元・改心
鳴り止まぬ拍手の中、アタシの前に立って試合終了の礼をした未来ちーは、動き回って上がった体温のせいか、それとも高揚のせいなのか、頬を真っ赤に染めた顔を上げた。
どんな理由があれ、わざと負ける気なんて無かったし、むしろバスケ部の処遇についても瀬戸たちについても、それ以外の方法でケリを付けようと思っていたぐらい勝ちたかった。
だけどこんな満足そうに顔をほころばせている未来ちーを見れば、これで良かったなあと心から思うよ。
「未来」
暫く見つめあっていると、吉田さんが未来ちーに鼻声で声をかけた。笑顔で声の主を見た未来ちーに、覆い被さるようにガバッと抱きしめた吉田さんは、何度も何度もありがとうと声を震わせて言う。
抱きしめられるのも以前より慣れてきたのか、腕の隙間から見える表情は、ちょっと照れたように笑っていた。
「みく、せ、ひっく、せんぱっ」
唐突に聞こえる泣き声に、吉田さんが驚いて未来ちーからパッと体を離して振り向く。アタシも見てみれば、そこにはボロ泣きしてしゃっくりが止まらなくなってしまった世良ちゃんがいた。
「世良!? ちょ、あんためっちゃ泣いてんじゃん! さっきまでクールに泣いてたくせに!」
「だ、ひっく、だって、だってぇっ! うぁああっ!!」
急に大声で泣き始める世良ちゃんを見て、もらい泣きをしたらしい吉田さんは同じように涙をボロボロ流し、その体を抱き締めた。
未来ちーがどうすればいいかと迷ったような素振りをした瞬間、吉田さんはもう一度未来ちーを引っ張って、自分の胸に押し込むようにしてふたりの後頭部を優しく撫でた。
なんか、母性を感じるなあ。
その様子は、母親が我が子に愛情を注いでいるのを見ているような、なんとも言えない羨ましい気持ちにさせられる。
そんな彼女らに、バスケ部1年生の畠山ちゃん三浦ちゃんも駆け寄ってきて、ぴょんぴょん跳ねながらその塊の外側にくっついた。
保井さんは足が痛くて動けないからこの場には来ないけど、彼女の隣にいる加奈があたふたしているのが見えて、多分泣いているんだろうと想像がつく。
「負けちゃったねぇ」
未来ちー達に背が向くようにして立ち、「頑張ったんだけどなぁ」と、ため息混じりに瀬戸と須田に言った。
さて、バスケ部の問題はこれで解消。残る問題は、未来ちーへ向けられた悪意を本人達が間違っていたと認めるかどうかだけ。
「そうだね。それでも、やっぱり相沢さんの方が上手だった。凄いや」
おっと、何も言う必要ない感じ?
未来ちーの方をちらりと見てそう返事をした瀬戸に、その反応が意外だったというか、素直にそう言った事に驚いた。
「ねぇ長谷川。私が間違ってたよ」
それだけ言うと、瀬戸は静かに話を聞いている須田をこの場に残してゆっくりと体の向きを変え、保井さんの方へと皆で歩き始めた未来ちーに呼びかけた。
「相沢さん。私、相沢さんに謝りたいことがあって。あのさ、その……私ね」
何かを伝えようとするも、どうにも言いづらそうに顔を下に向けている瀬戸に、立ち止まってキョトンとする未来ちーは、数秒その言葉の先を待ってから満面の笑みで右手を差し出した。
「楽しかったね」
その嘘偽りの無い笑顔に呆気にとられたとでも言うように、瀬戸は口をぽかんと開けて未来ちーを見つめた。そして一瞬情けない顔をしてから、ごめんねと一言言ってその手を取った。
ああ、完全に毒気を抜かれちゃって。さすが未来ちーというか。
何なんだろうなぁ、この、敵対するものを融和してしまう不思議な魅力は。
まぁ、そもそもあんなふうに言われてたって本人は知らないんだし、その辛い内容をわざわざ言わなくたって、反省の色が見えたならそれでいいや。
もしかしたら、最後のドリブルを乱したのもミスじゃなくて……いや、そこまで考えてはなかったかな。
「ちょっと、茜!!」
先ほど荒々しい応援の仕方をしていた伊崎が、未来ちーと瀬戸の手を無理やり引き離して、グイグイと引っ張るようにこちら側へと連れ帰ってきた。そしてアタシにもギリギリ聞こえるぐらいの小さな声で、今の彼女の行動に不満を垂れる。
「なに仲良くしてんのよ! あんなに悪口言ってたくせに。せっかくウチが木岡まで使って茜のために嫌がらせしてやったのに!」
……木岡先生?
