元・弱点
走る。走る。ボールを取られないように。相手に追いつかれぬように。
試合開始から5分が経過したようだけど、最初から今まで私にピッタリとマークしてくる凛ちゃんは、何かの拍子に私からボールを奪い取れる位置から離れずに話し始める。
「未来はさぁ、比較的ダンクシュートが多いよね」
振り切りたい一心で、ゴール近くで強引にジャンプをするも、彼女はそれを予想していたようで私とほんの少しもズレないタイミングで跳び上がる。視線の先にあったゴールの代わりに、ニヤリと笑う凛ちゃんの姿が映ったその瞬間、自信に満ち溢れた彼女と焦った自分の視線が交わった。
「だからなに?」
ダンクシュートをしようとしていた私の動きを遮られたそのままボールを奪われないように、咄嗟に下向きに持ち替えて彼女の背中側に回し、その後ろにいた七瀬ちゃんにパスをする。
「それはつまり、アンタが一番決められる確率が高いシュートだからでしょ?」
「……アンタ?」
いい位置に居てくれた七瀬ちゃんはそこから投げて2点分をもぎ取ろうとする。しかし、それすら予想していたらしい凛ちゃんは、今の今まで私の目の前にいたはずなのに、自慢の俊足でそのボールさえもカットする。
ゴールに向けて打ったボールは手に阻まれてその行き先を変え、高く私の真上へと飛んで来る。
「未来!」
「おっけー!」
近くには誰もおらず、ゴールからも近い状態でボールを受け取ることができた私は、キャッチしたそのままゴールへと体を向けた。
「どうしてダンクが多いのか当ててあげようか」
構えた瞬間に聞こえる、誰もいないはずだった私の背中側からの声。
「だってさ」
バビュンという効果音が聞こえてきそうな程の勢いで私の目の前へと現れた凛ちゃんの姿、そしてその長い手が、私が投げたボールをいとも簡単にシャットアウトする。
「手を伸ばされさえすれば、皆よりも小さい未来はブロックされる確率が高いもんね」
「くっ!」
バシッという音を立てて凛ちゃんの手によって弾かれて飛んでいったボールは、空中で世良ちゃんと瀬戸さんが取り合いになって更に弾かれ、それを拾った須田さんの手によってシュートを決められてしまった。
「あともうひとつ」
わああっと歓声が上がる前からシュートが決まることに確信を持っていたような凛ちゃんは、ボールの行方になど一切目を向けず、顔を近づけてこちらを見下ろしてくる。
その瞬間、知られているんだと気付く。所謂、私の弱点とされるところを。
「未来は単純に、投げ技が得意ではない」
目と鼻の先にあるのは、いつもの私を大事に思ってくれている優しい顔ではなくて、本気で私を潰しにかかってきている、いじめっ子のようなニタッとした、いやらしい顔。
「キューブを使ってる時でさえ、基本的に自分の身体能力任せで遠距離攻撃は殆ど使わないのが相沢未来。それは死人が相手なら敵を欺く武器になるけど、こういうチームプレイのときには向かないスキルだよねぇ」
凛ちゃんの言うとおりだ。私は体術の方が得意で、全体を狙うような範囲攻撃ならともかく、自分の体から離れるような能力はあまり使いたくないし、こういう球技だって、大いに外すことはないけれど、できることなら『投げる』という行為はしたくない。
だけど、どうしてそれを知っているんだろう。
「凛ちゃん、私と共闘した事ないのによく知ってるね?」
その理由を知りたいあまり直接答えを求めた私に、凛ちゃんは呆れたようにため息をついて、理由を語る。
「もちろん。だってアタシは、未来のこと尊敬してるからね」
「……尊敬?」
全く予想だにしていなかったその言葉を、復唱してどういう事なのかと彼女に問う。
「そう。そして、いつか絶対上をいってやるって思ってる」
凛ちゃんはそれについて答えることはせず、その代わりのつもりなのか、先程までの挑発的な顔から一変して、優しく笑ってから私に背中を向けた。
相手チームがシュートを決めたから、エンドラインから世良ちゃんのスローイン。
瀬戸さんが完全に七瀬ちゃんをガードしていて、取られそうだったからだろう。ゴールからは比較的遠い場所、凛ちゃんが近くにいる状態の私の元にボールが飛んでくる。
凛ちゃんにカットされないように、先に勢いよく前に出てボールを掴む。キュッとスパイクが鳴るほどその場から転回して、こちらへと足を踏み出した凛ちゃんを軸に彼女の背中側へと回りこむ。
「世良ちゃん!」
コート内に入ってきた世良ちゃんにパスを出す。七瀬ちゃんも瀬戸さんから距離を取るべく気付かれぬよう慎重に後ろへと下がり、脇をくぐり抜けるようにして彼女の前へと出る。
「世良、こっち!」
呼ばれた方向、七瀬ちゃんへ世良ちゃんがボールをパスする。
「あははっ無駄!!」
七瀬ちゃんの手にボールが届いたと思った瞬間、彼女の後ろにいたはずの瀬戸さんの手が間に割って入ってきた。凛ちゃんに付いて回られてブロックされやすい私ではなく、あちらへパスを出すのをわかってわざと隙を作ったようにも見えて、この日のために練習してきたのかもしれないと感じる。
「須田ー!」
「はーい、長谷川ー!」
世良ちゃんのパスカットに合いながらも、危なげなく須田さんへ、そのまま私を押しのけた凛ちゃんへとボールが滑らかに繋げられる。
「ナイスナイス!」
ゴールの位置から少し離れた真正面、近くにいるのは私だけ。凛ちゃんは絶対、ここでシュートを打つはず。
