元・土屋隆一郎の本音⑥
1階にある保健室から、階段を登って教室に向かう途中、隆が蹲っているのが見えて、慌てて声をかける。
「隆?」
「あ……未来」
顔だけこちらに向ける隆の顔が、青白かった。
「どうしたの、怪我痛い? まさか傷口開いちゃった?」
焦って状況を聞く。傷口が開いているなら一大事。血が出やすいところなのに。
「いや、違うんだ。その……」
「あー、つっちー教室入りにくいんだ?」
「え?」
すぐに状況を察したらしい凛ちゃんに、どういうこと? と彼女の方を見ると、何故かにんまりと笑っていた。隆が少し間を置いてからこくんと頷く。
「皆に迷惑かけたから、なんていうか、どうしていいかわからなくて」
「そっか……」
「だいじょーぶ。アタシにいい考えがあるよ。」
どうしたらいいかわからない私と違い、自信満々に言う凛ちゃんが、任せたまえと言わんばかりに胸を張った。
そんな凛ちゃんが向かったのは、パソコンルーム。
ひとつのパソコンに向かって深呼吸した彼女は、今度は勢いよくキーボードを叩き始め、その異様な光景に私も隆も驚きながら顔を見合わせていた。
「あいつら帰ってこないな」
少しして教室に向かった私たち。中にいる谷川君と秋月君の声が少し聞こえる。
「まあ授業もあんな後で自習だから、別にいいんだけどね。それよりもこの教室の空気。重たすぎて嫌になっちゃう」
「んだな。土屋、バッシングとか喰らわないといいけど……」
「はぁーい皆さんご機嫌麗しゅう〜」
「り、凛ちゃん……っ!」
中の様子を伺っていた私を跳ね除け、教室のドアを勢いよくバッと開けてテンション高く皆に挨拶する凛ちゃん。
「な、なんだなんだ」「いないと思ったら、どうしたんだ」「え、何あの機材? カメラ?」「何する気なの?」
突然の凛ちゃんの登場にザワつく教室の中、狼狽える私と隆には目もくれず、彼女はカメラとモニターを設置する。
「何してんだ長谷川のやつ」
「あ、もしかして土屋のフォロー……?」
うん、そうなんだけど……今から何をするのかは私も隆も知らない。
凛ちゃんが来い来いと手を振るので、任せるしかない私たちはふたりで教室の中へ入る。
さっきのガッツリ戦闘を校内でしてしまったせいか、少しだけ、クラスの皆の視線が痛い。
「皆おまたせー。わざわざ先生が自習にしてくれたのにこっちの準備が手間取っちゃってさ。遅くなってごめんね? じゃあ改めて未来ちーのサプライズ歓迎会を始めまーす! いえーい!!」
……へ?
「は、長谷川さーん私たち聞いてないんだけど……」「俺らも!」「歓迎会するならもっと色々用意したのに!」
そりゃそうだよ。今からするのは、私の歓迎会じゃなくて隆がクラスで浮かないようにするための対策でしょ?
