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元・感じる成果

挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)



 隣の女子コートで広がるえげつない初得点に、ここ、男子コートでも歓声が上がっていた。

 試合開始からほとんど相手が動くことなく、わずか数秒での初得点。

 小柄な未来がふわっと高く跳んだあのとき、俺は蝶のようだと思った。長い黒髪を翻して、軽い動きでひらりと舞うようなその美しさに、目を奪われたやつは一体この中で何人いるのだろう。そう考えてしまうほど今の数秒間に起きた出来事は、皆を魅了するにはじゅうぶんすぎる瞬間だった。


「相変わらず、相沢さんは素敵じゃな」


 ふっと笑った俺の前にいる相手チームのガタイのいい男は、俺より十センチぐらい高いところから、今度はギロリとした目をして見下ろしてくる。その体格を引き立てる襟足だけ刈られた短髪と、柔道経験者だとすぐに理解できる、所謂(いわゆる)柔道耳が存在感を放つ男、加藤(かとう)(すぐる)


「しかし初戦から土屋のチームと当たるとは。ほんについてないのう」

「……顔と言ってることが噛み合ってねーぞ」


 負ける気なんか微塵もないとでも言いたそうな加藤の顔は、今口にした言葉とは正反対の自信に満ち溢れた表情をしている。そんな彼は、俺の言葉を聞くなり目力は強いまま、口角を上げてニヤリと笑う。


「誰もワシのチームがついてないなんて言ってなかろう?」


 はーん……なるほどな。ついてないのは俺らのチームって言いたいわけだ。


 よっぽどプレーに自信があるらしいその男と俺以外の人がコート内に散らばる。ジャンプボールのため、俺の向かい側と背中側に味方が一人ずつ、加藤のチームの奴らも同じような配置に着いていた。


 自分の向かい側にいる、メンバーの杉本(すぎもと)という男にクイクイと少し顎を振って、アイコンタクトでもうちょっと後ろに下がれと命令する。


 杉本のいる位置が一メートルほどゴールに近くなったとき、先生がボールを高く投げ上げた。落ちてくるボールに合わせ、目の前の加藤よりもほんの少しだけ早く跳び上がる。自分よりも背の高いこいつを出し抜く、数ミリの差を作り出すために。


「よっしゃ!」「何じゃとぉ!?」


 間一髪だったがボールは俺の手が先に触れる。当たったボールを手首を大きく捻らせ、できるだけ前へと押し出した。加藤の遠く後ろへ飛ぶボールは俺が先に指示した位置、杉本がいるところへと正確に飛んでキャッチされ、味方ボールになる。


「ナイスー!」


 杉本がニカッと笑ってドリブルを始めた。だがその瞬間、床を突くボールはありえない音を出して床から一直線に飛び、ひぇっと小さな声を出して驚いた敵チームの手へと渡った。

 同時に杉本は顎が外れそうなほど口を開いて叫びだす。


「んああああッ!!」

「何やってんだテメーッ!」


 ついつい俺も荒い口調で叫び返す。緊張でもしているのか、どうやら床を突いたと思ったボールが彼の爪先に当たったらしく、その弾みでボールがあらぬ方向に飛んでいってしまったというわけだ。

 棚からぼたもち状態の相手チームのその男が、ニヤニヤと笑って正しいドリブルをして見せた。


「オシオシオシッ! 反撃じゃ友人A!!」

「あん!? 誰が友人Aだ、僕は檀野(だんの)だい!」


 チームメイトの名前覚えてないのかよ!?

 間髪入れずにツッコミを入れる檀野の声に俺も心の中でそう叫ぶ。


「ちなみにおいらは!?」

「おお、友人B!!」


 もう一人の相手チームの男も加藤に問うが、そちらの名前も覚えていないらしくBと呼ばれた男はキイイイと奇声をあげる。


「おいらは田川(たがわ)でやんす先輩!! きぇぇえええ!!」


 なんだよこれコントかっ!


