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元・俺の答えは⑤

挿絵(By みてみん)



『 おのれ人間共ガアアア!!』


 狙うべきは頭のヘビだとわかってから、執拗にそこだけに的を絞る俺たちに、少女は怒りを顕にしていた。それもそのはず。頭にいるそのヘビ達は彼女の仲間で、友達で、家族なのだから。


「くそ、速すぎて全部避けられるな」


「あのどこから出してるのか分からないただのヘビも厄介だね」


 隣り合って遠距離攻撃を続ける俺と秀は、盾で彼女からの攻撃を牽制しながら作戦を練っていた。


「ねえ土屋。何で本部は僕らをチームにしたんだと思う」

「あ? 仲良いから上手くやれそうとかそんなんじゃねーの?」

「馬鹿なのか。例えどれだけ仲が良くたって能力の相性ってモノがあるでしょ。だからきっと、ふたりでする攻撃の方が強いものがあるんじゃないかって……そう思わない?」


 ……なるほどね。


 炎と氷。これはゼロ距離だと両方が残ることは無い。炎が氷を溶かす。氷が溶けてできた水で炎を消す。ふたりで同時に攻撃をするとお互いの力で消し合ってしまう。


 だから基本的には違う場所を狙うか片方が防御に入るか、こういう戦法になるわけだけど、それができるなら。


「【吹雪(ふぶき)】!」


 こちらへと近づいてきた少女を遠くへ押しやるように秀の吹雪が彼女の体に放たれた。

 避けるべく後ろへバク転をして距離を取った少女は、こちらをじっと見る。


 出方を窺ってんのか。


「それで? 何か思いついたんだろ?」


 何か言いたげな秀に、俺はその先を笑って促した。


 頭のいいお前のことだ。断定できないことはわざわざ言わないもんな。

 つまり……勝つ為の作戦を思いついた、そういうことだろ?


 少し目を丸くした秀は、その後すぐに不敵な笑みを浮かべる。


「……僕の言う通りに動いてくれる?」






 15メートル程離れた場所にいる少女は俺たちから目を離さない。

 秀にあけられた腹の穴は水の中にいる事で修復していたようだが、乱れた息は整っていなかった。それは体力を大幅に削ることができたという証拠。


 作戦を小声で教えてもらいながら数分睨み合いった末、俺は拳を天井へと向ける。


 ──雨の日は苦手だ。雨の日は、自分の能力を十分に発揮できなくなるから。

 あの小さな粒一つ一つに炎を消すような力は無いと思っていた。それでも、未来は蒸散で作り出した雨で炎を弱らせて見せた。

 ひいては多大な水量で猛火を消し去ってしまった。それならば。


「【蒸発(じょうはつ)】!!」


 炎が水を食らうことだって、想像次第でどうとでもできるはず!!

 掲げた拳の先からブクブクと泡が出る。どんどんどんどん、ブクブクと泡が大きくなっていく。

 そうだ、もっとだ。

 湿気を無くせ。水分を飛ばせ。

 水という存在そのものを、この空間に入れさせるな!


「【回禄(かいろく)(つらなれ)】!」

『ッ! 消すナアアアア!!!』


 何をしようとしているか少女が気付いた瞬間。

 校内を浸食していた水がパァンッと風船が割れるような音がして蒸発し消えた。代わりに俺たちがいる廊下を囲むように、天井から壁から地面まで5重になった回禄が張り巡らされる。

 再度水の空間にされることのないようにするためだ。


『小癪な。水が(そんなもの)にかき消サレルはずナイダロウ!』


「来るよ!」


 秀の声。少女の目が再度赤く光ったと思うと、俺の回禄に凄まじい重みが乗ってきた。


 マジかコイツ……回禄で守られているこの空間の中に、外側から無理矢理水を起こそうとしてんのか!


 だけどそれは、秀が懸念してたこと。だから、俺も焦らない。……でも。


「く……ッ! こんの馬鹿力のガキ……!」


 クソつえぇことは変わりない!!


