元・俺の答えは④
多分、その場にいる全員が息を飲んでいた。
誰もが予想していなかった。
だって長谷川はキューブの大会での不動の優勝者なのだから。
努力の塊だから。
誰よりも強くなろうとし、自信に溢れた強き戦士だったのだから。
「長谷川が……殺られた?」
秀がぽつんと言う。
それを境に死人の甲高い笑い声が響いた。
『ヒャーッハハハアアアアッ!! シンダ! ヒトリ、ヒトリシンダ!!
アハハハハ──────────!!』
悪魔のような顔で笑う死人。
絶望する秀。
通信機から聞こえる、怯えて短く細かい息をする斎と阿部。
味方は誰ひとりその様子に何も言わず、いや、言えないのだろう。だけど俺だけは奴を真っ直ぐ見て声を張り上げる。
「お前……あいつを今まで狙わなかったのはッ!」
『フェイクダヨ? フェ・イ・クぅ! ふふふふふ』
青い目がぐわっと見開かれ、口角を極限まで上げて意地悪そうに笑う死人に、俺は激怒していた。
くそ……もっと、もっと他になにかあっただろ!
全員で助かる何かしらの方法が!!
単純な罠に引っかかって仲間を死なせてしまったことに、自分に、怒っていたのだ。
『サア続ケヨウヨ、オ兄チャンタチ。ワタシヲ殺シテゴラン? 全員返リ討チニシテアゲル!!』
手を広げて、さあやってみろと言わんばかりに笑顔で煽る死人を睨みつけ、歯を食いしばる。
ここで挑発に乗るわけにはいかないんだ。
ここで奴の言葉通りにするのは相手の思うツボだ!!
抑えるんだ!!
「【花火】!」
『!』
コイツをぶちのめすのはあと。
まずは先にするべきことをしてからじゃないと……!
煮えたぎるドス黒いものを心の奥底に縛り付け、俺の移動手段、花火を足の裏に起こす。
6時間かかった本部までの道のりを5分で帰って来れる、ほぼ瞬間移動のような能力。
ムチを打つようなスパッと言う音と同時に俺は死人の前から姿を消し、長谷川が喰われた場所、斎と阿部の前へと瞬時に着地する。
「わぁッ!」
「すぐに逃げろ」
唐突に現れた俺の顔に斎が声を上げたが、それに構っている暇はない。
俺は乱暴にふたりと怪我をしたバカなクラスメートを担ぎ花火でその場を離れた。
まだ長谷川を喰ったヘビがそこに居たから、これ以上被害を出さないための判断だ。
『フン、保身ニハイッタカ』
つまらなさそうな死人の声が、秀の通信機越しに聞こえていた。
校舎から少し遠いところにある体育館に一瞬で降り立った俺は、抱えた3人を乱暴に館内へと放り投げる。
ここは今学校中の奴らが避難している場所で、校内の中で一番安全な場所。
超強化マテリアルというその辺の建物なんかよりも更に頑丈なマテリアルで建てられた建物。学校の本館は既に死人の襲撃でボロボロだが、ここだけは傷ひとつ付いていない。
「ここから出るな。いいな」
ふたりに口速にそう言い、すぐに戻ろうとする俺の手を、阿部が力いっぱい引っ張って必死に止めた。
「待って土屋君! 私が近くにいなかったら付加能力が不安定になる!」
だろうな。
「わかってる」
「わかってない! 防御も痛み無しも効果が消えちゃった状態でもし致命傷を負ったら……死ぬよ。絶対死んじゃうよ!!」
無謀なことが分かっているようで、半ば怒りだけで倒そうとしている俺に、阿部は可愛らしい顔にそぐわない強い声で激しく諭した。
阿部の言うことはよく分かる。だけどそれでも……どうにかしなきゃいけないだろ。
「それも、わかってるよ。でも阿部が殺されたら、不安定どころか全部消えちまう」
「っ!」
「それに、秀を独りあっちに置いてきちまった。戻らないわけにいかないだろ?」
