほど人や物に執着しないと思う、なんて言ってた。水本以外には、その通りだよ。おまえだけが、例外なんだよ。

知っていた方が、いいと思うなあ…。

‥‥水本、もし知ったらどうするんだろう。モリヤを、受け入れるんだろうか…。恋人に、なってしまうんだろうか…。



結局 初めての彼女のお家訪問は、甘くならずに終わった。水本の心配に、終始してたからなァ。心配したってしょうがないのに。何も止められないし。

次の日 水本はどんな顔して来るだろう。…暗い顔してたら怖いなあ。明るい顔して笑ってやって来るといいけど。

楽しかったって報告を期待して 俺は学校へ行ったのだ、が。


果たして 水本は明るかった。

俺は休み時間まで待てず、登校するなり隣のクラスへ直行した。珍しく早く家を出たので 水本はまだ来ていなかった。湧井はもう来ていて おはようと言った。俺も湧井も少し緊張している。

そこへ水本がやって来たんだが、教室に入ってくる前から 水本が来たことはすぐに分かる。周りの騒ぐ声が聞こえてくるからだ。階段の辺りだろうか、もうギャーギャー聞こえてくる。

大騒ぎの中から水本が現れて、明るく「おはよう」だって。俺を見つけて「あれ? 小川くん」だって。「早いね」って笑っている。もうマスクはしていない。少しまだ跡があるが、だいぶ戻っていた。

俺と湧井は 水本をじっと見て、楽しかったんだなと思った。湧井は ホッとしたようだった。でも俺は…。

「楽しかったんだ?」

と湧井が笑って言った。水本は笑顔で

「うん」

くそう。

「滝のとこ 涼しかった。すごくキレイだったよ。」

「よかったね。」

湧井は嬉しそう。だよな。あんなに心配したんだ。笑顔で学校に来てほしいと願ったんだ。

願い通りに水本は笑顔だ。俺だってあんなに心配した。笑顔で来てほしいと願った。

─────なのに…。

「小川くん どうかした?」

水本が聞いてきた。俺は笑っていなかった。きっと、苦虫を噛み潰したような顔をしていたんだろう。

「別に」

俺は言った。水本がちょっと心配そうに

「怖いこととかなかったよ? ケガもないし 昨日は倒れたりもしてないよ。」

と言う。でもなんだか ホッとできない。

「楽しかったんなら 良かったじゃないか。」

俺は 笑わずにそう言いおいて、教室を出た。

自分で驚いてしまった。喜べない。良かったじゃないか、と言いながら ちっとも良かったと思ってない。

なんでだ? …なんか、悔しい。

自分の教室に入ると モリヤが来ていた。こちらもギャーギャー大騒ぎ。この頃は毎朝のことだ。すでに日常。そしていつものように モリヤは色っぽく笑っている。

モリヤが俺に気付いた。にっこりと笑いかける。周りが騒ぎ立ててやかましい。俺は笑い返したりしない。憮然と席に着いた。

左手首の色は ほぼ元に戻っている。包帯も取っていた。だから、リストカットのウワサのウソ%は100と みんなが知っているはず。なのに クラスメイトが一人、俺に近付いてきて言った。

「モリヤって魔性の男だね。」

魔性ときたか。俺はそいつを見もせず返事もせず そのまま前を向いていた。そいつは俺の視界に入り込んできて

「自分のせいでリストカットまでした小川に、あの笑顔はないよな。」

だって。俺は顔をしかめた。

「なあ? 傷つくよなあ?」

なんだ? マジか? からかってんのか? 読み取れない表情だな。

「小川、ガツンと言ってやった方がいいんじゃないか?」

俺は 左手首をそいつの目の前に突き出して言った。

「リストカットしてない。」

「えっ⁉ まさか⁉」

‥‥こいつ 大丈夫か? いや、モリヤの周りでギャーギャー言ってるやつらも 相当危ないけど。

「じゃあ、もう一つの方のウワサが真実だったのか!」

「もう一つのウワサ?」

って、なんだ?

「実は小川は、モリヤのSプレイを受け入れたっていう方。」

俺は目をつぶった。無視だ。

モリヤはすっかりSの人だ。あああ。ウワサって怖い。信じるやつも たまにいるしな。こいつみたいに。そしてウワサの怖いところは 100%デタラメではないってトコだ。真実が紛れ込んでいる。

笑えないなあ。


水本の楽しかったピクニックの話を聞くのも癪なので、俺は昼休みも隣のクラスに行かなかった。

湧井は水本が好き。その事実は ちっとも俺にやきもちを妬かせないのに、どうしてモリヤに対して…。水本も湧井が好きなのが分かる。それも ちっともやきもちを妬かせない。なのにどうして、モリヤに対して…。なんなんだろう一体。なんだか もんもんとしてしまう。

放課後、湧井を誘いに行こうか。一緒に帰ろうと。なんか変だと思ってるだろうな 俺のこと。朝イチ会いに行って 変な感じで戻ってしまったからな。

終礼が終わっても踏ん切りがつかずに もたくさしていたら、目の前にモリヤが立った。

ああ。ギャーッだって。やかましい。いい加減飽きないのかな。暇人どもめ。

俺が黙ってモリヤを見ていると モリヤが言った。

「ちょっと顔かさない?」

「何の用だ。」

まさか モリヤの方から話しかけてくるとは。初めてのことだ。好奇心もあるが、なにしろ俺は まだもんもんとしているのだ。しかし 何の用だ、だって。モリヤがニヤリと笑っている。その ニヤリすら色っぽい。

そりゃ笑うわな。他に何があるっていうんだ。水本のことしかない。

「昨日の話 聞きたくない?」

聞きたくない。でも 聞きたい。何この矛盾?

「話したいのか?」

むすっとして俺が聞くと、モリヤはふふふと笑った。

「ぼくには 小川しかいないから。」

心なしか 声を張ったか? 気のせいか? 周り中が注視して、聞き耳を立てている。もちろん ここで叫び声が上がる。愛の告白に聞こえるだろうよ。

なんだよモリヤ。ウワサをおもしろがってんのか?

