元・遠征《二日目》
人のいない静かな街に、死人とマダーが殺り合う声と音だけが鳴り響く。
殺されたのか、それとも希望を失って自害したのか、マダー以外の生存者のいない街に電気の明かりはない。
ただ空に浮かんでいる気持ち悪いほど大きな月が、僕らのいる赤い街並みを照らしてくる。とても大きく綺麗な月。今日は、所謂スーパームーンの日らしい。
そんな月を見上げながら、目の前に群がる殺意に満ちた死人達に制裁を加えているところに、ポケットに入っている小型の通信機が小さく震える。
縦横無尽に襲いかかってくる大量の死人の間をすり抜けながら、片手一本で彼らの心臓を潰し反対の手で通信機を手に取る。
「……未来?」
通信機に表示されている『未来』の文字に、珍しいなと思う。普段電話なんてしてこないし、夜中だし、何より必要でなければ携帯なんて触っていないのだから。
近くにいる流星と湊に一言断りを入れてから、通信機の応答ボタンを押す。
「はぁーい、もしもし。凪さんだよ」
せっかく電話してきてくれるんだもんね。少しぐらい楽しんでもいいかな。
『……凪』
返ってくるその重苦しい声に気付く。人の前でだけ僕の事をさん付けで呼ぶこの子は、今はひとりで、そして何かがあったのだと。
「どうしたの」
自分の周りを囲い込む死人を蹴散らし、少し真剣な声で聞き返す。電話の向こう側にこちらの戦闘中の音が聞こえて欲しくないから、死人に呻き声すらあげさせない。確実に即死させながら未来の言葉を待つ。
『……死人が、死人を食べたよ』
少しだけ間隔をあけて未来が言った。
『食べるために、死人が死人を作り出してた』
……なに、それ。
「いつの話? 今?」
『ついさっき。生け捕りにして、今本部に送り届けてきたところ』
緊張した声が、簡潔に伝えてくる。
新種の死人を殺さず捕獲。さすがだね。
「ありがとう。被害は?」
周りで皆の叫ぶ声がする。どうやらちょっと強い死人がいるみたいだ。
獲物を横取りするみたいで気が進まないけど、誰にも死んで欲しくない僕は自身の周りに【威光】を放つ。これは単純に熟語から思いついたもので、半径10メートルぐらいの距離にいる死人を自然に服従させ殺すことが出来るもの。
どんなに強い敵であっても僕の方が強い限り、その力でガラス玉に変わることは避けられない。
『街に被害は無し。学校の後輩が、その死人にやられて左手を負傷。本部に置いてあった薬で対応してるから、朝までには回復出来ると思う』
背中側から飛んでくる火の玉の攻撃を、そのまま後ろに蹴り返し、それを打ってきたであろう張本人にぶつけて倒す。
「わかった。未来は?」
聞かなくても大丈夫なのは分かっているけど。
『無傷』
ほらね。
「了解。そっちに戻ったら改めて話を聞く。だけど暫く帰れそうに無い。……思ったよりも酷い有様だよ」
1ヶ月なんてそんなに長い期間必要ないと思っていたけど、どの死人も変化が著しい。体が大きくなっていて、能力も面倒なものが多い。命を宿したときから、もう随分時間が経っているみたいだ。
『うん。怪我しないように気をつけてね』
彼女のその言葉に、僕は周りの危険を忘れて少し笑う。
『死』じゃなくて、『怪我』を心配する未来のその言葉は、僕が勝って帰ってくることを何ひとつ疑わない、僕への圧倒的信頼。
心をくすぐるね。
遠征に来ているのを知っている未来は、手短に伝えて電話を切ろうとする。でも僕は、もう少し声を聞いていたい。
「未来」
もう一度威光を放つ。近くにいる死人を片付けて、電話の声に集中する。きっと、遠征中に未来が電話をかけてくるのは、これが最初で最後だろうから。
「明日、あ。日付変わってるから、今日だね。球技大会、頑張って」
『ふふ。うん、ありがとう。凪も、あんまりかっこ悪いところ見せたくないかもしれないけど、星ちゃんと湊さんを頼って、無理しないようにね』
「……はい」
痛いところをつくなあ。頼るの、苦手なんだよ。
そう思いながら、じゃあまたねと電話を切って前の方で戦っている流星と湊を見る。数が多い割に、【血まみれ】も【拘泥】も使っていないところを見ると、それでは倒せないみたい。
「【闇夜の住民たちよ、我が光の力の前にひれ伏せ】」
僕が小さく唱えるその言葉の直後、自分の視界に入る全ての場所が光る。この光を前にして、その場の死人達が一気にガラス玉へと変貌する。
