パラレル・情報の炎&重なる思考2
「そういうことかよ……」
秀に一声かけて体育館を出た俺は、未来と斎の会話をキューブを使って盗み聞きしながら机に突っ伏した。
未来の【再生】に修復されて完全に元通りになった、二年三組に鎮座する自分の席に。
「呼吸をしないはずの死人が息を乱すなんて、初めてだなとは思ってたけど……中身が人だったんなら納得だわ」
俺たちが戦っていたのがまさか死人ではなく未来だったと知って、下手をすれば俺たちまで明治に取り残される可能性があったという秀の心配を思い出した俺は、ほんの少し恐怖を覚えた。
未来が自分の力で【明治】から脱出していなければ、あいつは明治時代から戻ってこられなかったかもしれないのだと。
(多分【接木】で移動したんだろうな。話してる最中、木に手をついてた覚えがあるし)
背もたれに体を預けた俺は、長く息を吐いてから天を仰いだ。
「危ねぇことすんなよバカ……」
泣き声しか聞こえなくなってから少し経って、落ち着いたらしい未来は斎へ補足する。
数日前に死人化したあの子に会って、あんまり危険じゃなさそうだったのと、生前を知っていたからついキューブ内の空間に家を作ってしまったのだと。
そしたらすごく懐かれて。
だからお願いして力を借りることができた、と。
未来がガキの姿になってたのはそのせいなんだろう。
ガラス玉割って能力使うだけならあんまり見た目は変わらないけど、直接死人に頼んで乗り移ってもらえばそっちに寄っていくから。
それこそ、俺の意思が死人化したときみたいに。
「要はそこまで計算してたわけだ。こえぇよ……」
やられたなぁという悔しさと尊敬が入り混じったような感情を抱きながら、盗み聞きするために出していた淡く光る炎を消失させる。
携帯を手に取って、登録された電話帳の中から迷わず凪さんの名前をタップした。
(告げ口みたいになっちまうけど……俺と未来の間で起きたことは全部報告しろって言われてる手前、これを隠すわけにはいかないし)
特に、あの言葉があいつの口から出たからには。
もしかしたら忙しくて出られないかもしれないなと考えながら、俺は今日二度目になる電話の呼出音を鳴らした。
『はーいもしもーし。なぁーぎぃーさぁんだよ〜』
ついブハッと吹き出して笑ってしまった。
ワンコール目すら最後まで鳴らなかったほどすぐに応答した、凪さんの妙に高いテンション。少し重たい話をしようとしてたのに一気に気が緩む。
「ちょ、なにっ。ぶふ、なんですかそれっ?」
『ふふふふふ。この間さ、本部のお手伝いに行くって言ったの覚えてる?』
「あ、はい。今回は都外だって」
『そうそう、今は千葉にいるんだけどね。数日に渡って作業してるんだけどね、今は最後の追い込み中なんだけどねー。かれこれもう十八時間はぶっ通しで作業してるんだけどね、ぜーんぜん終わりが見えないんだよねーはははは』
疲れてる。言い方でわかる。めちゃくちゃ疲れてる凪さん。
「だ、大丈夫ですか? ちょっと休んだ方がいいんじゃ……」
『あははー大丈夫、大丈夫。もうね、なんだかね? ハイになっちゃってるんだよねーははははは』
言葉だけで感情のない笑い声を上げた後、凪さんは『だけどね』とトーンを低くして言った。
『そろそろ地獄のように思えてきたよ。これなら遠征に行ってる方が体は楽だね、うん』
「あっ……え、と、そっすか……」
嘘だろと突っ込みたくなったが、電話の向こう側であのにこにこ顔がスンッと真顔に変わったような気がして、さすがに言葉に出すのは控えた。控えさせられた。
そんなお疲れ状態の凪さんにこれ以上負担をかけたくはないんだけど、未来が漏らしたあの言葉だけは、絶対知っていてもらわないといけない。
心の底から申し訳なく思いながら、「大変な時にごめんなさい」と前置きをして俺は本題に踏み切った。
「未来が……あの言葉を。『人間でないモノとしてひとりで生きていかないといけない』って、また……」
俺がそこまで言うと、凪さんは今までの高揚したテンションがまるで嘘だったかのように静かになった。
そして、『そう……』と小さな声で理解を示した。
『その言葉、かなり引き摺ってるみたいだね』
「はい……本当なら、俺がきちんと気付いてやらなきゃいけなかったんですけど。今回は斎に助けられて」
今日の放課後学校で何があったのかを簡単に説明。その後未来と斎の会話内容を要約して話した。
未来が死人のフリをして俺たちを仲直りさせてくれたこと。自分は化け物だと言い聞かせていたこと。身の回りの全てに本当は酷く怯えているのだということも。
