パラレル・俺の答えは①
ジュワリと傷に染み入る音が、大きく聞こえたように思う。
一度痙攣するように秀の体が波打って、副作用の激痛に耐え、声は出さないが顔は急激にクシャクシャになってしまっていた。
「あ! 土屋いたっ……て、なっ、秀!?」
おっかないものを見たかのような斎の声が俺を呼んで、すぐさま血相を変え駆け寄ってくるのを背で感じた。
斎が認識した時点での秀の傷口はまだ深くて、未だに斬られた断面の肉が見えてしまっている状態だ。
「秀! お、おいこの怪我っ!?」
「完治薬使ったところだ。大丈夫、あと少ししたら完全に閉じるはず」
まだ収まらない自分の焦りとは裏腹に、飛び散ってしまっていた血も肉片も、普通では有り得ない速度で修復されていた。
その様子を青い顔のまま凝視していた斎は一度よろめいたのち、何かに気付いたように口元を僅かに動かした。
「……たね。しか……秀」
ブツブツと呟き考え込んでいるように見えるが、今の俺にはそれを気にしてやれるほどの余裕は無い。
秀の治療は最高峰の薬に任せて、俺は学校のみんなを守らなきゃ。
チェーンでベルトに付けたキューブを展開。
痛みで歪んでいた秀の顔が緩んできたのを確認し抱き上げようとすると、遠くでガラスが割れる音がした。
「土屋。いったい何が起こってるんだ? 教室の方もめちゃくちゃなんだ。廊下とか、気が付いたら周りの物が散乱してた。一瞬だけなんか不気味な女の顔が見えた」
我に返った斎に状況説明を要求される中、今度はもう少し近い位置から破壊の音が響く。こちらに向かってきているようだ。
「死人だ、こんな昼間っから。秀もそいつにやられた」
ギリッと奥歯を食いしばり、脳裏に焼き付いた情景に腹を立てた。
「速すぎてほとんど見えなかった。気付いた時には、もう」
ガラスが割れる音。マテリアルが崩れる音。蛇口から吹き出す水の音が、四方の壁に反響する。
「斎は秀を連れて安全なところに。みんなの誘導はこっちでどうにかするから」
「いや、誘導に関しては大丈夫だ。長谷川と阿部が今やってくれてる。多分お前ら襲う前に廊下を跳梁しに来たんだよ。だから長谷川が一気に風で運んでくれてもう結構な数の移動っ、がっ!?」
突如激しく学校が揺れた。パラパラと細かいマテリアルが天井から降り、砂埃が立ってくる。
「どうやら学校ごとぶっ壊すつもりみてぇだな」
あの非情な生き物は、俺たちの日常すらも奪うのか。
平和な白日にさえ足を踏み入れるというのか。
「ふざけんじゃねぇよ」
怒りの感情が口から漏れ、秀を支える手に無意識に力が入る。
「ん……土屋。僕、もやる」
「秀っ?」
ぐったりとしていた細身の体が、小さな声とともに腕の中で微かに動いた。衝撃でひび割れた眼鏡の奥。閉じられていた瞼がゆっくりと開いていくのを見て、斎の肩からガクンと力が抜けた。
「はぁ……よかった。心配させんなよバカ秀。土屋に感謝しろよな」
「生還したそばからバカって。斎も大概だよね」
たった今死の淵から戻ってきたとは思えないほどいつも通りの憎まれ口に、少し安心する。
しかし傷が完全に塞がっても血色は戻り切っていない。
とても戦わせられる状態じゃないと、参戦の意を否定しようとしたその瞬間。全身に刺さる鋭い殺気。
「【回禄】!」
火の神の名前、回禄。
俺が持てる最大限の炎の防壁を、咄嗟に全員の体へ纏わせ守りに入ったが。
「なっ!?」
ドォッ!! と一秒も待たず多大な衝撃に襲われ、次いで切り裂くような音に重なり守護の炎は容易く破られた。
失われた【回禄】のあった位置──目前に認識する、幼い少女の姿。今振り抜いたのであろう手に見えるのは鋭く大きな鉤爪。
ギョロリと青い大きな双眼がこちらへ向けられ、驚きを隠せない俺の顔がハッキリと映る。
『脆い……脆い脆い脆い脆い脆い脆い脆いぃいい!!』
神の名を持つ防壁の突破、今までに経験の無い威力。思考が停止し一瞬動けなくなる俺に、彼女は金切り声を上げながら自身の頭に付けている印象的な生き物を振り上げる。
「【氷盾】!」
「くっ、【炎の槍】!!」
振り下ろされた生物による攻撃は力ずくで立ち上がった秀の氷の盾によって阻まれる。遅れた俺は炎を纏う槍で少女の頭を貫いた。
(やばい、一般人の斎がいる状態っ、せめてこいつにだけは怪我をさせないようにしないと……!)
