元・各自の種目
ジリジリとした日差しが照りつけても、風は少し涼しいと感じるグラウンドでの試合と、熱気はこもりそうだけど直接日差しは届かない体育館、どちらが楽なんだろう。
「秋月、行ったぞー!」
ああもう。土屋が団体種目に出ろなんて言わなければ、こんなのわざわざ出なかったのに。
「おーらい」
皆と一緒に、なんて苦手だし。
「きゃあああああっ!!!」
……目立つし。
グラウンドで行われているのは、5人ずつで行うサッカー。僕の味方のうち、どうやら3人はサッカー部の男子らしい。だったら僕にボール蹴らなくてもいいんじゃないって思うけど、何故か彼らは僕にも沢山パスを出してくる。それを相手に取られないようにしながら走り、パスかゴールをする度に、周りから僕が苦手な黄色い歓声があがる。多分、眼鏡が無いせいだと思う。
眼鏡をかけていると動くときに邪魔だから、今日はその代わりにキューブを使って【可視化】を着けている。
最近斎に教えられて気付いたのだけど、キューブは能力のひとつだけを使って、他に一切使わないのなら展開しなくても使えるんだそうだ。みんな知ってるのかなと聞いたけど、他のやつに言ったことないから知らないはずだということだった。
まあつまり、今回【可視化】をしているからといって、僕は身体能力を強化できているわけでもなく、キューブもいつもの箱型でズボンのポケットに入っているということ。
ちなみに普通のコンタクト自体は僕は持っておらず、しょうがないからこの氷でできたコンタクトを着けている。
だけど、ふとあることを思い出した。今までは戦闘のときの見えないところを透過することにしか使ってこなかったけど、もしかしてと思って使ってみたら、やっぱり正解だった。
見えるのだ。この場においての最善の方法が。
最近眼鏡の度数が合わなくなってきたから、今つけているのは家用にして、普段用を新しく作ろうと思っていた。
そこで、せっかく新しいものに変えるのなら夜中の動きやすさ重視で、コンタクトもついでに作ってみようと思って調べていたら、面白い情報を見つけたのだ。いや、それはただの普通の情報であって、一般の人からみたら『それがなに?』で終わらせられそうではあるんだけれども。
その情報というのは、コンタクトレンズの酸素透過率というもの。レンズをつけたとき、どれくらいの酸素が目に届くかを示す指標らしい。計算式があるみたいだけど、それについては必要性を感じなかったからいちいち覚えていない。
今回僕の目に止まったのは、『目の健康を保つために、角膜に十分な酸素をいきわたらせる必要がある』という一文。
それを見て僕が思ったこと。『目の健康を保つため』に酸素をいきわたらせなければならないのが視力の矯正の役割を果たすコンタクトレンズ。だとしたら、【可視化】においてそれを置き換えるのであれば、『透過精度の保持』のために酸素をいきわたらせる必要がある、ということでは無いかと思ったのだ。
そしてそれは言い換えれば、酸素を送れば送るほど透過精度を上げることができるということ。面白そうだと思ってやってみたら、物理的に見えない先を見ることだけではなくて、感覚的に、次にするべき最善の方法が、透過して見えるようになってくれた。
酸素をしっかり目に送れるように、深い呼吸を意識したり、ツボ押しをしたりと若干面倒な点はあるけれど、コンタクトの厚みを極限まで薄くすることで大体は事足りるようだ。
長々と語ったけど、端的に言うならば、僕には今この時点で、どう動いたらいいかが比喩的表現ではなく、目に見えてわかるということ。
試合残り時間15秒。
味方の1人がドリブルしていたボールを、ゴールに向かって右の方にいるサッカー部の男子にパスをした。
