元・俺の答えは③
阿部に言われたとおり、ポケットに入れているイヤーカフのような形の小型通信機を手に取り、耳に装着したときだ。
立ち上る炎の奥から叫ぶような金切り声が聞こえ、炎をもろともせずに突き抜けてきた『ヘビ』が、ガパッと大きな口を開けこちらへ飛びかかる。
「「「盾!」」」
狙いが誰か分からず、全員が自身の体に守りの盾を張る俺たちとは対照的に、ヘビは少しの迷いも見せず俺の頭目掛けて真っ直ぐに噛み付いてくる。
ジュッ!
ヘビは俺の盾である回禄に自ら突っ込んできて、炙られ燃えて瞬時に消えていった。
意思はなさそうだな。死人が能力で作ったヘビか?
『へぇ。強化してきたんですね。なるほど……』
そのヘビの様子に違和感を感じたとき、不気味な女の声が何人もいるように重なって聞こえた。
目の前に広がる炎を制し見えたその死人は、頭に何体もの印象的なヘビをくっつけている、裸足の小さな少女だった。ただその身なりにそぐわない大きく見開かれた青い目が、人間でない事を物語っている。
秀の氷盾に噛み付いて壊したのは、奴の頭にある鱗がてらてらとして大きな口を持つそのヘビだったのだ。
「メデューサ……?」
俺もそう思った死人の見た目に、長谷川がつぶやくと、死人は無機質な声でゆっくりと答えた。
『いいえ。ワタシはそんな怪物とは違います。ワタシは、アナタガタ人間の呼び方で言うと……キクザトサワヘビという種類のヘビの塊』
キクザトサワヘビ……たしか、絶滅危惧種に指定されていた希少なヘビだ。少し前に絶滅した可能性があると報道されていた気がする。
『ワタシたちはなにもしていませんでした。無駄に人間を襲うなんて野蛮なことは一度だってしませんでした。だけどワタシたち種族は全員滅んでしまいました。悪いことはしていませんでした。なぜ家族はみな死んでしまったのでしょう? どうして生きることができなかったのでしょう? それはアナタガタのせいなのですよ人間の皆さん。アナタガタがワタシたちの家を奪うから。水を汚すから。こんな変な建物の為にワタシたちの憩いの場を壊したからですよ』
見開かれた哀しそうな青い目から、赤い涙の様なものが溢れる。
『ワタシたちはただ生きることができればそれで良かったんです。住処が例え小さくなったって、皆で一緒に居られればそれで良かったんです。だから今までだってアナタガタに反逆するような事は何もしなかった。だけど死んでいく家族が増えて、どこに行ってしまったのか分からない家族が増えました。アナタガタに見つかったら帰って来れない。だって変なゲコゲコ言って跳ねるやつを放たれて殺されてしまうから。それに帰って来れたとしてももう居場所が無いんですよ。だからワタシたちは諦めました。自然の中で生きることを。家族で過ごすことを』
死人の背中側で、天井が崩れてきていた。
『だからワタシは母と約束したんです。もしワタシが最後に死んでしまったら、皆の魂を集めて逆襲しますって。皆で元の世界を取り戻そうって……! ワタシたちは死ぬべきじゃなかっタ! 死ぬベキはオマエタチ人間の方だっタ!! ワタシたちをコロシタ罪は、自分達がシヌ事で償エ!!!』
「……いくよ」
長谷川の掛け声に、俺たちは頷く。
『トモダチをッカゾクをッオウチをッシゼンをッかえせ、カエセえええええええ!!!』
泣きわめく少女は、死んでしまった仲間の恨みを晴らそうとしているのだ。
頭にいるヘビ全てがこちらへと真っ直ぐに飛びかかる。その大きなヘビの口は俺たちを一思いに噛み潰そうとするが、全員が体に纏う盾はビクともせず、パシィッと音を出しては弾いて吹き飛ばしていく。
すげぇ、阿部の防御の効果、ハンパねぇな。
さっきはすぐに盾を破ることが出来たにもかかわらず、今回はそうは出来なかったからか、大きな目を更に見開いた少女はその猛スピードでこちらへと一直線に跳ぶ。
『ワタシタチノウラミ!!!』
少女の人間と同じだった手が瞬く間に変形し、鋭利な爪が俺を横殴りに襲う。
「【吹雪】!」
秀の強い風と雪がその爪の軌道を強制的に逸らし、空を切った少女の手を俺は爆破で返り討ちに、さらに長谷川の鎌鼬が炸裂した。
少女が少し怯んだ隙に校舎の外へと跳び、俺たちはある程度の距離を保つ。彼女の速さ対策のためだ。
「援護は僕がする。ふたりとも頼むよ!」
「「了解!」」
こちらが有利になるよう頭を回転させる秀は、同じように外に出てきた少女の方へと広く氷河で道を作る。凍らせた川のおかげで、その上を走れば自ずとスピードを増すことができるものだ。
「【竜巻】」
少女の足元から長谷川が竜巻を起こす。しかし死人の手から新たに作り出されたヘビに邪魔をされ、不発に終わる。
「この!」
「ならこれでどうだ!」
消えかけた竜巻に俺は火種を飛ばした。着火した瞬間ボゥンッ!! という爆発音が辺りに広がり、作り出されたヘビが高く宙を舞い吹き飛んでいく。
爆発による爆煙で見づらくなった視界を、氷で作った目のレンズだという秀の可視化が、氷は透明であるということからの連想で、その先を透過して見えるようにしてくれたとき。
「ぅあッ……!」
急に感じた左肩の痛みに、引き離そうとその何かを手で力いっぱい押し返した。
透過して見えた爆煙の向こうから、今までと比にならない速さで少女が俺に襲いかかってきたのだ。彼女の大きな口が歯が牙が、左の僧帽筋の辺りを捕らえ、ミシッと食い込む音が鳴って俺の顔を歪ませた。
なんなんだコイツ、速すぎる……!!
