元・遠征《三日目》④
「聞いてもいいかな」
僕を襲った鞭が、前回同様レーザーで切られただけに見えたのに再生がままならないことに、焦って動揺している彼女。
今なら、心のうちが覗けるかもしれない。
「これが、本当に君のしたいことなの?」
僕の問いに少しの間を置いて答える彼女の表情は
『……ええ、もちろん。だってこれは躾ですもの。悪い子には罰を与えなくては。聞かぬ子には罰を与えなくては! 彼女の想いが間違っていたと言うのなら、彼女がしてきたように力で黙らせるしかないのです!
そう、彼女は間違っていなかったのですわ......教育のための暴力は、躾のための暴力は! 正義なのですわ!!』
とても哀しそうだった。
『だからワタクシも彼女の想いを遂行するのです。これは必要な事であるのだと。そしてわからぬのなら、殺すのです!!』
彼女が叫んだ瞬間僕の目に入る細いひとつの鞭に、咄嗟に横へ転がるようにして全力で避けた。スパッと鳴ったその鞭は、認識するのがもう少し遅ければ首をはね飛ばされていたかもしれない。
鬼のような形相で怒号を放った彼女は、再生できなくなった細かい鞭を捨て、第二の尻尾を生やすことを選んだのだ。
だけどそれは……その体の本来の持ち主を更に死人に近づける行為。
『あっははは!! 歪め歪め!! ワタクシの麗しき鞭に引き裂かれて、その美しいお顔を血に染まらせて、痛み苦しみの中で死んでいくがいいですわ!!』
「……気に入らないね」
新たに作られた鞭は一直線に僕の首を狙う。だけど今度は避けたりしない。
「僕がいつ、間違ってるなんて言ったの?」
『え……』
彼女の目の前に強い光を起こし目を眩ませ、その鞭の勢いと方向の制御を奪う。
「君は、自分が殺しの道具にされるのが嫌だったんじゃなかったの? だから死人になったんじゃないの?」
捕まえるのが容易になったところで飛んできていた鞭をこちらへと引っ張り彼女の体を引き寄せ、顔を近づける。
まだ眩しそうに目を閉じている彼女の右頬に手を添え強引にこちらへ顔を向けさせて、低い声で僕は持論を述べた。
「躾のための暴力は許される……僕も同感だよ。何度言葉で言ってもわからない子には、体で覚えさせるのが一番早いからね。
僕も同じように弟子にもやってるよ。それこそ、殺す間際までは。でも僕がやってるのは躾のためではなくて、修行の一環。そこを履き違えないでほしい」
限度はあれど、その教師がしていた指導方法が完全に間違っていたなんて僕だって到底思えない。
「言うことを聞かない、言ってもわかってくれない子どもに、その子どものための教育的暴力ならわかるけど、さっき彼らに行った殺しや今僕を殺そうとするのも、それとは違うよね?」
だからどうか思い出して。
「教育のための暴力と言い張るのなら、彼女の考えを突き通したいと言うのなら、死人になってからもその意思を貫きなよ。その鞭は人を殺すためのものじゃないんでしょ?」
なんとか目を開いてまん丸にした彼女は、僕の顔を顎先から額へと舐めるように見た。
そして、ぞくっとくるほどゆっくりと、いやらしくわらう。
『ふふ……ワタクシのことを心配してくださるの? イイオトコ』
なんだろう。何かおかしい。
「お褒めの言葉どうもありがとう」
その違和感を探そうとしたときだった。
『殺すのが惜しくなってきましたわ』
そう言った瞬間、僕が掴んでいた鞭の先が伸びた。
また首を落とそうとする気か。
この距離では避けきれないと思って盾を張ろうとした。
だけどその鋭い鞭は、僕の予想を大きく裏切った。僕の背中側に回した鞭で彼女が狙うのは、首ではなく、下半身。
