パラレル・自我へ導くのは
retake.1
「え……っと。ヘンメイ、さん?」
『お、マ……』
俺がどうしたのかと聞こうとしたその瞬間。逆上したような、耳をつんざく咆哮。轟き。
「未来、危ねぇ!」
忘れかけていた大砲の攻撃──銀色のエネルギーが未来に向かって射出されて、近くにいた長谷川が間一髪で未来を押し倒すようにして避けさせた。
「あ、ありがとう凛ちゃん! びっくりしたっ」
「ちょっと! 未来ちーさ、誰かからの命令とか関係なく、単純にヘンメイから嫌われてない?」
「あ、あの……心当たりが」
「あるの!?」
「はい……」
ずいと顔を近づける長谷川から、目を泳がせた未来。
そんな未来を見下ろすように視線を向けたヘンメイは、駒に乗ったまま少しずつ二人へ近付いていく。
エネルギーの大砲を亜空間へしまって、ビシッと、未来に人差し指を向けた。
『コイツ、きら、イ。ルール破る、コロす』
「ご、ごめんっ! ごめんなさい! よくわからないものは怖くてつい!」
「わるいヘンメイ、よくわからねぇけど多分未来も悪気はなかったんだ! 許してやってくれ、なっ?」
『イヤ』
おいおい即答だぞ!? 未来のやついったい何をしたってんだ!?
「お、おい斎! 楽しい話はお前の得意分野だろ!? ちょっと和ませるエピソード!!」
「無茶言うなよ!? 俺は繋ぎが得意なだけでギャグは専門外だっ!」
「嘘つけぇ! さっきは十分笑いをとってくれただろうが!!」
嘘じゃないとあくせくしだす斎を差し置いて、ヘンメイが動く。
ドンドンドン! 何度も大きな地団駄を踏んで、最後にバキィッと盛大な音。
彼女が乗っていた《香車》に穴が空いて、ジリジリと滲み寄っていた駒の動きが止まった。
『……ァ?』
行為を自覚したヘンメイが、足をそっと穴から出す。
手を添えて、足裏を見て。そこに突き刺さった木片と、溢れ出る体内のゼリーを認識したその目に、涙が溢れてきた。
『ダメだ、泣かせないで。笑わせて!』
(待て。まさか、駒を壊すと動かなくなるのか?)
急に襲いかかる不安。
単なる仮説に過ぎないが、もし駒が動かせなくなった場合、こいつは怒るんじゃないだろうか?
retake.2
「覚悟はできてんだろうな長谷川さんよぉ。年頃男子にダサいって禁忌ワード出してくるったぁ、いい度胸じゃねぇか」
「だってダサいもん」
「真顔で言うんじゃねぇよっ!!」
カツンッ、カツン!と乾いた音を鳴らす度近づく旅べーっと舌を出す長谷川へ近付いて、
手に持った炎の剣を振り上げた。
「きゃーっ! コイツ年頃の女の子にからかわれて傷ついてやんの! 可愛いわぁ!」
「うっぜぇええ!!」
『きゃはっ、きゃははっ!』
ああ、ムシャクシャしてきた。
もういい、知らない。なるようになれ!!
retake.3
『ふ、ふふっ! きゃははっ!』
ヘンメイが笑う。面白そうに。
体勢を戻して彼女の様子を見る。
俺は全く面白くないんだけど、反応を見る限り上場ではあるらしい。
目が糸になるほど大笑いの顔で、俺をバカにするように指さしていた。
「う……ッぐ!」
腹に衝撃。
急にヘンメイが駒から跳んだのが見えて、蹴りを入れられると判断した時にはもう膝が肋骨にめり込んだあと。
骨がやられる嫌な音に次いで、ゲーム特有の高い音とパネルの出現する。
《クリティカルヒット・ダメージ2倍》
いらねぇよ。将棋か格闘技、どっちかにしてくれ。
「【痛み無し】!」
すぐに阿部が治してくれるも、かなりの勢いだったせいで受け身が取れない。駒の上に墜落する。
「いっ……、やべ!」
運良く駒は味方側のもの。だけど厄介な駒だった。
『うん、ウンウン!!』
「がっ!」
殴られる。視認できない速さで。
厄介な駒──成りと呼ばれる将棋のルール、相手の陣から三マス目に入ったら裏返していいルール。
裏返った駒には表側と違う文字が書かれていて、元の動きと変わるのだ。
成っていたのは、角行。斜めに何マスでも移動できる機動力に加え、前後左右に一マス動ける機能が追加される。
こちらで指示を出さなければ駒は勝手に動く。振り落とされそうな速さで。
ヘンメイがいる方向へ右斜めに二マス、左斜めへ4マス。更に前へ一マスと、抵抗する間もなく動いてヘンメイの目の前へ届けられて、今殴られた。
その間、一秒もなかったと思う。
抵抗する余地なんてなかった。
「土屋、大丈夫か!?」
「斎。土屋なら絶対大丈夫だから攻撃に集中して! 笑いを取る方も!」
俺を心配してくれる斎の意識を、秀が即座に目の前に戻させてくれる。
俺に集中して攻撃してくる割に誰も動きがないと思ったら、全くそんなことはなかった。
周りが、ヘンメイだらけになっていた。
『『『『『きゃはははは!』』』』』
「あぁーもう! どう戦ったらいいのこの子!」
長谷川がキレ気味に叫ぶ。
一人につき一ヘンメイ。
心臓を持たない、ただのゼリーでできた小さなヘンメイが、駒を使いながらみんなにランダムで襲いかかっていた。
「な……今の一瞬で何があった!?」
「ヘンメイが体を自分で引き裂いて、ちぎった部分を再生させて分裂した! 隆の前にいるのは本物、こっちは偽物!!」
未来の◼️。
俺を更に蹴り飛ばそうとしているヘンメイは、人数が増えた分なのか、さっきよりも小さくなっている気がした。
『きゃはははっ!』
「ちぃ……っ!」
両腕で蹴りをガード。それでも勢いは殺せない。
(ほんっとに何でもありなんだなこいつ……!)
