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パラレル・お怒り&バグ搭載⑩

「……ありがと」

「怪我に気を付けて」

「うす!」


 足についた砂や土を拭いて、タイミングがあれば母さんにもありがとうって伝えてとお願いする。

 腹が減っては戦ができぬ。地下へ続く階段を下りながら、貰ったおにぎりを一つ食べた。


 大きな怪我はできない。素体じゃ未来に治してもらうのは不可能だし、鍛錬で使い過ぎたから手持ちの薬はゼロ。あんな高いもんぼったくるわけにいかないから、さっき未来に使わせちゃった分はお小遣いが入り次第返すと決める。

 鍛錬場の前に筆記具と携帯を置いて、もう一つのおにぎりはポケットに。

 準備運動を念入りに行って、大きく深呼吸。

 勢いよく扉を開けた。


「ですよねっ!!」


 飛んでくる。ロボ凪さんの長いながーい脚が。

 突然戦闘に入るところ、おししょーさま本人にそっくりだ。

 向きと長さから攻撃範囲を判断、しゃがむ。

 脚が頭上を通った。


「とりあえずっ、中へ入らせてください!」


 体当たりでロボ凪さんを奥へと押し返す。

 吹っ飛ばすなんてできないけど、ある程度は後退させて鍛錬場に入ることに成功。

 けれどまた距離を詰められた。

 僅かな遅れが命取りになるような連撃を、時折ぞわりとしながら躱して、守って、反撃に出る。


(奪え。凪さんの持つ強さ。経験。俺に足りない部分を補完しろ!)


 五感をフル活用してロボ凪さんの視線や動き、重心を把握する。

 模擬大会中に長谷川が教えてくれた俺の強みは、正直に言うとあまり実感がなかった。

 凪さんが遠征に行って、代わりにロボ凪さんとの鍛錬を始めてからもう一ヶ月。本当に俺の洞察力が鋭くて他人より慣れるのが早いのだとしたら、課題は既にクリアしていてもおかしくない。

 それなのに俺が倒せるような兆しはまだ見えず、どうしたら勝てるかなんて想像すらつかない。けど。


「内臓破壊の拳は……こう!」


 ドゥンッ! 鈍く大きな音が鳴る。

 攻撃を避け切って、ロボ凪さんの腹へ拳をねじ込んだ。

 今までみたいに力任せに突き出すのではなく角度を意識して放った一撃は、初めてロボ凪さんの表情に変化をもたらす。

 まさか。と言いたげな顔をした。

 ──いける。


「もういっ、ちょう!!」


 蹴る。前屈みになったロボ凪さんの側頭部を。

 さすがに二度目はないらしく腕で防御されるが、衝撃は吸収しきれず壁に衝突する。

 マテリアル特有の甲高い音が鳴り響いた。


(ごめん未来。俺やっぱ、無茶してよかったと思うよ)


 すぐ反撃にきたロボ凪さんと必死に応戦しながら、自分の右手へ意識を向けた。

 ──痛い。

 一発殴っただけでじんじんと痺れるような痛みが指先から手首まで広がていて、そう何度もできるシロモノでないと知る。

 けれど、ロボ凪さんが驚くほどの威力を出せた自分に、未来から制止が掛かるまで粘ってくれた自分の体に。ほんの少し、ほんの少しだけ……拍手を送りたい。


「ロボ凪さん! 俺がさっきやったのは、今朝あなたからもらった拳をできる限り再現したものです!」


 いつも通り何も喋らず、淡々と殴り合いをしてくれる彼へ伝える。

 俺の内臓をズタボロにした拳を思い出して、見よう見まねでやってみたのだと。

 自分の感覚頼りだから全く同じ威力にはできないし、本物の拳はこんなふうに反動が返ってくることもないとは思う。

 改善するべき箇所は山ほどあるけど、それはまた追追で。

 今はただ、目の前にいる師匠の分身へ伝えたい。

俺はやっぱり、


「最後に対戦した時、俺が耐えられたのは五時間でした。初めてやった時は数分しか持たなかったから、そう考えるとだいぶ成長したなって思う。でもその長い時間の中で、俺があなたに与えられた攻撃はほんの数回しかなかった!」