『この愛おしき鞭で、あなたをワタクシの下僕にしてさしあげますわ!!』
体感でわかる彼女の意図。
その行為と言葉が意味するのは、つまり……。
「ごめんね。そういう趣味はないんだ」
高揚した顔でぺろりと舌なめずりをする様子に、ゾワリとした。
全身で感じる気持ち悪さをなんとか押し殺して、攻撃を避けようと彼女の体を掴み全力で前に投げ飛ばす。
それにより軌道が少しずれた鞭は、的から外れ僕の腰骨の横をすり抜けていった。
あわよくば情報を聞き出して、元に戻してあげられるかと思っていたんだけど……
『あなたの苦痛に歪む顔が見たいわぁ!!』
もう、無理みたい。
僕の反応を楽しむ死人は、湊に連れられ遠く離れた他のマダーたちの方へと鞭を真っ直ぐ打ち出し、彼らの命を奪おうとした。
「何度も通用しないよ」
きっとさっきの惨劇を思い出して彼らは思うように動けないだろう。彼らを守るのは戦闘態勢のままでいてくれている湊に任せることにして、僕は攻撃の要がない状態の死人の周りを【光速】で、ある形を型取りながら翻弄するように駆け抜ける。
『ふひひっやっぱり冷たいお方ですこと』
仲間に手を掛けても意味がないと悟ったのか、死人はみんなから狙いを一変して僕の方へと鞭を翻してきた。勢いそのままに僕の体を引き裂こうと、シュパンスパンと大きな音を鳴らしながら振り回されるそれを躱しながらステップを踏む。
『うふふっ! いいわ、すごくいい!! イイオトコと鬼ごっこだなんて、こんなに楽しいことはないですわ!』
「そう? 楽しんでくれたなら良かった。でもごめんね」
最後の一歩、僕が地面に足をつけたときだ。
「チェックメイトだよ」
『!!』
ビシィッという音と共に、死人が驚愕の表情をして片膝をつき動けなくなる。
僕が踏んだ地面には、淡く光る小さな点が出来ていて、それが繋がるように線が引かれていた。
『あら……気づきませんでしたわ。これは魔法陣かしら。拘束系の魔法ですの?』
「拘束とは少し違うかな。でも似たようなものだよ」
知識を与えてこちらが不利になることを避けるため、能力について死人に多くは語らない。
淡い光を放つ円状の中に、中央に向かって8等分に線が引かれ、描かれた多種多様な抽象的な形の文字。見た目は死人が言うように魔法陣という表現が近しいだろう。
手間がかかる上に相手にバレてしまったら逃げられやすいから毎回使うわけにもいかないけどね。
『美しいですわ……こちら、なんて言う技ですの?』
「【朧げ】だよ」
『儚い名前だこと。この淡い光から連想しているのですね』
まただ。
「そう。朧げな光、とか言うでしょ?」
戦闘中、ずっと気になっていたことがある。この死人、何故か……こちらの情報をよく知っている。
「僕は質問に答えたよ。こちらからもいくつか聞いてもいいかな」
お願いしても何も言わない死人は無視をして順に聞いていく。
「君の持ち主を殺して、心臓を埋め込んで体を乗っ取ったって言ったよね。それはみんなができることなの?」
『……答える義務はありませんわ』
黙秘を訴えた死人は、体のどこかに違和感を感じたようで、3つある目の1つをピクッと動かした。
「じゃあ、死人って名前について教えてくれる? 死人って、僕たち人間がつけた名前だよね。でも君はさっき自分から『死人になってから』と言った。どうして君も同じように言うの? 自分たちの呼び名はないの?」
『あら……グイグイ来ますわね。でもごめんなさいね。それもお答えできませ……っ!』
拒否しようとした瞬間、死人は動きにくい腕を必死に動かして自分の胸元に手を添え、苦しそうに握った。
