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「り……う! りゅうっ!」

「つっち……! ……っと、……な、いよ!」


 泣きそうな声と、うるさい声が俺を呼ぶ。随分と遠いところから。

 他にも誰かが俺を呼んでいるような気がして、認識しようと耳に集中する。


「【痛み無し(ノーペイン)】!」


 一段と大きな声。脈打つ体の痛みが徐々に和らいで、意識がはっきりとしてきた。


(やべ……気を失ってたのか)


 薄らと瞼を開け、霞む視界で現状を確認。

 すぐ目の前には《HP回復》のパネルが出ていて、円になって俺を覗き込む長谷川と阿部、斎。

 腕の中にいる未来は、俺からの返事がなかったせいか眉を八の字にして、体を震わせていた。


「大丈夫だ。ちょっと、切れただけだから」


 しっかりしろ、不安にさせるなと自分に言い聞かせ、未来の頭をぽんぽんと叩いてから抱き寄せた。


「土屋、平気か」

「ああ。斎は……みんなも、平気か」


 同じように聞き返し、全員が無事であることを確認。

 怪我を治してくれた阿部へお礼を言ってから周囲を警戒した。

 死人はいない。カラフルな壁に囲われて、ネオンライトで照らされた地面。乾燥しきって断裂したそこを除けば、火山エリアという名前からは程遠い『部屋』に俺たちはいた。


「未来は? 怪我」


 安全がわかったところで未来にも聞く。

 表情は変わらないが首を何度か横に振った未来が、何が起きたのかを説明してくれた。

 どうやら俺は、かすり傷では済まなかったらしい。

 咄嗟に庇った際に斬撃を食らい、殴られて、未来を抱えたままエリアの入口へ叩きつけられたそうだ。


 ──コツン。


 ゴツそうなヒールの音が、反響する。

 長谷川たち三人が戦闘態勢に入り、俺は未来を背中側へ隠す。

 音が聞こえてくる先。奥に見える、赤く異様な空間に体の正面を向けて立った。


『よく守ったねー()()()()。殺すつもりだったんだけどなー』


 コツン、コツンと。

 だんだんヒールの音が近く、鮮明になる。

 後ろにいる未来の手を、ぎゅっと握った。

 わざとだろう。部屋の前で足音が止まる。

 そうしてこちらの緊張を楽しんだのち。赤い空間から、人型の死人が姿を現した。


『あれー? ギャラリーがいるね。いいよいいよ、歓迎しますとも。メイは優しいんだ、人が増えるくらい構いませんよ?』

「……ご挨拶だな。歓迎なんて全く思ってないくせに」


 笑う死人へ、俺は皮肉で返す。


『やー、別に全くってことはないよ? ちょっと計算外だっただけさ。本当なら相沢未来ひとりをこの空間に呼び出すはずだったのに、なぜかイケメン少年が来るし、かと思えばこんなにもゾロゾロと来ちゃってさ。どーしてかナイト君の怪我も治ってるしぃ。あー、どうしよっかなーって考えてるだけだよ』


 イケメン少年。

 奴が言っている人物は、もしかして。

 未来を狙う理由と併せて問いただそうとするも、俺から言葉を奪う、死人の後ろでボタボタと落ちてくる赤い液体。


『ああ、コレ? ごめんごめん、待ってる間が暇だったからさ。つい……』


 そう言って死人は自分の背中へ手を伸ばした。

 リュックを体の前に持ってくるかのような慣れた動作で、俺たちの前に掲げられたモノ。

 ボタリ。


 ──ああ、嫌だ。


 視線が、音が落ちてくる元へ。上へと誘導される。

 潰れた頭を鷲掴みにされ、真っ赤な血で染まった男性が、ピクピクと体を痙攣(けいれん)させていた。


『安心しなよ。キミたちのお友だち……そう。イケメン少年じゃないからさ』


 どしゃっと、血が溜まった地面にその人が落とされる。

 抵抗する力もなく地面へ接触。脳髄がぶちまけられた。


「う……っ!」


 斎が嘔吐く。

 阿部の荒い息づかいが聞こえる。

 男性の体力ゲージがゼロになり、死人の勝利を知らせる《WINNER》のパネルが出現する。

 しかし体は消えない。溢れた血と同時に白くなって、陶器が割れるような音を出して砕けてしまった。


(なんだこの……気味の悪さは)


 さっきまで見ていたゲームオーバーとは明らかに違う。

 そもそもDeath game(デスゲーム)とは、現実と区別をつけるために痛み苦しみ以外の描写はカットされている。

 攻撃が当たれば《ヒット》と表示されるだけで、血や臓器なんてリアルなものは映らない。阿部に腕と両足を溶かされても泥みたいになるだけだったのがいい例だ。


 それなのに……流血と腐敗臭。

 男の人が砕けた場所から、肉を炎天下に放置したような臭いがした。


『あーあ、汚れちゃったなぁ。フォームチェンジしようか』


 大いに返り血を浴びた自身のメルヘンな服を見て、死人は憎々しげな顔をした。

 右太ももにあるスイッチのような突起を押す。すると、服装に変化が見られた。

 メルヘンから学生服へ。まるで着せ替え人形のように服を変えてはポージングを取り、いや違うと言ってはまた突起を押してを繰り返す。


 俺たちがいることなど忘れているんじゃないかと思うほど熱中する死人は、胸にサラシを巻いた、いわゆる特攻服と呼ばれる服装で手を止めた。


『これで良し……っと、んん? でもこの格好にこの声は似合わないなぁ』


 なお不満をもらし、今度は左太ももの突起を押し始める。一回、二回、三、四回目。


『あ……あ……ん、んん。……うん。これくらいでどうだろう。しっくりくるかい?』


『ボイスチェンジしてみたよ』と笑顔を作る。

 先程までの女の声から一変して、中性的な声。男と女どちらとも言えない顔立ちだから、奴の言う通りピッタリではある。だけど……


「何を、そんなに気にしてんだ」


 今度は髪をいじり出す死人の行動に、疑問と不快感を抱く。

 俺の問いに答えるつもりはないらしい。

 広がった銀色のおかっぱに無言で手ぐしを加え、前髪も真っ直ぐに整えていく。(ひたい)にある赤い鳥のような模様が見えた。


「隆、あれ」


 体を強ばらせた未来が、握られていない方の手で俺の視線を誘導する。

 比較的大きめに残っていた男の人の体。それが時間の経過かヒビが入っていたのか、更に崩れて中から輪状の物が転がり出てきた。


「大学生さん……だよ」


 後ろから囁く未来へ、俺は「ああ」と返事をする。

 日が経っても思い出せる、周りがビビるほどの大穴が空いた耳たぶ。俺の足元で止まったのは、そこについていた印象的なリングピアスだった。

 間違いなく、唾やレシートの死人を生んだ、売店で俺とケンカをしたあの大学生のもの。

 やたらと力の強い人だとは思っていたが、未来の予想通りマダーだったらしい。


「のお……みんな。教えて、くれんか」


 喉の奥から絞り出したような声が、天井から届く。


「そっちでは、いったい何が起きとるんじゃ? なんか、クマの中から……血、みたいなもんが出ちょるんじゃけど」

「え?」


 こちらの映像が見られない加藤から、Death game(デスゲーム)に入るための機械の一つが異常だと聞かされる。


「まさか……」


 小さな声に次いで、未来の手が離れた。

 死人の動きに注意しつつ、俺は後ろへ顔を向ける。

 手を添えて、キューブを展開したまま情報を確認した未来の左腕から浮き出た画面。地図の形で映し出された大学生がいる位置に、ありえない二つの文字があった。


「……亡くなってる」


 静かに言いながら、未来はみんなに見せて回る。『死亡』の二文字が書かれた、恐ろしい現実の画面を。


「な、い。ないよ。そんな、バカな話があるわけっ……」


 黙っていた長谷川がついに動揺をもらす。

 俺の呼吸も、短く早くなる。

 おかしい。ここは、Death game(デスゲーム)だ。

 体力がゼロになったって現実に影響したりしない。

 本体は別にあるんだから。

 ここはデータの世界で、実際に死んでしまうなんてありえないはずなのに!