『谷川氏は、勘が鋭いね』
「あれはもう勘っていうよりは推理に近いですよ……」
天才発明家による探偵の館みたいな名前で開業しててもおかしくない。あの観察眼ならやりようによってはすげぇ稼げそうだ。
「未来にはまだ会えてなくて。多分泣き腫らした顔をどうにか抑えてから戻ってくるつもりだと思うんですが」
『うん、恐らくそうだろうね。あの子が帰ってきたら、元気そうにしていてもできるだけしっかりと様子を見てあげて』
同意した声は更に深みを増した。
『以前の面影を感じられないくらい最近はすごく明るいけど、あの事件からまだ半年程度しか経ってないんだ。傷が癒えるには……まだまだ時間が足りないよ』
凪さんが心を痛めているのを敏感にとらえ、俺は小さく頷いた。電話なんだから声に出して返事をするべきだったけど、できなかった。
何か言ってしまえば、絶対に泣き顔を見せない凪さんの代わりに俺の方が泣いてしまいそうだったから。
『ところでさぁりゅーちゃん? その場にいないのによく二人の会話内容を知れたねー』
「え、あっ」
『ダメじゃないの〜盗聴器なんて仕掛けちゃ』
「とっ……!?」
急に声の調子が戻ってらしくなった凪さんは、うきうきとした顔が目に浮かぶほど楽しそうにねぇねぇねぇと俺を突っついてくる。
知ってるぞこの感じ。呪いの話をしたあの時もそうだった。
話はもう終わりにしようって言いたい時の凪さん流ゴリ押しモード!!
「んなもん持ってないですよ! キューブですよキューブ! 【不知火】です!!」
『不知火?』
「はいっ! 一つ一つ漢字を分解して、『不可能を知る火』って解釈で!!」
まんまと乗せられた俺はどうやってあの二人の会話を知ったかをその一言だけで説明した。
透視、盗聴の効果が得られる技【不知火】。
これは俺が見たいと思った場所の光景と音、人がいるなら心の中を覗いたりできる、所謂俺が知るはずのないものを知れるという技。
淡く光る炎を一つ出しておけば、それらの情報をリアルタイムで頭の中に運んでくれる凄まじく便利な代物だ。
もちろん勝手に覗き込んで申し訳ないとは思ってる。
だけど電話越しの未来の様子が変で気になっちまったのと、単純に斎がなかなか帰ってこないから今どうなってんのかなと思って使ってみたら、丁度見つけた頃だったみたいで安心したのもつかの間、腹の探り合いみたいな会話が始まったもんだからついそのまま……
『言い訳がましいことを考えてそうだね』
「うっ!!」
『今回の件についてはありがたいけど、あんまり使っちゃダメだよ? 心を読まれるなんて誰だっていい気はしないだろうからね』
「あっ、は……はい! もちろんです!」
俺の反応を面白がりながら優しく注意してきた凪さんは、その後も話題を探しては楽しそうに話してくる。
俺も楽しいから別にそれはいいんだけど、一応仕事中……なんだよな?
「あ、あの、凪さん? 電話、続けてていいんですか? とりあえず先に言っておくべき話はできたし俺はもう大丈夫ですけど」
『えぇーっ、まだ電話しとこうよぉー仕事戻りたくないよぉ〜』
俺が電話を切ろうとしているのを悟った凪さんは、イヤイヤ期の子どものごとくやだやだと言いながら必死に俺を引き止めた。なんだこの可愛い生き物は。
でも納得。あまりにも仕事が忙しくて堂々とサボれないのだろう凪さんは、俺からの電話という体で休憩の時間を作ろうとしてるわけだ。
(そういうことならまぁ、もうちょっと付き合ってあげようかな)
初めて知る駄々っ子状態の凪さんに頬が緩むのを感じながら、俺は少しでも長く電話をするべく話の内容を広げるように努めた。時々こちらからも話を振って。
「そういえば、例の件なんですけど」
言えそうな流れになって、俺は以前凪さんにぶつけた疑問の答えを述べた。
人を守るために仲間を犠牲にするのが本来在るべきマダーの形。それをきちんと頭に刻み込んだ上で結論を出した、俺は目の前の仲間を見捨てないという選択を。
『……そう。決めたんだね』
俺が決意を伝えてから数秒黙っていた凪さんは、それだけ返してきただけで未来のようにそれでいいとは言ってくれなかった。
だけど、否定も怒りもしなかった。
俺がそう決めたのならもうそれ以上何も言うことはないとでもいうように。
『でもりゅーちゃんは、物事を深く考えすぎる傾向があるからね。もう少しほんわかしておかないと、いずれ自分で自分の首を締めてしまうよ』
やや心配そうな声色で凪さんはアドバイスをくれた。
だからもうちょっと、気楽に生きなさいと。
「あと、文字なんですけど……」