 こちらの攻撃を難なく往なしたロボ凪さんから、内臓破裂を起こす強力な拳を突き出される。

 けれど既に体験して、直撃はマズイと頭も体も理解してるから。最終的には尻もちをつくぐらい体をくの字に曲げて全力で回避した。

 案の定、お尻が床に接触。立ち上がる前に頭を蹴られそうになって咄嗟に後転で避ける。


「俺がッ! いつまで経っても勝てないのは! 攻撃を見切れないからでも、やり合えてないからでもない。単純に押し切る力がないだけだ!!」


 壁際に近づいたのを利用して、掛けてあったタオルを引き裂かん勢いで取る。

 ロボ凪さんに投げ付けて死角を作り出し、蹴り返した。

 骨の軋む音がする。鍛え上げた肉体を持ちながらしなやかな凪さんの体は、骨折とまではいかないらしい。ただ、今までほとんど表情を変えなかったロボ凪さんが、動きをやめて俺を睨んでいた。

 まるで、だからなんだと。何が言いたいのかと催促するように。


「……相手がどう動くか、どんな攻撃をしてくるかわかったとしても、それを活かせなければ意味がないんです。『殴られる。避けよう』じゃなくて、利用して反撃までがセットじゃなきゃ、いずれ負ける」


凪さんは俺の攻撃をあまり避けようとしない。

こちらの狙いを正確に読み取って、流れるような美しい動作であしらう。できないと判断した時のみ最低限の動きで躱すのだ。

無駄を徹底的に削ぎ落とした戦法。

おそらくそれが、凪さんが持つ最大の強さなんだと思う。


声が小さくなりかけて、必死に腹に力を入れる。


俺を睨んだままのロボ凪さんへ、体の正面を向ける。

声が小さくならないよう腹に力を入れて、


「──ください。あなたの武器を。前線でも通じる力が、俺には必要です」


(やべ……思いっ切りやられた)


 くらくらする。目は開くが視界はぼやけてよく見えない。

 気配がこちらに近づいてくる。ロボ凪さんの静かな足音と殺気に、久しく怖いと思った。


 綺麗な戦い方じゃなくていい。

 狙いを正確に読み取って、流れるような美しい動作であしらう凪さんの戦法は、多分俺にはできない。

 その代わり、体で覚えたことを実直にこなす。

 これまで以上に意識する。

 相手のカタチ、重心、攻撃の癖や力の流れ。

 目に見えないもの、耳では拾えないもの。ありとあらゆるものを、全身で感じ取る。





 ──隆一郎が持つその能力は、使い方を間違えれば自身を滅ぼす諸刃の剣。だからこの課題を選んだ。怪我をするなとは言わない。ただ、もっと安全に戦えるようになってほしい。



 先人が知っているものを学んで、体験して、物にする。

 強くなるために必要なら、いくらでも


 遠征へ出る前に、凪さんに言われた言葉を思い出す。


 ──隆一郎だけが持ってる能力と、努力を考えての課題だ。自分の強みを活かしなさい。


 その二つを駆使すれば、きっと課題はクリアできるからと。忙しい中で伝えに来てくれた凪さん。

 今思えば、あの時すでに答えを教えてくれていたんだろう。

 一ヶ月かけて自分の動きを覚えて、同じようにできるようになりなさいと言いたかったんだ。

 怪我をしない凪さんが、普段どんな闘い方で前線に立っているのかを教えるため。誰より危険と向き合って得た物全てを、俺に伝授させるために。


 こちらを見るロボ凪さんの目が、笑うはずがないのに笑ったように見えた。


 ──切れる。


 唐突に起こる、電撃のような『回避せよ』という命令。

 左へ跳んで逃れようとした。


「ぐっ……!!」


 間に合わない。右肩に火傷みたいな痛みが走る。

 視界の端で血が扇状に散った。

 転びそうになりながら体勢を立て直し、ロボ凪さんから距離を取って確認。

 そして、戦慄。

 脈打つ俺の右肩は、何か鋭利な物で切りつけられていた。

 徐々に赤く染まっていく自分の服。首か頭に当たっていたらと思うとゾッとする。


「うわっ!?」


 仰け反る。眉間を狙って突きつけられた物体をイナバウアー状態になって避けた。


(あれ……マテリアルの破片!?)


