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パラレル・お怒り&バグ搭載⑧

 帰宅した直後、母さんと父さんに謝った。水道代の件、俺の勘違いで意味を成すものではありませんでしたと。

絶対怒られると覚悟していたのだが、母さんから返ってきたのは怒りの言葉ではなくて。


「良かったじゃないの。日常にあるものが戦いにも使えるってわかったんだからさ」


にっと歯を見せて、それより無事に帰ってきてくれて良かったと頭を撫でられた。夜遅くまで待っててくれた二人は限界がきたらしく、寝室に入ってすぐにいびきをかきはじめる。

それが妙に安心して、課題をクリアするために未来と機嫌良く鍛錬場に向かった。……までは、良かったのだけど。


「ごめん! ごめんって未来!」

「何度謝ってもあかんもんはあかん! 言うこときき!!」

「だぁああああっ!!」


ベリベリベリッ!! 違うな、メリリリリッ!!

めちゃくちゃ怒ってる未来に左腕の皮膚を剥がされる。

なぁ、誰か嘘だと言ってくれ。未来もキューブを展開してるとはいえ、人間の力で前腕丸ごと皮膚を取られるなんて思わないだろ。素手だぞ。誰かこの恐怖をともに味わってくれ!


「ほれみい! こんな簡単にキューブ取れるくらい疲れてんや、集中なんてできるわけないやろ!!」

「キューブじゃねぇ! お前が引っ張ったのは皮膚だ!!」

「どっちでも一緒や、あほ!」


一緒なわけあるか!

最後の方に悪口が聞こえた気がするが、今はなんでもいい。

俺を鍛錬場から追い出そうとする未来に、「嫌だ、嫌だ!」と駄々をこねる。

けれど、体に巻きついた【朝顔(あさがお)】が行動を許してくれるはずもない。

足が勝手に動く。どこかの行進曲みたいに、姿勢良く一定のリズムで階段を登らされる。

鍛錬場がある地下から一階、二階、廊下を渡って右向け右。自室の扉を陽気に開けて三歩ほど進めば……ああ、もう。ベッドが目の前だ。


「なぁっ、ごめんって! あとちょっとでいいから付き合ってくれ!?」

「嫌や! これ以上怪我させたくないし見てんのも治すのももうたくさん! ちょっと頭冷やしてきぃ、あほ!!」


バン!! 扉、閉めてくれてありがとう。

母さんが洗濯してくれたのか、いい香りのする布団へ意思に反して飛び込んだ。

残念ながら【朝顔(あさがお)】の蔓は付けられたまま。要するに、動くな。未来が言いたいのはこの一言だろう。


「くそ……あいつ、キューブ持ったまま逃げやがったな」


未来が怒るのも当然だとは思う。今回は俺がわるい。絶対いっぱい怪我するから、全部【治癒(ノコギリソウ)】で治してくれなんて頼んだ俺がわるい。


(ノコギリソウの花言葉……治癒だったか。あいつ、阿部ほどじゃなくても怪我は治せるのに、なんで戦場じゃ使いたがらねぇんだろ)


突っ伏してぼんやり考えていると──コン、コン。

ノックの音がした。


「入るよ」

「隆一郎は不在です。扉は開きません」

「声が聞こえます、居留守を使わないでください」


ふてくされた冗談にも返答してくれる未来。ちょっとは怒りが収まったんだろうか?