ああ、イタい。イタいよこの技名。だって子どもの頃に考えた力だもん。技名、変えたい。何で技名って変えられないんだろう。いや、わざわざ唱えなくたってキューブの力は使えるんだけど、言葉に出して言う方が想像しやすいから、大概口に出してるんだよね。
あの頃見ていた戦闘系アニメの中で、『悪役』イコール『闇』で、ヒーローは『光』の存在だと。その闇が、この世界でいう所の死人で、僕が皆を守る光の存在なのだと思い込んでいた。だから、この技は強い。強いけど、できれば使いたくない。
「電話、終わったか?」
戦う対象のいなくなった静かな広い土地に、僕の方を向いた流星が声をかけてくる。
「うん。ありがとうね」
少し落ち着こうと深呼吸をする。
「どうした。ガキんちょの声聞いてウキウキかと思ったら、んな微妙な顔し……」
流星がハッとして口元を手で覆う。やってしまった、言ってしまったと言うような、焦りを隠せない表情をして。
「……ガキんちょって言わないでって何度も言ってるよね」
顔色が悪くなった流星をジロっと見ながら、右手に5センチぐらいの光の玉をいくつか作る。
「待て! 待て待て待て!! 話せばわかる! 名残なんだよ! 最初に会った時からの名残! 流れで出てくるだけだから!!」
「名残? 流れ? そんな言い訳が通用すると思ってるの?」
光の玉を、流星の着ているタンクトップの中へと滑り込ませて細かく動かし、『こちょこちょ』という名の罰を与える。
「ああああーーーっ!!!」
「……今のは流星が悪いよ」
近くにいた湊が助ける事などせず流星に言う。笑い転げている彼を見ながら、だから言ったでしょと言葉をかけるのを聞いて、どうやらこれまでにも僕の知らないところで同じように言っていたのだと知る。
ひとつため息をついて、流星の服の中にある光の玉を消し、ふたりの横を通って建物のある方へと向かう。
「休みたい。疲れたから5分休憩させて」
腰に巻いている長袖の上着を羽織って言う。
後ろでバッとこちらに勢いよく振り向く音が聞こえた。
「弥重が頼ってきた」
「凪が頼ってきた」
ふたり同時に言う小さな声。
「……聞こえてるよ」
そんなに珍しいのかと振り返ると、ふたりがボロボロ涙を流しながら僕の方に固い動きで歩いてきていた。ロボットみたいな動きで。
「「頼ってきたー!」」
「なっ、なに、ちょ、やめて!」
ガバッと抱きついてきて、少しだけ自分よりも下にあるふたりの顔が僕の頬の両側に引っ付く。苦しく感じるほどギューッと抱きしめてくるふたりは、そのまま僕の頭をわしゃわしゃと撫で始め、これでもかとばかりに髪をぐしゃぐしゃにする。
「ちょっと! 子どもじゃないんだから止め」
「ひとりで抱え込みすぎんじゃねーよ。バカヤロ」
静かな流星の声が、僕の言葉を遮る。
くっ付いた頬が離れて、こちらを見つめるふたりの顔が、今までに見た事がないぐらい安心した顔をしていた。
「リーダーだからって全部自分でしなきゃいけないんじゃないでしょ?」
湊が笑って言う。
そんなに独りで戦っているように見えているんだろうか。……そうでも無いんだけどね。
言葉に出して伝えないから分かり辛いかもしれないけど、苦手なりにちゃんと、いつも頼ってるよ。支えられてるよ。
「……あんまり、見られると恥ずかしいよ」
こちらを見続ける視線が、さすがに恥ずかしくなってきてそっぽを向く。
付き合いも結構長いのに、いつまで経っても見つめられることには慣れない僕はそう言って彼らから逃れようとする。
それでも一向に離そうとしないふたりに、愛されてるなあと感じながら未来との会話を思い出した。
『頼る』なんて、以前のあの子なら、きっとそんな考え持っていなかっただろう。東京に来て、新しい人と出会って、受け入れられて、頼れる人ができた証拠に、心から安堵した。
そうして思い出す。彼女の重い声を。
死人が死人を食べる。死人が死人を作る。
そして僕ら高校生マダーと一部の本部の人間だけが知っている、もう一つの死人の真実。
ああ……怖いね。
「帰ろうね、みんなで」
頭の中をぐるぐると回るそれらに一旦蓋をして、気が緩んでしまったふたりに言う。
「おう」
「もちろん。凪と流星がいるなら百人力だよ」
自信満々に笑う顔。うん、大丈夫だ。
体が離れ、自由になった僕は疲弊した他のマダー達に向かって言う。
「明日の昼、隣の県に行くよ。この先にある残りの2つの街は今から僕と流星、湊で受け持つ。それまでここで暫く体を休めていて」
「次の街に行く前にお前は休め!!」
「痛っ」
頭に飛んできた流星の本気に近い平手打ちに、僕は素直にその場に座るしかなかった。