『はは。残念、残念。リアルだよ? お嬢さん』


 死人の足が、真っ白になった男性の顎に置かれる。


「やめろ!」


 またパリンと、割れてしまう。

 弾力のないそれを踏み潰し、細かくして地面と同化させる死人を俺は怒りから睨みつける。

 だけど奴は、まるでわからないといったようにきょとんと目を丸くした。


『やめろ? え、なんで? キミは嬉しくないの? ()()()()はキミの大事な子を不安にさせて、死人を生み出す悪事を働いていたんだよ?』


「確かにその人は未来の目をからかったし、死人が生まれるきっかけにもなった。でも、命を。尊厳を踏みにじるような(おこな)いを、俺は認めない」


 どうしてあの時の会話をこいつが知っているのかはわからない。

 だけど許せない冒涜の行為を非難していると、死人の後ろで見覚えのある氷の粒が輝いた。


「【氷剣(アイスソード)】!」


 凝縮された粒子が剣の形を取る。

 ひと息に跳んで上空から斬り掛かったのは、秀。


「秀!」

『イケメン少年、キミもしつこいねー』


 無事でよかったとほっとする暇もない。

 俺より先に背後の存在に気づいた死人が秀を払いのけようとした。


「まあ、僕の取り柄みたいなものだからね」


 表情を変えず、秀は重力を利用して回転しながら躱す。

 剣を振り上げ奴の腹を縦に斬り裂いた。

 さ、さすがの身体能力。すげぇ……


「ごめん、誰かキャッチして!」


 抵抗する死人を押さえ込みながら、裂け目から引っ張り出した何かを秀はぶん投げる。

 誰が一番近いかわからない。反射的に飛び出して受け止めた。


「ん、『譲』の子……!?」


 完全に脱力していて重いが、温かい。

 秀が助け出したのは『譲』の文字を持つ男の子だった。


『あー! 貴重な若い血肉なのにっ! 何するんだよ殺してやる!!』

「させない。【光線(レイ)】!」


 秀に拳を振り上げた死人へ、未来がオヤマボクチの花を生み出して光線を放つ。

 パォンッとくぐもった音を鳴らして一直線。

 裂けた奴の腹へ直撃する。


「秋月()せな! 【風神(ふうじん)(まい)】!!」


 長谷川の赤い強風が秀の頭上を通る。後ろにいる死人へ炸裂して奥の部屋まで押し返した。


「ごめん、ありがとう!」


 秀がこちらへ合流。【木刀(ぼくとう)】と【鉄扇(てっせん)】を作り出した未来と長谷川は前へ。

 奴からの反撃に備えてくれる二人の後ろで、『譲』の子を寝かせて秀へ駆け寄った俺は。


「秀、無事でよかっ……っあぁああっ!!」

「よくない! もっと早く迎えに来てよ、心細かったんだからね!?」


 ぐわんぐわん。肩を掴んで勢いよく前後された。

 やめてくれ。こちとら最初に食らったダメージが微妙に残ってんだよ。揺れると気持ち悪くなりそうなんだ、マジでやめてくれ。


「……もう一人、いたんだけど。助けられなかった」


 急に動きを止めた秀は、顔を伏せた。

 小さな声で何度も繰り返す。遅いと。馬鹿なのかと。

 俺たちと同じ光景を目の当たりにしたんだろう。下を向いた秀は小刻みに震えていた。

 掛ける言葉が、すぐには出てこない。


「私たちもだよ、秋月君」


 吐き気から解放するべく斎に癒しの技をかけていた阿部は、割れた大学生に目を向けた。

 粉になりつつある元は体だったものが、どこから吹くのか、風でさらさらと飛んでいく。

 目を逸らしたくなる光景をしっかりと見届けて立ち上がり、秀の胸板に優しく触れた。


「痛いね。……どっちも」


 泣く寸前の我慢した声で、「【痛み無し(ノーペイン)】」と口にする。

 見た目に怪我は無かったものの、体内には怪我があったらしい。《HP回復》のパネルが出て、秀の肌に血色が戻ってきた。


「……ありがとう」


 驚きつつ素直に礼を言う秀へ、阿部は優しく笑う。

 いつもの可愛らしい癒しのスマイルではないけれど、それでも、悲しみを分かつ阿部の笑顔は秀の震えを止めてくれた。



『そう。キミが回復持ちなんだね』



 死人の声が、俺の真横で聞こえた。


『ありがとぉイケメン少年。()()()()()()()()()


 恍惚とした声に重なって、プツリと、脳が嫌がる音がする。

 反応なんてさせない。そんな死人の速度を前に、【木刀(ぼくとう)】も【鉄扇(てっせん)】も、俺たちの誰も動けなかった。


「……阿部?」


 秀が呼ぶ。自分の胸に倒れた存在の名を。

 俺が一度瞬きをした時にはもう、今までいたはずの阿部の姿はない。

 《HP:0》のパネルが、代わりのように鎮座して。

 陶器の割れる音が遅れて響く。

 白い欠片が散らばる。からり、からり。

 飛沫状の血を全身に浴びた秀が、青ざめて、目を大きくしていた。


『ああ……やたらとうるさい観客がいると思ったら、一般人なんだね? 彼は。おかげでギャラリーが集まってきてんじゃんか』


 天井から聞こえる加藤の声。異変を感じたのだろう一般人と、売店にいた瀬戸たちの声が聞こえる。

 だけど、遠い。

 耳に届いているはずのみんなの声を、目の前の現実を認めたくない俺の脳は拒んだ。


『やだなー、さすがに人数が多すぎる。メイは人混みが嫌いなんだよ』


 中性的な声だけを拾う。

 視界が狭くなってくる。

 目が捉えるものが、死人だけになる。

『ああ、でも』と繋げたあとにくる言葉を予想した俺の、何かが切れた。


()()()()にするには、ちょうど良かっ……おっと!』


 余裕な様子でヘラヘラと笑う死人へ、無言で斬り掛かった。


『ふふ、怒ってるの? ナイト君。友だちが殺されて悔しい?』

「黙れ」


 軽やかに避ける姿をすぐに捉え、手に持った【火炎(かえん)(つるぎ)】に怒りを乗せて振り下ろす。


『あはは、いいねぇその顔! すっごくいい! 怒りでいっぱいになったキミの顔。そそるよ』


 避けられる。右へ左へ、何も考えていない力任せな攻撃が通るはずもない。

 だけど、止まれない。

 剣を振るう。

 地を蹴り石を飛ばしながら駆ける。

 踏むたび近づく憎き存在に向けて剣を投げ、【火柱(ひばしら)】を起こして逃げ場をなくし、更に【爆破(ボム)】を繰り出し追い詰める。


『あはは、()っつい熱っつい!』

「そうかよ。【炎拳(えんけん)】!!」


 火と煙で奴が見えない。知るかそんなもの。

 声と肌で居場所を絞り出し、炎を纏った拳を突き出した。


『ダメだよ、怒りに任せて我を忘れちゃあ』


 変わらず余裕な死人の声。

 ぞわりとして顔を左に(ひね)った。

 横を奴の拳が通る。頬をかすめる。切れる。


『おやおや? よく避けたね。じゃあこっちはどうかっ……お?』


 炎の攻撃を体に受けながら、何かをしようとした死人の足元。風。


「【竜巻(たつまき)】!」


 上空に向かって渦を巻く。

『おっとっと』などと言いながら死人は軽快にバク転をして躱した。


「つっちー、援護!」


 充血した目で死人を睨み、風を起こす。

 言いたいことを瞬時に判断。数メートル後ろにいる長谷川の隣まで【花火(はなび)】で飛び、風に炎を乗せた。


「「【炎風(えんぷう)】!」」


 炎を纏った風が、奴へ放たれる。

 周りの酸素を食い尽くすほど高火力の風。

 なのに、死人は怯まなかった。


『手札──守護者(ガーディアン)


 手の平がこちらへ向く。空間がぐにゃりと歪み、かと思えば銀の扉が生成される。

 勢いよく開いて【炎風(えんぷう)】が引きずり込まれた。


「な……!?」

『あはは、ごめんね。お嬢さんは消えて? メイはナイト君と遊びたい』


 俺の腰ほどまで、いつの間にか伸びていた蔓らしきものが長谷川を縛り上げる。

「ぐっ……」と苦しそうな声が、蔓に投げられて遠のいた。


『よそ見しないで。メイを見てよナイト君』


 目前、青い瞳。咄嗟に後ろへ跳ぶ。


『手札。剣士(アタック)


 両手を前に出し、空間を歪ませ剣を作り出す死人。

 まるでマジック。奴の能力がどういったものなのかがわからない。

 刀身が動くたび部屋のライトを反射する。

 チカチカする視界の中、死人は何度も剣を振り上げた。


「くっ……!」

『ほらほら。死んじゃうよ?』


 避ける、避けきれない。

 剣で受け止める。斬られる。

 体力ゲージが減少する。


「あぁあああっ!!」


 雄叫びをあげて突っ込んだそこに、今までいたはずの奴が、いなかった。


『残念だねナイト君。ゲームオーバーだ』


 背中側で、声がする。

 振り向いた瞬間に目に入るのは、やはりどこから出しているのかが全くわからない真っ黒な大砲。中には銀色のエネルギーが凝縮されていた。

 ──やばい。


「後ろを取られるなって言ったはずだよ」


 抑揚のない声が、すぐそばで。

 いつの間にか俺の真横に立った未来が、【木製銃(もくせいじゅう)】の先を奴からの攻撃に向けて差し出していた。


「【木製銃(もくせいじゅう)】……だだだだだ」


 爆音を伴い放たれた銀のエネルギー弾。それを銃口から自分の技として瞬時に取り込んだ未来は、トリガーを引く。

 俺を狙って撃ったはずの攻撃が、数を増して死人自身に撃ち返された。


『相手の攻撃を利用する技か。厄介だね』


 舌打ち。死人の手のひらが前へ向けられて、さっきと同じ銀の扉を作り出す。大量のエネルギー弾はいとも簡単に消えてしまった。


「落ち着いて、隆。凛ちゃんも」


 銃を下ろし、代わりに【木刀(ぼくとう)(かい)】を生成。

 静かに諭しながら、風を纏ってなんとか帰ってきた長谷川の蔓を未来は切った。


「無理だよ! だってアイツは加奈をッ……」

「生きてるよ。加奈子は」


 長谷川の言葉に被った、未来の確信した声。

 俺は目を見開いた。

 ──生きてる。割れたはずの、阿部が?



「キューブの表示が死亡になってない。加藤君の声も聞こえない。多分……今、手当をしてくれているんだと思う」


 死人から目を離さずに、自分の左腕に表示された画面が俺たちに示される。そこにある、阿部加奈子の横に書かれた文字は……


「しゅっ……けつ?」


 出血。亡くなった大学生のような、死亡の文字はどこにもなかった。

 無傷ではないし、その重さがどれくらいかもわからない。もしかしたら重傷かもしれない。

 だけど……死んでない。生きてる。

 阿部は、生きてる。


「あ……」


 ぺたん。力が抜けたらしい。長谷川が地面に座り込んで、瞳に安堵の表情を映した。

 俺の剣先も地面へ向く。目の前の敵、その周辺しか見えなかった視界が徐々に広がって、音を拾い始める。

 戦っていた場所は思いのほか離れていなかった。未来の教えがあっても血のついた服を見て放心状態の秀、その横にいる斎と俺たちは数メートルほどの距離。


 斎に一つ頷かれる。大丈夫だと改めて言うように。

 でも、なんでだ? 同じ白い欠片があって、体力ゲージもゼロになってるのに……死なないで済んだ理由は?

 生きていてくれて良かったと、安心や嬉しさの反面、何が違ったのかと考えずにはいられない。


「教えてもらってもいいかな。あなたは誰なのか」


 一歩前に出た未来は、死人へ問いかける。


「何から生まれたのか。なぜここにいるのか。私が狙いなのに、どうして他の人にも危害を加えるのかを。……ねぇ。教えてもらえる?」


 ……怖い。そう、感じてしまった。

 未来の声色と、指を折り曲げながらゆっくり質問を投げる仕草に。相手を理解するために未来がいつも死人に聞いている言葉なのに。

 怒ってる。あの未来が。

 俺たちに落ち着けと言った未来が、未来自身が、ここにいる誰よりも死人に怒っていた。


『ふふ、どうして……だって? 簡単だよ』


 手を顔に置いた死人はくくと笑い出す。

 指を開き、これみよがしに青い瞳を覗かせた。


()()()()()()。そう命じられたからさッ!!』

「ッ未来!!」

「未来ちー!」


 死人の青色が線を引く。

 ギラギラした殺気が隣を走り抜ける。

 俺の前にいたはずの未来と死人が後ろへ、部屋の壁にぶつかる鈍い音が幾度となく響き渡る。

 何が起きているかわからない。見えない。

 死人の速度が今までの比じゃない!