ハッとして目を見開く阿部。彼女の震える軟らかい手から、優しく自分の手を引き抜いた。
「……大丈夫。力が保てなくなる前に、絶対倒す」
泣きそうな顔をする阿部に、もう一度大丈夫だと言っておでこを指で突っついてやる。
それでも、「無理だよ」と、「無謀だよ」と……涙を浮かべ始める阿部に背を向け戦場に戻ろうとしたとき。冷静で無いながらも頭をフル回転させていた斎がピンと閃いたらしかった。
「とにかく、阿部がここにいても土屋と秀がパワーアップした状態でいられたらいいんだな?」
ーーーーーーーーー
土屋が斎たちを避難させてる間、僕は慣れのない激しい戦闘に怯みながら耐えしのいでいた。
『ドウシタ、ヒトリニナッタ途端ヘッピリ腰ジャナイカ?』
「くっ! そんなわけ……ないでしょ!」
死人の変形した大きな爪が僕に縦横無尽に襲いかかってきて、なんとか2つの氷剣で捌きながら隙を窺う。
『マア、見捨テラレタト思エバソウナッテシマウノモ無理ハナイヨネ!』
「……っ! そんなわけないでしょう。帰ってくるよ、あいつは!」
四方八方から飛んでくる鋭利な爪は、まともにくらえばいくら回復力が爆上がりしている体でも無事では済まないと思う。
土屋……ごめん、早く帰ってきて!!
「そっちこそ、ちょっと疲れてきてるんじゃないのッ! さっきから動きが同じだよ!!」
連続で来る爪の動きを体を大きく捻って躱し、2度目3度目に見えた爪をアイスソードで受けきった。
『ナ……!?』
「【氷像】ストレリチア!」
予想外の出来事に驚いたながらも若干避けられ、ドシュッと肉の裂ける音がして、死人の右の腹に穴があく。
物を氷で形作る氷像。氷で創った鳥のクチバシに似た花の像が見せる槍のような攻撃。
相沢さんの戦いを見て得たインスピレーションによるものだ。
『うぁっ!!』
「!?」
痛みに顔を顰め、穴のあいた腹に手を当てる死人。
そこで追い打ちをかければ勝てたかもしれなかった。だけど僕は次に繋げることは出来なかった。
死人には無い物、それがその傷口から吹き出したからだ。
……血?
僕が動揺したその瞬間を死人は見逃さなかった。奴の青い目が一瞬赤く変わり、すぐそばにいた僕は強い滝のような水に呑まれ屋上から地面へと勢いよく落下する。
「うぁっ!!」
高所から叩き落とされた体は頭から血が流れ、多分、幾らか肋の骨が折れてしまっているようだ。
「はぁ……はぁ……っ痛い、なんてものじゃないね……」
折れた肋の代わりに腕で全体重を支え立ち上がろうとするも、上手く動かない体。
……まさか、阿部が付けてくれていた痛み無し、今は作動していない?
ズキンズキンと脈打つ痛み。朦朧とする視界。乱れた呼吸。
ここまで……か。
僕は、死を覚悟した。
一度死にかけたのだから、元より敵う相手ではなかったのかもしれないと。
血……に見えたけど、そんなわけないな。人型だから液体が赤いんだ。
やってしまったと、反省し奴が来るのを恐れた。
だけどどれだけ経っても死人からの追撃は無かった。
その状況に、僕は荒い呼吸を繰り返しながら笑う。
「まだ、生かすの……? っ神様、がいるなら、残酷な人なんだねぇ……」
だったら、仕方ないね。
重い重い体を、すぐ横にある瓦礫を支えにして立ち上がらせる。
「【氷像】……骨……ッ!!」
体の中に冷たい感覚がして、ピキンピキンと高い音が鳴る。折れた骨の代わりに、氷を繋げ体を作ったのだ。
「ああああああああッ!!!」
これは、覚悟の絶叫。
僕が自分から死ぬのを許さないと言うのなら、僕の全身全霊をかけて戦ってから死んでやる!!
