元・球技大会閉幕と課題
「わぁ!?」
「未来、おつかれ。よく頑張りました」
号泣する吉田と吉住のふたりを連れ、俺たちが座っている体育館の壁際に来た未来に、気持ちが高ぶってつい頭をわしゃわしゃと撫でた。若干の抵抗にあいながらも手を止めない俺に、少し照れながら目を細めた未来は、結局されるがままになっていた。
「あいざわざん……」
バスケ後半戦に入ってからずっと体が固まった状態で試合を見ていた保井が、未来を見るなり小刻みに体を震えさせ、目から大粒の涙を流して嗚咽を漏らす。
「ありがどうっ! ひっく、ありがどぉおっ!!」
「良かったね、保井さん」
保井の隣にいる阿部が、その背中にそっと手を添えて優しく言葉をかけると、彼女は目に手をぐっと押し当ててから、何度も何度も頷いた。
「ううん、みんなが頑張った結果だよ」
「うん。凄かったよ、みんな」
感想を述べる秀に、斎は1回大きく、加藤は頻りにブンブンと首を縦に振った。
たかが20分、それだけ。ただそれだけの時間しかない短い試合だったはずなのに、観戦する側の目は釘付けになり、丸一日見ていたかのような満足感を与えた。
それは、俺たちの心を弾ませるのには充分すぎる瞬間だった。
ただ、もちろん頑張ったのは全員なんだけど、普段では考えられないぐらい必死だった未来を見ることが出来たのが、俺にとっては一番嬉しかったのかもしれない。
ジャンプして回ってコケるなんていう、かなり珍しいものも見ちまったしな。
試合自体も中学生とは思えないようなほど濃厚だった。
まあ、一部鍛錬バカ2人は居たけども。
そんな風に思っていたとき、長谷川と瀬戸もこちらに来た。
「未来ちー、茜っちが友だちになりたいってよ?」
「ちょ!? こ、心の準備がっ!」
長谷川は軽く言うが、瀬戸は焦ってあたふたし始めた。
瀬戸に対しての警戒はまだ若干あるけど……盗み聞き状態になっていたさっきの会話だと解決したっぽいしな。
少し見守ろう。
未来は了承したというよりは、元より友達のつもりだったとでも言うように、目をぱちくりとさせて応じた。
そして、「凛ちゃん」と長谷川の名前を優しく呼ぶ。
「……ありがとう」
ふわりと微笑んで一言だけ告げた未来は、何に対してかは言わなかった。
長谷川は少しきょとんとしたが、次いで同じように柔らかな笑顔を見せた。
「しかしさぁ、こっちはアレ飲んだのに、普通にやられちゃってびっくりだよねー」
「ん、アレ?」
長谷川がぶすっとした顔つきで言うので、なんの事だと聞き返す。
「あ、それ。そのドリンク」
何か視界に入ったようで、未来のスポーツドリンクと並べて置かれているボトルを指さした。それは、長谷川の家から販売している『長谷川薬店のお助けジュース』
すると、未来が自分が飲んたものだと言う。
「他クラスの女の子がくれたよー」
「あちゃあ、そりゃあダメだわ。じゃあ、吉田さん達も飲んだんだ?」
『普通にやられて』とは言えないぐらい接戦だったと思うが、長谷川は納得がいかないらしくガックリと肩を落とした。
「んーん、私達は飲んでないよ。ねぇ、世良?」
「はい」
「……え?」
少し落ち着いてきたふたりの返事を聞くなり、長谷川が素っ頓狂な声を出した。
何故かしんとする長谷川と瀬戸、しかも斎と秀まで体が固まってしまったかのように身動きを一切しなくなって黙り込む。
「ど、どうした、お前ら」
「え、えっとね? アタシはさすがに悪いと思って1本しか飲まなかったんだけど、茜も須田も2本ずつ飲んだはずなんだよね」
目を白黒させる長谷川は、確認を取るように瀬戸の方に顔を向ける。その瀬戸さえも、動揺を隠せないと言うように小さく何度か頷く。
確かあの商品のコンセプトは、『通常の身体能力を1.5倍にする』……ってやつのはず。
えーっと、つまり、そのヤバいジュースを2本も飲んだにも関わらず、吉田も吉住も互角にやりあう力があったと?