 拳をギリギリと握りしめて力を込めるも、5重に重ねた回禄が外側から徐々に水で消されていく音が鳴っている。

 だけど負けられない。何せこの作戦は、水があるとそもそもできないのだから。


「秀!!」


 だから、絶対これ以上は浸食させてやらねぇよ。


「【純氷(じゅんぴょう)】!!」


 張られた校内の回禄の近くに、秀の透明な若干平たい丸い氷が大量に作り出される。


「しくじんなよ!!」

「わかってる」


 余裕の無い俺は怒鳴るように言ってしまったが、秀は嫌な顔ひとつせずに真剣な声で答えてくれた。


「こんな大掛かりな事させておいて、僕が失敗するわけにいかないでしょう」


 だけど、何も起きない炎と氷を見てニヤリと笑う少女は、目にも留まらぬ速さで秀へと飛ぶ。


『ハッ! タダの氷か! はったりもイイトコロダ!!』


 ぐちゃっ!


 気付けば既に、秀の左の鎖骨へと食らいついていた。鋭く大きな牙は肉まで奥深く刺さり、血を溢れさせる。

 声を押し殺すようにして痛みに耐える秀は、攻撃に集中する為に自ら防御を捨てたのだ。


「……その言葉、後悔させてあげる」


 秀が声を低くして言った瞬間。


「【氷剣(アイスソード)】!」


 噛み付かれた体から直接氷の剣を数本出して攻撃したが、瞬時に反応され身を翻して躱される。


「【プラズマ】!!」


 俺も少女の馬鹿力で押し負けそうになって顔に汗が滲むも、力を振り絞って少女の頭から雷を落とす。だけどそれすらも彼女は身をひねり躱してきた。


「くそ……っ!」

「いや、ナイスだよ土屋。【吹雪(ふぶき)】!」


 回禄を消すことに力を注いでいる彼女は、攻撃を躱して着いた足元に意識が向いていなかったようだ。

 足を取るように吹雪を起こし、バランスを崩した少女は尻もちをつくように倒れ、その瞬間を秀は見逃さない。


「ここだ。【凍結(とうけつ)】!!」


 地面に倒れた少女を秀が下半身だけを凍らせる。集中の切れた少女はその瞬間、回禄を襲っていた水を保つことが出来なかった。


 今だ!!


