元・目立たぬ強さ
「保井!!」
後半に入ってすぐ相手チームがシュートをしたけれど、ボールはゴールの縁に当たって手前に跳ね返ってくる。それを七瀬ちゃんが長い手足を利用して、ジャンプして高い位置でボールをキャッチし、そのまま夏帆ちゃんの方へと勢いよく投げる。
「いえっさーっ!!」
ボールが回ってきた夏帆ちゃんは、真ん中にいる相手チームの二人を避けようと、コートの端を半円を描くようにして走る。二人がガードしようと走ってくるのもお構い無しにゴール近くで軽く跳び、少し体勢を崩されながらもボールが吸い込まれたかのようなシュートを決めてみせた。
「ひゃっふーーーっ!!」
うん。いい感じ、さすがだ。
「相沢さん! お疲れ様ーっ!」
「かっこよかったよぉ!」
前半の試合を終えて、夏帆ちゃんとメンバーチェンジした私がコート外から試合を見ていると、他クラスの女の子数人から声を掛けられた。まだ全然話したことがない名前も知らない人達だけど、驚くほど満面の笑みで話しかけて来た彼女らは、今の試合で私がした動きをジェスチャーで真似をしてくる。
「最初のっ! いちばん最初のギュンッ!! からのダンクッ!! 痺れたよぉぉ」
そう話す彼女達の中の一人が、ついさっき買ってきたのと、あるドリンクを私に差し出す。
「あげる!」
「えっ? わ、悪いよ」
顔をほころばせて言う彼女は、私が遠慮しているのもお構い無しにそれをグイッと押し付ける。
ただのジュースならもう少し受け取りやすいけれど、それは靴箱のある校舎から出たすぐのところにある、この学校の自販機でしか売っていないちょっといいドリンク。
実は結構値段が高く、小さな缶ジュースぐらいのサイズで、金額は他のジュースの五倍ほどするリッチなドリンクで。
中身はというと、とてつもなく苦い。それはそれは顔がシワだらけになりそうな程苦いこのドリンクは、体の状態を一番いい状態へと導いてくれるパフォーマンス向上系の飲み物。
……ここまで言えば、この国の人なら説明しなくても大体の人は察しがつくと思う。
名称は『長谷川薬店のお助けジュース』
「この後も頑張って欲しいから!!」
うっ。
目をキラキラと輝かせながら、飲んで飲んでとお願いしてくる彼女らに、ごめんと拒否できるわけも無く。
私のためを思ってくれているのだと自分に言い聞かせながら、ドリンクの蓋を回して開け、味をできるだけ感じないよう息を止めてグイッと一気に喉へと流し込む。
彼女たちの、わぁあっという嬉しそうな声を聞きながら、私は無心でゴクゴクと飲み続ける。
口から喉へと流れ込んでくる、さながら餡掛け料理の餡のような少しトロミのあるこの液体は、苦いという、ただそれだけで私の顔を青くさせた。
「じゃあ、頑張ってね!」
いい事をしたとばかりに、笑顔で自分の種目が行われる方へ走り去っていく彼女らの後ろ姿を見つめ、有難いような悲しいような、微妙な気持ちのまま私はその味に耐える。
「……にがい」
完全に見えなくなったのを確認してから、急いで体育館の端っこに置いてある自分の水筒を取って、その味をかき消すように水を大量に飲む。喉に張り付いているような違和感と味を、どうにかして胃の中へ押し込もうと必死になりながら、心の中で言う。
ねぇ凛ちゃん、長谷川薬店の薬がよく効くのはすごく理解してるよ。だけどもう少し……美味しくならないかな。あと、痛くない薬とかさ。
水筒の中身が半分になってしまう程ぐびぐびと飲み込んで、やっと苦味がマシになって息を吐いたそのとき。男子コートの方から加藤君の大きな叫び声と、周りから歓声が上がった。
「しゃぁあああっっ!!」
「いいぞ加藤ーーっ!!!」
面白そう。見たいな。
ちらっと確認した女子コートの得点は、夏帆ちゃんとのコンビネーションがかなり上手くいっていて、こちらのチームは45点とかなりの点数を叩き出している。相手チームとは31点もの差を開いて残り五分。相手の焦りが色濃く映る。
この試合はもう大丈夫だろうと思った私は、気になった男子コートの方へと少し寄り、彼らの試合を見る。試合状況、得点ボードは20対16で、今は隆たちのクラスが勝っているものの、膝に手をついて中腰で息をする隆を見る限り、戦況は思わしくないみたいだ。
「クソがっ!!!」
「はっはっは!! 土屋もまだまだじゃのう?」
暴言を吐く隆も、煽るように言った加藤君も、流れる汗がお互い全力を尽くしていることを証明している。
じっと見すぎたのか、加藤君がこちらに気づき、ニカッと笑って手を振った。
大きな体に似合わない子どものような可愛らしい笑顔は、真剣勝負の場を少し和ませてしまう効果があるみたいで、彼のチームは割とリラックスしている。
それに対して隆のチームは、少しバタバタしてるかな?
