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元・理解者

挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


「あーもうッ! しつ、こい!!」


 3人チームなのに他の子には目もくれず、私ひとりにだけ常にマークをしてくる凛ちゃん。ならばそれを逆手に取ろうと小声でチームメイトに伝え、彼女が私にしてくるのと同じように、私も彼女に張り付いて動きを制限させていた。


「凛ちゃんこそ、邪魔!!」


 本気でやり合おうと決めた女子コートには、私と凛ちゃんの暴言が絶え間なく響いていて、試合状況はほとんど動いていない。

 シュートをしようとしても得点を取らせないようお互い確実にガードを決めるから、例え打つことが出来てもなかなかゴールには入らない状態。現に今も、凛ちゃんがシュートをしようとして、私がブロックをしたところだ。


 吹き飛ばされたボールはかなりの勢いでゴールのバックボードに当たり、ぶつかった方向そのままこちらに返ってくる。


「世良ちゃん!」


 凛ちゃんと取り合いになって奪われそうなのを防ごうと、飛んできたボールをキャッチすると言うよりは両手のひらで弾き返したような状態で世良ちゃんへとパスをする。


 ダメだ、高い。


 手で持つ事が出来なかった影響か、自分が思ったところよりも1メートルほど高い位置で世良ちゃんの真上に到達してしまった。

 須田さんにマークされながらも何とか振り切ってこちらに向かって来てくれていた彼女は、グンと上に跳んでそれを掴んでそのままシュートを打とうとする。しかし、追いついてきた須田さんにいいタイミングでブロックに付かれた。


 このままでは捕まると気付いたのだろう、七瀬ちゃんが瀬戸さんから離れる為にコートの端を回るようにして、世良ちゃんの方へと駆ける。

 それに瞬時に気付いた世良ちゃんは咄嗟にボールを前ではなく右へと落とし、須田さんの手からかろうじて逃れて七瀬ちゃんへと望みを託す。


「あああっ!!」


 2回ほどバウンドしたボールを彼女は勢い余ってこけそうになりながら拾い上げ、体をねじって強引にゴールへと投げ入れる。バックボードに当たるか当たらないかの位置にボールがふわりと落ちて、リングの上をくるりと一周したのち、内側に入ってなんとか得点をもぎ取った。


「よし!」

「うわぁ、やるじゃーんバスケ部キャプテン」


 私の動きを封じつつ彼女を見つめていた凛ちゃんは、ニヤリと口角を上げて笑いながら楽しそうな声で言った。その声を聞いた七瀬ちゃんも、体勢を整えながら彼女とは対照的な真剣な顔と真面目な声でそれに答える。


「いくら長谷川が個人で未来ぐらい強くたって、私も世良もバスケ歴は長いからね。簡単にコンビネーション崩せるなんて思わないでよ?」


 強気に言ったその言葉の通り、ふたりのコンビネーションはその後も素晴らしかった。


 後ろなど全く気にせず真っ直ぐにゴールまで走ってドリブルをして、前に敵が現れたらボールを持ったまま片手を背中に回し、そこに味方がいることを確認しないでパスをつなぐのも。


 そのまま前にいる敵の牽制に入って、後ろにいた味方のシュートをする為の視界を広げさせ、確実に得点へと繋げさせるのも。


 コートの真ん中から誰もいない左端に真っ直ぐ勢いよく投げ、そこに寸分の狂いもなく走ってきてキャッチをするのも。


 ブロックに付かれて取られないように、真ん中にいた1人がゴールへと駆け、それを知っているかのように迷いなくその真上、ほぼゴールのネットの真横へと投げるのも。


 それらはきっと、彼女達の体に染み込んだ慣れと信頼の証。


 跳び上がった瞬間そのボールをキャッチして、振り下ろすことでネットへと押し込んだ。


 凛ちゃんとのガードのし合いにもたつく私へのパスは、彼女に取られぬよう自分の背中側にボールが飛ばしてくれる。そのパスは、私が振り向いた時にしかキャッチは出来ないものの、相手にパスカットをされないようにする為に元から皆で練習していたやり方。


 だから、凛ちゃんに真正面からガードされていても、なんとかボールを持つことができる私は、どうにもならない時のふたりの間を繋ぐ中間地点の役割を担う。


 パスをする時に相手を出し抜く、彼女たちに教えてもらったやり方。投げるフリをしてタイミングをずらしてボールを改めて投げる。それを受け取った七瀬ちゃんはポンと押し返すようにゴールへと確実に入れてくれる。


「やられっぱなしは好きじゃないなぁ」


 コート端にいる凛ちゃんに瀬戸さんが豪速球を投げ、その勢いを完全に殺して打つ姿勢に転換する彼女に対し私はブロックにつく。しかし、それに気付いた彼女はそのまま打つことはせず、さっき私がしたのと同じように、こちらの体を軸にして回って躱し、背中側についた瞬間高く跳ぶ。

