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パラレル・陽炎&トレース

retake.1

 どこからか、こそこそと話す声が聞こえる。

 人に見られたかと思って、なんでもないような顔をして辺りを見回すも、周りには誰もいない。しかし声は続いていて、その話の中に『相沢さん』という名前が微かに聞こえた。


retake.2

 ガコンッ! 取り出し口に落ちたボトルとお釣りが返ってくる音が、今の声に被って頭を殴った。

 小声で話していた自販機の奥にいる同級生たちが静かになる。

 会話内容を脳が勝手にリピートする。

 もっと上手くやってくれないと、バレる。嗾けた。

 繰り返される要点は俺から動作を奪った。

 ボトルを取り出すことも、お釣りを取ることも、体育館に直ぐに戻ることもできない。

 ただ思考が頭を駆け巡る。

 何度も何度も考えた。冷静に、落ち着けと自分に言い聞かせて。だけどどう考えても、どんなに思考を巡らせても、つまりそういうことなのだとしか俺には思えなかった。


retake.3

「今回はよっちゃんが纏めてくれたから良かったけどさぁ」と広がる会話。

 聞き続けるわけにもいかない。目的だった飲み物を買って、できるだけ早く体育館に戻るべく千円札を自販機に入れた。


「もっと上手くやってくれないと、私らが(けしか)けたってバレちゃうじゃんねぇ」


 指が、ボタンを押してしまった。その言葉を聞いた瞬間に。


 ボトルが取り出し口に落ちる。

 カラン、カランとお釣りが返ってくる。

 先程まで話していた同級生たちが静かになった。


 ──もっと上手くやってくれないと、バレる。


 今の会話内容を脳がリピートする。

 繰り返される要点が、俺を理解へと導いた。


「なぁ。今の……どういうこと?」


 冷静になるべく少しの間を置いてから、ゆっくりとお釣りを取ってポケットに入れる。買ったボトルを取り出しながら、俺は敢えて問い掛けた。


「やばっ、行こ!」


【伊崎たちと衝突しなかった場合】


retake.1

「『世紀末。こんなことをして、後悔するぞ。生徒の目の前で教師が教師に頭を下げさせるなど、訴えられてもいい案件だ。心構えはもう済んでいるのだろうな!』」


「『どうぞご自由に。校長にでもその上にでも掛け合ってくださって結構。私は恥じるべきことはしていません』! よっちゃん先生、なに!? ほんっとにもう、男前!!」


「こらこら、真似をするんじゃない。というか阿部も谷川もどうして一言一句間違わず覚えてるんだ」


「「だってかっこよかったから!」」


「声を揃えるな……」


 数分してから体育館に戻ると、あの後で行われた更なるやり取りを見ていたらしい阿部と斎のモノマネが繰り広げられていた。

 木岡先生はぶつくさ言いながらどこかへ行ってしまったのだろう。阿部が腕を組んで、ずかずかと歩いてみせる。


「でも世紀末先生は平気なんですか? 木岡先生、本当に校長に言ったりしそうですよ」

「秋月は案外心配性だなぁ。平気平気、先生もちょっと暴力的だったかもしれないからさ。多少のお叱りは覚悟の上だよ」

「……のお、先生」

「ん?」

「本音を言うと?」

「スッキリしたね!!」


 ニヤニヤ顔の加藤に全力で答えた先生は、いつもの調子でハッハと笑う。その様子が世紀末先生らしくて俺もつい笑ってしまった。


「あ、土屋戻ってきた。遅かったね」

「おー。水かお茶か悩んでてな」


「結局スポーツドリンクにした」と言いながら、手に持ったボトルを秀に見せる。

 嘘をついて申し訳ないけど、泣いてたなんて言いたくないんだ。許してくれ。


「未来、これ」


 世紀末先生に改めて礼を言った俺は、座って何か考え込んでいる未来の前にスポーツドリンクを置く。

 そこで俺が帰ってきたとようやく気付いたらしい未来は、つと顔を上げ、口もとを綻ばせた。


「ありがとう。飲み切ったのすっかり忘れてたよ」

「ばか。()っつい中動き回ってんだから、水分摂らねぇと倒れちまうぞ」


 俺の注意に「はーい」と軽く返事をしながら手に取った未来は、キャップを開けて(あお)った。

 数秒ですっからかんになってしまったペットボトル。ほれ見ろと言いたくなる。


「未来。さっきの……大丈夫か」


 何がとははっきりと言いたくなくて、濁しながら未来の心の状態を聞いてみる。

 すると未来は口角を上げて一度小さく頷いた。


「世紀末先生にね、ありがとうございますって言ったの。そしたら、『若者の一生懸命な姿を否定されるのが、先生は嫌だっただけだ』って笑ってた」

「はは。生徒最優先なあの人らしいな」


 今は保井と足の話をしているらしい。

 親御さんに連絡してすぐ戻ったのに、保健室にいなかったから……と声が聞こえる。


(本人も落ち着いてるわけだし、俺が心配しすぎるのも良くないか)