 周りで見てる奴らの笑い声と集中を削いでくる三人の掛け合いが気になるが、緩んだ空気の相手チームからボールを奪うのはそう難しいことでは無い。よそ見をしている檀野の間合いに入り、ゆっくりとドリブルされたボールをかっ攫う。


「にゃんですとぉおお!?」


 無視だ無視!!

 笑ってしまいそうになる相手の反応を聞かなかったことにし、自分の手へと移ったボールを床に突きながらゴールの方へと走る。

 体育で習ったやつ……は、しない。いちに、さんのリズムでやんわりゴールに入れるあれは、確かレイアップシュートだっけ? そんなことしなくていい。ただ、シュートを打てばいい。


「「いけぇ土屋ー!!」」


 俺の背中方面から、杉本ともう一人のメンバー木村(きむら)の声が聞こえた。

 迫る敵チームに追い付かれる前に打つんだ、ゴールから近すぎず遠すぎずの距離……ここ!!


 ガコンッ!


 バックボードの枠線のちょうど角の辺りにボールが当たって跳ね返った先、勢いそのままにボールがネットをくぐり抜ける。


「っしゃ!」

「ふはは! くぉら檀野ぉおおお!」


 加藤のおふざけ半分な声に被るように俺のチームのふたりと周りから歓声があがる。

 まあ、マダーが投げ技で的から外すわけにはいかないしな。とか冷静に考えてしまう自分にため息をつく。


 こちら側のシュートが決まったから、次は相手チームのボールからのスタートだ。コートの端エンドラインにいる加藤が、少し遠くにいる味方へとボールを高く投げる。しかしその体格のせいか、投げられたボールは若干だけ弧を描いただけの豪速球で檀野の元へと飛んでいく。


 これは、多分取れない。


 彼がボールをキャッチできないだろうと瞬時に悟った俺は、前の方でガードするのをやめ、咄嗟に檀野の背中側へと回る。タイミング的には間一髪だったが、案の定檀野の手はそれを捕まえることはできず、バチンッと音を立てて跳ね返ったボールが俺の所へとくる。


「檀野君よぉおお!」

「ごめんちゃいぃいいい」


 いや、今のは無理だと思うぞ。


 変わらずおちゃらけて言う加藤を見て一応謝る檀野に背を向け、俺はゴールへと駆ける。

 味方へのパスを考えたが、木村は田川からブロックに付かれていて投げたら取り返されそうだし、杉本はフリーで顔は満面の笑みなのに、まだ緊張のさなかなのか体はロボットみたいに動きが固く、鈍くて無理そうだ。

 絶対また変なところに飛ばすだろうと予想した俺は、後ろから急いで追いかけてくる加藤と檀野に追いつかれないように走る。


「ははははっ! 待てぃ土屋ああ」


 舌を噛むんじゃないかと思うほど笑ってぐんぐん距離を縮めてくる加藤が、ゴールまであと三メートルくらいの位置にいる俺のほぼ右横まで追い上げてくる。


「誰が待つかよ」


 ボールを奪おうとする加藤の手から逃れるべく、右手でドリブルしているボールを床を介して左手へと移し、彼の手が空を切った瞬間、俺の足が床を強く押す。

 スパイクのキュッという音とともに跳び上がってボールを構え、ゴールに狙いを定め、指先の動きまで意識してシュートを打つ。


「ナイッシュー!」


 観戦してる奴らの声に、ボールがネットを通過する音がかき消される。


「いいぞいいぞー! 土屋にボール集めろー!」

「ざけんなお前らもシュート決めやがれ!」


 調子に乗ってそう言い始めるふたりに怒号を放つ。

 だけど相手から奪うことができたボールを決まって俺の方にパスしてくるあたり、得点を取ろうという気は皆無なようだ。


 仕方ねぇな、ったく。


 その度相手のブロックを掻い潜って何度もボールを投げる。投げた数に比例して、得点がニ点ずつ増えていく。


 そして14対2という得点ボードの数字。俺達のチームがかなり点差を開いた前半の試合時間残り三十秒。ドリブルしながらゴールへと狙いを定めたとき、後ろに人の気配。静かだったけど、ボールを奪いに来たのが感覚でわかる。