(あいつ、手加減してやがったのか……!?)


 武器の殴り合いが続く中、「そう、わかった」という低い声。二つの影のうち小柄な方が、一瞬だけ姿を見せた。


「私だけにしろ。ほかの人には手を出すな」


 刹那、轟音。

 地面が、いや、部屋自体が揺れた。

 ミシミシと重低音を鳴らしながらひび割れる。隙間から這い出る木の根。部屋中が森になる。


「いけ」


 生まれた木々たちが、未来の命令で力強く動く。

 だけど未来は既にいない。

 離れたところから刀らしからぬ衝撃波が届くだけ。手助けをするようにそこに向かって根と枝が駆けていく。


「ヤバいよ、アタシらも加勢に行かなきゃ……っい、わぁ!?」

「うわっ! びっくりした、大丈夫か」

「だ、大丈夫。なんか足にっ……て、なに、これ?」

「どうした!?」


 長谷川が何かに足を取られ、斎の目の前ですっ転ぶ。起き上がって確認した右足首には、覚えのあるものが巻きついていた。これは確か、未来が対象を自在に操る時に使う細い植物の蔓。

 ──つまり。


「【朝顔(あさがお)】」

「ひっ!」


 長谷川の体が動く。勝手に。

 近くに寄ってきていた俺と斎にラリアットをかましてきた。

 いきなりなんだと言いたいが長谷川に言っても意味はない。盛大に後ろへ吹っ飛ばされた俺たちの後を追うように長谷川もこちらへダイブ。秀と『譲』の子を巻き込んで地面に投げ出された。


「……重い。二回目、キツイからやめて」


 小言。長谷川の下敷きになった秀がやっと喋った。


「なあ、土屋。これ……」

「え?」


 なんだと言いながら起き上がる。すると、今まで無かったはずの大量の樹木が、天井から地面まで、まるで巨大な塀のように隙間なく立っていた。


「なっ……おい、未来!?」

「ここから離れて。他のエリアにいる模擬大会参加者にも伝えて、今すぐデスゲームから退出」


 壁の向こうから未来の声がする。端的に指示したのち、「狙いは私みたいだから」と声量を落として付け加えられた。


「ごめんなさい。私は……いつも、誰かを巻き込む」

「ッ違う! 誰もそんなこと思ってない、勝手に謝んな!」

「未来ちー、話を聞いて! この壁消して!?」


 俺と長谷川は未来へ抗議する。

 しかし変化はない。何度も謝られる。

 ドォッッ!! と、見えなくても大技を出したことがわかるくらい部屋が揺れた。

 上手くいったのか、次いで静寂が訪れる。

 話すなら今しかないと、片手を広げた斎が俺たちを黙らせた。


「なぁ……相沢。俺、言ったはずだぞ。誰かと共に生きていくことに、怯えるなって」


 落ち着いて語りかける。未来からの返事はない。

 けれど斎の言葉には耳を傾けているように思う。連続していた「ごめんなさい」の単語が止まった。


「みんなそばにいるって、一人じゃないって、伝えただろ。……伝わってたんだろ。お前がその事実を受け入れてくれたから、今の俺たちの関係があるんじゃないのか?」


 斎の声に震えが見えた。

 ……同じだ。斎も。

 とても静かで、落ち着いているけど。

 自ら背を向けて離れていこうとする未来への、焦りと、嫌だという気持ちが。置いていくなという感情が、見え隠れしてる。


「だから、相沢……」

「ごめん」


 続く言葉が遮られた。


「変われたと、思ってたよ。私も。だけど……」


 もう一度、か細い声が「ごめん」と言って、鼻をすする音がした。


「ごめんなさい……やっぱり、私はっ……孤独(わたし)から抜け出せない。私がいることで、みんなを危険に晒してしまうなら。私は独りでいい! 誰も……っ、失いたくない」


 悲しい気持ちが、木を通して伝わる。

 見えないはずの表情が頭に浮かぶ。……泣いてる。

 ぼろぼろと、大きな青い瞳から沢山の透明の血を流す姿が、よく知っているその姿が、今この向こうにある。

 ……しばらく経つな。未来が泣かなくなってから。

 笑顔が増えた。感情が自然に出るようになった。

 生まれて十五年目にして、初めて口にした。

 幸せだと。

 なぁ、未来。お前……全部捨てるつもりか?

 今までの全てを無かったことにして、自分から苦しい環境に戻るつもりなのかよ。


「加奈子に伝えて。巻き込んでごめんって」


 呼吸を整えてから未来はそう言った。

 それを最後に声が聞こえなくなる。

 数秒後には戦闘の音が始まった。だけど、ほとんど聞こえない。かなり遠いところでやり合っているらしい。

 あいつのことだ。俺たちがすぐにここから離れないと踏んで、ならばと場所を変えたんだろう。


「あの、バカ……」


 木の壁におでこを付けて、文句を言い放つ。

 だけど何も返ってきやしない。

 だって、未来はそこにはいないんだから。

 自分から死地へ飛び込んでいったのだから。

 俺たちを来させないための、拒絶の壁なんだから。


「……斎。長谷川」

「おう」

「うん」


 名を呼んで、三人顔を合わせる。

 にこり。楽しくもないのにニコニコと笑ってから、全員揃って──ピキッ!


「あんま甘く見てんじゃねぇぞ、このアホ未来がぁああ!! 【火柱(ひばしら)】ぁああ!!」

「【鎌鼬(かまいたち)】!」

「【津波(つなみ)】!!」


 額に青筋を浮かべ、立ちはだかる樹木に力いっぱい殴りかかった。

 怒るぞ俺は。俺たちは。

 危ないとわかっていて「じゃあお先に〜」なんて言うと思うか? 言うわけねぇだろ、このあほんだら!


「くそがっ! かなり強度のある種類で作りやがったな、あいつ!」

「マジで参加させないつもりね! まったくもう、世話が焼ける!!」


 今度は【熱線(ねっせん)】と【風神(ふうじん)(まい)】を浴びせる。けれどビクともしない。

 どうやったらこんな強さにできるんだあの鍛錬バカは!


「どけ二人とも! 【バシリスク】!!」


 斎が足に水を作り、蹴破ろうとする。

 それでもダメなのだ。

 声はあれだけ届いていたのに全く手応えがない。

 突破できる気がしない。


「いらねぇ……いらねぇっ!!」


 蹴る。足に炎を纏い、【炎拳(えんけん)】の足バージョン、【炎脚(えんきゃく)】で何度も蹴る。

 いらないんだよ、こんな壁。

 拒絶すんじゃねぇ。自分のせいだなんて思うんじゃねぇ。

 誰がそんなふうに思う。お前だけだぞ、そんな考え方してんのは!?


「あんのっ! アホ、ボケがぁあああああ!!」


 【炎拳(えんけん)】。体重をかけて殴りつけた。

 だけど木の壁は全く動かない。燃えもしない。

 立ちはだかる木の強靭さに、次第に誰も技を出さなくなっていく。

 叫ぶのも疲れ、乱れた呼吸音が辺りに広がった。


「はぁっ、はぁっ、土屋。お前、悪口のレパートリー、増やせよ。バカと、アホ、ボケの三つしか、言ってなかったぞ」

「うっせぇ……はぁっ、チビって、言わねぇようにしてんだよ」

「はぁっ、き、気にしてんの? 小さいこと、はぁっ、未来ちー」

「知らね。ヤだったら、げほっ、わるいから」


 とはいえまだ十四。もう少し大きくなる可能性はあるし、完全にチビと断定してやるには早い。なんて思ったりもするわけだ。

 高ぶった神経と息を正常に戻すべく深呼吸をする。


「なんで相沢は、(かたく)なに全部自分のせいだと思い込むんだ。違うだろ……」

「……多分だけど、大阪にいた頃に言われた言葉を、ずっと引き()ってるからじゃねぇかな」

「言われた言葉?」


 長谷川の問い返しに俺は首を縦に振った。


「人間でないものとして、生きていかないといけないんだってさ」


 俺はその言葉を直接は聞いていない。そう言われたと未来に聞かされただけ。

 でも未来は、まるで洗脳にでもあったかのようにその考えのまま生きるようになった。

 何度俺や凪さんが違うと言っても。それこそ、さっきみたいに。


「……馬鹿なのは、おツムだけじゃないわけだ」


 とりあえず『譲』の子を撤退させようと、その子の体力ゲージが表示されているパネルに手を伸ばした時。

 秀がふらりと立った。


「過去に捕らわれて今すべきことをしないなんて、僕らしくない。ウジウジしてる間に相沢にもしものことがあったら、それこそ阿部とも顔を合わせられない」


 目をぐいと擦り、尻を叩いて気合いを入れる。

 双眼に強い光を戻した秀が、氷で巨大な何かを作り上げた。


「【氷像(ひょうぞう)】……超特大ッ! チェーンソー!!」

「ぶふっ! いいねぇ!!」


 うぉおおおお! と叫び声を上げるらしくないイケメンに、長谷川が吹いた。

 氷でできたチェーンソーを秀はとにかく振り回す。

 暴走ぎみだけど、頭の切り替えができたらしい。

 長谷川も【鉄扇(てっせん)】を壁に添わせ、刻みながら走っていった。


「みんな……気持ちは一緒だな」


 斎が微笑を浮かべ、再度、足に水を生み出し走る。

 相槌を打った俺は木の壁の外側だろう部分に火種を起こし、【爆破(ボム)】で広範囲に衝撃を加えていく。

 全員で協力しながら、去っていった未来を思った。


 孤独が当たり前という認識を改めるのは、一朝一夕にはいかない。

 確立した考えを変えるのは難しい。

 わかってる。時間と経験が必要なことも、長い目で見なければいけないことも、十分理解してる。

 だけど!