扉が開いて後ろに気配がくる。

ベッドに対して斜めに寝転んだ俺の横へ、未来は静かに座った。──途端。


「あぁあああああっ!!」


悲鳴を上げる、俺。


「未来!! なんっ、なんで、完治薬(かんちやく)……っ! いってぇ……!!」

「言ったでしょ、もう治すのはたくさんだって。薬の効果を受けてください」

「嫌がらせかよ!?」

「違う。なんで薬での治療を優先するか、きちんと考えて」


激痛と引き換えに、全身にあった怪我が急激に修復されていく。

ロボ凪さんの殴打にあって、機能をほぼ失った右目。ズタボロだっただろう内臓、腕や足の骨。未来が剥いだ左腕の皮膚。

気付く。未来がさっき【朝顔(あさがお)】で俺を陽気に歩かせたのは、治すべき箇所を把握するためだったのだと。

動きの悪いところを視認して、未来が判断するために。


「……一個ずつ治療する【治癒(ノコギリソウ)】じゃ、手に負えないくらいの怪我でした」

「正解。じゃあ次。私が無理やりロボ凪さんとの鍛錬を切り上げさせたのは、どうしてだと思いますか?」


朝顔(あさがお)】の蔓が離れていく。二つの意味できちんと動くようになった体を起き上がらせて、未来の横に正座。

反省の色をこれでもかと見せた。


「課題をクリアするために、ロボ凪さんの攻撃を全部実際に体験するとかいうバカな思い付きに至った俺に呆れた、とか」

「あほ」

「またあほって言った……」


なんだろうこの気持ちは。関西人のあほなんて可愛い罵りじゃないか。結構誰でも言うような言葉じゃないか。

未来だからか? 未来だからこんなにダメージ受けてんのか、俺? 悲しすぎるんだけど。


「……昨日の隆の提案。『わかってるつもりでいた凪さんの戦い方を、きちんと理解するために実際に攻撃を受けてみる。一つずつ慣れて、奪えるものを全部奪って自分の物にする』だったね。奪うというより習得に近いけど、たしかに良案かもって私も思った」


意外にも前向きな言葉から入った未来は、「でも」と否定で繋ぐ。

青色の目が鋭くなった。


「帰ってきて、今の方法を始めてもう六時間。朝だよ? 怪我しても大丈夫って思いながら戦うのは危ないし、私が治してなかったら隆は今ごろ死んでる。こんなやり方でしかクリアできない課題なんて、凪さんが出すわけない」


ハッとする。当たり前なのに今の今まで忘れていた。

一度の攻撃が致命傷になりうる実戦で、こんなやり方は通用しない。相手を知るために自ら怪我をしに行くなんて、敵からすれば美味しい餌でしかないのだ。

治療を前提として戦うのは危険。多分それが、未来が戦場で【治癒(ノコギリソウ)】を使いたがらない理由の大部分。


「ごめん。考え直す」

「方法としてはありだったと思うよ。だから活かして。この数時間で得たこと、これまでの経験も含めてね」


鍛錬場に置きっぱなしにしていた俺の携帯を渡される。キューブは返してもらえなかったが、無理やり取り上げたこと、皮膚の件も重ねて謝られた。

部屋を出ていく未来を、俺は多分、情けない顔で見ていたと思う。

あまりにもバカだった自分に自分で呆れて、視線が下を向いた。


「……新着メール」


携帯に表示された『一件の新着メール』というお知らせと『師匠』の文字に目が留まる。

邪魔したくなくて返信不要と書いたはずなのに、相変わらず律儀な人だ。


「そっか。凪さん、俺のこと心配してくれたのか」


頬が緩む。伝えたい言葉だけが入力された、凪さんらしいメッセージに。



件名:Re: ヘンメイ討伐の報告と共有事項


 おかえり。

 自分が決めた在り方を大事にしなさい。



短いけど、思いのこもったアドバイス。

大丈夫ですと伝えたくて普段から持ち歩いてるノートのおもてを写真に撮る。返信と一緒に送って、安心させられたらいいなと考えながら俺も表紙を見た。


・未来を守る

・呪いの根源を見つけてどうにかする

・仲間を失わないために強くなる

・選択肢がひとつにならないようにする


大きな文字で箇条書きした、増え続ける俺の目標。四つ目は昨日Death game(デスゲーム)から戻ってきて、寝て起きてから書いた出来たての文章だ。

討伐する以外に方法はないなんて、もう思わなくていいように。選択肢を増やせるように。

どうして強くなりたいのか。何を守りたいのか。

改めて頭に刻み込んだ。


「この数時間で得たこと、これまでの俺の経験……だったな」


未来の助言を思い出しながらノートを開く。

さっきまで受けていたロボ凪さんの攻撃を脳内で再生して、分析。痛みに悶絶して気付いた点を書き連ねる。


(待て。これって確か……)


