元・遠征《三日目》①
みんなかなり疲弊してきたな。
遠征に出てから戦い続けて3日目とあって、さすがにどのマダーからも疲労の色が見え始めた。
「みんな一旦休もう。今なら死人もほとんどいないから、僕らだけで対処出来る。今のうちにゆっくりしておいで。盾だけ忘れないでね」
念のため自身を守る盾だけ張っておくのをお願いすると、力の抜けた声で返事をして近くの建物に背中を預けるマダーたち。思い思いの盾に身を隠した彼らは、電池を抜かれた人形のように身動きひとつしなくなってしまった。
限界も近いのだろう。
「凪。君も休んで」
みんなが休みに行ったのを確認してから湊が僕に声をかけにくる。
「僕はまだ大丈夫」
「ダメ。今すぐ休んできて」
文句を言えないほどの剣幕に、渋々頷いた。
他のみんなと同じように楽な姿勢を取った時、自分の近くにいた死人を片付けた流星は湊にこそこそと話し始める。
「ありがとな、言ってくれて」
……かなり近いところにいるからだと思うけど、結構聞こえてるんだよなあ。
心配してくれてありがとね。
「弥重ってさ、のほほんとしてるしマイペースだけど、人一倍他人のことを気にかけてるヤツだから……多分、今もこんなに急いでるのだって」
「こんな状態でもまだ生存者がいるって信じてるんだよね。僕だって信じたいけど、でもこれじゃあね」
ふたりがまだ周辺をうろつく数体の死人を見ながらため息をつく。
その死人たちの背後には、真っ赤な真っ赤な崩れた建物や土地が広がっている。その真っ赤というのは、もちろんこの土地にいた誰かの血。見るもの全てにその色がついているというのは、湊が言うように可能性というのを捨てざるを得ない状況だろう。
でも……それでもやっぱり僕は。
考えたくもない最悪の結果を切り離して、好意に甘えてしっかりと休むために頭を空っぽにする。
「あの責任感って昔から?」
「あー、そうだな。俺、弥重と同じ歳……だから8歳ぐらいの頃から戦闘出てるんだけど、そん時から結構あんな感じかな。ガキんちょも同じくらい責任感強かったから当時は半々で分かち合ってた感じ。
だからチーム的には今の方が楽でも、心の休まるところってあんまりないんじゃないかって心配になる」
「ガキんちょ」
「……未来」
「いまいちよくわかってないんだけどさ、凪と流星、未来ちゃんまで最初は同じチームだったの?」
「や、俺は2番目にマダーになった子の方。やたら女王様気質で好きじゃなかった。
弥重と未来が元々チーム組んでたんだけど、俺がそんとき弥重のことお気に入りすぎてベッタリだったからさ。いつも金魚の糞みたいにくっついてくる未来のこと毛嫌いしてたんだと思う。弥重からイチにメンバー変わる前まではそんな感じで、だからガキんちょ呼びが抜けねーんだよ」
「その呼び方も隆一郎君嫌がるよ。未来ちゃんが流星のこと星ちゃんって呼んでるのはいいの?」
「それは俺の方からいいって言ったんだ。流星君って呼んできてたから。長いだろ? お前の隆一郎君って呼び方よりは短いけど」
「確かに」
「……話が逸れちまったな」
「要約すると、今みたいな声かけが必要ってことでしょ?」
「そう。頼むわ」
「5年も一緒にいるんだよ。言われなくてもわかってるって」
「おう」
言いたかったことは言えたようで、流星は湊から離れて僕の隣にゆっくりと腰を下ろした。
「大丈夫か」
ぶっきらぼうにいうけど、優しさが込められたその言葉に笑って頷く。
「誰よりも討伐数多いんだから、こまめに休憩取らねーとやってらんねぇぞ」
「まだまだ大丈夫だよ」
「嘘つけ。体力半分になってて相当キツいくせに」
あららら。
「なんだ、バレちゃってたんだ?」
「よくよく考えてみれば不自然だったもんな、お前が休みたいって言うのはともかく『疲れた』って言ってきたのは」
「……そういえば言ったね」
やられた。気をつけてたつもりだったのに。
でも、つまりはそんな言葉のひとつで気づけるほど僕のことを見てくれているということ。
嬉しい限りだね。
「まぁみんなは全然気付いてないけどな。大丈夫かよ、んな体で遠征なんて。こんなときくらいイチへの課題なんてもっと楽なものにしといたら良かったのに」
「あはは。確かに、もっと楽な物の方が隆一郎も嬉しかったかもね。でも一応1ヶ月の予定な訳だから、そう簡単にはクリアできないようにしたくて」