『ん、もしかして答え出た?』
「はい。多分なんですけど……」
言ってみてと促された俺は、今まで沢山ブブーと言われ続けて自信がないまま小声で
「『光』……じゃないかなと」
俺の回答を聞いて、凪さんが息を呑んだのが電話越しでも伝わってきた。
『……正解』
「よっしゃぁ!!」
俺はつい声を張り上げて大きくガッツポーズをした。
『よく導き出せたね。理由を聞いてもいい?』
凪さんの驚きまじりの声に促され、俺は得意げに解説した。
「凪さん、あの日ヒントをくれましたよね。ポッカリ穴が空くイメージで考えた『白』に対して、正反対にしたらいいって。そしたら温かみのある技なんじゃないかなぁって思ったんです。そこから出てきた文字の中で、俺が知ってる凪さんの他の技を照らし合わせてみました」
『あれっ、他に何か知ってた?』
「家に不法侵入するやつと、一度だけ見た【Blessing】って英語の技。訳、知らなかったんですけど、さっき未来が斎と話してた中で『加護の力』って言ってたから……」
不法侵入というワードに少し凪さんは笑っていたが、それには何も言い返しはせずそのまま俺の説明を聞き続けた。
「【デリート】から温かみのある技ってあんまり想像がつかなくて。でも加護からだと神々しいイメージだったり守る系統だったりして、色々浮かんだんです」
『うんうん』
「で、そんな神様な感じの温かい文字の中から不法侵入できそうなイメージのあるものって、精霊とか、太陽とかが思いついたんですね」
凪さんは相槌を打ち続ける。
「ここまでだったら、どちらかというと精霊の方が近しいように思ったんですけど、あの……単に俺が霊体を信じてないって理由でそっちは削除されました」
『ふっ、ふふ』
「笑わないでくださいっ!」
『ああごめんごめん。ふふっ……ふ、それで?』
笑いを抑えきれていない凪さんに聞こえるようにため息を吐いてから、俺は最後の理由を口にした。
「太陽の光って、窓から射し込むじゃないですか。もしも凪さんが持つ文字が『光』であれば、自分の体を日光として置き換えて、窓から侵入できるんじゃないかと思ったんです」
あくまで想像に過ぎない。だけど、何でも考えていいのがキューブの面白さであって、真髄だから。
『……なるほどね。外堀から埋められちゃったわけだ』
俺が並べた考えを聞いた凪さんは、それだけ言ってまたすぐに笑い出した。
「うあっ、あ、あの! やっぱり間違ってましたか!?」
『あははっ、違うんだ、そうじゃなくてね。りゅーちゃんの考えは大正解だよ。不法侵入の技名は【日の光】。笑っちゃってごめんね、まさかこんなにもぴったり当てられるとは思ってなかったものだからさ、つい……』
凪さんは油断してたと言いたげに笑いながら、ふと気づいたような声を上げる。
『でも、【Blessing】からの連想でここまで辿り着いたってことは、出来たてほやほやの回答だったんだね? なんだろう、なんだか嬉しいな』
「でも結局、多分『光』なんだろうなぁ程度までしかわからなくて。どういう繋がりで編み出したのかまでは今のところ思いつかないんです」
「だから、答えを頂けませんか? 『光』の文字から【デリート】に転換できる理由を」
『……そうだね。文字にはちゃんと辿り着いてるんだし、それくらいなら許容範囲かな』
軽く
『前を向くための希望の光。それが、【デリート】。忘れることで生きていけるヒトの特性を利用した、つらい記憶を見れないようにする技なんだよ』
納得して礼を言うと、凪さん以外の声が何か叫んでいるのが聞こえた。やってらんねー! みたいなニュアンスの。
「あ、あ、あの! これ以上邪魔しちゃ悪いんで、俺はこの辺で」
『うん。報告ありがとう。しっかり体を休めてね』
「あっ、はい! 凪さんもお仕事終わったらゆっくり休んでください!」
軽い『はいはーい』という返事を聞いて俺は通話を切ろうとしたが、『ああ、そうだ』と何か思い出したように凪さんの声がまた戻ってきた。
『今度土屋家に行く時は、ちゃんと玄関からおじゃまするよ。インターホン鳴らすから、三秒以内に出てきてね』
……ほう。
「わかりました。ではチャイムが鳴ってから、三十分後にお迎えに上がります」
『うわぁ、この熱い季節に外で放置するつもり? ゆでだこになっちゃうよ』
「ならせめて十秒ぐらいまでは我慢してくださ……って、あ?」
聞こえていた音が急に静かになって、文句を言おうとしていた俺は何事かと耳から携帯を離した。そして画面を確認すると……やらかしたらしい。
「充電、切れちまった……」




