元・遠征《三日目》②
昔……いつ頃だったか、教育のための体罰を禁止するという法律が出来ました。
体罰で解決しようというのは長期的に見ても有効的ではなく、人権という点で見るとどうなのかというもの。
だけどそれが有効であると認識している教職員らにとって、それは耐え難いことであり、その体制をどうにか変えようにも変えることが出来ず、結局周りにバレないように続けている人が大半であったように感じました。
そして時がかなり経った今でもそれは続いているようで、彼女もまたその中の一人でした。
ただ、力で押さえつけるためではない人もいるということを、政府にはわかっていてほしかった。
「やめて、やめてください!」
「おらやっちまえ!!」「いいぞいいぞ! もっとだ、もっとやれ!」
絶え間なく響く暴力の音。
抵抗すれば余計にやられる。もっと酷い目にあわされる。
そんな恐怖心から教師に相談できないいじめを受けている生徒を見付け出すのが、彼女は上手でした。
「何をしているのですかあなたたち!」
学校の体育倉庫の中で、殴られ必死に身を守る男子生徒。服を脱がされ、傷だらけになった裸体の写真を撮られているらしかった。
「げ、姫だ!」「逃げろお前ら!」
姫と呼ばれたこの教員は、教員としての経験は浅いながらも一部の生徒から絶大な人気を誇っていた。その理由が、彼女の心の底からの熱い正義魂と、お姫様のような見た目の美しさによるもの。
「逃げられるとお思いですの?」
その独特な言葉遣いで真剣にいう彼女は、ポケットに入れていた一本鞭と呼ばれる種類の、数本の細い革紐を束ねて1本に編み込んだ鞭をしならせスパンッと音を鳴らす。
倉庫へと続く出入り口は一箇所。そこに彼女が立っているからには、彼らに逃げる場所がないのは明白でした。
状況を察して徐々に青い顔になっていく彼らに、姫は眉間に皺を寄せて仁王立ちで言いました。
「以前から再三再四告げているはずですわ。あなたたちが行っていることは、道徳からかけ離れ、直すべき課題であると。それなのに一体何をしているのです! クラスメイトを痛ぶり、辱めることがあなたたちのしたいことなのですか?」
手に持った鞭をぎゅっと握りしめ、彼らの足元にもう一度振って大きな音を鳴らす。
これ以上彼を被害者にさせないために、彼らを加害者にさせないために。
「何度口で言ってもわからない生徒には、わかるように同じ苦しみを与えなくてはなりませんわ」
目には目を、歯には歯を。
悪いことをした者には、注意しても聞かぬのなら同じようにして返すのだというのが、彼女のやり方でした。
「大丈夫ですの?」
ことが終わり、加害者側だった生徒が帰った後、やんわりとそこに残った男子生徒に声をかけました。
「姫……ありがとうございます。ごめんなさい、僕のために、嫌なことをさせてしまって」
「問題ありませんわ。彼らもこれで懲りるでしょう。あなたもよくがんばりましたね。えらいえらいですわ」
申し訳なさそうにする男子生徒に、彼女は安心させるよう笑って言った。
「もしもまた何かあれば、わたくしに相談してください。絶対にあなたを助けますわ」
だけど、行き過ぎた教育というものは、どれだけ理由があろうとも許されないことであるということを、彼女はすぐに身をもって知ることになります。
「先生、これは一体なんだね?」
ある日、校長先生に呼び出された彼女が見せられたのは、一つの動画でした。
何かと思ってみてみれば、そこに映っているのはあのときいじめをしていた生徒たちに、罰を与えている最中の自分の姿だった。
同じようにせねばわからないという理由の元、彼らの服を剥いで、鞭で痛めつけ、写真を撮っている自分の姿だった。
どこで誰が撮ったものだったのかはわかりません。ただ、その行為を記録されてしまっていた事実だけが、そこにはありました。
「こんなこと、許されると思っているのかね?」
怒りを露わにした校長からは、ひどいお叱りを受け、教育委員会にまで話は上った。
彼女はわかっていた。自分のしていることは、完全なる善ではないのだということを。
だから鞭を使っていた。他の教師が使うような定規でも、竹刀でも、ましてや殴るでもなく鞭を使っていたのは、先の方を柔らかい布などで巻いておけば比較的怪我をさせずに済むし、屈服させるには十分であったからでした。
だけどその理由の中には、上部にバレたくなかったというのも間違いではなく、すぐにポケットに隠せるからという利点を、いえ、むしろそのために鞭を使っていたようでした。
それが明るみに出て以来、彼女は変わってしまった。
生徒からの信頼は彼女が今までにしてきた数々の実績のおかげで失わずに済んでいたけれど、先生側からの視線は急速に彼女の心を蝕んでいった。
そして、独り言を言うことが増えていった。
「どうして? わたくしは彼らのためにしていたはずですわ。彼らを思ってしたはずですわ」
自分の信じていた正義が周りにはわかってもらえないことを悟った彼女は、次第に黒く染まっていった。
正義のために振りかざしていたはずの鞭は、復讐するための道具へと変わっていった。
そしてあろうことか……殺人のための道具として使うようになってしまった。
嫌だった。
正義のために使ってくれていたはずの自分を、人を殺めるために使って欲しくなかった。
だって、善悪などでは言い表せない彼女のあの正義感が、大好きだったから。
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「……だから死人になって殺したの?」
『ええ、そうです。殺した後、彼女の死体にワタクシの心臓を埋め込み、体ごと乗っ取ってやりましたわ。もう人殺しなどしなくて済むようにね。
だってそうでしょう。彼女は何も悪いことはしていませんもの。だからこれ以上……悪に手を染める必要もないのですわ』
少し哀しそうな表情で言う彼女は、その教師のことを思い出しているようだ。
なるほどね。この口調はその先生の真似なんだ。
その人の体を使いその人の声で話すことで、殺してしまった彼女を全身で再現しているんだ。
それ程までにその人のことが大好きで、だからこそ、人の理から離れてしまったその人を見るのが辛かったのだろう。
だから殺した……何て、悲しい話。
俯く彼女にバレないようチラッと周りを見渡すと、近くにいたマダーたちはある程度の距離を置いて崩れたマテリアルの中へ避難していた。
崩れているから本来程の頑丈さは無いけど、外にいるよりは幾分かマシだろう。
その中にいる流星が応戦しようかとジェスチャーをするので、大丈夫だと首を横に振った瞬間。
『さあお話は終わりましてよ。彼女の恨みを晴らすため、その首いただきますわ!!』
拘束していた光の糸を力任せに引きちぎられた。
更に彼女は分裂していた鞭を1本に収束し太くして、僕目掛けて振り下ろす。
「リーダー!!」
その瞬間に自分の目の前で鳴り響く大きな音に、遠く離れた後ろから誰かの悲鳴のような声が聞こえた。
ピシャッ!!
鞭の音が鳴り、勝ったと笑う死人の顔。
それが今度は目を見開いて、意外だったというように口角を上げる。
『あら……』
きっと、同じように笑って立っている僕に。
『そなたたちの防御すら砕く鋼鉄の鞭を片手で受け止めるなんて……さすが精鋭部隊のトップ、力量が違いますわね』
「うん。速くて鋭くて、いい鞭だね。僕の好みだよ」
音速を超えて空気を切り裂く衝撃波のソニックブームは、激しい音を鳴らしたにも関わらず僕の首を捉えることは出来なかった。
彼女の恨みを晴らすため。
それがこの死人の願いだと言うのならば
「僕が相手をしてあげるね」
死人になった理由とその願いのあるところが違うのだということを、教えてあげないとね。