「分身作るために体力削るとか俺だったら絶対したくないわ」
「ぼーくも。しんどすぎるもん。よくそんな状態でほぼいつも通りに過ごせるね。なんだったっけ、光核分裂だっけ?」
さっきの厳しい表情から優しい顔に戻った湊が、こちらに振り向いて会話に参加してくる。
どうやらあと数体だけ残っていた死人の討伐もおわったらしい。
「そう。長いから単純に【分裂】って技名だけどね。体力が削られるのを除けば便利な技だよ」
簡単に説明だけして、さっきの会話の中でこれだけは伝えておかないとと思ったことを話す。
「ねぇ、僕はさ。ふたりとチームで心の底から良かったと思ってるよ。癒しの空間なんだから、あんまりそういう心配はしなくても大丈夫だよ」
ちゃんと安心しているということを。
「ならいい」
これまたぶっきらぼうに言う流星はそっぽを向いてしまった。
「照れ屋さんだね」
「……うぜぇ」
「わーい」
「うぜぇ!」
「あはは。まぁ、冗談はこれくらいにしておこうか」
笑いながらごめんごめんと謝って、腰を上げる。
どうやら少し強そうな子が来たみたいだから。
「みんな、気を引き締めて」
そう言った途端、目に入る長くしなやかな物体。
「わああ!?」
周りのマダーから上がる驚きの声。それと同時に沸き起こる幾多の盾が壊れる音。
瞬時にそちらの方を確認すると、身を守る盾が簡単に突破されたことで全員が怯えと恐怖の表情に染まっていた。
恐れちゃダメだ動けなくなる!
「すぐに動いて!!」
短く命令した瞬間、唐突にこちらへ襲いかかる長いものに3人揃って盾を張った。
シュパンッとぶつかり跳ね返る音。刹那認識する長い物の全貌。
「鞭?」
気づいた直後勢いよく引いていく鞭。
それが視界から瞬く間に消えたそのとき。
「ああぁぁぁああっ!」
悲鳴が上がったのはその瞬間の出来事だ。
スパンッ! と肉が断裂する音が鳴って、視界は飛び散った柔らかそうな肉塊で溢れかえる。
奴の持つ鋭い鞭に、休んでいた彼らの四肢が細かく刻まれていたのだ。
手足だったはずの小さな肉塊はピンク色の艶やかな断面をこちらに向けて、その柔らかさゆえに風の形に合わせてぶにぶに変形しながら血を撒き散らして宙を舞う。
一部の人たちは首すらも真っ直ぐに切り裂かれ、頭の落ちた首から大量の血がまっすぐ真上に飛沫をあげた。
酷い光景だ。
「流星、湊、お願い」
僕は一言言い残してその鞭の付け根の方へ大きく跳ぶ。
「任せろ」
「仰せのままに」
襲ってきていた1本だった鞭がミシッと言う音を鳴らし分裂して数本に分かれた。それらが死人本体の近くに寄るのを許さんとばかりに振り回すことで抵抗される中、避けながら手のひらから光の糸を出す。
鞭は女性の形をした死人から尻尾のように生えているようで、彼女が自在に操る鞭による挟撃を僕は体を翻して躱し、些か強引に体と鞭を縛り上げた。
「グロいねぇ。【拘束】!!」
後ろで聞こえる湊の楽しそうな声は、地面に散らばってしまった肉片を悲鳴をあげている持ち主の元へと瞬時に引き寄せる。
僕が縛る死人の三つ目の顔に、少し驚きの表情が見られた。
「【血縁】」
流星がその肉片の中にまだ残っている血液と、胴体の血液を繋ぐことで彼らの手足を接着する。
急速に元の形を取り戻していくのを目の前で見ている彼らは、ガタガタと震え恐怖心を増していく。
首が飛んだ者は何が起きたと自分の首を頻りに触って確かめては、理解した者からその恐ろしさのあまり絶叫を上げた。
「うぁあ……あ、ああああ!!」
無理もない、死んだと思っただろう。
でも大丈夫。僕らが見ている目の前で、簡単に殺させはしないから。
『ふふふっさすがですわ、精鋭部隊のトップ。仲間の首がとんでも驚きもしませんのね。冷たいお方だこと』
「……良かった、話せるようだね。すぐに殺さなくて正解だったよ」
もしかしたらと思って動きを止めるだけにしておいたけど、思ったよりも流暢に喋る死人だ。
『えぇ、お話ぐらい沢山できましてよ。だってワタクシは、教師だった人間のそばにずっといたのですから。言葉はよーくよーく知っておりましてよ』
「そうなんだね、じゃあよければ君が死人になった経緯を聞いてもいいかな?」
彼女から目を離さずに語りかけ、後ろ手で流星と湊に指示を出す。
みんなを少し離して欲しいと。
『ええ、構いませんわ』
にこやかに笑う鞭の死人は、快く僕の願いを受け入れてくれた。




