表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/176

元・遠征《一日目》

挿絵(By みてみん)


  挿絵(By みてみん)


「92……93……94……」


 静かな空間に、数を数える声だけが響く。地下に設置されているマテリアルでできた鍛錬場。そこに毎朝足を運ぶ青年は、いつもと同じ筋トレメニューを今日も行っていた。


「98……99……」


 いつまで経っても鍛錬場から出てこないその青年を呼ぶために、そこに繋がるドアをバンッと大きな音をさせて開ける。


「おい弥重。時間だぞ」


 俺の声に、弥重(みかさ)(なぎ)は指立て伏せをピタッとやめ、こちらの方へと視線を向ける。


「あと1回だからちょっと待って」

「ダメだ。あと少しで出発の時間になる。それにもう皆集まってる」

「ダメは僕のセリフだよ、(せい)ちゃん。ルーティーンって大事なんだ。100パーセント、いつも通りの力を出す為にね」


 ヘラヘラと笑いながら言う弥重に、俺はわざと不機嫌そうな顔にして言葉を返す。


「その星ちゃんってのはやめろ」

「じゃあ、りゅーちゃん?」

「流星」

「きーちゃん?」

杵島(きしま)

「りゅーきーちゃん」

杵島(きしま)流星(りゅうせい)!」


 あははと笑って、彼はぐっと体を地面へと近付ける。ゆっくりとまた体を元の位置へと親指の力だけで押し返し、最後の数字を数えた。


「100」


 満足気にニッコリと笑って、弥重は再度俺の方を見た。


「大体今からヤベー奴と戦いに行くっていうのに、なに体力減らしてんだよ。死にてぇのか?」

「やだなあ。そのヤバい奴と戦う為にしてるんだよ」


 壁に掛けてあった真っ白なタオルを投げてやると、右手でキャッチしてそのまま汗を拭いながら彼は言う。


「少しぐらい手加減してあげないと、可哀想でしょ」

「……おっそろしい奴」


 その言葉に弥重は笑う。いつも通りの、何一つ変わらない笑顔で。


「じゃあ行こうか」


 そう言って、戦闘服という名だけの服を着た。防具も、能力用に強化する布地も、彼には必要ない。全てが『無駄なもの』である為、最初から用意などしていない。ただの清潔なTシャツとズボン。あとは体温維持用に一応持っていく上着のみ。


 自分の横を無言で通り抜ける弥重に、俺は横目で見ながらボソッと言った。


「自分が一番用意してるくせに」



 -----------------------------



「……と、いうことで。今回の遠征の説明は以上です。何か質問はありますか?」


 30人ほどの男女のかたまりに向けて、弥重は問いかける。しんとする一行に、彼は一度頷いて続けた。


「今回の遠征……みんな名乗りを上げてくれてありがとう。感謝してる。ここからは完全な戦争だ。生きるか、死ぬか。その二択だけだ。一瞬の気の緩みが命取りになる。だから生き残りたければ常に気を張り続けろ。

 何があっても、誰が敵であっても、例え仲間が死人(しびと)に乗っ取られて敵になっても。どんな状況下に置かれようと殺し続けなさい。自分の命を脅かす存在は、全て断罪していきなさい」


 緊迫する空気の中、弥重は一層声を低くして言った。


「この国が、簡単に壊滅させられるなんて奴らの思い上がり……叩き潰してあげよう。いいね」


「はい!!!」


 そこにいる全員が返事をする。


「前衛部隊は僕と一緒にすぐ出るからこっちに来て。後衛は流星と(みなと)について5分後に追いかけてきてね」


 彼はそう指示をし、前衛部隊を集める。

 普段はあまり見せることの無い、腰に着けたキューブを展開させる。ピキピキ、キリキリ、形容し難いその音は彼の左腕へと深く印を刻み張り付いていく。手のひらに浮かぶその文字は、『光』。


「凪」


 すぐにでも動き出しそうな弥重に、俺たちと同級生の小山内(おさない)(みなと)が声をかける。

 緊張している訳では無いし、特段ワクワクしている訳でもない。いつも通り。だからこそ、湊はあいつを牽制する必要があった。


「飛ばしちゃダメだよ?」

「……肝に銘じておくよ」


 微笑を浮かべ、そう答える弥重は、片手をグッと握り真上に上げる。


「ではこれより、『九州地方奪還計画』を始動する」


 彼の手に光の輪が浮かぶ。それがその場にいる全員を照らして包み込んでいく。


「全員にもう一度命令するよ」


 彼の顔にあった優しさが消え、その目が鋭く光った。そして、ゆっくりと諭す。


「ここから先、誰一人死ぬことは許さない」


 悲しむ人がいることを。


「家族の元へ帰れないなんて許さない」


 泣いてくれる人がいることを。


「愛する人の元へ帰れないなんて、そんな事絶対に許さない」


 自身を待ってくれている人がいることを、忘れてはならないのだと。


「どんな状態でもいい。腕がもげようが、両足が無くなろうが、例え五感が全て奪われたとしても」


 己の体がどれだけボロボロになっても、帰らなければならないのだと。


「死ぬな。全員生きて帰りなさい」


 何があっても、生きて帰る。

 その命令は、難しく、辛く、残酷なもの。

 それでも、絶対に破らせはしない。


 先導者は誓っているんだ。

 死なせはしないと。誰ひとり、絶対に。


「人間の業は人間が始末する。いくよ!!」


「おおおおおおおッ!!」


 雄叫びをあげる彼らは、弥重の光に照らされてその場から瞬時に消える。彼の移動手段、【光速(こうそく)】。光の速さにより、彼らはもう既に九州のどこかへと降り立っていた。


