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パラレル・ハズレ⑤ 通しなら

「いくよ」


 短い宣言と共に地を蹴る。

 一直線に駆けながらガラス玉の力を一つ使い、未来が踏んだ箇所へ植物の芽を生やす。

 急成長させて歪な樹木をいくつも作り出した。


『ふん、冷静だね? 元から死人の力を使えばメイに死人化される恐れはない、この短時間でよく気付いたじゃないか』

「舌を噛むよ」


 敵の間合いに入り、刀を大ぶりに振り抜く。

 勢いの乗った重い攻撃は死人が持つ剣に難なく相殺されるが、一発では終わらせない。

 弾かれたこちらの武器をしっかりと握り、速さを重視して畳み掛ける。

 連続して縦へ横へと切り込みながら、逆に相手の武器を取り払おうとした。しかし。


『メイはおしゃべりだからさ。そんな心配はいらない、よッ!』


 上手くあしらわれ、反撃がくる。

 右から左へと振られた剣を体を反らしてなんとか凌ぐ。

 服の一部がスパッと切れた。


(数ミリ……! あと少しでも近かったら斬られてた)


 思った以上に敵の攻撃範囲が広い。

 おそらく体格の差によるものだろう。

 自分が小柄なことは未来自身もちろん承知だが、この死人は大人の男性以上に高さがある。

 言うまでもなく腕も長い。その先に武器が握られているのだから、近付きすぎると深手を負わされる可能性は十分にあった。


「んッ、ぐ……!」


 打撃。距離を取ろうとした瞬間死人の拳が未来の腹を射止め、更に剣の柄でこめかみを殴られる。

 視界から死人の姿は消えていた。


『ごめんねー、ガチになったメイは人間の視力じゃ見えないよ?』


 殴打。殴打。殴打。

 透明人間がいるようだった。

 敵の姿は認められないのに体に痛みが増えていく。

 顔と腹部を狙うのが好きなのか、攻撃の八割以上を上半身に受ける。


「ふ……ッ、つ、ぎき!!」


 足で盤を一度踏み、歪な植物を作り出す。

 拳を視認できないなら防御することも叶わない。

 植物から別の植物へ移動できる【接木(つぎき)】を使って戦線を離脱。先程走りながら作った樹木の一つへ逃げた。


『はん、瞬間移動? 残念、みーつけた』


 視界いっぱいに死人の青い瞳が映る。

 休む暇もない。居場所はすぐに割り出され、剣が振り下ろされた。


「【接木(つぎき)】!」


 また未来の体は消える。

 新たな場所へ瞬時に移動して攻撃を回避。

 将棋の駒に乗ってしまえばこちらに自由はない、相手の速さと組み合わせて攻撃されては何もできなくなるだろう。


『うーららぃ!!』


 ギィンッ!!

 剣が死人から飛ばされてきた。

 また空間を捻じ曲げて新たな剣を作り上げたのだろう。体を◼️反らして避けた際に剣が木に突き刺さる音がいくつも鳴った。

 そこで、やらかしたと未来は顔を青くした。

 死人は適当に剣を投げたのではないのだ。

 未来を狙ったように見せかけたその攻撃の◼️後ろで、先程まであった数個の樹木が倒れ始めていた。

 狙いは未来ではない、移動手段の消失だ。


『もう一回作る? いや、作らせないよ』


 不敵な笑みを携えて、今度は死人が直接切り込んでくる。ズキズキする腕に無理を言って、(かい)の【木刀(ぼくとう)】で◼️勢いを弱めたが、足が木の枝から離れてしまう。


(やばい……っ!)


 落ちるだろう場所の駒を急いで確認。

 真下にあるのは、《(かく)》。


『手札、◼️アタック!』


 死人の手がーー◼️

 片足が《(かく)》に着いたすぐに振り落とされそうな勢いで動き出す。

 何マスも右斜め前、左斜め後ろに動いてバランスを崩しそうになりながら顔を上へ向けると、数え切れないほどの剣に空中から狙われていた。


「【種皮(たて)】!」


 種の皮でできた半球状の盾を生成。

 未来に向かって飛んできた剣の半分をガード、しかし《(かく)》によって左斜め前へ三マス進む。

 防御できるはずだったあと半分の剣が未来を追うように降ってくる。


「育てっ!」


 体に纏っていたガラス玉の二つ目の能力、両腕に巻きついた草花から種を数メートル先へ飛ばす。盤に落ちた種から木が育ち、【接木(つぎき)】で移動して回避した。


『ルール違反だって言ったよね?』


 ミシッ、と未来のいる樹木が揺れる。

 真下にいる死人が持つ剣が、まるで斧のように持って切り落とそうとしているのが見えた。


『そんなにルールに乗っ取りたくないなら、◼️』

「【羽状複葉(うじょうふくよう)】、ソテツ!」


 切られる直前、葉っぱの羽を生やして飛ぶ。

 上空から見える部屋の光景は悲惨だった。

 将棋の盤は大量の樹木が倒れて枝や葉っぱが◼️散乱して、穴の空いた《飛車(ひしゃ)》、それ以外の駒は最初にあった位置から全て移動している。

 将棋のルールなどまるでわからないが、それでも《王将(おうしょう)》と書かれた駒を相手に取られたら負けということくらいなら未来も知っている。だからこそ不思議だった。