俺は立ち上がった。

「聞いてやろうじゃないか。」

モリヤは嬉しそうに 色っぽく笑って

「じゃあ」

と先に立った。

くそう。こうなりゃ 根掘り葉掘り聞いてやる。覚悟しとけ。


モリヤはどんどん歩いて 例のアジサイの公園に。まだまだアジサイはきれいだ。そして 人気(ひとけ)はない。ここまで付いてこようってやつはいないんだ。それはそれで 不思議。あんなに大騒ぎするくせに。

少し登ってきたので、俺は汗をかいていた。今日はかなり暑い。けどもモリヤは 汗をかいてる様子はない。暑くもなさそう。平然。

並んでベンチに腰かける。前回と同じ。俺がアジサイ側。

「ぼくがね、」

いきなりモリヤが口を開いた。一瞬ドキッとしてしまう。

「小川に聞いたことを ここで水本に言ったら、水本は真っ赤になっていたよ。」

嬉しそうに。なまめかしい表情でモリヤはそう言った。

「…俺に聞いたことってなんだ。」

モリヤはなんだか うっとりしている感じ。思い出しうっとりだ。

「口で付けたアザがキスマークではなくて、キスして付いたアザがキスマークなんだって。」

アハハとモリヤは笑った。

「そんなことぐらいで もう真っ赤。ほんと かわいくて参ってしまう。」

いきなりきた。そうか。しまった。モリヤはのろけたいんだ。まんまと聞きに来てしまったぞ。

…しかし 興味深くはある。そんなことで。それしきのことで真っ赤になるのか…。ええ~~? 水本 それはちょっと、うぶすぎないか? 今どき中学生だって キスマークの話ごときで赤くなったりしないぞ。

「そのくせ 必死でぼくのキスマークを見たがったりしてね。ハハハ」

だからキスマークじゃないって。さっき自分で言ったくせに。

「見せてやったのか?」

「うん。かわりに水本の口のキズを見せてって言った。交換条件。なんか嫌がるから。見るだけなのに。」

言いながらも、ずっとモリヤは嬉しそう。そうしてじいっと俺を見た。もう…。モリヤが好きでもなんでもないんだから、ドキドキなんてしないでほしい。

「‥‥なんだよ?」

早く言葉にしろ、早く!

「ぼくはあやしいと 小川は思ってるだろう?」

「あやしい? 何が?」

「いろんなこと。いろんなこと全て。思ってるんだろう?」

「‥‥‥」

むしろ 俺の中では、前より人間味が出てきたけどな。あやしい…か。"怪しい"じゃなく、"妖しい"の方かな。

「この頃のは下世話なウワサばかりだけど、前頃は怪しいウワサが多かったしね。でも水本は その頃からぼくのことを、ちっとも怪しまなかった。」

知ってる。ウワサすら水本のお気に入りだったんだ。楽しんでたよ水本は。

「今なんて 家に来るようになったから、もっとたくさん怪しむ点はあるんだ。きっと他の誰かなら 質問攻めだね。でも水本はいつだって "そんなことが知りたいの?"と びっくりするようなことしか聞いてこない。」

ふふふと モリヤは笑っている。思い出し笑い。

「びっくりするような質問って何だ?」

「例えば 温泉が好きかとか 海は好きかとか じゃあ湖は?とか。」

何だそれ? 前後の会話が分からないから、よけいになんだか分からない。…水本は モリヤとどこか旅行へ行こうと思ってるのか?

「水本に言わせると」

嬉しそうにモリヤが言う。

「ぼくは "怪しい" んじゃないんだって。"怪しい" ではなく "ミステリアス" なんだそうだよ。神秘的だって。それは もう、誉め言葉だよね。」

うれしそ~う…。神秘的… ほ──? そりゃ誉め言葉だろう。神秘的でステキってことだろう。あ── ムカムカする。

ハハハとモリヤが笑う。

「なんだよ?」

「小川があからさまに妬くから。直情的でおもしろいなと思って。」

なんだと‼⁉ ‥‥‥でも、そう。俺は妬いている。だからこんなにムカムカするんだ。でも俺の知らない所で 二人が何をしているのか、知ったら腹が立つに決まってるのに なのに ものすごうく、知りたい。

しっかし ムカつく。モリヤは 俺が妬いてるのを見たいんだ。水本は自分のもの。そう思ってんだな。くそ。

「い、今の一連は 昨日の話か?」

「いいや。薬渡した時の話。ここで。」

ええ‥?? まだ序章?? どうしよう。俺、堪えられるだろうか? モリヤはきっと これでもかってくらい、のろけてくるんだろう。そしてモリヤは ウソはつかない…と思う。

さっきの "ぼくには 小川しかいない"って発言も、ウソではないのだ。ただ 誤解をまねく言い方をする。そしてそれは、わざとだ。

正確には "ぼくには のろける相手が小川しかいない" だ。"ぼくがダメだったんで 泊まらずに帰ってもらった" っていうのも、"これは水本の歯の跡だ" っていうのも、真実は真実だ。意図的に誤解させて "水本は自分のもの"アピールになるような 言葉を選択しているが。

「その時のお礼を言わないと、と思って。」

「へ?」

お礼? なんのことだ?

「危うく水本に嫌われるところだった。」 

「嫌われる?」

「小川に忠告されなかったら、ぼくは水本に薬をぬっていた。口に。そして 嫌われていた。小川に聞いていたから あの時、嫌われずにすんだ。ありがとう。」

「‥‥‥」

嫌われない。薬を口にぬられたからって、水本はモリヤを嫌ったりしない。ほんとうは。

「ほんとは 完全に小川の言ったことを信じたわけじゃなかった。」

「え…? じゃあなんで…」

「思っていたより キズはずっと酷かった。薬はいらない 大丈夫だ と水本は言うが、とても大丈夫には見えなかった。"薬をぬる" とぼくが言うと、水本は "帰る" と言う。だから "薬をぬったら キライになるのか" と聞いたんだ。」

「え… 水本が、キライになるって 言ったのか?」

そんなバカな。

「キライになる、とは言わなかったけど ならないとも言わなかった。答えなかったんだ。つまり キライになるってことだ。」

‥‥‥そうかな??