「大丈夫! アタシがバッチリ用意しました! ではこちらをご覧くださーい」
そう言って、用意したカメラとモニターを電源オンにする。すると、その画面にはさっきの私と隆の戦闘シーンの動画が映し出された。
「え……」
モニターが映すふたりの本気の戦闘シーン。大して華がある訳でもない戦いだったはずなのだけれど、それがカッコよく、美しく、ドラマティックに修正が施されていた。
「これはね。アタシが未来ちーにめっちゃお願いして撮らせてもらった、未来ちーの本気の戦闘シーンなの! 皆には緊張感を持ってもらいたかったから、内緒で進めちゃったっ! 怖かった?」
「ええー何それーびっくりしたー!」「本気でオレらビビってたのにー」「今どきビデオ制作ってー!」
ドっと教室内に笑いが溢れる。
映像は、所々抜き取られていて、隆が死人だと勘違いされるようなシーンは完全カットされていた。
私が隆を刺したところも、上手くカメラの位置を切り替えて隠し、最後には平手うちでノックアウト、という形で終わった。
そうか、学校中を飛び回ってる鳥型の防犯カメラ……監視鳥だっけ。あれから全部作ってるんだ。
任せてと言って凄い勢いで何をしているのかと思っていたら……こんな動画修正ができるなんて、すごい。
「相沢さんカッコイー!」「決めゼリフ震えた!」「土屋お前役入り込みすぎだっつーの!」「役者いけるぞ土屋ー!」
さっきとは打って変わって明るい教室。皆が笑っている。
「ま、という訳で! 未来ちー。改めて、これからよろしくね」
動画が終わって、凛ちゃんはキッチリとこの場を締めてくれる。クラスの明るくなった雰囲気に、隆も少し楽になったみたいだった。
「えへへ。皆さん、よろしくお願いします」
用意がないからと、ワーッと皆がカバンの中に入れていたお菓子やジュースや今朝買ったというコスメなんかまでくれた。
唐突に始まった歓迎会ムードは、隆には悪いし、困惑しながらだったけど、私はとてもとても嬉しかった。
そんなワイワイした自習時間の後、1時間だけ本日最後の授業をして、皆がぞろぞろと帰り始めたころ。
「じゃー土屋、相沢さん、またあしたなー」
「斎、明日土曜日。次は月曜日だよ」
秋月君にツッコミを入れられる谷川君。あれっ? と惚けているのがなんだかかわいい。
「斎、秀」
隆が帰ろうとしたふたりに、少し申し訳なさそうに声をかける。
「今日、迷惑かけて、本当にごめん」
「何気にしてんだよ。よくある事だろ?」
「そうだよ土屋。いい感じに収まったから良かったんじゃない。僕らがもし同じようになっちゃった時、助けてくれたらそれでいいよ」
「……さんきゅ」
良かった、ふたりも気にしてないみたい。凛ちゃん加奈子ちゃんや最初にさらってしまったふたりにもさっき謝ってたし、これでもう問題ないね。
……いや、聞きたいことがあるし、ひとつを除いて、かな。
「未来、帰ろうか」
「うんー。じゃあ凛ちゃん、加奈子ちゃん、今日は本当にありがとう。また月曜日ね」
「いいっていいって! またね」
「ばいばい未来ちゃん〜」
笑顔で手を振ってくれる彼女らに振り返して、隆と一緒に教室を出る。1階にある靴箱前に着いた時、隆はひとつため息をついて言った。
「なんか、助けられたな。マジで」
私も靴を履き替えながら答える。
「そうだね。良かったよ、本当に」
「……未来、ごめんな」
「大丈夫だよ。寧ろ皆ともっと仲良くなれそうで、嬉しい」
何度も謝ってくる隆に、もういいのにと思いながら一緒に外に出る。
「あのさ隆。聞きたいことがあるんだけど」
「ん?」
「隆と戦ってたあの時ね、消えた方の隆が、私がそのうち壊れるって言ってたの。だから守らないといけないんだって」
後で聞こうと思っていたことを改めて聞いてみる。
私は、自分がそんなふうに見られるほど、追い詰められているとはどうしても思えない。
「どういうこと?」
「どう……。えと、なんていうのかな、俺としては、未来がこれ以上傷つかないようにしたいなって思ってただけなんだよ」
「そんなに傷つくような事はされてないよ? 特には……って、こういうところか」
さっき凛ちゃんに言われた事を思い出す。
「とにかく、守りたかった。それだけ。俺の死人が何を思っていたかはわからないけど、それ以外に特別なことはないよ」
私の顔を真っ直ぐ見て、それだけ伝えてくれる隆に、一度頷いて気持ちを受け取る。
「そっか。ならいいんだ」
あまりにもあの死人が悲しそうだったから、何かあるのかもしれないと思ったんだけど……気のせいだったのかな。
もう少し、しっかり聞いてあげれば良かったかもしれない。
「あーしかし、なんかやたら疲れたわ……」
「結構激しくぶん殴っちゃったせいかも?」
「……ありがたき幸せ」
「しばらく未来に反抗できねーわ」と、落ち込む隆。その様子がいつもの隆っぽくて、落ち着いた。もうあんなにも悲しそうで……怖いと思うような隆は見たくなかったから。