 この盤には《王将(おうしょう)》、◼️《玉将(ぎょくしょう)》もない。

 なぜだろう? ルール、ルールと言う割には勝敗を決められる要素がないじゃないか。


『さっさと降りてきなー、ッよ!!』


 死人が◼️して、黒い大砲が現れる。

 急速に充填された銀のエネルギー弾が未来へ放たれた。


「【蒸散(じょうさん)】」


 バレないよう小さな声で技名を言い、部屋の壁に沿うように飛んで襲い来る弾を回避。

 狙いが外れ壁を攻撃する弾はいくつも大きな穴を空けて、その度に部屋を揺らす。

 直接当たれば命はない。受けないように◼️の意識で躱しきってから急降下。

 先程死人に切り落とされた樹木の中にあった水分が、水を作り出す技でかさを増して泉のように湧き上がっていた。


「◼️」


 小さな手を拳にして、自分の全体重を乗せて上から叩きつける。

 水を殴った状態。本来ならただ周りに飛び散るだけであろうその行為は、未来が髪から手に移していた特性によって弾丸のごとき勢いで死人へ放たれる。


『あははっ! すっごいねそれ、何したの?』


 しかし余裕を見せる死人はそれらを剣の腹で打ち返してきた。

 器用。感心に似た感情を覚える。

 未来へ返ってきた水の弾丸を手のひらに当てて払い、部屋の壁に打ち付ける。

 またしても部屋は揺れた。

 劣勢のまま何度も立ち向かう。

 自分の命が削れていく音を時々聞きながら、追加でガラス玉を割った。


「……張って」


 身に纏った三つ目の元死人へ、お願いを。

 腕に巻きついた蔓の長さを何十倍、何百倍にも伸ばし、部屋に張り巡らせる。クモの巣を思わせる◼️様になった。


「【接木(つぎき)】」


 盤を一度蹴り、自分の足元に木を生み出す。

 ◼️部屋いっぱいに広がった蔓は変化して、樹木の芽ができている場所を何度も移動して死人を攪乱、【玄翁(げんのう)】を死角から振り投げた。


『ムダなのがわからないかなあ』


 音か空気の波を感じ取るのか、ぐるんと首を回して攻撃を捉えた死人が手のひらを向ける。

 出してくるのは銀の扉だろう。◼️ガーディアンと呼んでいた、なんでも吸い込んでしまうブラックホールのような空間の歪み。


「【光線(レイ)】!」


 パォンッ!

 予想通りの動きをした死人を欺く、更なる攻撃。

玄翁(げんのう)】を吸い込む扉をすぐに消失させないように、オヤマボクチの花から光線を放つ。

 扉で視界が遮られている中、一気に距離を詰める。


「らぁっ!!」


 攻撃を吸い込んで消えた扉、その向こう側から既に赤い刀を横薙ぎする未来を見た死人の顔に映る驚き。

 今現在その攻撃に気付いただろう死人は、ちっ、と舌打ちをした。


 ──ズリュッ!!

 弾力のあるゼリーに刃が入る音がする。

 手応えがあった。しっかりと、奴の体を真っ二つにできると確信できるほどに。


「……」


 自分は今、何か声に出しただろうかと疑問に思えるほど小さな動揺。

 手が震えた。恐怖でも痛みでもなく、振り抜けるはずだった改の【木刀(ぼくとう)】が、敵の腹の中心で止まっていたせいで。


(うそだ……通らないなんて)