立つ。勉強机に移動して、積み重ねたノートの中から数冊引っこ抜く。今書いた自分の文と照らし合わせた。


「──やっぱり、違う」


ロボ凪さんの攻撃を避けて分析した数日前と、今回体験してわかった内容。わずかだけど、認識にズレがある。


「体感より、もっと内部。……中枢(ちゅうすう)の破壊か」


修正してインプット。

ペンを進める。

自分の体で動きを再現しながら、細かな情報と対処法を書けるだけ書いていく。

反撃できれば言うことなしだけど、隙のない凪さんに無理に掛かってもやられるだけ。立て直した方が良さそうだ。


「足りねぇな」


部屋の一角から山積みのノートを持ってくる。

これは、凪さんや未来との鍛錬、戦ってきた死人の種類と能力、倒し方や反省。これからに繋げられるようにと、日課のように書いている自分の記録。

本当なら並べて格納しておきたいけど、一ヶ月につき四冊、場合によっては五冊ずつ進むから棚だけじゃ収まらない。

心強いこれまでのデータを読み返して、六時間じゃ補えない部分の解決策を探す。

インプットとアウトプットを繰り返した。


コン、コン。


机にかじりついて数時間。聞き慣れた音がして、作業は止めないまま「はい」と返事をする。

扉を開けて静かに歩み寄って来た人物は、机の端に俺のキューブを置いた。


「いいのか? お前の目を盗んで、こっそりやってるかもだぞ、俺」

「信用してる。自力でここまできた隆のこと」


声から優しさを感じて、顔を上げた。

机に広げたノートをじっと見つめていた未来は、俺の視線に気付いたのかこちらに目を向ける。そして、微笑んだ。


「隆の強みは、慣れの早さ。だけどそれ以上に、こうして努力して、頑張り続けられるのがすごいなって、私は思う。誰にでもできることじゃない。隆のすごいところなんだよ」


「上手く言えないけど」なんて、ちょっと照れたように笑う未来。その表情があまりにも可愛らしくて、俺の顔もついほころんだ。


「なぁ。『僕を倒してごらん』ってお題さ、意地悪だと思わねぇ?」

「意地悪?」

「そ。凪さんが本当に言いたかったのは『倒せ』じゃなくて、『学べ』だろうなって、これやってて思った」


凪さんの戦い方についてかなり纏まってきたノートを未来に見せる。その横に今までの俺の戦闘記録を並べて比較。上から順に補足も交えて説明すると。


「……凪さんだね」


同意が返ってきた。


「な? 意地悪だろ?」

「うん。意地悪だ」


苦笑して、なんだか面白いともう一度見る未来。

比べれば一目瞭然。俺ができていないこと、改善すべき点がわんさか出てきたのだ。

おそらく課題の本当の目的は、体に染み付いた『癖』を徹底的に直すこと。

 怪我をしない凪さんと、ボロボロになる俺の違いに気付かせるため。誰よりも危険と向き合ってきた九年を、一ヶ月かけて俺に叩き込むために。


「未来。今日一日、手伝ってもらってもいいか? 凪さん帰ってきたらぶっ飛ばしてやろうぜ」


了承を得て、自室でできる程度の実戦を未来相手で行う。

ロボ凪さんとやり合って過ごすことが多かったこの一ヶ月、部屋にこもるのは久しぶり。

だけど、焦りはない。

体を動かして、時にノートへ書きなぐる。

お昼ご飯だ、おやつだと母さんのおにぎりアタックにあいながら、鍛錬場へ行くことなく日が落ちた。

晩ご飯とお風呂も終えて、仮眠を取って準備。

やってきたのは、俺たちマダーがもっとも活発に動ける時間──深夜。


「大きな怪我はしないでね」


鍛錬場に入り、未来から最終確認を受けた。


「わかってる。今月は薬使い過ぎてもう無いし、あんな高いもん、お前からぼったくるわけにいかねぇからな」


朝に使わせちゃった分はお小遣いが入り次第返すと約束して、キューブを預ける。

これまで通り素体(そたい)での実戦。怪我をしても未来の【治癒(ノコギリソウ)】は使えないし、薬も無しだから何かあれば病院送り。そうならないようにと今まで未来がストップをかけてくれていたわけだけど、今回はそれも断った。