 捕ろうとするその手を躱すように、体をくるりと回転させて避け、相手の思惑通りにはいかせない。そしてゴールに背中を向けた体勢のそのまま、顔だけはそちらに向けて、体をのけぞらし後ろ向きにシュートを打つ。


「嘘でやんしょ!?」


 バックボードに当たることなくボールが吸い込まれるように入っていくのを目で追っていて、相手の顔を見ていなかった俺は喋り方でここに居るのが田川であったことに気付く。

 去年よりも、周りのことが感覚でわかる気がする。どうすればいいか、頭よりも体の方が先に動く感じがする。これって、鍛錬の成果なんだろうか。


 ピーッ!


 周りの歓声を浴びながら、前半が終わる笛の音を聞いた。試合前半、16対2で、今は圧倒的俺たちの有利。だがここからメンバーチェンジするから、まだどう転ぶかはわからない。


「土屋、後半もいけるか?」


 水筒の中身をがぶ飲みしてから俺にそう言う杉本は、体育館の窓から外のグラウンドを覗き見る。そこではサッカーと玉入れの試合が行われていて、サッカーの方ではなんだかんだ言って団体競技に参加した秀がいるはずだ。


「いけるけど、どした?」

「後半出る予定だった奴二人がまだあっちで試合してるみたいだから、土屋と木村後半も出てくれないかと思って」

「えぇ、オレもー?」


 俺と木村の方を交互に見る杉本の顔は、あまり乗り気ではないというか、自信がなさそうな表情だった。木村の方も、何で時間被るかもしれない種目に出てんだよといったニュアンスの事をぶつぶつ言い始める。

 そんなふたりを見て、俺は少し考える。後半から交代で入るメンバーは、一年生の三木(みき)。まだ全く競技には参加していなくて体力が温存されている三木と、俺が入るなら……。


「いや、お前来い、杉本」

「んえぇええ!?」


 俺が言うなりまた顎が外れそうな程大きな口を開けて叫ぶ杉本に、自分が今考えた率直な理由を述べる。


「カッチコチだったの、緊張してただけだろ。少し動いて最初よりは緊張も解けてるだろうし、今は結構点差開いてるからめちゃくちゃ頑張らなくてもいいしな」


 きっとお前は、もっとできるやつだと思うから。

 まだ若干不安が残る顔の杉本に、俺はニカッと笑って言ってやった。


「大丈夫だ。点差詰められても、俺がちゃんと取り返してやる。せっかくの中学最後の球技大会なんだ、楽しもうぜ」


 そんな話をしている俺たちを、きゃああああっ! という鼓膜が破れそうな声が襲う。


 女子コート側から悲鳴のような黄色い歓声が上がり、その声と重なってガコンッ! とボールがネットに押し込まれる音が鳴る。


「相沢さん素敵ーっ!!」


 黄色い歓声の正体は、どうやらこの後に試合を控えている他クラスの女子らしい。二度目のダンクを決めた未来が余程カッコよかったんだろう。


 ……霞むなぁ、俺。


 ゴールにぶら下がる未来がしゅたっと降りて、今から後半戦に入るらしい保井とハイタッチをして入れ替わりでコート外に出ていった。

 得点は30点という大台に乗ってリードしていて、かなり順調みたいだ。


「相沢さんかっけぇなあ」

「だろ?」


 ぽつんと言う杉本に、俺は自信を持って返事をする。頑張っている未来に感化されたのか、微妙な顔をしていた彼は一度頬をペチンと自分の両手で平手打ちして、俺を見て言った。


「おし! 後半戦、俺も出る! 悪いがフォローは頼む!」


 その顔に、先程までの不安げな顔は一切無かった。


「おー、ちと遊びすぎたな」


 俺たちの会話を得点板を見ながら聞いていたらしい加藤が、こちらに聞こえるように言う。そして大きかった加藤の声が少し小さくなり、今までとは打って変わって落ち着いた低い声で、今度は俺たちを見てゆっくりと言った。


「そろそろ……決めてこか」

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