 力を入れても、押しても引いても変わらない。

 敵から感じる邪気の中心、青い心臓を狙った改の【木刀(ぼくとう)】は、アクセルモードで強化されているにも関わらず、鋼鉄のような硬さによって傷一つ付けられなかった。


『残念だったね、ハズレ』


 敵は未来を不快な顔で見下ろして、一応程度に足を開いて立ってはいたが、余裕であることはすぐにわかった。


『良かったよ? 今の動き。メイに反応させないなんてすごいじゃないか』

「いっ……!」


 死人の手が未来の震える手首を掴む。

 刀から強引に手を外され、握力にものをいわせて締めあげられた。


『倒せると思っただろうに、ごめんね? 硬くて。主君の面汚しになりたくないから、頑張って鍛えた成果が出たよ』

「しゅ、くん……?」


 死人の大砲から銀のエネルギー弾が放たれた。

 未来の足先が、百八十度、変わる。

 視点を転換。奴に振り向きながら、手の形状を変えた。


「【木製銃(もくせいじゅう)】……ッだん!!」


 一撃。未来の渾身、植物のエネルギーを凝縮した一つの弾が死人へ向かう。こちらに迫っていたエネルギー弾を相殺するよう放った。が。

 もとより苦手な遠距離攻撃、そこに追加された焦りと、痛みで上がらなくなった腕。

 照準がズレているのが打った瞬間にわかった。

 当たらない。残り、一センチが。


「あっ、ぐっ……!」


 出したくもない悲鳴が漏れる。

 銀のエネルギー弾が右腕に接触、肩からもぎ取られた。血が吹き出る。体力ゲージが減少する音がする。

 残り二割を切っていた。


『あはっ、あははははっ!!』


 気持ちよさげな笑い声の主は未来の頬を蹴る。

 ああそういうことか、と唐突に理解した。

 優越感がほしいわけだ、この子は。己が相手を支配している、己よりも弱いものが抵抗できず痛みに耐える様を見て楽しんでいるわけだ。

 色が変わって腫れ上がった頬だとか、武器を持てなくなった腕だとか。

 体の中心を殴れば出てくるカエルみたいな声も……そう、全て全て、弱者への痛ぶりなんだ、と。

 だけど決まって足にはほとんど何もしてこないのは、こちらが這ってでも逃げようとする無様な光景を見たいから。

 足があれば最悪、腕が無くなっても逃走できる。逃げ切れるかどうかは関係ない。ただ、そうして自分の命に執着する人間のーーに快感を覚えているのだ。


(茶番……)


 それしかこの状況を表す言葉が出てこない。

 転がされてるわけだ、自分も。手のひらの上で。

 耳ごと側頭部に剣の柄を受ける。

 ほらね、刀身で斬ってしまえば楽に殺せるだろうに。そう考え出すまで時間はかからなかった。


 ──彼らに必要なのは会話ではありません。力による教育です。束縛です。恐怖です。わたしたちが上に立たずに統制をとらぬのなら、共存などありはしないのですよ。


 あいかに言われた言葉が、なぜか今さらフラッシュバックする。

 死人から『分かり合えることなどありえない』とはっきり言われたせいだろうか?


(間違ってるのかな……やっぱり、私の方が)


 殴られるたびに脳が揺れる。

 頭は考えることを放棄し始めた。

 もう、寄り添おうとする努力もやめてしまおうか。


 ──はらり。

 何かが落ちた。

 焦点が定まらない中で、未来はその何かを認識しようと

 それは、白くて小さな、厚みのないなにかだった。


 ピーマンの花びら。隆一郎が髪につけてくれていたものだつた。

 どうやら髪留めが切れてしまったらしい。纏めていた髪が落ちてきた。

 よくここまで耐えていてくれたなぁと未来は思う。

 もちろん自然に生えた植物よりも枯れにくいし花びらも切れにくいけれど、それでも




「隆……」


 白い花びらを手に抱え、混濁し始めた意識の中。

 大好きな幼なじみの名を呼んだ。


「──あいよ」


 頭に、温かくて大きな手の感触。

 隣を通って、静かに手が離れる。


「【炎拳(えんけん)】」



「なん、で……?」


 目の前にいる大きな背中へ、掠れた声で聞く。

 絶対樹木の盾を突破してくるとわかっていた未来は、ここに来るまでの道を◼️にしていたのだ。

 全ては、大事な人たちを巻き込まないために。

 どうしてここまで来られたのだろう。


「助けてくれって、お前の心の声が言ってたぞ」


 こちらへ向いた隆一郎は、もう一度、未来の頭に手を置いてくしゃっと撫でた。


「道はぜんっぜんわかんなかったけど、戦ってる音はずっと聞こえてた。未来にしちゃあ、珍しく激しい戦い方してんなって思ってさ」

「でかい音出すわ、揺れるわ。無意識に自分の居場所知らせてくれてた」

「……遅くなってごめんな」


 温かい手が、腫れた頬にそっと触れる。


「私の方がごめん、やよ。勝手に、あんな、私、勝手にっ!!」


 言葉が上手く出てこない。

 謝りたかったのだ、未来は。




「……けて」

「助けて……」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔で、隆一郎に願う。

 たまに見せる優しい微笑で「おう」と答えてくれた。


「てなわけで、増援です」


 立ち上がって◼️言うーー

 すると、みんなが周りにいた。


「全く……最初から素直に言えばいいのにさ」

「それができねーのが相沢だからなー。ちょっとくらい許してやれよ、秀」

「」


「……アタシさ。ここに来るまで、未来ちー見つけたら殴ってやろうって思ってたの」


「けどさ……殴れないじゃん。こんな、ボロボロじゃ」

「らしくないよ。アタシの知ってる未来ちーは、」

「未来がーー言ったように、アタシらもみんな未来が大事なんだよ。失いたくないんだよ?」



「ま、進歩だけどな。あれだけーーと思ってた未来が、失いたくないって言ってくれたのはさ」

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