 俺の鼻先にある、独特な光り方をした薄く鋭利な物。

 間違いない。ロボ凪さんが使っているのはこの国最強の素材、マテリアルだ。


「卑怯だぞロボ凪さん! 体ひとつでやる課題だろ!?」


 反抗するも彼は破片を捨てない。これも避けてみろとばかりに振り回してくる。

 技は使ってないからいいでしょ? そんな声まで聞こえてきそうだ。


(くそ……振り出しか!)


 攻撃手段が増えて、今までは見えていたロボ凪さんの動きが驚くほど読み取れなくなった。

 拳も、蹴りも、手刀も。

 躱したと思っても絶対に掠る。

 場合によっては思いっきりやられる。

 あの一瞬でいくつ作り出したのか、切るだけじゃなく投げ付ける分の破片まで数があるらしい。


(意地悪なんだよ……おししょーさまっ!)


 わけわかんねぇし、あれだけは真似できるとも思えない。

 体に切り傷が増えていく。

 動くたび空気に触れて、思考より痛みが優勢になる。

 頭がぼんやりしてきた。


 ──りゅーちゃんは守備が下手だから。その弱点を無くすための課題でもあるんだよ。


 遠征に出る前、凪さんに言われた言葉を思い出す。

 たとえ相手が今からどう動くか、どんな攻撃をしてくるかを読み取れたとしても、それを活かせなければ意味がないと。



 空気が唸り、広く見ていた視界を一箇所に集めた。

 これで最後だと言わんばかりに●助走をつけられた、マテリアルを壊せる勢いを乗せた凪さんだけの強力な拳が、目の前に迫っていた。



「あ」


 悟る。やらかしたと。


「ちょっと、隆! なんでここにいるの、休んでって私お願いしたでしょ!?」


 バンッ! と扉を開ける大きな音と同時に飛んできた未来の怒声。耳には入るのだが、俺は謝ることはおろか反応すらできない。

 思いきり蹴ったことで壁に叩きつけられたロボ凪さんから、パッパラパーラーラーなんて大袈裟な音楽がなる。課題クリアの証拠。おめでとうの音。

 ……いや、おめでたくない。

 やめろそのパッパラパーラーラー。

 やめてくれ、その体勢で鳴らさないでくれ。


「あ、あの。隆? おめでとうって言えないくらい顔が真っ青なんだけど……」


 クリアのメロディーに怒りは吹っ飛んだのか、いつもの声色に戻った未来は心配そうに俺を覗き込む。

 ありがとな、気づかってくれて。でも大丈夫だ。あちこち怪我はしてるけど、顔面蒼白になってる理由は痛みじゃないから。


「隆?」

「やらかした……」

「うん?」

「わざとじゃないけど、やらかした」


 それ以外言わない俺を●した未来は、答えを知るべくピクピクしたまま動かないロボ凪さんに近寄って……理解したのだろう。顔の下半分を手で隠して●の勢いで戻ってきた。

 つまり何が起きたのか。冷静になる。

 蹴ってしまったのだ。男の弱点を、思いっきり。


「ね、ねぇ? あれ、報告するの?」

「あれとか言うな。分身だけど、凪さんだぞ」


 とはいえ、どうすればいい。課題の結果として伝えなきゃだけど、あの人を怒らせない報告の仕方ってなんだろう。隠蔽するにはどうしたら。そう悩んでいると。


「おじゃましまーす」


 ああ、神様どうして。

 凪さんの声が扉越しに聞こえる。母さんが玄関まで迎えに行く足音が聞こえる。

 待ち望んでいたはずの、久しぶりに聞く本物の凪さんの声なのに。どうしてここに来ませんようになんて祈らないといけないんだろう。


「どうにかしてくれ未来。お前ならなんとかできんだろ」

「無茶言わないで。やったのは隆でしょ」


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