顔をバッと上げ、死人のいる屋上へと真っ直ぐ目を向けた。
駆けて大きく踏み込む。崩れかけた校舎の断面から断面へと足をかけ上へ上へと跳ぶ。
真っ赤になり始めた陽の光を背中に浴びて跳び上がり、上から死人を見下ろした。
彼女は、僕にあけられた腹の穴を押さえながら、肩で息をしていた。
「【氷剣】!」
幾多の氷の剣が死人の周りを囲む。
遅れて気付く死人は後ろへと半ば転がるようにして躱し、反撃に出る。
『往生際ノ悪イ奴メ……!!』
死人の右腕に巻き付いていたなにかの物体が蠢いた。
それに気づきハッとした直後、
ドゴォッ!!
「ぐ……ッ!」
僕の体はまた外へと投げ出される。その物体から木の根っこが飛び出して殴られたのだ。
間一髪変形しているフェンスに右手が届き、落下は免れたが、死人が僕を見下ろすようにして近づいてきた。
『ジットシテイレバ単ニ殺シテヤルノニ!!』
「がッ……!」
僕の顔は痛みで歪む。
フェンスを掴む手に死人が足を器用に乗せ、ギリギリと下へ下へと押し込んできていた。
崩れて鋭利なマテリアルの断面が、手首を、腕を、ゆっくりと肉を断裂させてくるのだ。
痛い……痛いっ痛い……ッ!!
こんなの、馬鹿じゃないの。
訳わかんないぐらい痛い。それなのに……
『手ヲ離スガイイ! サスレバスグニ楽ニナル!!』
楽しい、なんて。
「……ッ、まるで、人間みたいな口ぶりだねぇ!」
死人の体の周りに吹雪を起こす。風で、凍てつく氷で離れてくれればと思ったが、死人はそれでは動かなかった。
このままだと右腕がもたない……!
「人間を恨んでる割には君が人間に近すぎるように思うけど!? 人間風の見た目に人間みたいな物言い! 本当はよく人間の事を知ってるんじゃないの!?」
『……! 黙レ若造ガ!!』
怒りに叫ぶ死人。その足元から、ドンッ!! と大きな音が突然鳴って炎が上がった。死人が悲鳴を上げその場から逃げるように水を張り、姿をくらました瞬間。
「うわっ……!」
水の勢いで僕の手がフェンスから離れた。激しい水流の中、傷だらけになった右腕が瞬時に修復され、体は校舎内へと誘導された。
水は外向きに流れていっているようで、影響がない校舎内はしんと静まり返っている。
「遅くなって悪い。帰ってくる最中にヘビの大軍が来て……時間かかっちまった」
「はぁっ、はぁっ、息、しんど!!」
水に煽られ全身で息をする僕に、念願だった帰ってきてくれた土屋が笑った。
「わ、笑い事じゃないから……」
「ごめんごめん、普段見ないお前の顔がなんか新鮮で」
なんだよそれ。
「性格悪いの君でしょ……って、何それ?」
土屋が手に何か小さいキューブを持っているのが見えて、覚えのないその物体の存在について聞く。普段使っているキューブの半分ぐらいの大きさで、色は真っ赤だ。
「斎のずっと研究してた新しいキューブ。試作段階で色々問題はあるらしいんだけど、とりあえず今使う分には問題無いからって」
僕らの後ろから水の音が聞こえ始めた。
「半径500メートルの範囲なら、これの対を持ってるマダーの力の恩恵を受けることが出来る。もうひとつのキューブは阿部に持たせて来た」
水が教室を荒らしていく。窓が割れて椅子も机も投げ出される。
「つまり……阿部さんがいなくても、わざわざお願いしなくても、僕らの能力値は上がったまま」
「ご名答。そういう事だ」
水はもう目の前だ。
「暴れようぜ」
「……楽しそうだね」
ニヤリと笑う土屋に、僕も笑って返事をした。
襲い来る大きな波に、体を預けるよう2人揃って自ら巻き込まれる。