 ブロックは完全に振られ、危なげなく緩やかな弧を描いたシュートを決められてしまった。


「凛ちゃん本当に負けず嫌いだよね」

「えー。褒め言葉だよね、それ?」


 ニカッと笑って言う凛ちゃんは、その後もすぐに畳み掛ける。


 私のそばから離れなかった凛ちゃんはいきなり自軍のゴールと逆方向、つまり私たちのチームのゴールの方へと走り出す。代わりに瀬戸さんが私のすぐ前へと張り付いて、追いかけることを許さない。


 何をしているのかと驚いた矢先、彼女へとボールが渡る。

 瀬戸さんが居なくなったことでフリーになった七瀬ちゃんは、凛ちゃんからボールを奪おうと近寄ったが、その対処法を既に考えていたかのように七瀬ちゃんの足の間をドリブルで通してくぐり抜ける。

 そしてぐぐっと凛ちゃんが深く深く床を踏んだとき、彼女が何をしようとしているのかに気が付いた。


 一般の中学生なら無理でも凛ちゃんならできること。彼女は、下からではなく、ゴールの完全に上から投げ入れるつもりだ。


 瀬戸さんを振り切って凛ちゃんを止めに行くのは、いくら構えがゆっくりでもきっともう間に合わない。だとしたら、こっちのゴールを守るしかない。


「させないよー相沢さん!」


 私がどうするつもりなのか予測できてしまっているのだろう、瀬戸さんは私の目の前に立ちはだかる。大きな体で腕を広げられて遮られる視界は、まるで巨大な壁に覆われているような錯覚を起こし、少し怯んでしまう。

 だけど、相手が大きいことなんて私は慣れっこだから。


「ごめん、関係ないよ」


 ハッとしたような顔の瀬戸さんが見えたような気がした。というのも、私の体は既に彼女の広げられた腕の更に横にあって、実際には表情を確認できるほどの時間はなかったからだ。

 でも大したことではない。ただ、完全に止まっていた状態から、いきなり動いて彼女の脇に逸れただけ。だけど、彼女が瞬きしたその瞬間を狙ってそこまで移動してしまったから、もしかしたら相手には消えたように見えたかもしれないけれど。


「うそっ!」


 後ろからの瀬戸さんの驚いた声を聞きながら跳び上がる。跳んだそのまま体をボールが来るはずの方向に捻った刹那、ほとんどオレンジ色の物体だけになった世界を視認した。


 バチッ!!


「は!?」


 私の手が間一髪自分の顔とボールの間に入って捕らえた音と、遠くで叫ぶ凛ちゃんの声が同時に聞こえる。

 着地した私はここぞとばかりに激しくドリブルをして走り抜ける。相手のゴールから自軍のゴールの位置へ、そして凛ちゃんの目の前で跳ぶ。跳びすぎたと思うほど、ネットの位置に足先があるぐらい高く跳んで、グルっと体を一回転させてボールを叩きつける。


 ガァンッ!! と大きな音とともにゴールが揺れ、ボールが勢いよくネットを通過した。


「おおおああああっ!?」

「未来ぅうう!!」


 わああっという歓声とともにキラキラした目で私に抱きつきに来る七瀬ちゃんに反して、コートの端の方からピピッと短く笛が鳴らされる。何事かと思って見てみると、審判の先生が私を見て指さしたところだった。


「相沢、今のは反則だろう」

「え?」


 唐突に告げられる、身に覚えのない『反則』の言葉に、私は反射的にどうしてかと聞き返す。


 シュートされたボールが頂点から落ちてきているときにボールに触った場合、ゴールテンディングという反則になる事はバスケ部で教えて貰っていたけれど、今回のルールでは反則になるのはトラベリングだけだったはずなのだから。


 すると先生は、今の私の速さもジャンプ力も、全く普通ではなかったと眉間に皺を寄せて言った。





「お前がマダーである事は知っている。だがここは学校だ。相手は同級生だ。ちゃんと()()()()()をしなさい」





 その言葉を聞いて、私は息を呑んだ。


 人間の動きをしなさい。それは、今の私が人間のように見えなかったという、オブラートも何も無い言葉だったから。


「ちょっと、言い方ってものがあんだろ!」


 凛ちゃんが荒い口調になりながら、その言葉に怯える私を庇うように前に立って抗議をしてくれる。

 それでも凛ちゃんの話には耳を貸さず、依然として『普通の動きをしなさい』という主旨を述べる先生の近くへ、萎縮してしまう私のすぐそばへと、誰かが近付いてきた。


「とにかく、このまま妙な動きをするようなら、強制的に相沢は」

「強制的に、どうするんです?」


 近くに集まってきていた七瀬ちゃんや世良ちゃんの横を通って、私と凛ちゃんの更に前に立つ男性。それは、さっき夏帆ちゃんを保健室へ連れて行って審判役を外れていた、私たちの担任、世紀末先生。