‥‥‥なんにしろ 良かったけど。モリヤがそう思って、薬ぬらないでいてくれたんなら それで。

しかし お礼を言われてしまうとは…。ほんの少し罪悪感がないではないが、俺はモリヤと違ってウソもつく。必要とふんだら 意図的にウソをついて平気なのだ。

それにモリヤは ウソはつかないが、何か毒がある。───湧井や水本には毒はない。とてもキレイな生き物だと、俺は思っている。種類が同じ。とてもキレイで いとおしい者たち。

俺は違う。俺は汚いものだ。いわゆる 人間。そう、湧井や水本が キレイすぎるのだ。俺は、俺ぐらいが普通と思っている。これぐらい汚いのが 普通の人間。

モリヤは‥‥普通、でもない。変わっている、だいぶん。そして、毒がある。俺は モリヤが、怖い。


「水本が泣いたこと、言ってはいけなかったらしいんだ。」

不意にモリヤが言った。

「え」

モリヤは俺を振り向いて じっと見た。見つめてきた、と言っていい。

「水本が言った。赤くなってた。泣いたのを知られるのは、そんなに恥ずかしいことなのかな。」

「‥‥泣かないからな、あんまり。高校生男子は。」

「うーん? そうなの? あんまり泣かないから、泣いたら恥ずかしいの?」

うん? そういうことではないと思うが…。

「モリヤだって、泣いたのを見られたら恥ずかしいだろう?」

モリヤは首をかしげた。そして言うことには

「ぼくは、泣かないから。」

なぜに そう言い切れる?

「…そんなの、分からないじゃないか。」

俺が言うと モリヤは笑う。

「いいや。分かるよ。ぼくは泣かない。小川は泣くの?」

「‥‥‥」

俺は黙ってモリヤを見返した。しばらくにらみつけてみたが、モリヤはやっぱり にっこり笑っている。

「そりゃ そんな簡単には泣かないけど、何があっても絶対に泣かないとは 言い切れないじゃないか。」

「ふうん? 泣くかもしれないの?」

「モリヤだって 泣くかもしれないじゃないか。」

「ぼくは泣かないよ。」

「言い切れないだろう?」

モリヤはふふふと笑った。

「言い切れる。ぼくは泣かない。」

「なんで。」

「ぼくは泣いたことがないよ。」

「え」

「涙なんか出ない。」

「は?」

「ふうん。小川は泣くこともあるんだ。泣くと恥ずかしい?」

「‥‥‥」

なんか 絶句してしまう。なんで? 泣いたことないって、いつから?

「小川は、どうやったら 泣くかもしれないの?」

興味津々? 泣く理由?

「…そりゃ、身近な人が死んだら泣くと思う。」

「へ───え?…」

「‥‥モリヤだって、泣くんじゃないのか? ‥‥水本が死んだら泣くだろ?」

「だからぼくは涙が出ないって。…水本が 死んだら?」

モリヤは ついと視線をずらせた。真剣な顔。

「────水本が、死ぬの…?」

ええ??

「死なないよ。単なる例えだよ!」

それでもモリヤは そのまま視線を一点にとどめたまま、しばらく黙っていた。

「モリヤ?」

心配になって声をかけた。大丈夫か?

怖いぐらい真剣な目で、モリヤは俺を見た。

「考えたこともなかった。水本が死ぬなんて。」

「…だから 死なないって! ──悪かった! 俺の例えが良くなかった! 水本は死んだりしない‼」

「死なないのか?」

「死なない‼ 死ぬわけない!」

「本当に?」

「本当に‼ 本当だ‼ そんなこと考えなくていい!」

「なるほど。」

なるほど…?

俺は反省した。不用意なことを言ってしまった。100の存在が死んだらなんて、例え話でも口にしてはいけない。

「なるほどね。」

一人言のように モリヤが又言った。

「‥‥何が なるほどなんだ?」

「新境地。死ぬことが怖いという気持ちを知った。初めて。」

「え⁉」

‥‥‥‥‥。俺はモリヤを凝視した。モリヤの方は 又 少し、視線をはずしている。

怖いという気持ちが、初めて?? まじか?? ‥‥ただ、モリヤなら、あり得る‥‥‥。

水本が、水本が死んだら、と考えてしまったんだ。それで怖いと。 ‥‥そりゃそうだな。100なんだから 水本は。100がいなくなったら 心が空っぽになってしまう。生きてきて初めての、世界でただ一人の、100の存在なんだから‥‥‥。

「そうか…。なるほどねえ…。ふうん‥‥。」

モリヤは一人で納得している。新境地を噛み締めているのか…?

かと思うと 急にモリヤが俺を見た。

「小川の怖いものって何?」

俺は驚いて モリヤを見返した。

「何が怖い? 湧井サンが死ぬこと?」

「‥‥‥」

そりゃもちろん 怖いさ。でも湧井は死なない。そんな現実的でないことを、ずっと怖がったりはしない。俺が ここんとこずっと一番怖いのは────

「湧井サンに嫌われちゃうこと?」

「‥‥‥」

だから それも怖いけど!