「【鉄扇】!」
驚いた長谷川が鉄扇を手に作り出し、俺に噛み付いた死人を切るように払う。
仰げば風を起こせる扇子からの連想だろう。
スパッと良い音が鳴るも、死人の服になっている葉っぱに似た生地が切れただけで避けられてしまい、傷は付けられない。
「【氷柱】!」
俺たちの後ろから秀の細く攻撃力のある氷の塊が死人へと撃たれる。しかしそれも全て器用に跳ねて躱された。速さが桁違いすぎるのだ。
『小癪ナコトヲ!!』
死人の目が一瞬赤くなったそのとき、着地した死人の足元から水が湧く。津波のような大きな波が3人を一気に飲み込み、屋上のある高さまで水が上った。
長谷川が風から生成する空気の玉を体の周りに作ってくれて、息はできるものの全員の力は水中では劣る。
『【スイマー】!』
耳に着けた通信機から、阿部の声が聞こえた。
すると水圧で動きにくかった体が急に軽くなり、水中による動きの制限がほとんど無くなった。
『怪我したらちゃんと言うんだよ!【痛み無し】!』
若干怒り気味に言う阿部が行ったのは、恐らく回復能力の解放ということなのだろう。俺が噛まれた傷をすぐに修復してくれた。
「悪い、ありがと」
能力の本質に気付いてからは、助けられてばっかだな。
『サポート役ガ優秀ナヨウダナ? デモソレジャア勝テナイゾ!!』
少女がニヤリと笑って言った瞬間、俺の周りの水が赤く変わる。
なんだ、何が起きた?
「土屋危なッ」
秀の悲鳴に似た声が言い終わらないぐらいの刹那の出来事。俺の腹と足に鋭い痛みが走る。
「ぐぁ──……ッ!!」
勝手に口から出てきた声とは裏腹に、なぜか急に冷静になって、自分の体の重みがおかしい事に気がついた。そしてその瞬間……理解した。俺の腹と足は、肉の一部を死人の牙によって食いちぎられてしまったのだと。
クソ痛てぇ……ッ!
ドクドク溢れ出る赤い液体の気持ち悪さと、叫び声も上げられないほどの痛みに耐えながら、自身の周りに【火の粉】を起こし死人を寄せ付けないようにする。
「つっちー!」
長谷川も何が起きたかわからないようだが、とにかく俺を囲むように風の防壁を作ってくれて、奴からの攻撃を牽制する。
「【鎌鼬】オール!!」
奴の姿が速すぎて見えず、彼女は苦肉の策として水の中全体に鎌鼬を起こす。手応えは無いだろうが、すぐに第二波の攻撃はできないはずだ。
「つっちー大丈夫!?」
バランスを崩して浮遊し遠くに流され始めてしまっていた俺のところに、スイマーのおかげで長谷川はすぐに追い付いてきた。
秀が大きな氷を作って下から俺と長谷川を水上へと引き上げながら、彼もそこへ飛び乗り皆で外に出る。
「だい、じょぶ。動きが速すぎて嫌になるな」
湿気で火が弱まる雨の日の対応もそうだけど、水中での戦い方も考えないとなと思いながら、痛む腹に必死に手を押し当てる。
体をしっかり見てみれば、そこらかしこに浅い切り傷が出来ていて、気付かぬ間に攻撃を受けていたのだと知る。地上なら問題ないぐらいの傷だけど、水の中だと血が流れっぱなしになるから、多分そのせいで水が赤くなってきていたんだろう。
脂汗を流しながら通信機の向こう側の阿部に回復を頼もうとする。しかし先に気づいてくれていたようで、俺の体はまたすぐに修復された。
『大丈夫? 土屋君。ちゃんと戻ってきた?』
怖い聞き方するな。
「ああ。大丈夫、ありがとな」
まあちゃんと肉戻ってきたけども。
これもしかして足1本喰われたりしたら『生えてきた?』とか聞くんじゃねーか。
「なあ、あいつ水の中だと余計に速くなってる気がしないか」
そんな聞き方されるのはさすがに怖いから、そうならないためにふたりと対策を練る。
「確か、キクザトサワヘビって普段水の中に居るはずだよ」
「そのせいね。水中戦は奴の十八番ってわけだ」
なるほどな。どうしたものか。
水中にある長谷川の鎌鼬がまだ舞う中、俺たちは頭をフル回転させる。
「奴はなんでかアタシは狙ってこない。逆につっちーの方は本気で殺しにかかってるように見えたよ」