少し思っていた方向よりもボールが向かう先がズレて、枠外に出てしまいそうになったボールを、そのサッカー部の人はギリギリで枠内へと蹴り返す。でもその際相手チームがガードに入って、そのボールも彼が狙った通りの場所へは届かない。
ボールは勢い余って、みんなが思っていたよりもずっと奥へ。このままだとまた枠外に出ていきそうだ。
だけど、僕にはそれが見えているから。
どこにいて、どの位置で、どのタイミングで、どんなシュートを打てば決められるかが見える。
煌めく氷の粒子が、僕の視界に教えてくれる、ここで飛べと告げてくれる。
ズルをしているような気がするけど、それが見えたからといって実際にその通りに絶対できるわけじゃないし、少しぐらいいいかなあと思う。
僕は、みんなの印象にあるようなガリ勉じゃないからね。少しぐらい、悪いことだってしてみたい年頃だよ。
僕のシュートを阻止しようとする相手チームの人たちを、欺くひとつの動き。それは、ただ前に蹴るような単純なものではなくて、地面に背を向けた状態で空中にあるボールを頭より高い位置でキックするバイシクル・キック。又の名を、オーバーヘッド・キック。
ドッパァーンッ!! という、結構自分でもいい音が鳴ったと思ったそのボールは、コートを出ていきそうなギリギリの位置からゴールへと一直線に飛んでいく。
ゴールキーパーに一切反応をさせず、彼の顔の右側を通り抜けたボールは、ネットを極限まで押し込んでいた。
一応頑張ったかなと考えていた試合の後、体育館の端に隠れて、こっそりこっちを見ている人影を見つける。何を思っているのか手をペチペチと壁に叩きつけたと思えば、顔を両手で覆ってしゃがみこんだり、立ち上がってくるくると動き回ったり、傍から見ればどこの変人かと思う女の子。
僕は大きくため息をついて、これ以上彼女を変人にさせないようにとそちらへ向かう。僕が近づく度、ああどうしよう。とでもいうような大袈裟な反応をするその女の子は、言わなくてもわかるだろう、阿部加奈子だ。
「……何してるの」
最終的に彼女は、顔をタオルで隠してオバケみたいな状態で蹲っていた。
声をかけると、それを少しずらして目だけをこちらに向ける。そのずれたタオルの隙間から赤くなった頬が見え、しかも上目遣いで僕を見上げるものだから、本能的に彼女から目をそらす。
「いつから見てたの」
視線が同じ高さなら問題ないと思って、少し距離を取りつつ僕もしゃがんで話しかける。
「んー……バレー終わってから、かな?」
「つまり?」
「……最初から、です」
えへ。と照れたように笑う阿部を見て、ちょっとだけ、可愛らしいなと思った。女の子が苦手なのは、相変わらずだけど。
そんなほわほわとやわらかい女の子代表のような阿部は、左腕にかけている熊の絵がプリントされた小さな鞄の中から、スポーツドリンクを手に取る。
「優勝おめでとう」
渡すのに緊張しているのか、それとも持っているペットボトルが冷たいのか、僕へとそれを差し出した彼女の手は、ほんの少し震えているようだ。
「……ありがとう。そっちは?」
僕は素直にその厚意を受け取る。
自分の手に触れたドリンクのボトルは、確かに体が冷えてくれそうなほど冷たかったが、冷たすぎるということはなかった。
「勝ったよ!」
「そう。おめでと」
ぶっきらぼうに言ってから、せっかくなので貰ったスポーツドリンクの蓋を開けて、何口か飲む。意外と喉が乾いていたらしく、少しだけと思っていたのに結構ゴクゴクと飲んでしまった。
そんな僕の様子が嬉しかったのか、満面の笑顔でいる阿部に何故か少し恥ずかしくなり、彼女から離れるべく校舎の方へと歩き始める。
「どこ行くの?」
僕の後ろを小走りでついてくる阿部。
僕は君の親鳥じゃないよ?