「いい加減ッ! ちゃんっと周りを頼れよな、バカ野郎!! 【(えん)(じん)】!!」


 少しして見つけたわずかな綻び。樹木の繋ぎ目の部分へ、龍を模した炎を渾身の力で叩きつけた。

 ビクともしなかった木の壁にひびが入る。

 ひびに沿って樹木が裂け、強靭な壁に穴が空いた。


「っしゃ!!」

「ナイスだよ土屋。行こう!」


 忘れず『譲』の子をゲームから退出、現実世界へ送り返してから全力で走る。

 未来はもう、近くにはいないんだろう。声も音も聞こえない。

 反響するのは俺たちの足音だけ。


「全員掴まれ。多分俺が一番速いから!」


 斎が腕を広げる。秀ほどではないが、研究ばかりで細っこい。だけど知ってる。努力家の斎の腕は、見目に反して筋肉がしっかりついていること。

 マダーになってから頑張って鍛えている斎の二の腕は、硬い。


「頼むぞ。【バシリスク】!」


 足に水を帯びて走る。

 両腕に一人ずつ、肩に一人の計三人を乗せても、水面を走るトカゲは速かった。


「見つけたら一発殴ってやるわ。痛いって泣いても知らないんだから!」


 強気に吠える長谷川に、「そうだな」と苦笑した。

 捜そう、あのバカを。

 頭に染み付いた常識を覆すために。

 生きていてもらうために。



 未来視点、戦闘

「【葉脈(ようみゃく)】、アクセルモード」


 赤く染まった二つの鎌が


『ふふふっ、嫌なんだよねぇユーは。植物を壊されるのがさぁ!』

『だったらぁ、自分で壊しな!?』


 数多に作り出された植物のーーが、未来へ襲い来る。


「……ごめんね」


 鎌を上空に投げ上げる。

 緑いっぱいの土地に向けて、未来は両手を広げ、手のひらを上へ。そして両手に一つずつ、同じ紫色の花を作り出す。


「【過度を慎め(サフラン)】」


 毒の花、食虫植物、虫を呼ぶ花たちを、一掃する。


 植物を、生命を大事にする未来が、敵とはいえ

 つらい選択だ。


「【(はぐく)生命(いのち)よ】」


 ガラス玉と化した元死人の花たち。彼らを生命を作り出す技で種に変換した未来は、土へ し、第二の人生を歩ませる。


『ねー、どうしてそんなことするのさ? 殺した死人なんて放置しておけばいいでしょう?』

「私には私の信念がある。死人だって生きてるんだ、蔑ろになんてしない」


 舞い戻る鎌を手に、旋回して死人の両腕を斬り落とす。


「あなたにだってあるでしょう。譲れないものが」


 睨む。


『ねぇ、メイの再生力を甘く見てない?』


 再生したと思った、そのすぐに視界が歪む。

 殴られた。そう理解した直後叩きつけられる。体力ゲージが減る。


『第二段階だよ。ステージ・将棋』


 未来がいる真下に、ーーがたのーーが浮きでてくる。そこに黒い文字が印字された。

 直後、未来の体が乗ったマスが勝手に動き始める。


(これは……!?)


 急いで立ち上がり、動くマスから離れる。

 しかし次に着地した場所でも同様に動いた。しかも今回は、真っ直ぐではなく斜め右へ。


『第二のステージ、将棋。ルールは知ってるかな? 現代っ子のハズレさんは』


 動くルールがわからない。なら、床に足をつかなければ


『ダメだよ、ルールは守らなきゃ』


 上から殴りつけられる

 また動く

 動いた先には、奴が用意したーーの針


『はーい、ちくっとしますよー』


 殴られ、針に向かって飛ばされる


「んっ……!」


 体をひねり、軌道を変える。


『ちぇ。切れただけか。まあ結構なダメージになったしそれはいいかな?』


 腹の辺りを針の先で

 血が溢れる。HPも徐々に減る。


(流血と体力減少が連動してる……止血しないと!)


『ダメダメ。させないよ?』


 人形が数え切れないほどにあらわれる

 それらが、動くマスを使って、思いもしない方向から襲いかかってきた。


『第三ステージ、無限誕生。』


『痛いよ。哀しいよ。嫌だよ。やめて、やめて』


 未来に抱きつき、縋る。


「うん……哀しいね」


 抱きしめようとしながら、未来は悲しげに口を動かした。


「【過度を慎め(サフラン)】」


 死人が吹き飛んで消え、ガラス玉へと変貌する。

 哀しいと言って泣いていたあの死人が、

 未来は、その場から動かない


過度を慎め(サフラン)】。悪意がある死人を一網打尽にできる最強に見える技は、

 哀しい気持ちを人間に伝えたいから襲ってくるのだと、そう信じている未来の心を抉る技である。

 悪意を持っているとその都度心に刻み込まれる。自分の信念と希望を代償に、周囲を守る力なのだ。



 技を出そうとする。けれど、出ない。なにも


『面白いでしょ? 第四ステージ・剛腕。キューブの能力は使えないよ。キミたちのいう素体って状態になるからね』


「……何も、面白くなんてないよ」


 左腕に張り付いているキューブを、元の立方体に戻す。これもできなければどうしようかと思っていたが、さすがはデスゲーム。現実との連携はしっかりとされている。


 輸送と経由機能で、キューブ内に入れている死人のガラス玉を数個取り出した。


(こっちで戦うのは、去年以来か。みんな、力を貸して)


 ガラス玉を地面へ投げて、割る。

 未来の周りへーーが巻きついた。


『気持ち悪い。死人と戦うのにマダーが死人の力を使うなんてさ』

「あなたにどう思われようが構わない。だけど、ここであなたを放置するわけにもいかないから」




 未来は、自分の中で決めていた。一度に使うのは四つまでと。

 けれどこのままでは状況を変えられない。


(キツい……けど、やるしかない!)


 禁忌。ガラス玉を一気に五つ割る。

 未来の青い瞳が更に深くなる。

 死人を思わせるその碧眼は、目の前にいる死人でさえも畏怖させた。


『ねぇ、ユー。ユーは、人間……で、いいんだよね?』


 死人からのその問い掛けに、同じ目を持つ未来は、妖艶な笑みを携えて答えた。


「さぁね」


 舌を出して、口の端についた血を舐める。

 そうしてまた年齢にそぐわない表情をする未来は、ガラス玉から得た跳躍力で死人に急接近、足を振り上げた。


『動きが大きすぎるよ?』


 針が未来へ向けられる。

 本来なら避けるべき。だが


「知らないなぁ」


 そのまま振り下ろす。

 足が、ふくらはぎが、針の餌食になる。


『な……っ!』


 針に刺さったまま未来は死人へかかと落としをした。




「あはっ、あはは!」


 ケタケタと笑う。まるで死人のように。

 痛みを感じていないのか感じていないフリをしているのか、未来自身にもわからない。

 ただ、刺さった針を力任せに引き抜いて、後ろへ投げた。

 傷口から溢れ出すはずの血が、すぐに止まる。そして、急速に治癒していく。

 数秒の間に今受けた傷をなかったことにしてしまった未来へ、死人は更に恐怖を覚えた。


『ユーは……いったい?』

「さぁ。でも、あなたたちはこう呼んでるんでしょう?」

「『ハズレ』ってさ」


 成金。そんなもの未来は知らない。

しかし本能が、戦闘の経験が、脳ではなく体を先に動かしていく。

着地した瞬間の僅かな揺れ、沈み込みの深さ、文字から気付くなんとなくの方向。


(──来る)


側転していくつかの駒を渡り、勝手に動くその性質を利用して躱しきる。そして最後に乗った駒は、香車。


「真っ直ぐ、前進」


死人の目の前まで行けるはずだった駒が、ピタリと止まる。

未来の困惑などよそに、真横にいた死人に殴り付けられた。

床に体が横倒、歩の駒によって一マス前へ。上から針が降り注ぐ。


「【種皮(しゅひ)】」


盾で体を守る。けれど、また前へ進む。


『ふふっ、残念でした』


相手のスペースから三枠目。

成金と呼ばれる特殊ーーを、未来の意思ではなく駒が勝手に行ったのだ。


『』

 ◇


「いた!!」


「未来!!」


 びくりと、肩が跳ねたような気がした。

 振り返った、妙に青い未来の目が大きくなる。


『ちっ、いてぇんだよ!!』


死人攻撃。


(全方位、ーー!?)


逃げられない。

盾も作れない。


「未来、お前……?」


俺たちを地面に押し込んだ未来が、上から覆いかぶさっていた。

さすがに全ては守れない。

多分俺だけじゃない、みんなも多少なりと怪我をしてる。

だけど、ほぼ全てのーーの攻撃が。俺たちを庇った未来の背中によって守られていた。


「……なんで、来たの?撤退しろって言ったよ」


体を離しながら、未来は低い声で問い詰める。

どうやって抜け出したのかなんて無駄なことは聞かない。ただ、なぜまだゲーム内にいるのかと、いつもより青い瞳で見つめ、俺たちを責めた。


「早く出てって。邪魔」


立ち上がった未来は俺たちへ背を向ける。

背中と腕に刺さったーーを、躊躇なく引き抜いた。

傷口から血が流れる。だけどすぐに穴が閉じて、ボロボロになった服の隙間から、鍛えられた筋肉と綺麗な肌が見えた。


(再生力……体を強化する系統の死人の力か)


キューブの技が使えないこの部屋において、相性のいいガラス玉からの能力。

刺さって減ってしまった未来の体力ゲージが、傷の再生とともに回復していった。


「……やめて」


ふらりと、立ち上がる長谷川。

禍々しいオーラを纏ってゆっくりと死人がいる方へ歩き始める未来へ、小さな声で呼び止めた。

だけど止まる様子はない。歩みを進めるたび、未来の体が変わっていく。

長谷川にもらったパッドから見える色白の腕がーー色に。左腕はーーに。

ガラス玉を通して死人の力が使えると知っている俺でも、今まで以上にそれに頼っているとわかった。

元から知っていた長谷川と違って、未来のこの姿を斎や秀は知らないだろう。


「止まれ。未来」


命令。多分自分にしては珍しいくらい、静謐な。

未来がぴたり。止まる。

それでも振り向きはしない未来へ、転けそうになりながら長谷川がーーし、抱きしめた。


「放して、凛ちゃん。そろそろあの子へかけた技が解ける。早くしないと……」

「アタシさ、戦場で未来ちーに邪魔って言われるの、二回目なんだよね」

「初めてあなたに出会ったあの日……同じように、キューブを使わないで死人に向かっていく姿を、アタシはーーで見てたよ」

「このままじゃいけない。早く、加勢しなきゃって思って、いそいでキューブを取りに帰った」

「戻ってきたあの瞬間、食べられそうになってるあなたを見て、ーーね。嫌だって、思ったよ。誰かが死んじゃうの、見るのはさ」

「お願いだから……もう、全部自分でどうにかしようとするのはやめて」

「誰も失いたくないってさっき未来が言ったように、アタシらだって、未来が大事なんだよ。失いたくないんだよ?」


「……凛ちゃん?」


 未来が驚いたような声で、長谷川を呼ぶ。

 さっきまで強気だった長谷川が、泣いていた。


「一緒なんだって……ひっく、気付いてよ、ばかぁ……っ!」



「未来ちー!?」


急に未来から力が抜けた。


「どうした!?」

「わかんない、急に……っ!」


「あっつ……!」


「熱……?」


刺さったーーに毒?いや、それなら俺たちだって


「時間……」


天井を見上げる


怪我で、リミットが早まった?