「まわせ、まわせぇぇい!!」
投げて味方にボールをパスしようとした加藤君は、それを防ぐように隆が手を上にあげることで阻止され、やむ無く横に来た味方へとパスをする。
その瞬間位置を少し後ろへと移動し、また加藤君にボールが渡される。ボールを捕ろうと躍起になって近くに寄りすぎる隆チームの人たちを欺くように、彼はボールを高らかに上げ、ゴールを狙う。
「させません!」
隆チームの一年生がジャンプしてそれをブロックしようとした。しかしその瞬間、加藤君は投げることはせず、一年生のジャンプとタイミングをずらして飛び上がる。
一年生のえっと驚く声がした直後、ユニフォームから覗くガッシリとした腕から、その見た目にそぐわない様な優しいボールが放たれた。弧を描くボールは、パシュッと音を立てて華麗にネットを通過する。
「っしゃあああっっ!!」
雄叫びをあげる加藤君を、隆は何か考えるように一瞬だけ見た。その後すぐにボールをコートの端っこから杉本君へとパスをした。
相手チームがシュートを決めたから、次は味方がコート外からボールを投げるルール。授業で習ったのだけど、スローインって言うらしい。
「寄越せ」
すぐにコートに入った隆は、静かに杉本君に指示を出す。彼がボールをサッと投げ、スパイクが床に擦れるキュッという音が聞こえたと思った刹那、隆はゴールへと直線にダッシュする。
「止めろ!!」
加藤君の指示より先に、近くにいた人が守りに入ろうとするが、隆の猛攻は止まらない。
相手をすり抜けたのち、完全に力任せで強引だったけどコートの真ん中あたりからボールをぶん投げ、ゴールのリング内をゴゴンッ! と跳ね返ってシュートを決めた。
「あんまり調子乗んじゃねぇぞ」
ちょっと。それ、悪い人が言うセリフだよ……。
お返しと言わんばかりにダッシュで得点を入れ、加藤君にガンを飛ばしている隆にそう言いたい。
「杉本、三木、ちょっと耳かせ」
加藤君がボールを拾いに行った数秒の間に、隆はチームのニ人に何かを伝えていた。
暫く取って取られての攻防戦が続く。点差も追い越しては追い抜かれ、どちらも引けを取らない。
だけど私は知っている。この互角に見える戦いは、実は隆が圧倒的有利であることを。
「っし!!」
「カバーせぃやぁあああっっ!!」
叫ぶ加藤君に、すいませんとチームの人達が謝る。
加藤君チームがシュートしてゴールから跳ね返ったボールを、そのまま隆のチームが取ってシュートを決められてしまったのだ。
確かに今のはどうにかなったように思うけど、多分加藤君のチームの人達ニ人は一年生だろうし、無理も無いかもしれない。
そしてここを境に、少しずつ、本当に少しずつだけ、点差が開いていく。隆のチームに、得点ボードの紙が捲られる。
「なんでじゃ、さっきまでワシらの方がバンバン決めとったのにっ! なんで決まらんくなってきたんじゃ……!?」
交互に点が入っていた先程とは打って変わって、加藤君のチームは得点が入らなくなってきた。逆に、隆のチームは安定してきている。
この勝負、試合が終盤に近くなればなるほど隆たちのチームが有利になる。互角に見えたこの試合が、実は隆の圧倒的有利である理由。
「っしゃああっっ!!」
隆の一番の強み。それがこの、人並み外れた『順応力』の高さだから。
おキクに手伝ってもらって、私が死人のフリをして隆や秀と戦ったあのとき、斎が言っていたように、確かに二人を殺してしまわないよう加減をして戦った。
だけど隆に対してだけ、スピードも力もいつも通りだった。隆にだけは、死人と戦う時と同じ動きと速さで切り付けていた。それでも、隆は私の攻撃を躱すことができた。何回か狙われただけで、私の動きに付いてくるようになったんだ。
そしてその順応力は、周りを活かす武器でもある。
「杉本っっ!!」
何となく、硬い動きをしていたように見える杉本君。そんな彼を後押しするように、隆がわざと加藤君のチームの皆を引き付けて、それから彼へとパスを出す。誰もいないゴール近くから、ゆっくりと狙ってシュートを打つ事ができるように。
隆は、俺は何で弱いんだろうってよく言うけど……私は、心の底から隆は強いと思ってる。
他の人には決して真似できない、その圧倒的な早さでの慣れ。
「しゃぁあっっ!!」
「くそ……ッ!!」
それは、どんな相手をも翻弄する。
「死人が相手でも、人間が相手でも同じこと。
……頑張れ、隆」
目立つことのない強さ。それは、あなたが誇るべき最強の能力なのだから。
そんな隆に感化されたのか、加藤君達も怒涛の追い上げを見せ、お互い一歩も引かない戦いを私は最後まで見届けた。少し気持ちが高まったまま、元の自分のいた位置へと戻ろうとする。
想定外の事態が起こったのは、残り時間一分という世紀末先生の声が聞こえ、女子コートに目を移した瞬間だった。
ドタンッ!! と、床に体を打ち付ける音が響いて、ボールが何度かバウンドして転がる。しんと、急に静かになった体育館に、先生が急いでピッと笛を短く吹いた。
全員の視線が集中するその先で、誰かが右の足首を押さえて、そこに横たわっていたからだ。
「保井ッ!!」
声を上げて七瀬ちゃんが駆け寄ったところにいるその子は、保井夏帆。私たちの、大切なチームメイトだった。