『……くっ、ただの拘束魔法ではないのですね。ちょっとした拷問のようなものかしら……心臓が、締め上げられるような苦しさを感じますわっ……』
そう、死人の言う通り。
耐え難い肉体的苦痛を与える拷問の能力【朧げ】
言葉の意味合いとして、『はっきりとしない』というところから、実際には拷問以外にも想像次第でなんでもできるというもの。手間だけ除けば本当に便利な技だ。
「質問に答えてね。答えられるものを答えなければ、自動的にその身を滅ぼす仕組みだから」
『ふ、ふふふっ。あなた、ワタクシが思っていたよりもずっとイイですわ……』
もう少し余裕がありそうだ。
苦しそうだけどまだ笑っている死人にあと2つ、質問を投げ掛ける。
「さっき、僕が付けた朧げって名称に対して、連想してって言ったね。僕たちがどんなふうに能力を使うのか、君たちはわかってるってこと?」
『ふ、お答え、致しませんわ……ぐっ……』
「言わないともっと苦しくなるよ」
『ふふ、はっ……い、言いませんわ』
更に拒否を繰り返す死人は、【朧げ】によって心臓をぎりぎりと締め上げられ、次第に顔を顰めて息を荒くしていく。
胸元が指で食い込むほど必死に手で押さえながらこちらを睨む死人には、例え自分がここで殺されるとしても言えない理由があるのだろう。
ならば絶対に聞いておきたいことだけに質問を絞ろうと、これだけは答えてほしいと前置きをする。
「未来のことを知ってるのは、どうして?」
そう僕が聞いた途端、彼女が大きく見開く青い三つ目に、恐怖の感情が色濃く映った。
その様子に彼女が何かしらの能力で未来の名前を知ったのではないということを知る。
未来のことだ。例えこの死人があの子の元に赴いたことがあったとしても、目の前に現れた死人をみすみす逃すなんてことするわけがない。
だとすれば、この死人はあの子に会ったことがあるのではなく、どこかであの子の情報を仕入れたということになる。
『それは、ぐっ……一番、言えない、ことですわ』
「死ぬよ?」
苦しさに耐えられなくなってきた死人は、片膝をついていた状態からドサッと倒れ込むように地面に突っ伏した。なんとか顔を動かしこちらを見上げると、涎を垂らしながら苦しそうに笑う。
『情報を吐かせたら、もとより、殺すつもりなのでしょう……っ! 相沢未来の、ことは絶対に口外出来ませんがっ、どうせ消える命なら、代わりに、いい、ことを教えてさしあげますわ』
「いいこと?」
何か教えてくれるらしい死人に、せめてもの感謝として拷問の力を少し弱めた。だけど、弱めたにも関わらず死人のおでこにある目から赤い液体が流れ、顔の皮膚に亀裂が入っていく。
最後の抵抗をしようとしているのかと思ったけど、痛そうに、苦しそうに体を震わせるのを見て、そうでは無いのだと気付く。
「……言えないように、何か体に付けられてるのか」
僕の拷問とは別に、何か得体の知れない者から能力をかけられているようだ。
『ふ、ふふ。ワタクシたちの、真髄に、触れるところを言うのならば、すぐに、オダブツになるよう、まじないを掛けられていますわ。だから、相沢、未来のことを言おうと、するのなら、ワタクシが口にする前に、ワタクシが消えます』
「なるほどね。確かにそれなら言えなくても仕方ない」
誰だって死にたくないもんね。
それでも『いいこと』を教えてくれるらしい死人に感謝を込めて、こちら側からの拷問は全て解除して休む時間をあげる。
何度か『まじない』による痛みで呻き声をあげた死人は、次第に少し楽になってきたようで、あまりこれ以上負担をかけなくて済むよう僕はしゃがんで彼女の口元近くに耳を寄せる。
『……彼らは、動き始めていますわ。この国を、終焉へと導くために』
彼ら?