「あれ? 即答じゃないんだね。もっと怖いものがある?」

「‥‥あのさ、怖いもの話よりも、俺は昨日の話を聞きたいんだが。」

話題を変えよう。おまえが怖いんだとは 言いたくない。

「ふうん。怖いもの知られるのは恥ずかしいの? 泣くのも恥ずかしいんだよね。小川は恥ずかしがりやなんだね。」

恥ずかしがりや! その言われ方が恥ずかしいわ。

「ふふふ いいよ。昨日の話をしよう。」

モリヤは座り直して 前を向いた。そうして、しばらく思い出し笑いを浮かべて 一人で楽しんでいたようだが、やがて

「どうしてか水本は、滝を見に行こうと言ったんだ。」 

と言った。

「滝?」

「そう。ピクニックの目的は滝。晴れた日に一緒に滝を見に行ってほしいってね。」

「‥‥‥」

やはり 水本もナゾだ。俺や湧井といる時は そう変なやつとも思わないのだが、ことモリヤに関わると 少し理解に苦しむ部分が出てくる。

「で、どこの滝にするかは 水本が決めてきて。」

そこまで言って、モリヤはチラッと俺を見た。ニッコリ笑う。

「朝からぼくの家に 迎えに来てくれたんだよ。」

「へえ…」

「いいだろう。」

嬉しそうに 自慢気に言う。それを言わなきゃ流せたのに。言われてしまうと、ほんとに いいなァと思ってしまう。羨ましくなってしまう。モリヤが憎らしい。

「ピクニックだから歩いてゆくのかと思ったら 電車だった。水本が切符を買ってくれたよ。」

「‥‥なんで そんなに至れり尽くせりなんだ?」

大丈夫か水本!

「切符の買い方を ぼくが知らないからさ。」

「⁉ なんで⁉」

「普段 電車に乗らないからだ。」

え?? そんなことある? そんなやつ いる?? 芸能人じゃあるまいし。極度の金持ちでもないのに。

「切符の買い方が分からないと言うと、水本が買ってくれた。ぼくができないことを してやるっていうことが、嬉しそうだった。オレがやるって すごく嬉しそうに買ってくれたよ。」

かわいくてたまらないって言い方。すごいな 切符を買うというくだりだけで こののろけよう…。そして つまらないことなのに、何?この羨ましさ‥‥。

「ぼくは 本当に久しぶりに電車に乗った。小学校の遠足の時以来かなあ。久しぶりに乗ると 楽しいもんだと思った。明るくて 景色がどんどん流れて。すごく揺れて…。」

電車中の話を、よくもこれだけうっとりとするなあ…。すごいよモリヤ…。

「ぼくたちは 二人で立っていたんだけど、カーブでとても揺れた時に ぼくが少しバランスを崩してね。すると水本が腕を持って支えてくれたよ。」

嬉しそう‥‥‥‥。まだ 家出て電車に乗っただけだぞ。このままいくと どうなるんだ。こののろけ話に終わりはあるのか?

でも もういいと言えない。それで その後どうなったんだと聞きたくてしょうがない。

「腕を持って支えてくれて、その後どうなったか 聞きたい?」

嬉しそうに聞いてくる。ああ 聞きたくないと、つっぱねてやりたい。

「どうなったんだよ?」

つっぱねられるわけがない。一体その後に何があるんだ? 電車降りたところから 話の続きが始まるんじゃないのか??

「水本はぼくの腕を持ったまま、とても嬉しそうに笑ったんだ。その笑顔のわけが分かる?」

腹が立つ。じらして楽しんでやがる。俺が聞きたいのを知っていて。

「分からん。教えろ。」

「いい匂いがするって。ああ良かったって。」

俺はめまいがしそう。電車の中で何やってんだ。何言ってんだ水本。たのむから そこは恥ずかしいと思ってくれ。思ってその行動を 自制してくれ。

「ぼくをつかむその手を見て、ぼくも良かったと思った。だいぶんアザが薄くなっていたから。」

ここでモリヤは 俺の左手首に目をやった。

「小川もだいぶん戻ったね。良かった。」

良かった? ホントに良かったなんて思ってるのか? 俺のことなんか、どうでもいいんだろうに。だって 0だから。

「水本の口のキズも ずいぶん良くなっていて安心した。本当に良かったと思ったよ。」

うん。それは 本当だろう。だって 100だから。

「ほんとは 舐めたらすぐ治ったんだけどね。」

息を止めてしまった。今、なんて言った??? なんか ボソッと言ったけど。‥‥‥なめたら??

心臓が ドッキンドッキンいい出した。待て待て待て待て。聞き間違いか? 勘違いか? 何を舐めたら? 何が治る?

俺は おそるおそるモリヤの顔を見た。

「うん?」

と言って モリヤはにっこりする。

「モ、モリヤ、今、な…」

言いかけるところを モリヤが遮って言った。

「小川は "洞熊学校を卒業した三人" って知ってる?」

は⁉ 何? なんの話だ??

「ほらくま…何?」

「"洞熊学校を卒業した三人"。宮沢賢治だよ。読んだことない?」

「‥‥知らない。…それが 何?」

「ふふふ。読んでみて 一度。」

「? だ、だから それが何だよ?」

「まあ 読んでみてくれよ。話はそれから。で、電車を降りて そこからがハイキングコース。」

モリヤは強引に話を戻した。

何? 何だよ? だから怖いって… なんか とてつもなく怖い片鱗を 聞いた気がするんだけど…。

「昨日、そのハイキングコースは とてもすいていたよ。だあれも歩いていないんだ。暑かったけれども、あんなにいいお天気でハイキング日和だったのに。ぼくは嬉しかったけど。まさに2人っきりだったから。水本が地図を広げて 山道を二人で登って行った。しばらく歩くと 水本が言ったんだ。歌をうたおうかって。小学生の遠足みたいに、歌いながら行こうかって そういえば家に来た時に話していた。ぼくは 歌を知らないので、水本が歌ってくれた。楽しそうに いろんな歌を。水本が言うには、"ピクニック系" の歌だそうだ。楽しくて かわいらしい感じの歌だったよ。」

俺は、じっとモリヤを見ていた。まだドキドキしながら。さっきの恐怖が 去ってくれない。話を途中で切られてしまった。モリヤには もう戻す気がない。

ふふふとモリヤは思い出し笑いをする。

「水本は ほんとに遠足に行く小学生みたいだった。楽しそうに歌をうたって歩いて、とても、かわいい。」

‥‥だろうね。だろうよ。

「まだ若い木々の芽が やわらかい色で伸びようとしている。伸びようとする木々が 香り立つ。野生の藤の花も咲いていたよ。とても、とても美しい景色。あんなに 楽しいことがあるんだと、正直 ぼくは驚きの気持ちが大きかった。」