「しかも瀬戸さんて、マダーだぞ。皆気付いてる?」
「え!?」
一切体を動かさないまま目を見開いて言う斎に、秀を除く俺たちは揃って驚愕の声を上げる。
「『お祓い』専門だから討伐には基本行かないけど、体はガッツリ鍛えてるよ」
元に戻すことが出来た死人を、再度死人化させない為に行う『お祓い』……誰がしてるんだろうと思ってたけど、瀬戸だったのか。
え、だけどそれってつまり。
「メインの戦闘員ではないとはいえ、マダーの素体の身体能力にプラスドリンク2本? それに何もプラスされてない吉田がついてくるって……」
「……」
この場にいる全員が絶句した。
その、驚きを通り越して恐れにも近いこの事態に。
当本人は「え? え?」とキョロキョロして、俺たちが何か喋り出すのを待つ。
「あのさ」
斎が口を開いたかと思えば、吉田にマダーにならないかと勧誘し始めたことが、彼女がどれだけ凄かったのかということを更に印象付ける。
ないないと手をブンブン振る吉田に冗談だと笑いながら、俺たちは体育館を後にした。
保井をおぶって保健室のノーマに連れて行って、バスケも終わったことだし、どこに見学に行くかと皆に問う。
「ワシは柔道が見たい!!」
「いや球技しかねぇから!」
ガックリと項垂れる加藤に、むしろどうしてあると思ったのかと言いたい。
「私はこの後ビリヤード出るからそっち行かなきゃ。皆は好きなところ行って来て?」
未来が時間を見ながらボサボサになった髪を結い直す。
「そうなのか。それが最後なら待っとくけど」
「んーん、まだ出るからいいよ。あとテニスと卓球と、そのあとは」
体力オバケかよ。
その後、未来がまた驚異的な動きで勝利をかっさらっていったことは言うまでもない。
色々ありながらも、俺たちの中学最後の球技大会はなんとか平和に幕を閉じた。
優勝は未来たちがいる1組。……まあ、当然だな。
疲れて眠くなってきた自分の体を必死に叩き起した閉会式の後で、完全復活した保井と吉田、吉住、瀬戸にもバイバイして、他のみんなで集まってワイワイと感想を述べあった。
楽しかったと嬉しそうにする未来を見て、心からほっとする。
学校行事を笑顔で過ごせたのは、多分……人生で初めてだったと思うから。
「そうだ土屋。これ、僕ずっと持ってて返すの忘れてた」
「あっわりぃ。そういやあのときポイッとしちまったんだった」
秀が思い出したと俺に渡してきたのは、4つ折りの薄いピンク色の紙。つまり、バスケを見てる最中に言おうとして言えなかった凪さんからの課題の紙だ。
「話途切れちゃったんだけど、結局弥重先輩からの課題ってなんだったのさ?」
じっと紙を見てくる秀に、俺は丁寧に開いて内容を見せる。出てきたのはたった8文字、『僕を倒してごらん』だけ。
「え、土屋には無理でしょ」
グサァッ!!!
見た瞬間に言う秀に、心が折れそうになった。
「秀さん……オブラート、オブラートが欲しいです」
「やだよ、本当の事だもん」
くっ! コイツマジで!!