『あなたが、この国を守るために、こうしてワタクシ、たちを殺すように……っ、こちら側も準備を始め、ていますわ。気をつけたほうが良くてよ』
「……忠告ありがとう。その彼らについては教えてはくれない?」
『くふふ……残酷なひと。それが言えるのなら、あなたに問われた質問ぐらい、簡単に答えられますわ』
それもそうか。
話している間にどんどん死人の目からは赤い液体が流れていって、おでこから顎までビキビキと裂け、その中からも赤い液体が流れ出す。
『でも、ワタクシぐらいの力で、死ぬ間際までいく精鋭部隊なら、この先に勝ち目などなくってよ? もう少し……っみんな、鍛えたほうが良いですわ』
「そうだね。鍛錬に励むよ」
もっとも、ここにいるマダーたちは『有志』で集まってくれただけであって、本来前衛で戦ってもらっている人たちじゃないけどね。
『さあ、もう他に言えることもありませんし、言う気もないですわ。殺してくださって構いません。だけどひとつ、情報を差し上げたお礼として、お願いを聞いてくれませんこと?』
「……なに?」
苦しそうに、そして哀しそうに笑う死人の最期の願い。それぐらい叶えてあげられたらと、感傷に浸り聞こうとした。だけど、彼女が願ったその言葉に
『ワタクシに辱めを与えてほしいのですわ』
ひどく後悔した。
『だって有力な情報を与えたでしょう? それならばそれ相応の褒美を与えなければ、返礼をしなければ! ワタクシの身ぐるみを剥ぎッ恨みと愛情を込めて痛めつけッ恥辱を味わせッ嘲罵しながらワタクシを凌辱してワタクシをあなたの』
「弥重あぶねえ!!」
叫ぶ流星の声が聞こえ、反射的に右へ大きく跳んだ。すると次の瞬間。
ゴッシャァ!!
うっとりと自身の希望を語る死人の顔が、大きなドリルのような鋭いトゲを持つ死人に突き刺され沈黙した。よっぽど拷問と『まじない』で体力を奪われていたのか、それだけで心臓の割れるパリンという音が聞こえ、トゲの死人は既に流星によって討伐されていたらしく2人揃って仲良くガラス玉へと集約していった。
「悪い弥重。大丈夫だっ……」
こちらを心配してくれる流星が言い終わる前に、トンっと、彼の肩に自分の頭を預けた。
どうしたと僕を見る流星に、「本音を言ってもいいかな」と小さな声で聞く。
無理と言われても言うだろうけど。
「……好きなだけ言え」
無愛想な声に安心して、大きく息を吐いてから心の底をぶちまけた。
「気持ち悪かった……」
「だろうな。情報引き出すためによくがんばって粘りました」
聞いてたのか。むしろ聞こえてたから死人を利用して助けてくれたのかな。
項垂れる僕の頭にぽんぽんと手を置いて慰めてくれる流星。
その様子が気に入ったのか、湊が笑いながらこちらへと駆け寄ってくる。
そのうしろでは、他のマダーたちが安心したように笑っていた。
「2人ともお疲れ様」
「おう」
「湊もありがとう。おかげで心置きなく戦えたよ」
お礼を言われるとは思っていなかったのか、一瞬キョトンとした彼はすぐにヘラッと笑う。
結局……新たな情報はほとんどなかった。
分かったのは、未来について口には出せない何かを知っていて、それを『まじない』というもので口止めされている。それだけだ。
彼女が言った『彼ら』についてもわからなかったし、進んだようでほとんど進んでいない。
それに彼女……途中から、人が変わったかのように僕を見てきていた。心境の変化で性格が変わるなんてこともあるんだろうか?
少し悩み始める僕の肩を、流星が軽く叩いてきた。
「そう簡単にコトは進まねぇよ。焦らず行こうぜ」
「そうそう。とりあえずみんな無事なんだからいいんじゃない」
明るく言う2人を見て、確かに今悩んでも仕方がないと自分に言い聞かせ、少し肩の力を抜こうと深呼吸をした。
「……改めて、夜明けまでは休もうか」
ヘトヘトなマダーたちに声をかけてから、3人並んで断層の壁に背を預けて座る。
しっかりと休むために、一度完全に思考を切り離して目を閉じ眠りについた。
疲れと眠気で、すぐにこてんと僕の肩に頭を預け寝入る2人に、「お疲れさま」と言ってから。