腰が抜けたのかへたりこんでしまっている斎が隠れるように、槍を押し込んだまま前に立つ。
「えっ、うそ、土屋!」
「わかってる! くそが、妙な感触がしたと思ったら!!」
突き刺したはずの槍に手応えはなく、メキョッと変な音がしていた。見れば頭を突き抜けるどころか、押し返すような弾力に守られ傷一つすら付けられていない。
攻撃、防御、スピードその全てが、通常の死人から遥かに逸脱していた。
更に氷を粉砕される高音が辺りに響き、俺たちを恐怖に陥れる。
それは、秀が作り出した【氷盾】が壊れる音。
かなり分厚かったはずの氷の盾を粉々に砕いたのは、少女の頭にある生物の口。そこにある鋭い牙による噛砕。
『雑魚が』
ネチャッと俺を見て笑う少女の口が一瞬、消えた。
ぞくっとした瞬間見えたのは、ゼロ距離の死人。
目の前にある気味の悪い大きな青い瞳。
『きいやぁああっはっはぁああああっ!!』
快楽の声。学校をぶち破る音。ぶん殴られ鳩尾と背中同時に息が詰まるような痛さを感じた。
「かはッ……!」
グラウンドまで転がる自分の体。
全身に広がる激痛に意識が朦朧として。
至るところから血を垂れ流し、横に倒れたまま俺は動けなくなってしまった。
(待てって……マテリアルまで壊すパワーって、なにそれ。訳わかんねぇんだけど)
遠くで斎と秀が俺に何か叫んでいた。
だけど立ち上がれない。
奴に対しての理解が追いつかない。
力の差は歴然だった。
(未来……未来は、今どこに)
キューブの回復力だけでどうにか持ち堪えていた俺は、必死に右手を動かして左腕に添え、展開した状態を保ちつつ周りのマダーの情報を開示した。
そこで最初に見えた相沢未来の文字。その横に表示されている情報は、漢字三つ。
「せん、とう中……」
戦闘中、そりゃそうだ。こんなにも大きな被害になっていてあいつがすぐに動かないはずがない。
ならばなぜここにいないのか。答えは明白、ここ以外のどこかでみんなを守るために動いているからだ。
あいつもどこかで戦ってる。
同じように命を張っているんだ。
「なら、負けらんねぇよなぁ……俺も」
遠くで広がる見なかったことにしたい光景を、霞む目でしっかりと見据えた。
──隆一郎は何か他の力を隠してるように見える。それが使えるかどうかはさておき、もっと色んな技を磨きなさい。
「ごめんなさい……凪さん。俺には、隠している力なんてありません。特別な力も、ありません。だからこの場で俺ができるのは……一つしかないんです」
横暴とも取れるあなたのあの教え。
でも、それが今俺がするべきことだから。
「骨が、折れようが」
──考えるんじゃない。体で感じなさい。
「内蔵が、破れようがっ……!」
──相手の動きを自分の目と肌で読み取れるようになりなさい
「立て……隙を一寸でも見せるな!!」
凪さんに言われたことを全部思い出せ。
経験の全てを思い出せ。
教えを教えで終わらせるな。
知ってるもの全てを使ってこの状況に食らい付け!!
「立てっ……這い蹲ってでも!!」
口から吐き出した血を拭い、拳を握って腕に力を込める。折れた肋と足の痛みを思考の外に追いやり気力を頼りに起き上がった。
「わぁお、さすがつっちー。ナイスファイトー」
おどけた声がして、重い体が不意に軽くなる。
傷が修復され痛みが和らいでいく。
「遅くなってごめんね土屋君」
心強い声がする。
「あ……はは。そうだった。もう一つ大事な約束をしたんだったな、俺は」
『自分を大切にして、周りを頼ること。力が十分になってから、自分も周りも守れるようになりなさい』
抱きしめられ、震える声で願われた言葉を思い出しながら、少しの鈍痛を我慢して今度はしっかりと土を踏む。
「長谷川、阿部。ありがと来てくれて」
そばに立っていた彼女らは自信ありげに胸を張った。
「もちろん! みんなで頑張ればきっと大丈夫だよっ」
「そゆこと。耐えてくれてありがとね。参戦しますよアタシらも」