「まだ、勝てないでしょ」
「……は」
無表情だった秀は、それだけ言って優しく笑う。
なぁ待て。
お前、男相手でもその笑顔はマズイぞ。
そりゃ女子もキャーキャー言うわ。
綺麗な顔が生み出す微笑は、女子だけじゃなくて男子にまで変な気を起こさせてしまいそうで、俺の怒りさえも吹っ飛ばしてしまう。
「でも、遠征中だし本来の弥重先輩相手っていうわけじゃないんだろ? だったらそういう意味でも可能性あるんじゃないか?」
「あー……まあ、そうなんだけど」
確かに凪さんが他県に行ってしまってる以上、本物と戦うことはできない。斎が言うのは最もなんだけど、だからと言ってあの人が生半可な課題を出してくるはずも無くて。
「どうやってやったのか知らないけど、凪さんとほとんど変わらないぐらいの強さの、ぶっちゃけコピペしたんじゃないかって思うような人体模型が置かれてんだよ。凪さんの顔がついてるやつ。それが強いのなんのって……」
「それってあれじゃないか? 光電効果の光電子とか、光核分裂とかからの想像。同じぐらいの強さっていうんなら光核分裂の方が可能性高いか。いや、でも自由に動かせるって意味合いなら光電子……ああでも、それだけだと強さに直結はしないか。なら光核分裂と光電効果を合わせて光電子で動きを出して」
「待て待て斎。俺にもわかるように説明してくれ」
ブツブツと言いながら考え始める斎を制止させて、わけのわからない語源だらけのその言葉の解説を求める。
「光電効果と、光電子と、光核分裂。弥重先輩の能力は『光』だろ?
んで簡単に言えば、光電効果は金属に光を当てたときに電子が出たり電流が流れたりすること。光電子は光電効果で自由に動けるようになった電子の事な。光核分裂は……あー、高エネルギーの光を吸収して同じくらいの質量の2個以上の核種に分かれること。
で、俺がさっき言ってたのは、光核分裂で弥重先輩と同じくらいの強さを持つ物質を作って、光電効果で作った光電子で、その物質を自在に動かすことができるようにしてるんじゃないかって言いたかったんだよ。それが弥重先輩のどれくらいの負担になるのかは想像もつかないけどさ」
難しい顔をしながら言う斎は、恐らく頭の中では理解していてもそれをわかりやすく説明するのに戸惑っているようで、そこまで言ってから「あれ? 合ってる? 違う?」と秀に助けを求める。
同じように難しい顔をする秀を見て、斎は「まあいいや」と両手を1回パチンと叩いた。
「間違っててもいいんだよ。要するに、その言葉の意味合いから連想する事ができるならキューブはなんでも出来るんだから。使用者がそうだと理解してるなら例え間違いでもその通りにキューブは動くし、生み出せる。だから、何かしらの方法で自分の力と同程度の強さの物を作り出すっていうのは、案外簡単に出来るってことだよ」
「なるほどね。訳分からんけど理解はした」
「どっちだよ」
おお、いいツッコミだ。
「私も課題克服しなきゃなぁ」
日が沈み始めた赤い空を見ながら未来が言う。
「未来ちーも何か課題もらってるの?」
「んーん。今日凛ちゃんに言われた遠距離での攻撃が苦手だって話」
「そういえば未来ちゃん言ってたね。凛ちゃんの溜める時間が必要だっていうそれも」
「阿部ぇぇぇぇ!!」
加藤が阿部の口元にムギュっと手を当てて言葉を遮った。
危ない、あんまり言われると勝手に会話聞こえるようにしてたのバレちまうからな。
「あれっ私、加奈子に聞こえるぐらい大きな声で言っちゃってた?」
マジであぶねぇ!!
加藤ありがとな。
これでもかと言うくらい首をブンブン縦に振る阿部を見て、ごめんと謝る未来も、それに大丈夫と返す長谷川も、気づいてはなさそうだ。
「体から離れる物はどうにも苦手なんだよね」
ため息を吐いて言う未来に、長谷川がひとつ提案をする。
「良かったら今度教えようか? アタシは逆に得意分野だから」
「本当?」
「うん。代わりにどうしたら瞬時に反応できるか教えて欲しいな」
ああ、ストイック女子たちめ。
自分たちで見つけた課題に真剣に取り組もうとする彼女らを見て、気合いを入れ直そうと紙に書かれた8文字をもう一度見る。
あの日、強くなると決めた。
未来を守れるようにと。
その未来が、まだ更に強くなるつもりでいる。
俺は……追いつけるんだろうか。
凪さんに課されたこの課題を、きちんとクリア出来るのだろうか。
無意識に、ズボンにチェーンで付けたキューブへと手を伸ばす。
随分手に馴染んだその四角い物体に、俺は祈るように目を閉じる。
頑張るから。
俺も、負けないように頑張るから。
だから……力を貸してくれ。
背中を見ているだけなのは、もう、嫌だ。