『メイ、ナイト君、アソブ。ふふ』
retake.4
「斎、水の塊ちょうだい!」
「えっ!? けど相沢、さっき大きな技は使うなって!」
「大丈夫、今ならきっと……!」
「【椿オイル】」
retake.5
「ひっ……」
思わず声に出る。
体内が透明で良かった、内臓がある死人だったら間違いなくトラウマになるような光景。
俺が受けたわけでもないのに想像するだけで毛穴が開く感覚を味わう。
頭に浮かんだ映像を消すべく奮闘すると同時──ドンドンドン!
retake.6
「【火柱】!」
円柱状の炎を巻き上げる。
少しはダメージに繋がるかと思ったが、やはりあの再生力。炎で胴体が分断されるもすぐにくっつけて、何事も無かったかのように未来に拳を振るう。
retake.7
──名前を呼んであげてください。全力で戦って、笑わせてあげてください。
先生のあのアドバイスはきっと、ヘンメイ自身が好きだったもの。
名前と、戦いと、笑うこと。
だったらきっと。
自分の名前と戦い、笑うこと。それがヘンメイの大好物だと、それを思い出させれば本来のヘンメイに戻りやすいと。
絶妙に濁して、先生は俺たちに伝えたんじゃないか?
先生がわざわざ濁した理由はよくわからないけど、ヘンメイにとっての『楽しい』を思い出させてやれば、本来の彼女に近付ける。そう言っていたんじゃないか?
retake.8
「ほんとにもう……硬いっ!」
通らない。阿部のサポートがあっても、アクセルモードでも。未来の刀はヘンメイの心臓を斬れなかった。
retake.9
俺にガンを飛ばしてくる長谷川。
すまん。今のはマジでキレそうになった。
「しないからな? 絶対しないからな!? 二つ括りなんて!!」
幼稚園の頃はよく母さんに遊ばれてやられて家に写真だってあるけど、絶対やらないからな!?
「『土屋はツインテールを経験済み』っと」
「てめぇ秀! お前どこからその情報っ!?」
「えっ、もちろん土屋の表情からです。読み取らせて頂きました」
「ぜひそのスキャナーをぶっ潰させてください、お願いします!」
『ふ、ふふっ! きゃははっ!』
笑い声に合わせて九十度に腰を折る。
オーバーなリアクション? それが狙いだ。
わかりやすくバカらしい。それでいて楽しく戦ってくれる人が、多分ヘンメイは好きなんだろう。
でもって嫌いなのが──
『んー、んー、死!!』
ルールに乗っ取らない、◼️なやつ!
「【火柱】!」
「【鎌鼬】!!」
円柱状の炎を巻き上げる。
未来に再度飛びかかってきた体を豪快な炎で焼き上げて、凝縮した風の刃で胴体を分断。
見えた青い心臓へ、アクセルモードで赤い未来の【木刀・改】が◼️に走る。
retake.10
「なぁ、誰かまた笑わせてくれ。お怒りモードから楽しいモードに変えてやろう」
もしかしたら……だけど。
retake.11
「【炎神】!」
腰を折って懇願すると見せかけて、龍を模した炎をヘンメイではなく、秀に向けて放つ。
「うわ!?」
「な、土屋君なにしてるのっ!?」
間一髪、後ろにあった《角行》を使って秀は避ける。阿部が顔を出してしまったからすぐ隠れるように通信機越しに指示を出す。
「バカにされっぱなしじゃ嫌だからさ。ちょっとくらいやり返してみようかと思ってな?」
「土屋のちょっとはちょっとじゃないよ!?」
「そんなことねぇよ。な? ヘンメイ」
間違って味方に攻撃するってのは、バカのすること。
retake.12
尋常でない力に骨は簡単に負けてしまう。
ダメージ2倍と書かれた説明文が恨めしい。
「【火柱】!」
「【鎌鼬】!!」
円柱状の炎を巻き上げる。
未来に再度飛びかかってきた体を豪快な炎で焼き上げて、凝縮した風の刃で胴体を分断。
見えた青い心臓へ、アクセルモードで赤い未来の【木刀・改】が◼️に走る。
直撃、二度目の真っ二つ!
だけどお喋りの止まらないヘンメイは、『ウンうん!』と何かに頷きながら、分断された胴体を自ら更に分割していく。
何をしてる? そう思う暇もない。
幾多の小さなゼリーになった彼女は、心臓を再生させるよりも前に襲いかかってきた。
大きかったヘンメイが、俺たちより小さくなって。
代わりに人数が増えて!
『『『『『きゃはははは!』』』』』
ああもう、笑うしかない。
一人につき一ヘンメイ。
心臓を持たない、ただのゼリーでできた小人のヘンメイが、駒に乗って俺たちに襲いかかってきた。
「ちょ、あっ、土屋ー! 俺っ! ロリコンの気はないんだけどー!!」
「俺にフォローを求めんな! 俺だってねぇよ!」
「土屋……女の子……」
「性別不詳だから!!」
なんとなく女の◼️が強いのか。斎と秀に襲いかかった二人のヘンメイは、あいつらの服の中に潜り込む。
retake.13
自我を取り戻せる可能性が、急速に高まってきているからなんじゃないだろうか。