「……5分も要らねーな」

「うん、2分でいいね」


 その場に残った後衛の俺と湊は顔を見合わせて言った。その5分は、後衛部隊が安全に降り立つことができるよう周辺の死人を片付ける為の時間なのだが。


「全く、あの調子で1ヶ月も持つとは思えないよ」

「まあ弥重だし。早く終わって早く帰って来れるならそれでいいんじゃねーの」


 九州地方奪還計画。それは、マダーが倒しきれなかった死人が増え続け、溢れかえってしまっている九州の死人を全て討伐するというもの。期限は1ヶ月。その間に、全ての敵を消さなければならないのだ。


「向こうはどんな状態になってると思う?」

「さーな。でもまあ……最悪な状況だろうよ」

「24時間死人が彷徨く街か。嫌だね」


 小さくため息をつく湊の横で、俺はキューブを展開する音を鳴らす。戦闘態勢に入った俺を見て、周りの後衛マダーもざわつき始める。


「おいでなすったぞ」

「えーやだぁ」


 言葉とは裏腹に、隣の湊もキューブを展開しながら不敵な笑みを浮かべる。


「皆ちょーっと待っててね。すぐに僕たちで片付けるから」


 後ろにいるマダー達に湊が言う。

 空からは無数の死人がこちらに向けて急降下してきているところだった。


「九州にいた死人だろうね? 討伐されるのがわかってて先回りしてきた訳だ」

「同意。弥重のやつ、これも視野に入れての5分って縛りかよ」


 自分の左手を大きく開いて真上に上げる。奴らから見えるであろうその文字は、『血』。


「【血まみれ(ブラッディ)】」


 その言葉の刹那、半数の死人が突然血を撒き散らして奇怪な声を上げ、死した証拠の大量のガラス玉を落としていく。いや、奴らに『血』という概念は無いから、細かく言えば『体液』だが。


「信頼してくれてるんだねぇ。僕たちなら5分で大丈夫だって」

「チーム歴長いからな」


 話しながら湊も手を掲げる。浮かぶ文字は、『拘』。


「【拘泥(こうでい)】……殺戮(さつりく)


 その言葉に、残る半数の死人がこちらへ向かう動きをピタッとやめた。いや、動けなくなった。その数秒後、奴らは何一つ逆らうことはできず、内臓のようなものを吐き出してガラス玉へと変わる。


「本当、恐ろしい技だよなそれ」

「流星もでしょ?」


 その言葉に、お互いニヤリと笑う。

 選択した者の血を全て出血させる血まみれ(ブラッディ)

 そして、こだわることを意味する拘泥(こうでい)。殺戮という言葉と組み合わせることで、確実に殺す事ができるというもの。


 落ちてきたガラス玉を後ろにいたマダー達が力を使って集めていく。その数、215個。実に、200体以上の死人が今の一瞬で討伐されたのだ。


「さて、5分も経ってないけど……」

「行っていいだろ。多分こっちに来たのは今の奴らだけだ」


 俺は後衛部隊に集まるよう言う。


「それに、もし第二陣が来たとしてもガキんちょがいるからな。東京がやられることは無い」

「……そのガキんちょって呼び方、やめた方がいいよ。凪が怒る」

「今更名前で呼べる訳ねーだろ。ずっとそうなんだから」


 聞く耳を持たない俺の様子を見て、「全く」と言いながら湊はここにいる全員に【拘引(こういん)】をかける。


「そろそろ球技大会だし、未来ちゃん楽しんでるといいね」


 そう言った瞬間、後衛部隊が消える。拘引により、弥重が居るところまで連行したのだ。

 そして俺たちは数秒後、九州へと辿り着いた。

 だけどそこはとても……人間が生きているとは思えない、壊滅した街並み。建物も、地面も、一切形を保っていない。ただただ赤い、赤い、とてつもない量の赤と、腐敗してぶちまけられた人間の成れの果て。


「……弥重」


 俺は小さく声をかける。

 そこにいる俺たちのリーダーは、前衛部隊の一番前に立ち、鋭い眼光で赤い街を見ていた。弥重の足元には、俺たちが討伐した倍以上……500を超えるガラス玉が散らばっていた。


「いくよ。本日をもって、この県を奪還する」


 後ろを見ることなく彼はそう告げ、赤い街を歩き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