‥‥‥モリヤは、普段休みの日 どうやって過ごしているんだろう。日曜に水本と遊ぶのは、多分初めてだ。電車の切符を買ったこともない。どこにも行かないってことか? ずっと家にいるのか? あの森の家に 一人で‥‥。

───そりゃ、そりゃあ 楽しかっただろう。大好きな水本と 二人で電車に乗って 歌をうたって‥‥‥

「うん?」

と モリヤが俺を見た。

「小川も 一緒に行きたかった?」

そう言って にっこり笑う。

「うん。」

思わずうなずいてしまった。行きたかったなあ 一緒に。‥‥いや、自分で湧井に言ったんじゃないか。付いていったらよかったねって言った湧井に、それがいいかどうかは分からないって。

今は思う。行きたかったなあ。行ったら 腹が立ってただろうなあ。二人の世界を見せられて…。

ハハハとモリヤが笑う。

「ホントに? 一緒に行きたかったの? 意外。」

「意外か?」

「うん。とっても意外。小川も湧井サンも、一緒に行ったら ずうっとぼくのこと、にらみつけていそう。ハハハ。ぼくは別に全然いいけど。」

アタリ。きっとそうなるだろうな という気がする。俺と湧井は、腹が立って腹が立って それでクタクタになって帰るんだきっと。でも 二人がどう過ごしているのか この目で実際に見てみたいという気持ちも、押さえがたい。

「今度、一緒に行きたいって言ったら、モリヤはオッケーなのか?」

モリヤはにっこりする。

「かまわないよ。水本がいいのなら。ただ 言っておくけど、ぼくは 気を使わないよ。」

気を使わない…。使わなそ~。

「分かってるよ。」

水本は なんて言うかな。喜ぶかな。嫌がるかな。俺の中では 五分五分。湧井はきっと大賛成。見張る気満々に違いない。

「じゃあ今度、一緒にどこかへ遊びに行くか?」

と俺は聞いた。モリヤは ふうん?という顔をして 俺を見て笑った。

「ほんとに意外。行きたいもんかって言うと思った。いいよ。けど、人工物の遊び場とか 何か食べに行くとかはイヤ。」

「人工物の遊び場って何だ?」

「遊園地とか ゲームセンターとか。」

「つまり 山とか海とかならいいってこと?」

「そう。」

「…食べに行くっていうのは…レストランとか?」

「うん。ファストフードとかね。食べるのは 遊びの部類に入れない。」

「…へえ…。」

…すでに気を使ってないな。

「条件に合うところを 考えてみるよ。」

「ああ。なかったら 止めておこう。」

「‥‥分かった。」

意地でも条件に合うところを探し出してやる。見てろ。

「‥‥で、ピクニックはその後どうなった?」

「ああ 本当に意外。」

「何が?」

モリヤは笑っている。

「小川がこんなにおもしろいとは思わなかった。」

「おもしろい? ってなんだよ?」

「水本のことが 相当知りたいんだねえ。ぼくと何をしたか 何があったか、聞くと 絶対腹が立つよ。小川にだって それは分かってるんだろうに、それでもそんなに聞きたいんだ。その矛盾が、とてもおもしろい。」

あ~~~~っ 腹が立つ。でも そう。俺は そう。そして モリヤはこういうやつなんだから、しょうがないんだ。

「人間に矛盾はつきものだ。」

と 言っておこう。

「なるほど。人間にはね。 そしてぼくたちは 水本の歌声とともに滝にたどり着いた。」

いきなり本題に戻った。びっくりするなあ。

「そんなに大きくはなかったが、繊細でキレイな滝だった。ただ 水本が残念がっていたのは、滝に向かって日が射していなかったことだ。水本はね。」

「え?」

「水本は 日が射しててほしかったんだって。滝に日が射していると、虹が見えるんだって。でも 陰になっていたからね。虹は見えなかった。"違うかった" と言って、水本はしょんぼりするんだ。子どもの頃に、滝と虹を見たことがあったんだって。この滝に来たことがあるはずだから、ここだと思ったのにって。でも。」

モリヤは息をついて 大きく微笑んだ。

「いいんだ 虹なんか見えなくったって。とても とてもキレイな滝で、上の方にはスゲの花も咲いていた。そこここから 緑のいい香りがただよう。そんな美しい光景を、水本と二人で見ていることが ぼくにはとてつもない幸せだった。ぼくは "こんな きれいな場所に、つれて来てくれてありがとう" と水本に言った。」

モリヤは今は、俺の方でなく 前方を見ていた。滝の光景を思い出しているんだろう。とても幸せそうに微笑んでいる。

「ぼくたちは 滝の前に並んで座ってね。しばらくの間 黙って滝を見ていた。ぼくも滝を見たのは 初めてではなかったが、こんなにきれいな滝を見たのは 初めてだと思った。こんなに美しい光景を見たのは 初めてだと思った。何もかもが初めてで、何もかもがすばらしい。こんなことが 起こるということを、ぼくは想像もしていなかった。」

幸せ量が、半端ない‥‥。すごい。やっぱりモリヤの、水本への想いには 太刀打ちできない。しかし 太刀打ちできないからって、野放しにしておくことは 怖くてできない。俺は黙って、幸せそうなモリヤの横顔を見ていた。

「長く、見ていたよ。水本も 何も喋らないで、ずうっと滝を見ていた。上の方から 水が限りなく落ちてくる。落ちる水は永遠に形を変えて、二度と同じものは見られないんだ。小さな岩に当たって 水が跳ね飛ぶ。しぶきがかかるような気がした。実際は そこまで飛んではこないんだろうけど。いつまででも見ていられる気がした。見ているうちに、一度大きく岩肌に当たった水が しぶきをあげた。二人でそのしぶきを見上げる。と、水本がぼくを見た。そして、とっても いい笑顔を見せた。」

幸せなため息を モリヤはついた。それから 俺を振り向いた。モリヤもなんて いい笑顔。

「"思った通り" と水本は言った。とてもキレイに笑って "いい匂い、するかもって思った。" って。本当に嬉しそうに笑ってくれるんだよね。」

「‥‥‥」

モリヤは 俺の顔を見て、あ、と言った。

「何…」

「夕陽が落ちてきたよ。」

空を見ると 本当だ。赤く染まっている。思いの外 時間が経っていた。

「帰ろうか。」

モリヤが言った。

「えっ⁉ もう 話は終わり?」

「昨日のピクニックの話はまだまだあるよ。だってまだ おにぎりを食べたところまでいってない。」

「じゃあ続きを話してくれよ。」

「今帰らないと 暗くなってしまう。」

「モリヤは暗くなる前に帰らないといけないのか?」

「小川が暗くなる前に帰りたいかなと思って。水本はともかくとして、普通の人は 怪しいやつと暗闇で 一緒にいたくはないだろう。」

「‥‥‥」

何か色々と気になることを言う。水本はともかく? 怪しいやつと暗闇で?