 ──パン、パン。

 死人が手のひらを叩く。


『はいはい、仲良しごっこはそろそろ終わりにしてくれる? メイは今そいつと命のやり取りをしてるんだよ?』


『あー、痛かった』

『ねぇキミたちさ。よくそいつと一緒にいられるね』

『怖くないの? そんな……バケモノとさぁ』


「未来は未来だ。普段の少し抜けてるところも、死人の力に当てられて、強気になりすぎるのも」


「こいつをーーするのは許さない。二度とその言葉を口にするな」


『ふぅん……まぁいいや。メイはメイのやるべきことをするだけだから』


『ステージ、ーー。反転』


部屋がモノクロになる。

心臓が呼吸が、自分の意思に関係なく、止まる。


『バイバイ少年少女。ハズレもろとも、生と死が逆になる世界へ……生きることを許さぬ絶対の死の世界へ、行ってらっしゃい』


 ◇


「……もう一度、説明していただけますか。何があったか」


 優はあいかへ


「唐突すぎて、ワシも詳しくはわからん。中の様子は観れんし、阿部の治療して帰ってきたら、もうこっちからは通信できんようになってたんじゃ」


 優は説明する。


「阿部さんは……」

「重症じゃって、来てくれた医者が言うとった」


「マダーがたくさん集まるところじゃから、争いが起きた時ようにお店で完治薬を置いてくれてたんじゃ。それを使って傷はすぐ塞がったけど……何せ、切られたのは頸動脈じゃったから」


「キューブの スペースに保存している輸血パックで、血を送ってはいるが、結局阿部の体力が持たんかったらそれじゃって意味はない」


「意識が戻るまでは油断できません……じゃと」


 そっと頭を撫でる。


「よく、冷静に判断してくださいましたね」

「……大したことじゃない。妹と弟を守れるだけの知識と武術を、身に付けてただけじゃ。ワシは、それ以外なにもできんから」

「そんなことはありません。あなたのおかげで阿部さんは今、生きているのですよ? 十分にーーです」


「のお、国生センセ。そっちの怖そうなーーは……」

「司令官です。マダーの最高責任者の」

「現場、来るんですか」

「……来るなと言われるんだがな」


 そもそも本部の人間が現場に来ることなどほとんどない。ましてや最高司令かんが来るなんて。


「しかし、素早い攻撃と硬化の能力。更に『フォームチェンジ』……やはりそのようだ。千番」

「はい」

「弥重に連絡してくる。ここを頼む」

「承知致しました。お任せ下さい」


「……あの、やはりって?」

「中にいるその死人が誰なのか、確証を得たのです。まぁ、こちらに入ってきた情報で、十中八九そうだろうと思ったから出向いたのですが」


「豪華な赤い朱雀の紋様は、使い魔の印。精鋭部隊の一人を主人として、わたしたちとともに戦ってくれている味方の死人。名を……ヘンメイといいます」


優は目を見開いた。


「み、かた……? そんなわけっ!」

「信じられないのも無理はありません。しかし未来さんなら、おそらく何となくは気付いていたはずです」


「死人を倒した際に、収束してできるガラス玉があるのですが……それをまとめて本部に送ってもらって、使用して戦っているのですよ」


「あくまでキューブに割り当てられた文字から能力として」と補足される。


「左様だ。特にあやつはゲームを作る能力を持つ死人。使用者もよく使っていたよ」

「司令官、早かったですね。もう少しかかるかと……」

「ああ。弥重だからな、理解も決断もすぐだった」


「ただ……」と、司令官は


「帰らないと、言われたよ」

「あら……」


「どちらにせよ、言うことを聞かなくなってしまった死人は敵同然。討伐の対象だ」

「彼らに、頑張ってもらうほかないだろう」


「未来さんの言った通り、他のマダーは退出させるべきですね。彼らがヘンメイと渡り合えるとは思えませんし」



 ◇

 死人の体力に限界はない。ずっと戦い続ければ、マダーは不利なのだ。

 それは、未来だって同じ。


 ◇


「異常はありませんか」


 デスゲームからリタイアして、先に死の訓練場へ戻ってきた斎はすぐに確認の言葉をかけられた。


「体感では、特に何も」

「そうですか。なら良かったです」


 ほっとするわけでもなく、あくまで事務的に告げるあいかの言葉に斎は唇を噛む。


「俺が、みんなみたいに強ければ。あの場に残してくださったんですか」

「タラレバを言っている暇はありません。どうか気持ちを切り替えてください」



「なにも、見ているだけにしろと言っているわけではないのです。むしろ、あなたには酷なお願いをしようとしている」

「酷?」

「ええ」


 変わらず抑揚の無い声で あいかが、急に膝をついた。指をそろえ、頭を下げる。


「今この場で、新たなキューブを完成させてください」


「やめてください先生。どうか姿勢を戻して」

「説明してください。今必要だというのは、どういう?」


「あなたが作っている新たなキューブとは、以前作った赤いキューブと似ているとお聞きしています。細かな点は知る由もありませんが.......もしやそれは、他人に能力を付与できるタイプの代物なのではありませんか?」



 あいかが


「わたしは、ヘンメイがこの後…… で、ここを襲うと予想しています。その場合、失礼ですがわたしとあなただけではここにいる皆を守れない。協力できる方が必要です」


 ちらりと、眠ったケトとおキクを抱え、加奈子の横に佇む優をあいかは見る。



「……誰か、他にマダーは呼べないんですか」

「先ほど申し上げた通り、わたしはその辺のマダーがヘンメイに勝てるとは思いません。能力で生み出した も、かなりの力を持ちます」


 立ち上がりながら、


「最悪の事態を考えると、マダーの数を増やすというのは良策ではないでしょう。向かわせた分、殺されてしまっては夜の討伐に多大な影響ガデます」

「本当なら、凪君に戻ってくるよう司令官が指示するはずだったんです。しかしいざ連絡をしてみると、ノーと返事がきたそうで」

「え……それって、弥重先輩自身が、帰らないと言ったってことですか?」


 あいかは無言で頷いた。


「どのような意図があるのかはわかりません。彼のことですから、他の精鋭部隊が任務中なのは知っているはず。なのにそう言うのであれば、きっと考えがあるのでしょう」


「とにかく、今回は力を借りられないのです」


「だからお願いします。ここで、彼らを助ける手伝いを。皆を守るために、あなたの頭脳を貸してください」



「集中します。話しかけないでください」

「ええ」

「よろしくお願いします」


「どこへ?」

「電話をします」

「彼女も呼んでおく方が、いいと思うので」


 ◇


「説明しとこうか? 【双子(ツインズ)】は──」

「ううん、聞かない」


「……凛ちゃん」


 ぎゅっと、未来は長谷川を抱きしめる。


「終わったら、聞く。全部終わって、加奈子が元気になったら。みんなが揃ってから聞きたい」


 未来の願いに

 持ち前の綺麗なつり目が柔らかくなって、未来に最大限の優しい笑顔を向ける。


「わかった。あっと驚く説明を考えておくよ」

「うん」


「じゃ、その時は俺が昼飯でも奢ってやるよ」

「マジで? 高いのでもいい?」

「か、加減はしてくれよ!? お年玉の残りでどうにかなるぐらいには!」


 二人が笑う。


「お寿司がいいなぁ。ーーが好きでさ」


「あと、未来ちーが好きなコンビニのプリンね。アタシも食べてみたい」

「わかった。それも気が済むまで食べさせてやる」


 双子だから同じ技しか使えない、同じ動きしかできない

 西洋占い星座

『風の星座』




「なあ、未来」


 意識を失っている未来へ、俺は語りかけた。


「俺さ、最近よく洗面所にいたんだけど、知ってるか? 母さんに怒られる覚悟で、水量の調節と、触れたら水がどんな動きの変化をするか観察してたんだ」


 未来に【蒸散(じょうさん)】で作り出してもらっても良かった。だけど随分時間がかかりそうだったし、今回は水道を使わせてもらったのだ。


「けどな。いくらやっても水って外側には飛ばないんだよ。吸い付いてくるんだ、手の方に」


 斎の【ジェット】を手のひら一つでどうにかしちまったあれが、どういう原理だったのか、ずっと考えていた。


「お前あの時さ。髪、綺麗だったよな」


 無意識に未来の髪を撫でてしまった俺。手入れされている髪は元からすごく綺麗だけど、あの日は特にさらさらとしていた。しかも、鍛錬の後だったのにだ。


「どうせ、いつもみたいに付けてたんだろ? あれを」


 服に拘りはないが、ケアはきちんとしている未来。こいつがいつもつけているヘアオイルは、未来が技で作り出した植物オイル。戦いで水を頭から被っても全て弾く撥水性に富む未来オリジナルだ。

 わざわざ髪をまとめ上げたのは、戦いに本気になろうとしたわけじゃない。

 髪についていたヘアオイルの効果を、自分の手にも施すため。


「」


 理解した。

 未来が強い理由。

 凪さんが強い理由。


 ──なんで隆は勝てないのか、どうしてロボ凪さんはこんなに強いのか


 答えは、ずっと前から知っていた。


「戦術の幅と、経験」


 俺には長谷川みたいに経験もないし、秀みたいに多彩な技を使う技術もない。

 どれだけ勉強しても戦いの知識は未来に劣るし、斎みたいに

 阿部のように、人を救える力もない。


 だからこそだ。


 経験は埋められない。

 自分と同じ時間の分だけ相手も進む。

 ならその分を、インプットしなければならない。






 もくせいじゅう、だん


 結びついてはいけない言葉が結びつく。

 あの時長谷川が言いかけていた言葉が。

 二人の言葉がこだまする。

 普段なら、例え敵が遠くにいようと未来は外さない。

 焦り、動揺、咄嗟の対応。それに加え、右腕のズレ。

 当たらない。残り、一センチが。


大賢(たいけん)(やり)】で守る

勢い強くて倒れる、ひとなぎして倒す


「未来っ!」


 息の乱れが著しい。


「あっつ……!」



 熱い。俺の炎と同じくらいあるんじゃないかと思うほど、未来の体は酷い熱を帯びていた。


「つっちー、どうしたの!?」

「未来がーー!体がすっげぇ熱い!」


汗も酷い。


(なんで……ついさっきまではどうとも!)