「【回禄(かいろく)(つらなれ)】!!」


 水の影響を受けなくなった回禄をまた5重へと復活させたそのとき、最初に秀に張られた純氷が火で光を浴びる。


「これで終わらせるよ」


 秀が右手を少女へと広げた。そして、


「【氷像(ひょうぞう)】……ファイア!!」


 氷とは全く想像がつかない『炎』の技名を口にした。


『ッ!?』


 ボォンッ! と大きな音が鳴る。身の危険を感じた少女は大量のヘビを作って体を覆った。でもそれはほとんど関係がない。

 純氷が光を通して()()させたのだ。それは小学生が理科の実験でやる虫眼鏡で行う発火現象と同じもの。

 火を()()のでは無く、そこに火を()()()のだから。

 俺の回禄が続く限り、秀の純氷が消えない限り、狙った少女に直接火が上がる。


 すげぇ、凄まじい火力だ。


 少女があがけばあがくほど火が上がる範囲が広がる。

 ボンボンと火が出て、焼けていくその光景は、思ったよりも惨いものだった。


『ああ……待って……まってかあさま……まってとうさま……』


 作ったヘビが遂に尽きた。続く火の手は彼女の頭のヘビ達も焼き尽くしていく。小さくなっていく家族の魂に、少女はか細い声で呼びかける。


『まってにいさま……まってねえさま……まって……まって……おいていかないで……』


 少女は、泣いているようだった。


「土屋……もういい」

「……おう」


 秀に声をかけられ、俺は感傷にひたりながら回禄を消す。

 それに伴い彼女の周りの火が消え、虚ろな青い瞳が見えた。


『……ワタシの家族を、殺しましたね』


 そう小さな声で言う彼女は、家族の魂なのだろう、丸く淡い光の玉を抱きかかえている。もう戦う気力は無いようだ。


「わかってたんだろ? 自分で言ってたもんな。最後に生き残ったら、皆の()を集めて逆襲するって」


『……そうですよ。わかっていました。魂を集めたところで家族は帰ってこない。誰も生き返るわけじゃない。今アナタガタが殺したのは、ワタシが呼び戻した家族の心だってこと。本当に殺したのはアナタガタじゃないってことも、ちゃんとわかってました。でも、同じことですよ。家族は今、二度殺されたようなものです』


 少女が漏らす言葉に、心がズキズキと痛むような気がした。


 虚ろな瞳からまた、涙のような赤い液体が流れる。


「その家族の魂なんだけど……良ければ埋葬させてくれないかな」


 唐突の秀の提案に、少女は少し驚いた顔でこちらを見た。


「君たちの家を壊しちゃったのは……うん、人間のせいなんだけど。せめて、君の家族の魂だけでも」


 そう秀が言って手のひらを上に向け、腕を広げて一言。


「【明治(めいじ)】」


 俺たちがいる場所を除いた廊下に、亜空間が創り出される。その空間は緑豊かで、水が豊富で、明るくて、小さな建物しかない昔の日本の光景だった。


『これ、はワタシのおじいちゃんが生きていた頃の風景です』


 少し目に光が灯る少女。そこに彼女が恐る恐る足を踏み入れると、周りの景色が動き始めた。

 さわさわと風に揺られる木々の音。川のせせらぎ。人が少しいるけれど彼らは決してカエルなどは持っていなかった。


 少女が呆然と見ていると、腕の中にいた魂がふよふよとその手を離れ浮いていく。くるくると踊るように舞い、自然を堪能し、木や草や花に、川に、挨拶をしている。


『……家族が、もう、これでいいと、言っています』


 少女がぽつんと言った。


『もう、許してやってくれと、言っています』


 少女が木に手をついて、俺たちの方へ振り向いた。


『ワタシは、人間がきらいです。ワタシたちの家を奪うから。水を汚すから。あんな変な建物の為にワタシたちの憩いの場を壊すから』


 俺たちも少女を見つめながら、静かに聞く。


『でも、知ってました。人間が、ワタシたちが、全員いなくなってしまうかもしれないと気付いて、保護してくれていたこと。どうにかして、ワタシたちの種族が絶滅しないように自然を守ろうとしてくれていたこと。……遅かったですけど』


 少女の体に光が帯び始める。


『ワタシが最後のひとりになってしまって、住むところもご飯もなくて弱ってた時に、女の子がワタシを拾ってくれたんです。

 でもその時には既に、ワタシは弱りすぎて、もう生きていけない体でした。ワタシはそれから少しして死んでしまった。

 でも女の子はワタシを丁寧に埋葬してくれたんです。沢山の木と、草と、お花と、お水を作って』


 その言葉にハッとして、俺と秀は顔を見合せた。


『でもそれでも家族が死んでしまったのは人間のせい。それだけが許せなくて、哀しくて、こうして舞い戻ってきました。……でも、やっぱり復讐なんてできませんでしたね。失敗です』


 少女の光がいっそう強くなり、体の形が変わっていく。


『できれば、あの子にお礼を伝えたかった……。ワタシを看取ってくれたあの子に。家族を自然の中に帰す事ができましたって、伝えたかったです……』


「伝えとく!」


 俺は必死に言った。


「そいつ、多分俺らのよく知ってる奴だから」


 絶対、俺たちがよく知ってる奴だから。


 変わりゆく少女は目を大きく開いて、そのあと優しく笑った。


 ありがとう。


 そう、最後に聞こえた気がした。


 光の形は元のキクザトサワヘビの形に変わって、家族の魂と共に自然の中へと消えていった。

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