「この公園は なかなか暗いよ。外灯はあそこに1つだけ。」

モリヤは指差した。なるほど その指の先に、まだ灯っていない外灯。古そうな 明るくなさそうな…。良く言えば時代物の…。

「俺は別に暗くても平気。怪しいって言っても…。モリヤ 何もしないだろ。」

モリヤは俺を見つめてニヤリと笑った。質問には答えず

「小川がいいなら続けようか。」

と言った。ちょっと怖い。

「ああ、もう1つ言っておくけど、帰り道に外灯はないよ。大丈夫?」

ここで 大丈夫じゃない、じゃあやっぱり帰ろうと言えるか? 言えないね。俺はうなずいた。

「すごいねって 水本は滝を見て言う。もちろんぼくは滝のことだと思った。でも違った。続けて水本が言うことには "外で 山で こんなひらけた空間で、こんなにモリヤが香る。モリヤの匂いが こんなにしてる。すごい。今日 来られて良かった。" 水本は 滝を見ている。ぼくは もう、滝を見ていられなくて 水本をずっと見ていた。」

甘い…。甘すぎる。‥‥次回、一緒に行って、俺大丈夫だろうか? そんな二人を見せられて、ちゃんとガマンすることが できるんだろうか…。自信がなくなってきた。

───モリヤが香る、かぁ…。俺はモリヤを見た。匂いなんてしない。水本は とてもモリヤの匂いに拘っている。拘っているっていうか、惹かれている。モリヤを好きになったきっかけが匂いなんだから。しかし、俺には さほど感じられないんだよなあ。

前に 藤棚の下でモリヤに言われて近寄った時は、少し匂いがしたが。でも モリヤに言わせると、あの時のあの匂いは、水本が好きな いつものモリヤの匂いとは違うらしい。

モリヤがこっちを向いた。でも少し、表情が見にくくなってきている。日は暮れ出すと、あっというまだ。薄暗くなってきていた。

「どうした?」

と言って 笑ったようだ。

「もう聞きたくなくなってきた?」

いいやと俺は首を振った。

「今は モリヤの匂いっていうの、してないのか?」

今はない とか、今日はする とか、どういうことだか俺には分からない。匂いが違うとか。香水付けてるとしか、考えられないんだけど。

「いや? してるよ。──感じない?」

匂わない?と言ってほしい。

「全く匂わない。」

と俺は返事した。

「前とは違う匂いなのか? 今日してる匂いは 水本が好きな匂い?」

全然匂わないけど。

「そうだよ。どんな匂いか知りたいの?」

「‥‥‥」

知りたいなあ。でも ちょっと俺は、黙ってしまった。近付かないと匂わないのなら、少し抵抗がある。暗いし。

モリヤは開襟シャツの衿を持って引っぱった。首もとが 少し開く。薄暗い中、モリヤの肌の色が白く浮かぶ。

「この辺りに近付くと 少し分かると思うけど。」

言って 俺を見つめる。

「知りたいならどうぞ。」

と笑う。なんかやばい。どうしよう…。俺 好奇心で身を滅ぼすタイプかもしれない。

以前水本がしていたように 俺は顔をモリヤのくびもとに近付けた。もちろん、絶対触れないと確信できるぐらいの位置まで。

スッと匂いがした。そんなに強くない匂い。前回のは、少し甘い感じのいい匂いだったが 今日のこれは…

俺は しばらく静止していた。それから ようやく元の体勢に戻り、首をかしげてしまった。

「…これは、いい匂いなのか…?」

臭くはない。嫌な匂いではないのだが。

ふふふとモリヤは笑った。

「水本以外は、あんまりいい匂いだと 言わないねえ。」

「うん‥‥‥」

「不思議だよね。でも水本には すごくいい匂いなんだって。この匂いがなくなると 悲しいんだって。そして匂いがすると いい匂いって言って… とても、とても嬉しそうに笑う…。」

それは よく知ってるけど。水本がモリヤの匂いが、大 大 大 好きなことは…。

う────ん… いい匂いなのか… これがなァ‥‥‥?

ふわっと 外灯が灯った。やっぱり明るくない。すごく薄ぼんやりとした灯りだ。辺りは ぐんぐん暗くなっていく。

俺が脱線させてしまった。なかなか、おにぎりまでも話がたどり着かない。

「えーと… 悪い、話を逸らせた。滝を見て、それで?」

暗い中 俺が促すと

「帰りは川をずっと下っておりていこうか、と水本が言った。行きは、ハイキングコースをとって歩いてきたからね、整備された山道を。川沿いを 行けるところまで行こうという案に、ぼくも乗った。じゃあそうしようと立ち上がりかけて水本は 忘れていたと叫んだ。」