そこで、ハッとした。天井を見上げる。

デスゲームに入ったのが十時。現在時刻は、


「リミット……」


 ゲームに入ってからゆうに を超えている。

 相性の悪い未来の

 限界が来たのだ。


「ぐっ……!」

「大丈夫か!?」

「うっさい! 平気に決まってんでしょ!」


 双子側の、腹に刺さった


『ぜーんいん、纏めて吹っ飛んじゃいな?』


 箱の炎で燃やされる。

 もしくは氷点下冷凍される

「……僕に炎で対抗するなんていい度胸だね」

 出てくる

「僕の相方が、最高に強い炎使いだってこと忘れてない

 自分と相性の悪い相手への対処法ぐらい、考えてない訳ないでしょう」


 アイスコンタクトの説明改めて

 相手の表情読み取るいきる

 一人連想ゲーム

 不快そうな青い瞳がきろりと動く。振り返りざま死人が掲げた腕が、秀の【氷剣(アイスソード)】を受け止めた。


「勘違いしないでよ。僕も馬鹿じゃないんだ、無駄とわかっている攻撃なんてしない」


 間髪を入れずに答えた秀が、剣を押し込みながら足で死人を蹴り上げる。

 空中に投げ出された死人に向かって大きく踏み込んで跳び、奴が落ちてくる重力を利用して削ぐように大きく切り払ったら、

 ーーくらいの皮膚だけが吹き飛ばされた。


「うろこ(かえる)みたい……」


 少し楽しそうに目を大きく、敢えてされるがままにしている死人を更に大きく削ぐ。

 腹のあたりの服と皮膚が消え


氷像(ひょうぞう)】のモーションを取りながら、


「【氷像(ひょうぞう)】……」



 不快を最高ちょうに達した死人の腹が、急速に元に戻っていく。


「何度も言わせないでくれる? 僕は馬鹿じゃないんだよ」


 再生したすぐそこを、【氷剣(アイスソード)】でもう一度削ぎ落とす。

 死人の肩を足場にしてーー

 氷の剣が腹のゼリーの表面を切り裂いた。


「勝った。そう思ったでしょう?」

「勝利を確信した顔……このギリギリのせめぎあいの中でそんな顔ができるとしたら、ここしかないよね」


 CPの表情の変化など無に等しい。しかし 鍛錬の成果と、最善を見せる【可視化(アイスコンタクト)】の効果が、秀を神の領域へと導いた。


王手(おうて)だよ」


ただ──


『バッカじゃないの?』


それさえも覆してしまうのが、強敵と呼ばれる存在である。そう気付くのにかかった時間は、命取りとなる




 神の名から取った炎最強の盾、【回禄(かいろく)】。それでもほぼーー

 秀と長谷川が倒れていた。


(体力……全員、体力は!?)


 急いで周囲を見る。全員が1と表示されていた。


『ああ、さっき相沢未来が使ってたの……そういうやつか。ふーん……』

『やっぱりさぁ。誰のことも信用してないんだね、ユー』

「う……」


 前髪を掴まれて、顔を上げさせられる。

 熱で赤い頬がよく見えた。


「やめ、ろ!」

「動かない方がいいよぉナイト君。せっかく止血したのに、また血が出ちゃうから」


足を動かし立ち上がる。

奴の予想通り、無理に力を入れて腕から血が流れ落ちた。


「質問に答えろ。お前はどうして」

「契約している死人だっていうなら、勝手に出歩いたりしちゃダメなんじゃねぇのか! お前の主は今どこで何をしてる!?」


『知らないなぁ。知ってても教えないけどねぇ』


 まとわりつく、ぺっとりくっついてくる


「【爆破(ボム)】」


『あーびっくりした。急に爆発だなんて怖いなぁ』


『だけど、不思議。他のやつは技を生み出すのに何か動き(モーション)を使うのに、ナイト君にはあんまり無いんだね?』


『なんだっけ。想像しやすくするために固定の動きをしてるんだっけ? ()()が教えてくれた気がするよ』

「……主君?」



『疲れないの? ナイト君もさっきまでゲームをしてたんでしょ?』



 やばい、どうしたらいい


 足動かない


『さようなら。ナイト君』


 咆哮が、放たれる。


 ◇


「──おまたせしました」


「私も本部の護衛を担う者ですから、ある程度なら戦えます」

「瀬戸さん、吉住さん。作戦通りにお願いします」


「感覚は掴めた?」

「は、はい」

「うん。じゃあゆっくりでいいからやっていこう」

「八割は私が請け負う。残りの二割、心を壊されないように気をつけて」


 文字は、『知』。


「【(かな)しみを()る】」

 死人元に戻す

「【お清め】」


「ほらね、未来さん。哀しいだけの死人なんて、ひと握りしかいないんですよ」

「だからわたしは、反対しているのですよ」


(なあ、キューブ。なんだかんだで付き合い長いんだよな、俺ら)


 キューブに語りかけた


「力貸してくれよ。みんなを守れるようにさ」



「加藤、俺のキューブを使え!」

「え、じゃ、じゃけど!ワシはお主の技をほとんど知らん!」

「大丈夫だ。お前には柔道があるだろ!」

「俺のキューブの恩恵が、お前の身体能力に移動する。怪我をしにくく、受けても治りやすくなる。パワー自体も上がる!」

「大丈夫だ。お前は能力なんかに頼らなくても戦える!自分を信じろ!」



 ケトが守る

「ケト……」


 ◇


 防御が、間に合わないと瞬時に悟った。

 死ぬと思った。


 その瞬間、時が止まったかと思った。

 目の前には見慣れた長い黒髪が舞っていて。

 赤くなった頬が一瞬こちらを向いて。

 焦って見開いた大きな青い目を、一瞬で鋭い目つきへと変えて。

 敵へと振り返りざまに、小さな桜色の唇が動いた。


「【カランコエ】!!」


 ……カランコエ。

 確か、花言葉は……『あなたを守る』!?


「未っ……」


 爆風。


 赤ゲージまで一気に。


【種皮】じゃ強度的に耐えられないから……自分の防御を捨てて俺を守ったんだ。

 自分がこれ以上戦えないのがわかっているから。

 だから、完全に防御を捨てたんだ。


 周りが爆炎で見えなくなる。周り勢いで吹き飛ばされそう。


【光合成】の一言が聞こえた時に、しっかりと見えたのは

 見慣れた幼なじみの小さな背中。


「未来……」


 肩で息をしながらも、未来は敵を見据えこちらには振り向かない。


『へぇ、よく動けたね? そんな体で』


『やめときなよ、本当に死んじゃうよ? 怪我をしなければ体力ゲージは減らないけど、そうさせてるのは現実の自分の脳はすごく働いてるってことわかってる?』

『ゲームの中でもその体の暑さ、震え、喘鳴……現実の体はきっと四十度を大幅に超えているはずだ』


 疲れただ?ほざけ。

 動け俺。


 早く。

 早く、頭をクリアに。


(頼むよキューブ……もっと、恩恵を、頼むから……っ!)


 心をせかしたってどうにかなるわけじゃない。

 わかってる。

 だけど、気持ちだけは焦って、焦って、焦る。



『悪意あるモノは徹底的に排除する。それがキミたちマダーの役割でしょ?』


「違う。私たちマダーは、悪意があっても元に戻せる限りは尽力する!」

「あなたたちの哀しみをわかりたくて、いつだって必死だ」

「排除するのは、人を守るため。命を奪わせないため! あなたの認識とは違う!」


「話せるなら力じゃなくて言葉を使え。生まれた意味を見失うな!」


『ユー、何に怒ってるの?』

『メイが回復持ちに手をかけたから怒ってたんじゃないの? メイが回復持ちを殺そうとしたから怒ってるんじゃないの?』

『メイの生き方に対して怒ってるの? なんで? 怒るべき対象が違うんじゃないの?』



『哀しみをわかりたいだって? なら現実はどうなの。メイたちは減らないし、お前たちにも変わる様子が見られない』

『メイたちはその都度生まれ、その度に殺されていく』


 刀上に振り抜かれ、未来の指が切れる。突き刺そうとする。


『何度殺されてもなおメイたちの哀しみが尽きることはない。そして、お前たちにも届かない。違う?』


 未来に近付き死人は未来を見下ろした。


『現実を見ろよ相沢未来。メイたちがわかりあうことなどありえない。無理な話だ』

「それでも私は、あなたをわかりたい。あなたの哀しみを、理解したいと思う」


 未来もまた、負けずに死人を睨め上げる。


「わかりあえないって言ったね。本当にそうだと思う? 私は今、家族として死人と一緒に暮らしてるよ」


 死人の眉がぴくりと動く。


「最初はあなたと同じように、哀しみにまみれ、怒りで我を忘れていた。だけど、心を開いてくれた」


 僅かな動きを見逃さず、未来は畳み掛ける。


「あなたもそうなんじゃないの」

「主君。あなたと共にいた主人を、あなたは大好きだったんじゃないの」


 殴られる。


『メイと主君を、わかったような口振りで語るな』


 早く、早く立ち上がらなきゃ。

 早く。

 早く。

 早く──!!