「は? 何それ。どういうことよ」
「長谷川は黙ってて!」
いや、聞き捨てならないっしょ今の言葉は。
「伊崎」
アタシの疑問をもの凄い剣幕で切り捨て、瀬戸が呼ぶ声も無視する伊崎は、こちら側の態度など全く気にもとめず言葉の暴力を積み重ねていく。
「今回のやり方もやっぱり鬱陶しかった。派手に転んだり、変な動きしたり、なに格好つけてんだか。あんなのただ目立ちたいだけじゃない!」
「伊崎」
「それにあの青い目。やっぱり怖いよ! 真剣な顔してたら余計にそう見える! ウチはどうやっても受け入れられないよ!」
それ、は。
「ねぇ伊崎」
「だから教えてあげなくちゃ。『普通』でないものは排除される。怖いと感じるものは排除される! それがこの世界の鉄則なんだってみんなで教えてあげなくちゃ! バケモノはバケモノの世界にお帰りくださいって!!」
「ねぇいい加減にしなよ」
残酷な言葉を叩き付ける伊崎にピシャリと言ったのはアタシではない。アタシよりも早くその言葉を否定したのは、怒りを顕にした瀬戸の声。
ハッと我に返った伊崎は瀬戸とアタシの顔を交互に見ては、見る見る顔を青くしていく。
きっと、アタシも相当怖い顔をしているんだろうな。
「私、友だちやめるね」
「……え?」
唐突に告げられた絶交宣言に目を大きく見開く伊崎へ、瀬戸は淡々と理由を述べる。
「見ててわからなかった? 相沢さんは、尊敬に価する人だよ。
確かに、目が青いのは私も不思議に思う。実際初見のときは同じように思ったし、それが怖いと思ってしまう伊崎の気持ちも分からなくもない。
だけど、だからと言って木岡を使ってまで傷付けて追い出そうとするのは、違うんじゃないの?」
「あ、茜も嫌がらせしてたじゃん! 自分はそんなことしてないとか言うつもり!?」
「うん、した。それは認めるよ。後悔してる、何であんなこと言っちゃったんだろうって。だからもうこれからはしないし、長谷川が許してくれて相沢さんが認めてくれるなら、今は、できることなら友だちになりたいと思ってる」
真っ直ぐに自分の悪かったところを認めた瀬戸は、更に自分の気持ちを彼女らに伝える。
「伊崎がどうするかは、自分で決めればいい。須田も、さっきから黙ってるけど、ちゃんと考えて自分で決めればいいよ。私の考えを押し付けることはしたくないから」
もうそれ以上言うつもりはないらしい瀬戸は、そこまで言ってから口を噤んだ。その様子を見た須田は、ほんの少しだけ考えるような仕草をしてからやんわりと話し始める。
「私はねぇ、茜みたいに仲良くなろうって思うのは難しいけど、伊崎みたいに敵対したくもないかなぁ。だから、ふたりともバイバイかなぁ。もちろん、今この場にいない他の悪口言ってた皆ともねぇ」
黙りを続けていた須田は、そんなに今いる友だちに思い入れは無いのか、ひらひらと手を振ってひとり去っていった。
それを引き止めることも無く、ただぽかんとその様子を見ている伊崎を一目見た瀬戸も、背を向けて歩き始める。
そんな瀬戸の後ろをアタシもついて、もうつっちーや保井さんとわいわい話している未来ちーの元へと歩いて行く。
アタシが言いたいことは、全て彼女が言ってくれたから。
「長谷川も、ごめんね。ジュースかけちゃったし、酷いことも言っちゃって」
こちらを振り向いてモジモジと指を小さく動かしながら言う瀬戸は、アタシにまで謝ってくれた。
「いーよ、アタシにしたことは。大したことじゃなかったし。それにまぁ、あれよ。アタシに対してもだけど、瀬戸が未来ちーに対して思ってたことが、ちゃんと人間らしい理由で良かったよ」
「うん?」
何の事かと聞いてくる瀬戸に、半ば自分に言い聞かせるような気持ちで答える。
「媚びてるとか、調子に乗るなとかさ。ただのありふれた悪口だもん。ある意味安心した」
まだよく分かっていなさそうな瀬戸にはもうそれ以上は言わないけど、自分の頭には、さっきの話の後からずっとモヤがかかってる。
試合中の木岡の反応といい、伊崎の考えといい、少なからず、まだ未来のことをそういう目で見ている奴らがいるってことに。
クラスが変わってもう大丈夫だと思ってたけど、誰が同じように思っているかが分からない以上、まだまだ気は抜けないかもしれないね。
とは思いつつ、一旦目の前で起きているやばい事態は何とか抑え込めたことに、少し安心している自分がいるのも事実。
だからこれから先のことはともかく、今は……これでいい。今だけは、これでいい。