 話を変えるべく、得点板に目を向ける。


「前半の最後の方、見てなかったんだけどさ。戦況は?」

「ん、それを今考えてたんだけどね。前半が終わった時点で十七対十八。ギリギリこっちがリードしてるけど、このままだとちょっとしんどいかもしれない」


 未来は横目で長谷川を見る。

 あちらも作戦を練っているのか、瀬戸や須田と円になって座っていた。


「もしかして、長谷川たちも前半後半で同じメンバーか?」

「うん、そうみたい。正直ありがたいよ。体力温存された人が入ってきたら、状況はもっと厳しくなってたと思うから」


 その分、水分補給の時間も長めに取ってくれたのだと世紀末先生の気づかいを教えてくれた頃、「後半始めるぞー」とみんなを呼ぶ声がした。


「よし……いこうか」


 大きく息を吐いて、吉田がいつになく真剣な顔をする。

 最後の十分を戦いに向かう吉田と吉住。その後ろをついていく未来へ、「頑張れな」と小声で応援の言葉をかける。

 顔だけこちらに傾けた未来は、にっと笑い、軽くガッツポーズをしてからコートの中心へ向かっていった。


retake.2

「『世紀末。こんなことをして、後悔するぞ。生徒の目の前で教師が教師に頭を下げさせるなど、訴えられてもいい案件だ。心構えはもう済んでいるのだろうな!』」


「『どうぞご自由に。校長にでもその上にでも掛け合ってくださって結構。私は恥じるべきことはしていません』! よっちゃん先生、なに!? ほんっとにもう、男前!!」


「こらこら、真似をするんじゃない。というか阿部も谷川もどうして一言一句間違わず覚えてるんだ」


「「だってかっこよかったから!」」


「声を揃えるな……」


 数分してから体育館に戻ると、あの後で行われた更なるやり取りを見ていたらしい阿部と斎のモノマネが繰り広げられていた。

 木岡先生はぶつくさ言いながらどこかへ行ってしまったのだろう。阿部が腕を組んで、ずかずかと歩いてみせる。


「でも世紀末先生は平気なんですか? 木岡先生、本当に校長に言ったりしそうですよ」

「秋月は案外心配性だなぁ。平気平気、先生もちょっと暴力的だったかもしれないからさ。多少のお叱りは覚悟の上だよ」

「……のお、先生」

「ん?」

「本音を言うと?」

「スッキリしたね!!」


 ニヤニヤ顔の加藤に全力で答えた先生は、いつもの調子でハッハと笑う。その様子が世紀末先生らしくて俺もつい笑ってしまった。


「ねぇつっちー見てた?」

「え?」

「さっきの未来ちーの『ぼてっ』よ! 可愛かったねぇー」

「やだ、凛ちゃんわざわざ言わなくていいよ! 隆も忘れよう? ねっ?」

「お、おう?」


長谷川が悶えながら未来の頬をぷにぷにと触っているが、俺には何があったのかさっぱりわからない。

 未来の全力の抵抗に合って喋れない長谷川の代わりに、なぜかしょげている加藤がこっそりと教えてくれた。


「ちょっと無茶な動きをしてな。体勢を崩して顔から思いっ切りこけたんじゃ」

「えっ」

「すぐ起き上がっとったけど、ありゃかなり痛そうじゃったよ」


状況を思い出したらしく、加藤は手で顔を覆った。


「未来ちーのダサい姿見るの新鮮だったわぁ」

「ダサいって言い方は酷いよ」


からかわれて口を尖らせる未来へ、買ってきたスポーツドリンクを差し出しながらとりあえず大丈夫かと聞いてみる。

 加藤が話したのだと瞬時に察した未来は落胆。恥ずかしさからか、少し俯いてペットボトルを受け取った。


「ありがとう。ちょっと痛かった」

「擦りむいたりは?」

「ううん、それは大丈夫」


喉が乾いていたらしく、蓋を開けて勢いよく飲んでいく。ボトルの半分ほどまで喉を通した未来は、口を離して