「あははっ、死ねぇええええええ!!」


「させねぇ……っ!!」


 未来の服を背中側から掴んだ。

 硬直した未来を力一杯後ろへと投げ飛ばした。


「手ぇ……ッ出してんじゃねぇよ!!」


 立ち上がりざま、奴の顔面へ大きく拳を振りかぶった。

「【炎拳(えんけん)】!!」


 未来後ろにする


『ふん、庇い合いの関係か。お互い大事に思いあってるってわけねぇ、ふふ』

『虫唾が走る』


 隆馬乗り

 刀ぶっさす

 相手から頭に手をかざされ衝撃波何度も打たれる

『どちらが先に尽きるかなぁああああ』

「がっ……あぁあ……っ!」

「おまえが……」

「おまえがッ、先に消えやがれ!!」



『ナイト君。あの世で、お幸せに──』


 水中戦いれる

 海付近 飛ばされドボン

 体に重り、縄で縛られる。

 体が濡れて 炎は出しても消える

 焼ききれない。

 ああ、だから水があるところは嫌なんだ。

 だけど……負けるか。

 負けてたまるもんか。


 ーー、拳を握った。


 ◇


「弥重。行ってやらなくていいのか」


 流星は凪へ問う。珍しく真面目な顔をして。


「うん、大丈夫だよ」


 数時間前に司令官からきた、東京の現状報告の電話。

 自分が連絡をすることで戦況が不利にならないようにと、遠征中は絶対に凪へ連絡をしてこない司令官。

 その彼が、メールすら寄越さず直接電話をしてきた。

 彼の中で相当にマズイと思う状況にあることは十分伝わってきた。

 最初こそ少しだけ動揺したものの、内容を聞いてから数秒。すぐに平常心を取り戻した凪は現在、【(いと)】で周りの死人たちを瞬殺している。


「不安はない。あの子たちならきっとやってくれる」

「随分な信頼だな。相手は……ヘンメイなんだろ?」



「……隆一郎はね。目の前で友だちを傷つけられて、黙っていられるような子じゃないんだよ」


 凪とは違い、仲間を見捨てられない隆一郎。視点によっては弱みになり得るその甘い考えが、今回は公転的に働いてくれると凪は確信を持っていた。


「特に今回は、狙いが未来らしいから。もしもなんて絶対あの子は許さないからね」



「……まぁ、多少カッとなりやすいなとは思うけど」

「致命的だろ、それ」

「ははっ」


「それに……九州(ここ)を取り返すまでは、帰るわけにはいかないから」


 更に強くなってきた死人の集団を見回して、凪は唇を結ぶ。

 本当ならば、生者がいる可能性の低い土地ではなく、今すぐに隆一郎たちのもとへ駆けつけて、手助けをするべきなのだろう。


 だけどそれは愚鈍。そんなことをせずとも、そこに愛弟子がいるのであれば、凪は安心してその場を任せられる。

 それほどまでに、隆一郎には信頼を寄せていた。


(相手は精鋭部隊が扱う死人。なおかつ最初に滅多打ちにされたのなら、強さが尋常でないことは本人が一番わかっているはず)


 敵からの攻撃を軽やかに避けながら、【(おぼろ)げ】を発動するための八個分のステップを踏む。最後の一足、地に着いたところで八等分に引かれた円が浮き出した。


「僕は僕で、ここにいるみんなを守る義務がある。ここを取り返す責務がある」


 凪は決断したのだ。ー、を。

 ここで耐えられなければ。その場を守れないなら。

 自分が徹底的に教えこんでいる意味が無い。

 隆一郎の長所を伸ばし、短所を していく鍛錬をずっと重ねてきたのだから。


「勝ちなさい隆一郎。お前ならやれる」


 遠くにいる愛弟子を思い、暗い空を見上げた凪は、願った。

 昼であるにも関わらず真っ黒な雲を広げている空を伝って、どうかこの思いが届きますように、と。


 ◇


【蒸発】


 水を消し去る。

 重りが重力を手助けして、地面へと超スピードで


「【火柱(ひばしら)】!!」


 重り焼切る、ギリギリ着地

 酸素なくてもやっぱりいける✕


柔道


 パラメータ見られる✕

 クイック

 傷治る


 間違いない。

 阿部の【痛み無し(ノーペイン)】だ。


「はは……元気そうじゃんか」


 ありがとう、阿部。×


 相手の能力全て知って、隆勝てる確率一気に上がる

 大賢の槍で応対しつづけ。わかるようになる


『……っんだよ、上手くかわせるようになってきた』

『』


「【治癒(ノコギリソウ)】」


全員の体力回復


「……迷惑、かけてごめんね」


木製銃(もくせいじゅう)】・(やいば)

投げて、一網打尽に。


『……な』


しんとした空間で、未来が不敵に笑った。


「隆なら、できるよ」


しゅう、りんこ、みくでりゅうの援護

できたヘンメイの隙へ鍵


「ドロップアイテム《解錠》」



「お前の心の鍵、開け放ってやる」


 鍵を使った瞬間、目の前が眩く光る。



 育成ゲーム

 いじめっこ被るから返る

 いじめっこに取られたゲーム

 彼にとって、メイは支えであった。

 彼のつらい人生の中で、唯一楽しいと思える時間が、ゲームだったのだ。


 だけど、メイは捨てられた。

 彼をいじめていた男の子たちによって。

 次の日には、ゲームは見つかった。

 隠していた場所は案外簡単な場所だった。いじめっ子の主犯である の自室。おもちゃ箱だった。

 いじめっ子はただ、そのゲームが欲しくて羨ましかったのだと言う。

 当時はかなり人気があったゲームで、どんなに店を回ってみてもどこも売り切れ。その男の子は手に入れることができなかったのだそうだ。


 ──だからなんだというのだ。


 いじめっ子は、己の物にするべくして主人からゲームを奪った。

 もちろん今持っているのは自分なのだから、もちろん自分のモノ。さあ、ここから先は自分のモノ。

 今あるデータなんていらない。

 人の育てたキャラクターなんていらない。

『お前は消えろ』。

 そう言われたような気がした。


 《データを削除しますか?》


 表示された《はい》と《いいえ》の選択肢。

 迷いなく、一切迷うことなく、メイはこの世から抹消された。

 彼との思い出というデータは、いじめっこの親指一本によって全て無かったことにされてしまったのだ。


 ◇


『……その後、気がついたらこの姿になっていたよ。彼が育ててくれた、ゲームのキャラクターそのものの姿さ』


 ヘンメイはぽつんぽつんと続きを話す。

 つり上がっていた瞳は垂れ、目頭には透明の液体が見られた。


『復讐の手段を、神様がくれたのだと思った。メイと主人の絆を奪った、あのいじめっ子への復讐の手段を』

「……殺したのか」

『ああ。残虐にね。だってそうしないと気がすまなかったんだ。メイが消えたことで、彼は居場所を無くしたんだよ?ただの小学生が、親を亡くし、居場所を無くし、支えを失って正常に生きていけると思うかい?』

『知っているだろう?少年。キミも、同じような少女を見てきたのだから』


 俺は目を見開いた。

 ヘンメイは、わかって言っているのだ。

 同情を誘っているのではない。全く同じ現実を見てきた俺へ、一緒だろうと伝えている。


『……数年、経った。初めて人間を殺してから』


 ヘンメイは語る。その後を。


『いじめっ子さえ殺せたら、もうメイは何でも良かった。生まれた時は哀しかったけど、怒りでほとんど忘れちゃったんだ』

『でも、主人が大好きな記憶は忘れられなくて、身なりだけはあの時のまま整えるように心がけた。服は毎日変えてくれてたから、それ以外の……髪型とか、メイクとかをね』


『ある時……主君に出会った』

『驚いたよ。ボクを作ってくれた主人にそっくりだったんだ。主人が生きていたら、きっとこんなふうに成長したんじゃないかと思って、久しぶりに涙が出た』

『その人は、ボクが死人だとわかっていた。もう既にマダーだったから。だから殺されると思った』

『別に未練もないし、いつ討伐されたっていいと思っていたんだよ。その人に出会うまでは』

『あまりにも、主人に似通っていて。別の人だってわかってるのに、どうしてもその人と話してみたかった。声を聞きたかった。主人を思い出したかった』

『……抱きしめてくれたよ。泣いてしまったボクを』

『その時さ。仕えようと決めたのは』

『主君は名前をくれた。メイは、主人との名前だから、俺が呼んじゃいけないだろう?と』

『ヘンメイと、名付けてくれた。返り咲いたメイ。返メイ』

『死人にとって……名前というのは、何よりも嬉しいプレゼントなんだよ。人間の親が赤子に贈るように、自分の存在を、この世のものとして認めてくれた証だから』

『しかも、主人の意図まで汲んでくれて……ほんとうに、嬉しくて、メイは、泣いた』


 泣き続けるヘンメイは、一度涙をぬぐい、俺を見る。


『度が過ぎた主君の部下……メイがさっき殺した男たちへ、少し鉄槌を下そうとしただけだったんだ。主君は昼が苦手だから、基本的に身の回りのことはメイに任せてくれていたんだよ』


 動き回れるよう拘束もされていなかったと、ヘンメイは説明した。


『自分が死人を使って戦うからって、わざわざ作り出す必要なんてないと、主君が何度言ってもやめなくてね。増やしすぎて、凪の手をわずらわせることだって日常茶飯事だったのさ』


