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パラレル・最強の敵

 苦い顔で話を締めた斎は立ち上がり、俺たちの前から加藤の横へ座り直す。

 すると、長谷川の声が聞こえてきた。


「未来はさぁ、比較的ダンクシュートが多いよね」


 未来をピッタリとマークしている長谷川は、何かの拍子にボールを奪い取れる位置から離れずに話し始める。

 もしかしたら会話の中に何かヒントがあるかもしれないと思った俺は、彼女らの声に耳を傾けた。みんなも同じように思ってくれているのか、試合を見ながら全員が口をつぐんだ。


「だからなに?」


 振り切りたい一心で、未来はゴール近くで強引にジャンプする。だけど長谷川はそれを予想していたようで、未来とほんの少しもズレないタイミングで跳び上がった。


「それはつまり、()()()が一番決められる確率が高いシュートだからでしょ?」

「……アンタ?」


 ダンクシュートの動きを遮られ、咄嗟に下向きに持ち替えた未来は吉田へパスをする。

 だけどそれすらも予想していたのかもしれない。長谷川は自慢の俊足で吉田の方へと走り、そのボールを弾き飛ばした。

 手に阻まれて行き先が変わったボールはまた未来の真上に飛んでくる。

 近くには誰もいない。ゴールからも近い状態でボールを受け取った未来はすぐにシュートを打った。しかし。


「どうしてダンクが多いのか当ててあげようか」


 バビュンと効果音が聞こえてきそうな勢いで戻ってきた長谷川の長い手が、放たれたボールの軌道を逸らす。


「だって少しでも先に手を伸ばされたら、みんなよりも小さい未来はブロックされる確率が高いもんね」

「くっ……!」


 手に当たって吹っ飛んだボールは空中で吉住と瀬戸が取り合いになって更に弾かれ、それを拾った須田の手によってシュートを決められる。

 得点に繋げられると確信を持っていたらしい長谷川は、ボールの行方になど目もくれず、「あともう一つ」といじめっ子のようないやらしい顔で未来を見下ろした。


「未来は単純に、()()()()()()()()()()


 長谷川が口にした、自覚があるのだろうその弱点。未来は目を見開いた。


「土屋……そうなんか? 相沢さんにも苦手分野があるんか?」


 会話が聞こえるよう配慮してくれたんだろう。できるだけ声を小さくした加藤が問いかけてくる。

 俺はこくりと頷いて、同じくらいの声量で答えた。


「未来は基本的に体術の方が得意なんだ。死人と戦う時もそう。全体を狙うような範囲攻撃ならともかく、自分の体から離れるような能力をあいつは好まない」


 遠距離攻撃をほとんど使わずに、身体能力を生かして接近して戦うのが未来。

 こういう球技だって大いに外すことはないが、やはり苦手とあってできるだけ『投げる』という行為はしたくないらしい。つい感覚的にできるダンクを優先してしまうみたいだ。


「凛ちゃん、私と一度も共闘してないのによく知ってるね?」


 目だけでボールを追いながら、今俺が言った内容と似たような話を長谷川が口に出すと、未来はどうして知っているのかとすぐに問いただした。

 率直すぎる疑問に長谷川は呆れたようなため息をつく。


「もちろん。だってアタシは、未来を尊敬してるからね」

「尊敬?」

「そ。いつか絶対、()()()よりも上に立ってやる。ともね」


 長谷川は未来の問い返しには答えない。

 その代わりのつもりなのか先程までの挑発的な顔から一変して、優しい微笑みを向けた。


「……わからないね。長谷川の意図」


 秀が指を唇に添えて考え込む。


「今の長谷川さ、()()()って言ってた。尊敬してるとも言ったし、現時点では相沢の方が上だってちゃんと認識してる会話の仕方だった」


「じゃから谷川の言う通り、それ以外の理由があるんじゃろ?」


「そう、それだよ。僕らは斎から先に、仮定として上げてもらっていたから特に何も思わなかった。でも相沢は斎の話を聞いていないでしょう?」


 確信を持った言い方をする秀は、俺たちの視線を浴びながら人差し指を立てた。


「つまり長谷川は、斎の介添がなくてもわかるように言ったんだよ。上であると証明したい以外の理由があるって」

「え……じゃあ、わざわざその理由を提示する必要なんて無かったんじゃ?」


 おそらくみんな思っただろう疑問を俺は秀に投げかける。しかし秀は返答に悩んだ。意図がわからないとさっき零したように、なぜなのかという答えにはまだ辿り着いていないらしい。


「会話の流れと嘲るような表情、喋り方……呼称。長谷川のやつ、相沢に嫌われるかもしれないって思ってるのかもな」


 その答えを引き継ぐように、斎が更に仮定の話をする。


「何のためかはわからないけど、相沢と敵対する事情があって、怒らせるというか……本気にさせる必要があるのかもしれない。だけど友だちでいられなくなるのは嫌。だからフォローの言葉を入れた。深い誤解を招かないように」