「あと、その……さっきのはね。ちょっと怖かったけど、もう大丈夫だから。それも心配しないで」


ふいに未来が言う。

どうやら別の意味でも心配していたとバレてしまったらしい。もう一度へっちゃらだと笑う。


「そっか。なら良かった」


「……で、加藤は何をそんなにしょげてんの?」

「そりゃぁっ! ワシがチーム内におったなら全力で助けたったのにと!!」

「女子に交ざるつもりかお前は」


心配して損した。いつも通りだ。


「よーし全員水分補給したなー? 後半やるぞー」

「あっ、世紀末先生!」


「あの、さっきの未来のこと。ありがと……って、おい! 何すんだよ!?」

「爽快だったろ?」


急に頭をわしゃわしゃと撫でられて抗議しようとした俺へ、先生は自信満々にそう聞いた。


「っはい!」


ニカッと歯を見せて笑う世紀末先生。

ほんとにこの人は、生徒第一だ。


「ほいほい、そろそろ後半を始めないと本当に次の種目に差支えるんだ。わかったらとっととコート内から出て、全力で応援する!」


もう一度「ほいっ!」と掛け声とともに背中を押され、強制的に壁際へ移動させられた。


「いって! 荒くたいな、まったく……」

「あはは」


retake.3

「先生。未来のこと、ありがとうございます」


 ぺこりと一例して感謝を伝えるも、ほぼ間を空けずに先生に両肩を掴まれる。

 荒々しく前に向かせた先生は俺の顔を覗き込んで言った。


「爽快だったろ?」


 ニカッと歯を見せて笑って。

 つられてこちらも笑ってしまう先生の笑顔。

 安心した俺は今日一番の声で返事をした。


retake.4

「なぁ加藤? お前さっきの休憩中いなかったじゃんか。どこ行ってたんだ?」

「トイレじゃ。汗ふきシート使いすぎて冷えたんかして、腹壊しての」

「何やってんだよ……」


retake.5

「あの、さっきの未来のこと。ありがとうございます」


「迷惑かけてごめんなさ……って、おい! 何すんだよ!?」

「いやぁ、らしくないなーと思ってな? なんだそのしおらしさは。いつものツンケン土屋はどこいった?」


「おーい」と通常運転の俺を呼びながら、持ち前の剛力で頭をぐりぐりと撫でる世紀末先生。

どうも楽しそうな先生は、


「生徒を守るのも教員の務め。相沢にも言ったが、若き者同士の一生懸命な姿を否定されるのが、先生は嫌だっただけだ」


retake.6

「ああ、保井。足の件、一応家の方に連絡しておいた。終わったら迎えに来てくれるそうだぞ」

「ええっ! 大袈裟だよ恥ずかしい……」

「まあそう言わず。この試合を見届けたらノーマで治療すること。いいな?」

「むぅ……ガッテン承知」


retake.7

下げようとした頭に力のこもった手を置かれ、持ち前の剛力でぐりぐりと撫でながら、「先生も青春したかったなぁ」といつもの調子でハッハと笑う。


「よっちゃん先生、青春無かったんですか?」

「うん、聞いて驚け。小中高と勉強、勉強、勉強! 昼夜問わず勉強だらけの毎日を過ごしたよ」

「もしかして小学校の頃から教員になりたかったんですか?」

「そうそう。なんと言うか、誰かの成長を見るのが昔から好きでな。将来は絶対教師になるって思ってたよ」


 ふぅんと皆が感心している中、「だけどなぁ」と今度は顔を手で覆って泣き真似をし出す先生が本音を漏らす。


「あまりにも勉強に明け暮れすぎて、彼女ができないまま二十八歳になったという事実だけが残ったんだよ……」

「彼女欲しいの?」

「何なら嫁さんが欲しい。だから毎年言ってるだろう? 『可愛い奥さん募集中のぴっちぴち何歳だ』って……」

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