くっくっくっとモリヤは笑った。こんな暗い中、超楽しそう。

「おにぎりを食べなきゃって。ごめんってぼくに謝って、今 食べられる?と聞いてきた。」

やっと おにぎり登場。俺はホッとした。

「ぼくはもちろん食べられると答えたら、水本がリュックサックからおにぎりを出してきて 渡してくれた。大きなさんかくのおにぎりが 2つずつ。」

モリヤは思わず、と言った感じで 大きくため息をついた。

「おにぎりをにぎってもらったことなんか なかった。初めてだ。食べるのがもったいなくて…。」

「あ?」

モリヤが うん?と、俺を見た。

「あ、いや。それで?」

今、すごく匂いがした。さっきのモリヤの匂いが さっきとは比べものにならないくらい強く。近寄ってもいないのに。

「どんなにおいしかったかは 伝えられない。消えてしまうように すぐになくなってしまった。あんなにおいしい食べ物も 初めてだった。」

「‥‥‥」

モリヤは、おにぎりを にぎってもらったことがない? 遠足の時は サンドイッチとかだったのだろうか? それとも 日の丸弁当? 小学生で? 珍しいな。

もう うっとりと話していたモリヤが、ここで俺をじっと見た。

「次回、もし一緒にピクニックに行くことになっても、小川のおにぎりは 水本ににぎらせない。」

「えっ⁉」

「ははは。うらやましいだろう。どんなにおいしかったか、食べさせてやりたい気もするが、これは 独り占めしたい気持ちが圧勝。小川は 自分で持ってこい。もしくは湧井サンににぎってもらえ。」

ええ⁉ えげつな… ここまで自慢しといて それはないだろうよ…。‥‥まあ… 普通に考えて、四人で行くのに 俺が水本におにぎりをにぎってもらうのは 変かもしれないが…。

くそうらやましっ。個人的に水本にたのんでみようか。普通の日に。‥‥やばいか。また とんでもないウワサが立ってしまうな。しかし食べたい。水本がにぎったおにぎり。一生懸命にぎったんだろうなあ… モリヤのために…。

しかしなんで‥‥

「モリヤは おにぎりにぎってもらったこと なかったって、それは おにぎり自体を食べたことがない、ということ?」

「そう。」

「水本はそれを知ったから、おにぎりを作るって言ったのか?」

「いいや。そんな話はしてないよ。…水本がおにぎりを作るって言ったのは だから気分を上げるためだよ、多分。」

「ふうん。」

不思議な発想。俺だったら気分上げるのに "おにぎりをにぎる" にはたどり着かないなあ。

「あと、ぼくが一度 水本に料理を作ったから そんな発想に至ったのかもね。」

「料理⁉ モリヤが⁉」

「あれ? 聞いてない? 湧井サンに報告するみたいなことを 言ってたけどな。」

「聞いてない‼ なに? 何を作ったんだ? 作れるのか!」

「まあ 何、というほどたいしたものではないよ。けど水本は おいしいと言って食べてくれた。食べる様子が又 たまらなくいいんだけど… これは 水本と約束したから、言わない。」

このやろう…‼ あからさまな わざとな嫌がらせ。すげえ楽しそうに笑っている。俺に嫌がらせをして楽しんでやがる。モリヤってほんとにS。‥‥水本、本当に大丈夫なんだろうな…? いじめられてんじゃないだろうな…? そこの確認も含めて、やはり一度 一緒に出かけなければ。

「おにぎりを食べ終わって、ぼくたちは ゆっくり川を下って行った。最初のうちは、歩きにくいながらも なんとか行けたんだけど、川のふちが通れない箇所もあってね。そんな時は、浅ければ水の中に入ったり 崖のような所を行ったり、楽しかったよ。水本もそりゃあ楽しそうで "探検隊みたいだね" って笑ってたよ。だから帰りは 歌をうたう余裕はなかったんだけど 魚が見えたり、サワガニを見つけたりしては大喜びして、ここでも又水本は ほんとに小学生みたいだった。」

そう言ってモリヤは笑った。

あ、ちょっと安心した。このくだりは とても健康的。あやしくない 甘くない デートみたいじゃない。男友だち同士の ちょっとした休日の遊びだ。良かった。

辺りは真っ暗になっていた。月もない。曇っているのか 星もほとんど見えない。例の薄ぼんやり灯った外灯の灯りだけ。今どき こんな暗い所があるとは。湧井なんか メチャメチャ怖がるだろうな。

「さて、さすがにもう帰ろうか。」

モリヤが言った。

「もう終わり?」

「そりゃ 細かく言えば、いくらでも話はあるよ。まだまだ小川に教えてやりたいことが たくさんあるけど、どこかで終わらせなきゃ キリがないし。」

「まあ そうだな。」

まだまだ 教えてやりたいこと‥‥ なんか気になる。気になる言い方だなあ。

ふふふとモリヤが笑う。

「なんだよ?」

「小川が こんなに聞きたがるとは予想外。ぼくは 早い段階で、もう聞きたくないって帰るかと思ってた。」

また笑う。

「‥‥‥なんで 俺を誘ったんだよ?」

「そりゃ この前のお礼を言いたかったのと」

ああ、お礼。言われるようなことじゃ なかったんだが。

「ピクニックの話は 嫌がらせだよ。」

さらっとモリヤが言う。はあ⁉ それ 言い切る?? 

そうなんだろうけど! やたら挑発的で のろけと自慢と妬かそうって魂胆見え見えの嫌がらせ…。しかし

「お礼を言うってことは 感謝したんだろ? なんで嫌がらせすんだよ?」

「感謝は感謝。嫌がらせは嫌がらせ。小川があんまり水本と仲いいからさ。嫉妬だよ。嫌がらせしたくなるだろ?」

はあ??‼

「なんで俺に嫉妬だよ? 自分の方が仲いいくせに。」

「だってしょうがない。嫉妬してしまうんだもの。小川が水本に触ったり 耳打ちしたりするとさ。」

「さわ… いつ⁉ 俺がいつ触ったんだよ⁉」

「自覚ないの? そんなはずないよね? 結構しょっちゅうだよ。」

「‥‥‥」

触る なんて言うから、分からなくなるんだな。触ってんじゃない。腕を引っぱったり、キズ見る時にマスクずらしたり、そういうことか?

