元・欠けたメンバー
「保井、大丈夫か」
世紀末先生が周りに集まってくる女子たちに少し離れろと言って、保井を抱き起こす。
「なんだ、何があった?」
周りにいるやつが少しずつざわつき始める。
俺は体育館の端っこで青い大きな瞳を更に大きく見開いた未来を見つけ、保井の元へと行こうとする人の群れをかき分けて、そこにいる幼なじみへ状況の説明を求めた。
「未来、どうした。何があった」
「……絡んだ」
小さな声で一言そう言った未来は、みんなが保井の近くに行き過ぎて近づくことができないためか、俺に状況を伝えながら遠目で彼女の様子を必死に確認する。
「夏帆ちゃんがドリブルしてたボールを、相手が取ろうとして、足が絡まって、そのまま、もつれた状態で、こけた」
未来が凝視した先にいる保井夏帆は、うつ伏せ状態になっていて表情がわからない。ただ、右足首をぐっと手で押さえて動かないでいる。
「相沢」
世紀末先生がこちらへと振り向き、未来に声をかける。隣にいる未来は手に持っていたペットボトルを半ば押し付けるようにして俺に預け、走っていく。
周りの声で先生の声が掻き消されて、ここからは何を話しているかがわからないが、未来が頷いて、吉田と吉住に話しかける。先生は動けなくなった保井を抱き起こし、男子コート側の審判に断りを入れてから、彼女を抱えたまま立ち上がって共に体育館を出て行った。
保井がいなくなったことで、集まっていた周りの奴らも心配そうな顔をしながら少しずつ元いた位置へと戻っていく。そうしてしっかりと視認できるようになった未来たちは、話を終えているようだ。
「未来、あいつ大丈夫か」
男子コートの先生が世紀末先生の代わりに審判の場所に立ったのを見て、恐らくすぐに試合続行するのだろうとは思ったが、気になったので声をかけに行く。
俺に気付く未来もこちらへと駆けてきて、少し真剣な顔をして今の問いに答える。
「わからない。すごく痛そうにしてた」
彼女の少し後ろにいる吉田と吉住も、小さく頷く。
「そっか。この後の試合、どうするんだ。バスケ部だけでって話だったから、他にメンバーいないんだろ?」
バスケ部員自体は他にもいるけど、クラスが違うからメンバーとして新たに入れる訳にはいかないはずだ。
「うん。緊急事態とはいえ、その条件を覆す事はできないからね。とにかく、この試合は私が一旦代わりに出て、それ以降も帰って来れないようならこのまま3人で続けるしかないよ」
俺に預けていたペットボトルを取り、残っていた水を全部勢いよく飲み干して気合いを入れ直した未来は、ふたりの方へと向き直り、俺に背を向ける。
「あ、そうだ。言い忘れちゃうところだった」
くるりともう一度俺の方へと向けられた顔は、先程までの顔とは一変して優しく微笑んでいた。
「試合、見てた。かっこよかったよ」
「えっ、お、おう!」
唐突に告げられたその言葉に、俺は吃りながら返事をする。ふっと笑い、また俺に背を向けて試合再開へと走って持ち場に戻る未来を見ながら、俺は自分の顔が一気に熱くなったのを感じ取った。
それもそのはず、何せ『かっこいい』なんて、未来に言われたことなど一度もなかったのだから。
「……あー。やべぇ」
こんな大変そうなときに言わなくてもいいのにと思いながらも、俺はその嬉しい言葉をぐっと噛み締め、照れているのがバレないように手で顔を覆った。
そんな状態のまま俺はコート内から出て、体育館の壁際に背を預けたとき、試合再開の笛が鳴る。
残り時間1分、点差は58対18で、ここから巻き返される事は無いだろう。それでも、真面目な未来はそれに甘んじることなく全力で得点を重ねていく。
「土屋、何があったんじゃ」
その様子を見ている俺に、汗ふきシートで体を拭いている加藤が話しかけに来た。石鹸の香りなのか、見た目のガッシリ加減とは全く結びつかない爽やかな匂いを漂わせるこいつは、黙っていれば格好いいのにあえて自分からそれを捨てに行く。