『何カ作戦デモ立テテイタカ? デモモウ遅イ! ココハワタシノ場所。水ノ中デハ勝テンゾ!!』
笑う。笑う。水の中で反響する笑い声は頭に響くようにぐわんぐわん聞こえてくる。
「土屋。あの子はもしかしたら、人間に育てられていたのかもしれない」
「ペットだったってことか?」
死人の姿が、超スピードで見えなくなる。
「わからない。でもきっと憎みきっていないんだよ。だからさ」
「盾!」僕の氷盾がふたりの体を死人から守る。少し見えたその青い目が、より一層見開かれていた。
「元に戻してあげたい」
「……りょーかい。音を上げるなよ?」
否定をすることなく、受け入れてくれる土屋に心の中で感謝をする。
割と、純粋な気持ちだった。哀しい運命を辿ってしまったあの死人を、せめて満足のいくかたちにして終わらせてあげたかった。
だけど、元に戻すというのは、言葉で言うほど簡単ではないことを知っている。それはつまり、死人の命を奪わず恨み悲しみ怒りの魂だけを浄化するという事。
『余裕ダナ小僧ドモ!!』
死人はこちらへと大量の大きなヘビを飛ばす。大きな口が僕の盾を何度も噛む、噛む、噛む。
鋭い牙に何度も襲撃され、ピシッと音とともに亀裂が入った。
「さんにーいちで解除するよ。さん」
亀裂の範囲が広がる。
「すぐにカウンター頼む」
はいはい。
「に」
小さな穴があく。
「いち」
『サア小童タチヨ、尽キルガイイ!!』
バキッ! と、丁度氷盾が突破されたそのとき。
「【氷像】、キクザトサワヘビ!」
『……!?』
死人と全く同じ生命体を、氷で作ったヘビでオリジナルをぶち破る。更にオリジナルの頭を貫き長いシッポが全てを蹴散らす。
「【回禄・連】!」
一瞬の焦りに隙が生まれた死人の周りへと、土屋が回禄を3重に張る。
「【プラズマ】!」
回禄の中に土屋が雷が起こす。
ピシャンッドシャッ!!
張られた3重の炎は雷を跳ね返して跳ね返して何度も何度も死人へと放たれる。
火は燃料の酸化から高温になって、燃料が電離してプラズマ状態になるとかいうどこかの文面を見て連想したものだそうだ。
『あああああっ』
悲痛な少女の声。
体がまた一段と黒く焦げていく。
『……ッ! ワタシは……!!』
刹那、超スピードの少女がまた土屋の目の前に現れ、僕が危ないと言う暇もなく、少女の持つ大きな牙が彼の肩に噛み付いた。
だけど、彼は無傷だった。数ミリの差しか無かったけど、その牙は傷を付けられなかった。
ああ……最高。強いな土屋は。
何度も連続で狙われた故に得られたもの。
彼は、速さに『慣れた』のだ。
『アハハ! 凄いネお兄チャン!!』
その言葉に土屋がハッとしたように目を見開いた。
彼は目の前にいる少女に【火の粉】を起こして距離をとって、僕に向かってほぼ叫んでいるような声を上げる。
「秀、頭だ! あのヘビだ!!」
「え!?」
聞き直す僕を置いて土屋は続けた。
「【弓火】」
炎を纏う矢を少女の頭にあるヘビへと放った。
『ヤメるのだ!!!』
少女は手をカッと開いて新たにヘビを作り防壁にした。防壁になったヘビ達は四方八方へと無惨に吹き飛んでいく。
「あの頭にいるヘビだけがキクザトサワヘビの魂なんだ! 他に出してくるやつは全部虚像だ!」
「虚像……なるほど。じゃあ頭にいるヘビ達を倒せば」
気になっていた。一人称はずっと『ワタシ』なのにこちら側の呼び方が変わるのが。年代が変わるのが。声が何重にも聞こえるのが。
お兄ちゃん
若造
小僧
小童
それらはこの死人が1人でないことを表していたということか。
「そう、そしたらあの子は元に戻れるはずだ!」
見えない先に小さく光が点った瞬間だった。