「土屋、あの死人の生前に何かしたんじゃないの」
「それ言うならお前もだろ。最初に死にかけたの秀なんだから」
冗談のように話すもそれは多分みんなが懸念していたことだった。あまりにも狙いの的が俺に限定されていて、それは奴の弱点になりうるかもしれなかったから。
「サポートがやられればアタシらもしんどくなるのはわかってるだろうに、今は秋月も加奈っちも狙ってこない。何か理由があるんだと思うよ」
「その理由がわかれば、あるいはそれを逆手に取るか、だな」
考える俺に秀が提案する。
「単純に土屋をエサにしてこっちでやるとかね」
「おま、性格悪いぞ秀」
「ッ! 来るよ!!」
長谷川が気付いた直後、波が大きく揺れて3人の乗る氷から少し離れたところに死人が飛び出してきた。水の上に立つ死人は、先程までの哀しい目とは打って変わって怒りで溢れていた。
『ワタシノ水ヲ穢シタナ!! 赦サンゾ!!』
鎌鼬がまだ残る水をパンッと音を鳴らして消失させられ、それに伴って俺たちが乗っている氷も地表へと落下する。すぐそばにある校舎の1番上、屋上へと急ぎ飛び移った。
「ひあぁ……」
降り立った場所で、突然聞こえた男の声に長谷川が絶句する。
「ッ!? アンタ何でこんなとこにいるの!? すぐに逃げなって誘導したよね!?」
それは同じクラスの男子で、長谷川の言葉から察するに、応援に来る前に避難誘導していた中にいたひとりのようだ。
「ご、ごめんなさ。お、おれ、マダーの勇姿を写真に収めるのがしゅ、趣味で……」
パニックになり、有り得ないという顔をする長谷川に、男は自分勝手な理由を述べる。ヘラヘラ笑うその顔は、命懸けで戦っている俺たちにとっては悪魔のように見えた。
『ナンダ、トモダチカ?』
面白くなさそうな平坦な声がして、全員がハッとする。大きなヘビを作り出してその頭部分に立ってこちらを見ている死人は、俺たちの顔を見比べそう聞いた。
「あ、あ……」
『フン。非戦闘員カ』
「……ッ! やめ……!」
気付いて守ろうとしたが遅かった。
ヘビの尻尾が屋上を勢いを付けて叩き、校舎が大きく揺れ、ひび割れて断層ができた。その断層に男子が巻き込まれたのだ。
「クソっ!【ファイア】!!」
俺は濁りのない炎を死人へと放ち、更なる攻撃ができないよう奴の体を燃やす。秀も氷の盾も死人の周りに生成し、奴の動きを制限する。
「ちょっと! ちょっと大丈夫!?」
断層にころがっている男子は腹の辺りの服が広く赤く染まっていた。
「ダメだ、ふたりともすぐ戻る! 耐えて!」
「わかってる!」
焦りを隠せない長谷川は男子を担いで校舎から飛び降り、離れた校舎の影に隠れている加奈子と斎の方へと向かった。完治薬を渡して、通信機越しに『頼むね』とお願いする声が聞こえる。
その瞬間秀の盾が、氷の割れる高い音と共に変形した爪によって切るように破られた。少し火で炙られ黒くなった死人は体を翻して長谷川の方へとヘビを放とうとする。
長谷川を狙い始めた? なんで唐突に!
「させねーぞ!」
回禄を死人へと巻き付けヘビを遮断させ、同時にそこへ炎の龍である炎神を貫かせる。
『うああっ!』
かなりのダメージを負わせることができたのか、余裕だった死人は悲鳴を上げた。
「隙あり!!」
秀の幾多の【氷剣】もそこへ狙い撃つ。
だがそれを見越していたように死人はこちらへと向き直り、一回転して躱し今度は校舎の下から通してきたらしいヘビを断層の隙間から飛ばしてきた。
「盾!」
凄まじい速さでこちらへ飛んでくるヘビに、秀の対応は間に合わないだろう。俺は秀と自分に回禄を覆わせるが、そのヘビはふたりのどちらにも噛み付いてこなかった。
「嘘だろ……!?」
その大きなヘビの体は水を帯びていて、あの超スピードで向かい食らいついた。
こちらへ戻ろうとしている長谷川の体へと。
彼女がその存在に気付いていたかはわからない。ただほとんどそのヘビの動きが見えない中、彼女が喰われ、その場から消えてしまった事実だけがその場に残っていた。