「させない!」
凛ちゃんがジャンプをする為に踏み込んだ瞬間、同じように踏み込んで私も真上に飛び上がり、ブロックをするべく腕を伸ばす。しかしその瞬間、合わないことを私は悟った。
同じタイミングでジャンプしても背の高い凛ちゃんには届かないのを知っているから、それに合うように飛んだはずなのに自分の手にボールが当たる感覚は無い。指先の数ミリ上を抜けて弧を描いたボールが、ドゴンッ!! とリングに当たりながらネットに入る音が聞こえた。
「いえーい」
舌を少し出して、からかうような態度をするのを見て、どうして止められなかったのかを考える。10センチくらいの身長差を無かったことにする為の、ジャンプをするタイミングは完璧だったはず。
どういうことだろうと考えながら試合を継続する。相手チームのファインプレーが続いて、連続で凛ちゃんが得点を挙げて彼女らがかなり優位に立った12対4のとき、ふと彼女が得意としてる戦闘方法を思い出す。
「未来先輩」
この状況を良く思わない世良ちゃんが、心配そうな顔でこちらに駆けてくる。
「長谷川先輩は未来先輩を完全にマークして、徹底的に潰しに来てます。こちらも何か手を打つべきです」
「うん、そうだね。だけど大丈夫だよ」
ごめんね世良ちゃん、私がこんなだったら心配にもなるよね。バスケ部の存続がかかってるんだもんね。でも大丈夫。凛ちゃんがそのつもりなら、私はそれに応えるだけだから。
「凛ちゃん」
不安そうな顔のままスローインをしにコート外に出る世良ちゃんを見送って、私は相も変わらずそばから離れてくれない凛ちゃんに声をかける。
こちらを向いた、まだまだ余裕というような彼女の顔に、自分で思っていたよりも低くなった声で宣言する。
「二度と気持ちよくは打たせてあげないよ」
そう言った直後に飛んできたコート外からのボールは、相手チームに取られないよう高く長く飛ばされる。須田さんが途中で取ろうとしたけど高くて手が届かない。凛ちゃんが真横にいる状態の私は彼女よりも少し早く踏み込んで跳ぶ。それでも少し跳べば彼女も追いついてくるから、精一杯手を広げ、指先まで意識して引き上げる。
ギリギリのタイミングで先にボールに手が届いたそのまま、バレーのトスのように体をのけぞらせて、ゴールに背を向けたまま後ろ向きにシュートをする。飛んでいったその先でバシュンッと気持ちのいい音が聞こえた。
「未来ちゃんすごい〜!」
自軍のゴールの更に向こう側、体育館の壁際の方から加奈子の声が飛んでくる。
「本当、すごいしか言いようがないね」
ほとんど時間を空けずに須田さんが瀬戸さんへとスローイン。加奈子に同意した凛ちゃんは、負けず嫌いの性格の為か、すぐに瀬戸さんにボールを求める。
「それぐらい知ってるのは知ってるんだけどさあ」
飛んできたボールを受け取ったそこから動くことなくシュートを打つ凛ちゃんに、私はこれまでよりもほんのちょっとだけ遅く飛び上がる。
「対応、ちょっと早すぎるんじゃない!?」
苦笑いで驚きの声を出した彼女から飛んだボールは、私の手によって遮られ、ゴールからは全く違う進行方向へと軌道を変えられる。
「前に言ったことがあるよね。キューブの大会観るのは勉強になるからよく行くって。力自慢の人達が集まる中で、ぶっちぎりの1位を取り続ける凛ちゃんの戦い方、研究してないわけないでしょ?」
着地して言った私の言葉に少し驚いたような凛ちゃんの顔を見て、きっと彼女も同じように、私の戦い方をどこかで調べているんだろうなという予想ができた。
「だから逆に言ってあげる」
遠く飛んでいってしまっていたボールはそれをジャンプしてギリギリキャッチした世良ちゃんが、体勢の整わないまま体を捻らせた状態でどうにかゴールへと繋げてくれた。
それをちらっと横目で確認してから、まだぽかんとした顔でいる凛ちゃんへと視線を向ける。
「凛ちゃんの苦手分野は、瞬発的な動きが苦手なこと」
得点が入って歓声が聞こえる中、凛ちゃんが少し目を見開いて何度か瞬きをする。おそらく彼女は今、動揺しているのだろう。
「予想外の事が起きたとき、狙いを定めるとき、あなたは次のステップにいくためにほんの少しだけ溜める時間が必要なんだよね」
相手の弱点なんてわざわざ言う必要は無いし、むしろ言わない方がこちらが有利になるのは間違いない。だけど、敢えて言おうとするのは……多分、私のちょっとしたプライド。
「それは確実に相手を仕留める切り札になるけれど、瞬間的な判断が必要なときにおいては無駄な時間だよね」
「……無駄?」
凛ちゃんの眉が、ぴくっと動いたのが見えた。
「凛ちゃん。あなたは手を抜いたらぶっ飛ばすって言ったよね。ならあなたも、本気でやってくれる必要があるんじゃない?」
「その為にアタシを怒らせようって? 未来らしくもない」
「そんな事ないよ」
さっきの『アンタ』って言い方は……嫌だった。友だちには言われたくない呼び方だったから。
「本気でやって欲しいなら、それ相応の対応をしてくれるべきじゃない?」
だから、どうせやるなら同じ条件で戦おう。お互いの弱点を、きちんと知った上でね。
「はっ! わかったよ」
目を閉じて笑って答えた凛ちゃんは、審判がふんわりと投げてくるさっきまで転がっていたボールを受け取って、自信満々の顔で私に言った。
「せいぜい、後悔しないことを祈ってるよ」