「斎がバランスボールとお手玉に出るって言ってたから」
「なるほど! 多分お手玉はもう終わってるよね〜」
そんな話をしながら、結局ふたりで本館の1階にある多目的室に向かう。そこで先にお手玉、そのあとバランスボールが行われるはず。
ちなみにバランスボールもお手玉も、誰がいちばん長く続けていられるかを競い合う個人種目。
研究熱心過ぎてあんまり運動は得意じゃない斎が、身体能力で唯一得意としている分野が、バランスだ。
「なんか、先生が沢山いるよ?」
阿部に言われ、僕はあと数メートル先にある多目的室に目を向ける。確かに、審判の先生は1人だったか2人だったかのはずなのに、校長や教頭までいる。
何かあったのだろうかと心配になって急ぎ足になり、見えてきた室内では、和やかな空気が広がっていた。
「……寝てる、よね、谷川君」
「うん。寝てるね」
先生達がにこにこして見ているその先にいるのは、バランスボールにあぐらをかいて腕を組んだまま、こくりこくりと眠っている斎。
どうやったら寝ながらそんなボールに乗り続けられるんだと思うけど、本部から事ある毎に大量のガラクタを貰ってきては、毎回ピエロみたいになりながら研究所に来ていたのを思い出す。そう思うと、斎ならできるか。なんて思ってしまう。
昨日キューブの改良案を閃いて、明け方まで集中して研究続けてたみたいだから、ここ最近の無理も相まって強制的に電源がオフになっちゃったみたいだね。
先生達も、斎が頑張ってくれているのを知ってるから、誰も起こすことが出来ない状態なんだろう。普通の生徒なら多分、こんな状態危ないからすぐに起こすのだろうけど、ここまで危なげない状態で、しかも気持ちよさそうだからか、見守りの強化だけして、そのままにしているようだ。
「先生、他の生徒がいないみたいですけど、もしかして谷川君の優勝ですか?」
阿部が近くにいた先生に声をかける。
「ああ。もう結果が決まって10分はああしているよ」
……つまり10分以上あのまま寝続けていると。凄いとしか言いようがないよ。
「ごめん阿部、ちょっとこれ持ってて」
僕は自分が手に持っているペットボトルを阿部に預け、気持ちよさそうに寝ている斎に声をかけに行く。
「斎。勝ってるよ」
肩をトントンと叩くが、全く反応のない斎。
そういえば、大抵はこの逆で、僕が斎に起こされることのほうが多いんだよね。斎の方がずっとずっと大変だろうにな。
起きそうにない彼を見て、僕はさすがにもう少し寝かせてあげたい気持ちが大きくなる。だから先生に無理を言って、斎が乗るボールがずれて飛んでいってしまわないよう支えてもらいながら、自分の肩に腕を回させてなんとかおんぶ状態にして立ち上がる。
「爆睡だねぇ」
「ね。斎はこの後出る種目無いはずだし、保健室でもう少し寝かせてあげようかな」
見守ってくれていた先生達にお礼を言って、ふたり揃って多目的室を後にした。
保健室は同じ校舎で、しかも廊下を渡ってすぐのところにある。だから大して距離は無いものの、その間阿部は一色僕のさっきまでしていたサッカーの話をしていた。
あのときは何とかだったからかっこよかったーとか、そのときすごく気持ちがわーっとなってー、とか。どうやら本当に最初から最後まで見ていたらしい。
聞いているうちに恥ずかしくなって、どうにかその話から逃れようと、保健室へと向かう足を若干速める。
やっと辿りついたときには恥ずかしさでクタクタで、その部屋の中にいる人物には僕は気付かなかった。
後ろからついて入ってきた阿部が、彼女の名を呼ぶまでは。
「保井さん?」
2つあるただの寝る用のベッドと、その向かい側にあと2つの治療用のベッドがある保健室。その治療用の方とは、以前は単純にベッドと言われていたが、少し前に正式名称が決まり、正常という英語から単純に、ノーマルベッドとなった。ただ、長くて名前もダサい為か、最近ではノーマと略して呼ばれるそのベッドの方に、右足を押さえてポロポロと泣いている保井さんがいた。