木岡(きおか)先生。私は彼女達の試合の審判を一旦お願いしただけで、生徒を傷付けていいと言った覚えはありませんよ」


「しかし世紀末先生、今のはどうみても一般人の動きではなかった。あんな動きが唯の人間に出来るわけは」


「何度言えばわかるんでしょうか。生徒を傷付けるなと。それとも、傷付けていることにすらあなたは気付いていないのでしょうかね 」


 おふざけまじりの自己紹介をするような、普段の面白い印象とはかけ離れた先生の落ち着いた声。顔はこちらからだと見えないけど、代わりに見える凛とした背中に安心感を覚えた。


「途中から見ていましたが、相沢は特段おかしな事は全くしていませんよ。彼女をしっかりと見てください。左手に刻印も無ければキューブすら今は持っていませんよね? キューブが展開されていないということは、今の動きは彼女ができる本来の動きであるということです。知っていますよね」


 先生。


「あれは彼女の実力であり、血のにじむような努力の結果です。それを教育者であるあなたが否定をするなど、許される事ではないと思いますが?」


 先生。


「……すみませんでした」

「謝るのは私にではないですよ」


 淡々と告げる先生に、木岡と呼ばれた先生の顔色が悪くなって、そのまま私の方へと向けられた頭が少し下げられた。


「すまなかった」


 その姿をちらっと見た世紀末先生が、木岡先生の頭に手を乗せて、グッと下に押し込んだ。


「相沢、長谷川」


 ほとんど木岡先生の腰が直角になるほど無理やり頭を下げさせた世紀末先生は、優しく笑って私たちに言う。


「何も気にしなくていい。続けなさい」


 ああ、本当にこの人は凄い。


「……よっちゃん、サイッコー」

「うん。最高」


 テンションが上がってしまった凛ちゃんは、世紀末先生の肩を軽く叩いた。


「先生」

「ん」


 ありがとう。


「ありがとうございます」


 私をわかってくれて、ありがとう。


「当たり前のことをしただけだ。礼を言われるようなことじゃない」


 静かにそう返す世紀末先生は、木岡先生から手を離して自分の首に提げていた笛を吹き、試合を再開させる。


 瀬戸さんのスローインから始まり、パスを繋いでいく。

 もうすぐ前半の試合が終わる時間、今の得点は17対18。なんとかこのままこちらの有利で、引き離されないように終わらせたい。

 世良ちゃんが相手から奪ったボールが私に回ってきた残り少ない時間の中、ゴールへと真っ直ぐにドリブルをしてジャンプする。


「させないよ!」


 ふたり同時にブロックに付かれて、このままでは捕まると悟った私は上向きに持っていたボールをそのままに、空中で横向きにくるっと回ってそのふたりに背を向ける。

 若干のタイミングのズレを作り出し、更に振り向きながら後ろ手で無理やりボールをバックボードに当たるように狙って投げる。


 コンと軽く当たったのだけが視界に入ったが、さすがに慣れない無茶な動きをしたせいで体勢を崩し、床に体が接触した。

 顔と胸元からべちっと音を鳴らしてこけて、どうなったとガバッと起き上がったとき、ボールがゆっくりと真っ直ぐに落ちてきて、歓声が上がる。なんとかゴールを決めることが出来たようだ。


「未来ちー、大丈夫!?」


 少しヒリヒリする頬っぺと手に、やっちゃったなと思いながら、敵側なのに心配してくれる凛ちゃんが屈んで私を覗き込む。


「いたいです」


 引き上げようと伸ばしてくれた凛ちゃんの手に甘えて、そこに手を添えたとき、彼女はふっと小さな声を出して苦笑しながら言った。


「未来ちーのダサい姿見るの、ちょっと新鮮」

「ダサいって言い方酷いよ」


 互いに何だか可笑しくなって、笑いが溢れてしまう私たちの後ろで、世紀末先生が笛を鳴らすのが聞こえた。どうやら前半の試合はここで終了のようだ。


「17対20か。なかなかいい勝負してるんじゃない?」

「そうだね。楽しいよ」


 それは本当に心の底から思ったことだった。ただ、1つ気になっていることがある。それは、気のせいかもしれないぐらいの微妙なラインだけど、七瀬ちゃんと世良ちゃんの動きが鈍くなってきているように感じるということ。

 ほとんど変わらないように見えるし、本人たちが言うようにバスケ歴も長いから、体力はあるのだろうけど、相手は凛ちゃん。そして、運動神経のいい瀬戸さん須田さん、それに、恐らく彼女たちはチームワークが良いし、やはり練習してきていると思う。

 更に連戦続きで余計に体力を消耗している状態での後半戦。もしかしたら、厳しいものになるかもしれない。


「未来ちー」


 先生が水分補給の時間だけくれたので、水を取りに行こうとする私に凛ちゃんがにこっと笑って引き止めた。


「後半戦、アタシたちも同じメンバーで出るから」


 少し驚く私に、彼女は続ける。


「完全に同じ条件とはいかないけど、体力が無くなってくるのは一緒だからね」


 だから本気でやるよと念を押した凛ちゃんは、私の手を引いて、加奈子たちのいる壁際の方へと、一緒に水を取りに行くのだった。

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