「これなら辻褄も合うだろ」と言いながら、斎は口を大きく開けて盛大な欠伸をした。


「ごめん、やっぱり眠いや。ちょっと寝かせて」

「ああ。保健室行くか?」

「ううん、ここで大丈夫。ベッドに入ると夜まで寝ちゃいそうだから」


 みんなで引っ付いていた状態から少し離れ、壁に背を預けた斎は目を閉じた。


「とにかくさ。みんなが心配するほど悪い状況ではないと俺は思う。だから普通に応援してやれよ。相沢も、長谷川も」


 俺たちの不安を収めるように、斎は話を纏めてくれた。その言葉にはやはり説得力と安心感があって、斎が『悪い状況ではない』と言ってくれたことで俺たちは揃って安堵の息を漏らす。


「ありがとな、斎。ほんとに……助かるよ」

「いいよ。ギスギスするの嫌だし、単純に俺が信じたいだけだから」


 進展があれば起こしてくれと一つ頼んでから、斎はすぐに寝息を立て始めた。やっぱりかなり我慢してたみたいだ。


「疲れてるのに……谷川君はすごいね」


 阿部が賞賛して、【精神の解放(リバレーション)】を斎の周囲に使ってくれた。リラックスさせて、ぐっすりと眠れるように。


「試合見ようぜ。斎の言う通り、普通にさ」


 もう一度心の中で感謝して、俺は女子コートに顔を向ける。

 試合状況は6対2。丁度、吉田へのパスが瀬戸に奪われてしまったところだった。


「取った取った! 須田ー!」

「はーい、長谷川ー!」


 吉住のパスカットに合いながらも危なげなく須田へ、そのまま長谷川へとボールが滑らかに繋げられる。

 もしかしたらこの日のために練習してきたのかもしれないと思うほど、とても綺麗なパスワーク。

 ゴールの位置から少し離れた真正面まで走る長谷川。近くにいるのは未来だけだ。


「させない!」


 シュートを打つため長谷川が踏み込んだ瞬間、同じように床を踏んで未来も真上に跳び、腕を伸ばした。

 しかし、想定外。ボールは未来の指先の数ミリ上を抜けていく。弧を描き、ドゴンッ!! とリングに当たりながらネットに入る音が鳴った。長谷川チームに二点分の得点が入る。


「ああっ、惜しい! 跳ぶタイミング合わなかったみたい!」


 保井が悔しそうに太ももを叩いた。握り拳で、思いっきり。


「あっ……あ、い、痛い……」

「おい、捻挫してんだから気をつけろって」

「あは、ははは……つい……」


 右足首に響いたのだろう。保井は目尻に涙を浮かべて笑った。

 その後も続く長谷川チームのファインプレー。


「未来……なかなか合わないな」


 彼女らがかなり優位に立った12対4の時。


「やっと、捕まえた」


 汗を拭う。


「もう絶対に、気持ちよく打たせてあげないよ」


 飛んできたボールを受け取ったそこから動かずシュートを打つ長谷川に、未来はこれまでよりもほんのちょっとだけ()()飛び上がる。


「対応、ちょっと早すぎるんじゃない!?」


 苦笑いで飛ばされたボールは未来の手によって遮られ、ゴールからは全く違う進行方向へと軌道を変えられる。


「前に言ったよね。キューブの大会を観るのは勉強になるからよく行くって。力自慢の人が集まる中で、ぶっちぎりの一位を取り続ける凛ちゃんの戦い方、研究してないわけないでしょ?」


 着地して言った未来の言葉に、長谷川は少し驚いたような顔を見せた。


「だから逆に言ってあげる」


 遠く飛んでいってしまっていたボールをジャンプしてキャッチした吉住が、体勢が整わないままどうにかゴールへと繋げてくれた。

 それをちらっと横目で確認した未来は、まだぽかんとした長谷川へ視線を向ける。


「凛ちゃんの苦手分野は、瞬発的な動きが苦手なこと」


 得点が入って歓声が聞こえる中、長谷川は少し目を見開いて何度か瞬きをする。

 おそらく彼女は今、動揺しているのだろう。


「予想外の出来事や狙いを定める時。あなたは次のステップにいくためにほんの少しだけ()()()時間が必要なんだよね」


「それは確実に相手を仕留める切り札になるけれど、瞬間的な判断が必要な際においては無駄な時間だよね」

「……無駄?」


 長谷川の眉が、ぴくっと動いたのが見えた。


「凛ちゃん。あなたは手を抜いたらぶっ飛ばすって言ったよね。なら凛ちゃんも、本気でやってくれる必要があるんじゃない?」

「そのためにアタシを怒らせようって? 未来らしくもない」

「そうでもないよ。本気でやってほしいなら、それ相応の対応をしてくれるべきじゃないかって言ってるだけ」


 淡々と反論した未来は、


「だから、どうせやるなら同じ条件で戦おうよ。お互いの弱点を、きちんと知った上で」


 相手の弱点なんてわざわざ言う必要は無いし、むしろ言わない方が勝てる確率は上がる。

 だけど敢えて言おうとするのは、おそらく、未来のちょっとしたプライドだろう。


「はっ! わかったよ」


 目を閉じて笑って答えた長谷川は、審判がふんわりと投げてくるさっきまで転がっていたボールを受け取って、自信満々の顔で未来に言った。


「せいぜい、後悔しないことを祈ってるよ」

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