しかし モリヤが嫉妬…。妬いてんのは俺の方なのに。お互い妬いてりゃ 世話ないや。げ。ホントに三角関係みたいじゃないか。

「まあ そんなに聞きたいんなら、又教えてやるよ。嫌がらせじゃなしにね。」

嫌がらせでなくたって のろけて自慢するんだろうが。

「では帰ろう。」

モリヤは立ち上がった。俺も立ち上がる。暗…。帰り道に外灯はないって言ってたな。これから 外灯のない山道を下りていくのか…。

モリヤが歩き出した。俺も後につく。

う、わ… 暗い…。足下が全然見えない。おっと…。つまづいてしまう。モリヤが振り向いた。

「暗いだろ。手を引こうか?」

笑ってる!

「嫌がらせが続いてんのか?」

俺が ぶすっと言うと

「半々。半分は親切心。ぼくの家からの帰り道も これぐらい暗い。水本はだから2回も転んだんだよ。知らなかったけど。膝、ひどいことなってたろう? 小川も危ないよ。手を引こう。」

「モリヤだって 見えないんだろう?」

「いや見える。ぼくはとても夜目が利くんだ。」

さあ、と言って モリヤは手を出した。とんでもない!‥‥‥でも、本気で暗いのだ。しかも 道が悪い! 石ころや 木の根っこや 地面自体もでこぼこだし 坂だし…。

まあ いっか。暗いし 誰にも見えんだろ。だいたい人気(ひとけ)もない。俺はモリヤの方に手を伸ばした。その手を モリヤがつかんだ。俺を見て 微笑んだ気がする。ほぼ顔は見えないけど。

いやだいやだと思いつつ、心臓はドキドキしてしまう。相手は男だってば。手を引かれるままに歩いていく。

こんなに暗い道は初めてだった。今どき どこ歩いても外灯が皓々と点っている。足下が見えないほど暗い道なんてない。でもモリヤは ホントに見えているようで、ドンドン歩いてゆく。手を引かれていても俺は おそるおそるになってしまう。そして 何度もつまづいた。モリヤはそのたんびに ぐっと手を引いて こけるのを止めてくれた。…なるほど半分は本当に親切心のようだ。

前方に明るい外灯が見えてきた。こんなに灯りが嬉しいとは。モリヤがにぎっていた手を離した。そうして立ち止まって俺を見た。外灯の灯りが 向こうの方にあるけれど、モリヤの表情は 逆光になっていて見えない。

「小川は 手を引かれるのは恥ずかしくないの?」

「えっ⁉」

「水本は すごく恥ずかしがるよ。だから 帰りも手を引くどころか、送らせてもくれない。」

「へえ…?」

「小川は 怖いものを知られたり 泣いたりするのが恥ずかしいのに 手を引かれるのは平気?」

「いや…? 恥ずかしいけど…。背に腹は代えられないというか。それに 誰にも見られないだろ。」

「そういうもんなの? 水本は見られてなくたって恥ずかしがるよ?」

「それは…」

惚れてるからじゃないのか? 好きすぎて触れない みたいな‥‥。───いや? 違うか。自分から近寄ったりするんだもんな…? ほんと、どうも謎なんだよなあ…。

「小川の手を引いて歩いたって 言っていい?」

「‼ 誰に⁉」

「水本」

「よくないに決まってるだろ!」

「どうして?」

「‥‥‥」

分かって聞いてる? 嫌がらせの一環か?

「恥ずかしいからに決まってる。だいたい そんなこと言う必要もないだろ?」

…というか そんなこと、モリヤだって知られたくないんじゃないのか? 水本がなんて思うかって考えたら‥‥

「だって 万が一、妬いてくれたら嬉しいじゃないか。」

はあ⁉ そんな…。 そんな理由…?

「水本を妬かせたいのか…?」

「いいや? 無理に妬かせようとは思わないけど、こんな報告で 万が一にも妬いてくれたりしたら、思わぬ幸せ。」

「…言わないでくれ。ものすごく恥ずかしい。」

「そうなのか? あっさり手を出したくせに。ふーん。じゃあ 言わないでおいてやるよ。」

「‥‥‥」

やっぱり 嫌がらせの一環だった。罠にはまったような心地がする。なんか ぐったり。

───ああ、怖いことを考えてしまった。もし湧井が 俺の代わりに来ていたら どうなってただろうなんて‥‥。

「‥‥モ、モリヤ…」

「うん?」

「まさか 湧井にも、嫌がらせしようなんて 考えてないか?」

「ああ、湧井サンにも 嫉妬は感じてるけどね。」

やっぱり⁉ た、たのむから…

「でも 湧井サンには今のとこ 嫌がらせは考えてない。」

「ホントか⁉」

「うん。湧井サンは あちら側の人だろ。」

あちらがわ…。

モリヤは くすっと笑った。

「小川は こちら側。自覚あるだろう? …嫌がらせ、しやすいんだよね。」

「‥‥‥」

モリヤには すっかりバレている。こちら側… 同類ってことか…。ちっとも嬉しくない。でも───

湧井に嫌がらせしないのなら、それも良しとしておこう。湧井にされたら 堪えられない。少しだけ 俺はホッとした。


別れ道までは なんとなく一緒に歩いた。別れ道でモリヤが「じゃあ」と言った。俺のとる道は外灯がいっぱい。とても明るい。反してモリヤの行く道は だんだんに外灯が減ってゆく。夜にその道を通ったことはないけれど モリヤはその道を帰ってゆくのだ。

「モリヤ…」

「何?」

「モリヤって 一人暮らしなのか?」

「そうだよ。」

モリヤはにっこり笑って答えた。

「…親は?」

「いないよ。」

こんな質問してはいけなかったかな と思っていると、モリヤはニヤリと笑った。

「水本が家に来た時」

モリヤが笑いを浮かべて言う。

「夜になっても 二人っきりということだよ。ずうっと二人っきり。心配? それとも、羨ましいのかな。」

むかつく返しだな。

「じゃあな。」

と言い捨てて 俺は歩き出した。後ろでモリヤの笑い声が聞こえた。あからさま。のびのびと嫌がらせしてくる。覚えてろ。そのうち やり返してやる。

次回、まだ短く 小川くん側です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