「相沢さんに何かあったんか? 怪我か!? 相沢さんは大丈夫じゃろか!?」
その後も質問する度相沢さん相沢さんと連呼するので、顎を手でグイッと押し上げることで黙らせる。
「怪我したのは未来じゃない。保井だ」
「お、おお。そうじゃったか」
未来でない事を知って急に静かになり、試合をしている彼女を穏やかな目で見ている加藤を見て、よっぽどあいつの事が好きなんだなと思う。
「まあ、今は恐らく保健室に行ってるのじゃろ? なら結果が出るまでどうにもならんからな。この試合はきっちり全力で終わらせて、状況見ようとしてるみんなの判断は正しいじゃろ」
「それはそうだけど、保井が帰ってこれないかもしれない状態の中で、あそこまで本気でやって体力が持つかが心配だな」
逆転される事は絶対にない点差なのに、それでも時間いっぱい点をもぎ取っていくバスケ部。それはきっと、彼女らがバスケットボールというものに対して、本気で向き合っている証拠だろう。
手に持ったボールがゴールに吸い込まれたような感覚を覚えるふわりとやわらかいシュートも、後ろで構えている味方への、ほとんど優しさのない一直線に飛ぶ勢いがついたチェストパスも。
何ひとつ乱すことなくバシュっという音とともに決まっていく全てが、彼女らのチームワークの良さを物語っていた。
少しして試合終了の笛が鳴る。彼女らの勝利は、得点をわざわざ見なくても確実だった。
周りの歓声を浴びながら、次に試合をする人たちと入れ替わりでコートを出てきた彼女達は、既にこの後の戦い方について議論をしていた。
そんな様子を見ているとき、ふと今から始まる女子コートの中が気になった。なんか、変なやつがいる。キャップ帽を深く被って、丸いメガネをつけて、黒いマスクをした如何にも怪しそうな女。
今から試合をするのは、未来と同じ3組から出てきているもうひとつのグループの奴と、俺のクラスである1組の女子。
そしてその女は未来のクラスの奴なのだが、全く誰かが分からない。ちなみに残りのふたりは、さっきバレーにも出ていた瀬戸と、よくそいつと仲良くしている須田。
誰だろうと思って球技大会のしおりを開く。メンバーのもう1人は、同じく瀬戸の取り巻きである伊崎と書かれてはいるが、そこにいる彼女とは体格が違いすぎる。直前でメンバーチェンジがあったようだ。
ジャンプボールで飛び上がったその怪しい女は、その見た目の怪しさを、一気に吹き飛ばすほどの身体能力を見せつける。
凄まじいとしか言えないジャンプ力で相手を出し抜いて味方へとボールを送り、味方が持ったボールが彼女へと渡った瞬間の出来事だ。
瞬きを許さないほど、一瞬でゴールの前へと走り、飛びかかる。その恐ろしいほどの跳躍力で、完全にゴールの上から腕を振り下ろした。
ボールがネットを擦るバスンッという音がして、気がつけばそこにボールは無く、勢いよく床を跳ねていた。
「なんだ……あいつは」
驚愕する俺は、無意識にそう言葉を漏らす。
僅か数秒で、ダンクを決めてしまったその女は、先程の未来のようだと思った。いや、ネットの完全に上から押し込んできたあたり未来よりも更に危ない奴かもしれない。
その後、一気に点差を開いていくその女は、圧倒的な強さで相手のチームを翻弄する。
これ、もしかして未来のチームやばいんじゃないか。
そう思った俺は、作戦を立てながら同じように試合を見ているバスケ部に目を向ける。こちらに気付いた未来が、珍しくほんの少し不安気な顔を見せた。
「ちょっとヤバそうだね、あのチーム」
吉田が躊躇することなくメンバーに言う。だけど、その瞳に『諦め』の文字など無い。キャプテン吉田は、皆の不安を吹き飛ばすように笑顔で声をかけた。
「とにかく、今色々心配しても仕方がない。次の試合、保井に心配かけないように3人で乗り切る。作戦立て直すよ!」