『余談だな』と。


『いつものことだったんだ。なのに、何があったのか……今日は力が制御できなかった。殺してしまった。主君の弟(ぎみ)にまで手を出した』


『……過信、していたんだ。自分の力を』


「その……主君って人は、今は?」

『ふふ、多分なんにも気付かず寝てるだろうね。昼間に活動するのは、凪に起こされた時くらいだから』

『きっと夢心地さ』と

 押し倒して心臓突き刺し、割れながら理性を取り戻す


『なぁ……少年。名はなんと言ったか』

「……土屋、隆一郎」

『隆一郎。すまないが、メイの頼みをひとつ聞いてくれないか?』


 涙を流しながら、ヘンメイは笑う。


『主君に伝えてくれ。暴走してしまってすみませんでしたと』

『あなたに仕えられて、メイは幸せでしたと』


「自分で伝えろよ、まだ間に合うから……っ!」


 槍退けようとするがぐっと自分から差し込んでくる。


『司令官は言った! 言うことを聞かなくなってしまった死人は敵同然だと! この先メイをおいておけば、主君は喜んでくれるかもしれない』

『だが数分後には、メイはまた理性を失うだろう』

『そうしたら、今度はキミの命を奪う。確実にキミを襲いッ、奴からの命令によって相沢未来を殺す!』

『今、殺れ。そうでなければ、このゲームも終わらない!』

『大事な人を助けるための選択を、見誤るな!!』

『やれ!!』


 最近、『優しい』と言われることが増えた。

 最初は特に何も思わなかった。俺の中ではごく当たり前のような言動でしかなかったから。

 だけど今、自覚した。

『優しさ』だけでは、救えないものもある。

 その『優しさ』が、誰かを滅ぼす種になり得る。


 ──それでいい。それでいいんだ。


 そうか。司令官、あなたがあの時泣きそうなかおをしていたのは、その事実に気付かない俺を哀れに思って。

 それでいて……周りと違う俺に、それでもいいと自信を持たせたかったからなんですね。



『……隆一郎。奴らは、ハズレを……相沢未来を狙っている。気をつけろ』

「その、ハズレっていうのは……なんなんだ」


聞き返すと、ヘンメイは哀しそうに笑って、消えながら答えた。

『当たり外れの『外れ』だよ』と。




意識戻ってくる

手の中には、ガラス玉。

朱雀の紋様が刻まれた、透明の


「つっちー」

「勝ったんだね」

「……いや。俺の負けだな、あれは」

「どっちでもいいよ」

「心の声、聞けたんでしょ?」

「だったら、どっちでもいいと思う」


 クジラの卯月


 響く鈴の音

 遠くに見えた小さい影


『ウミツキ……』

『ウミツキウミツキウミツキウミツキウミツキウミツキ』


 ──うみつき。


「あ……ッ!!」


 痛い。頭が痛い。

 脈打つ痛みに耐えようと、動かない手を無理に頭へ動かした。


 知っている。

 俺はその言葉を知っている。


『御成だよ』


 目を見開いた。

 どうして今、夢の内容を思い出すのか。

 どうして今、鮮明になるのか。

 なぜその場にいたかのように、顔ぶれまでもが紐づくのか。


 違う。あの時、未来を殺すと宣告した人物はヘンメイじゃない。


『ウズキよ。お前に任せる』

『必ずや、相沢未来の首を獲って帰還致します』


 呼吸が荒い。

 そうだ、確か。死人たちが会話をしていたんだ。

 独特な声音が、


 急激に目の前

 認識した瞬間、体が壁に叩きつけられ、地面に落ちた


「がはっ……!」


 動けない


(なんだこれ……たった一撃で……!)


『ぼくとハズレの会話を邪魔しないでもらえるかな?』


『だったらなぜあの時ぼくを殺しておかなかった』

『わかっていたんだろう? ぼくがコンタクトを外さなくても、いくら人間の声を真似ようと。人間と違うぼくを、君はわかっていたはずだ』

『自分のその考えの甘さ、浅はかさが今こうなっている原因じゃないのか』


 卯月、かかる重力を反対にしてミシミシ


(潰される……っ!)




 ピーマン 反対で


⤵︎ ︎卯月

『相沢未来。お前の考えは正しい』

『ぼくたち死人と、人間が共に暮らせるのなら。お互いが本当にわかりあえるのだとしたら。ぼくたちは幸せだ』

『だけど、現実はそうはいかないだろう。人間を恨み、襲う者がいるのだから』

『だけどぼくたちは……お前の言う通り、哀しかったことをわかってほしいだけだ』

『誰一人、殺すために生まれてきたりなんかしない。ただ、哀しいと伝えようとして、全力でぶつかって、そうして人間を殺す。殺した後に感じる快楽が。感動が。恨みを晴らしてやったという達成感が。……次に人間を襲うきっかけとなる』

『そうして……溺れる』

『いつしか、死人として生まれたことに喜びを感じるようになる。そうなったらもう……お前たち人間では、太刀打ちできなくなるだろう』

『どんなに体を鍛えようと、どんなに頭を柔軟に使おうと。きっと……』

「あなたたちがそう思ってくれるなら、私は頑張る。どんなにーーな道のりでも、弱音なんて吐かない。絶対にーー!!」


 こちらを見る彼の顔が、泣いて、悔しそうに、だけど──少し嬉しそうに、儚く笑う。


『相沢未来……どうかそのまま』


 口元が更に小さく、動いた。

 ──ありがとう。


 自分で心臓を突き刺した。

 神刀をひと回しして切先を自分に向け、ぐっと握り締めた。


 ザシュッ!


 確実に一撃で心臓に突き刺してガラスの割れるような音を響かせる。

 彼の体が黒い霧へと散漫して、空間を覆うように大きく広がり、集約を始めた。




「あは。あんたといたら巻き込まれる、だってさ。……完全に縁が切れたよ」



「あらあら……可愛らしいこと」


 あいかが見つけたのは、抱き合うようにして眠ってしまった隆一郎と未来だった。


「あれだけ果敢に向かっていったというのに……やはりまだ子どもですねぇ」

「おつかれさまでした。二人とも……よく頑張ってくれましたね」



「そうですか。討伐を……はい。……はい、ありがとうございます」


「……司令官。わたし個人としては、谷川君も撤退させたいのですが」


「彼はキューブの創設者です。そして、今その完成に最も近づいている。この状態で、もしも彼が死んでしまったとしたら……」


スクリーンに映し出される、皆とともに戦っている斎を司令官はーー

そして、


「判断は、本人に任せる」

「……良いのですか」

「そもそもの話、死人との戦いにおいて、一から十の全てを子どもたちに託してしまっているのだ」

「残酷無慈悲な夜の世界で、いつどんな死に方をしてもおかしくないのに。子どもたちは命をかけてくれているのに、こちらからは何の報酬も出してやれない」

「そんな大人が子どもへ指図するなど……」



『それと、一つ写真を送りました。可愛いものが見られますよ』

「可愛いもの?」


「……ふふ」

「どうした、そんなにニヤけて」

「んー……うん。若いなぁと思ってね」

「……ジジくせぇ」

「ははっ」

「さ、僕らもラストスパートだ。ちゃんとみんな揃って帰れるように、気を抜かないでいこう」


 二人とも丸二日寝ていたらしく、みんなもう元の生活に戻っているんだそうだ。



「ああ。それでお前ノコギリソウ使わなかったのか」

「ノコギリソウ?」

「うん、治癒の能力があってね。普段傷を治したりってしないから想像が難しくて、」

「けど、死なないなら使わなくても大丈夫かなって思ってね」



 で、俺はというと


「よし」


 期限が今日となってしまっていた。



「長谷川」

「模擬大会、ありがとな。おかげで色々勉強できたよ」

 課題何とかなりそうだ

「きもーい」

「はっ!?」

「アタシがみんなとバトルしてみたかった。それだけだから」



「でも、またわからないことが増えたね」

「産月って、なんなんだろう」

「あいつさ、産月の卯月って言ってたろ」

「? うん」

「もしかしてまだいるんじゃねぇか。それこそ……月の数分だとするのなら、一年の人数分」

「つまり、あと十一人あのレベルの死人がいるかもしれない?」

「仮定だけどな」




 理解した。

 未来が強い理由。

 凪さんが強い理由。


 ずっとわかってたことだ。

 技術も、体づくりも、体が自然に動く感覚も。

 経験年数が違うのだから、至極当然のこと。

 ならそれを埋めるにはどうしたらいいのか。

 遠征へ出る前に凪さんに言われたことを、今更ながら思い出す。


 ──隆一郎だけが持ってるその力を、最大限に引き出すための課題だ。自分の強みを活かしなさい。


 自分の強みをしっかりと活かすことができたなら、きっと課題はクリアできるからと。

 あの時は、何を言っているのかよくわからなかった。

 俺は、洞察力が人よりも鋭いらしい。

 大抵のものは見続けたら見えるようになる。周りの人よりも早く、順応する。慣れる。


「僕を倒してごらん……か。凪さんらしいな」


 一ヶ月。それだけかけて、自分の動きを完全に理解しろと彼は言いたかったのだ。

 凪さんが普段どんな戦い方で前線に立ち続けているのかを覚えさせるために。

 そしてそれを、自分の力として吸収させるために。


 目の前に立つロボ凪さんに目を向ける。

 いつもと変わらない佇まい。動き。隙のない構え。


「よろしくお願いします」


 見る。見て、学ぶ。動きの中にある、クセ。僅かなほころび。

 何が凪さんを強くしているのか、俺が足りていない部分は何か。

 そして、俺だったら、どうするか。


 拳、拳、蹴り、拳

 回し蹴り、次、拳!!

 横に避ける

 頭をぶち抜かれそうな打撃の連打を分析しながら躱し続ける。

 ロボ凪さんの攻撃は不規則。縦横無尽、どこからでも飛んでくる拳と蹴り。

 思いもよらないところから攻撃を繰り出してくるのはおそらくこの人の柔軟性。

 ギリギリで避けるのはダメだ。もっとしっかり避けないと!

 掠るだけで皮膚を引き裂く。拳は少し余裕を持って長い足は付け根を見て攻撃範囲を絞り出せ!

 反撃は早く、というべきなんだろうが、隙がねぇ!

 右の拳、目の前にスローも〜しょん

 どんどん拳大きくなってあと少しで顔面

 これに当たってしまえば俺の首……とぶ?

 いやだ。嫌だ嫌だ。

 考えろ、最後まで!!


 視線は飛んでくる拳とロボ凪さんの体

 目の前の拳につながる手首を掴んだ


「ああああああああ!!」


 ロボ凪さんのこちらへかかる力を利用して、拳を軸に後ろへ投げ飛ばした。

 宙に浮いたロボ凪さんが頭を下にして落ちてくる。

 拳を全力で握った。

 無防備になった腹へ、ぶっ放す!!

 入った感触がしてあと一発。蹴り上げた。


「らぁ!!」


 瞬間、悟る。


「あ」


 ちーん


 壁のほうに吹っ飛ぶロボ凪さん。倒した、嬉しい。

 嬉しいはずなのに、冷や汗

 つまり何が起きたのか。冷静になる。

 蹴ってしまったのだ。男の弱点を、思いっきり。


「ぶっふ!!」


 未来が笑う。


「わざとじゃない」

「うん、わざとじゃなかったね、でも……ふ」


 笑うな。笑うな。

 痛いんだぞバカヤロウ。


「どうしよおぉおおおおお!!」


 ピクピクしているロボ凪さんを見ながら、本物にいうべきなのか言わないべきなのか、真剣に考えた。

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