最後の最後まで自分の力でやる。

一ミリの世界を大事にしたい。


「よろしくお願いします」


ロボ凪さんの前へ立ち、開始前の挨拶をする。

 いつもと同じ佇まい。隙のない構え。すぐにでも戦える状態で待ってくれていた彼も、ぺこりと礼をした。

本物の凪さんと違って喋らないし、何をされても無表情。だからこそ、締まる。


「始め」


未来の合図で同時に動いた。

ロボ凪さんの動きは不規則。縦横無尽、どこからでも飛んでくる拳と蹴り。

思いもよらないところから攻撃を繰り出せるのはおそらく、この人の柔軟性によるものだと思う。

避けたつもりでもその次にくる攻撃にこの三つの要素が含まれるから、いっぱい見て吟味して、先を想定しながら動くべき。でも。


「それができるなら、初めからこんな苦労してねぇんだよな!」


仰け反る。頭の中心目掛けて打ち込まれた拳をイナバウアー状態になって避けた。

理屈が通用しない相手。体勢を崩される。


──考えるな、感じろ。


鍛錬でよく言われる言葉を思い出しながら、次に狙われる位置を膝か脛のどちらかと判断。

傾いた重心を利用したバク転で事なきを得る。


無傷じゃなくていい。

全ての攻撃を無力化するなんて俺にはまだできないから、凌げる分は凌いで、できるだけダメージを軽減する。

覚えてきた凪さんの戦い方が頭じゃなくて体で感じられるようになれば、もっと余裕も生まれるはずだ。


「粘れよ、俺」


幾度となく打ち込まれる拳と蹴りを躱しながら、五感を研ぎ澄ませていく。

双方が動くたび揺れる鍛錬場の空気、音。

目で、耳で、肌で。空間を把握する。


()


凪さんとの比較でわかったのは、俺には無駄な動きが多すぎるということ。

凪さんは俺の攻撃をあまり避けようとしない。代わりにこちらの攻撃を往なすのが上手い。

今からくる攻撃がどこを狙っているのか、それを判断して、自分の体に受けない程度の最低限の動きでとどめるのだ。


(避けるために体勢を崩さない。自分へのダメージは最小限に、反撃の機会を作る)


ノートに書き記した学びを脳内で再生。

今では回避に必死になっていた、強力で逃げたくなる攻撃から目を逸らさずに、力の流れを読んで、ロボ凪さんの手首を払うことで強力なパワーの行き先を変えた。


頬に入れようとした拳。片足を一歩後ろへ、大きく状態を捻って拳を握る。反動を利用してぶち抜いた。


(──入った)


確信する。


戦えてる。今までは時間こそ耐えられても数回の反撃しかできなかったのに。

敢えてロボ凪さんから離れていた時間と、学びの成果が目に見えた。


「がっ!」


すぐ戻ってきたロボ凪さんに顎を殴られた。

立て直しが早い。くらくらする。


(視界が歪もうと足がおぼつこうと、動きを止めるな)


学びの中から次にくる攻撃の候補を上げる。

正面突きか、足払いか。わからない。

ただ何が来たとしても逃れられる方法が一つ。

ロボ凪さんの服を両手で掴み、ふらつきを緩和して腹部を蹴った。

めり込む音がする。手を離してロボ凪さんだけを思い切りぶっ飛ばした。



 マテリアルをキューブ無しでぶっ壊せるくらい強力な拳なのに、しなやかで美麗な手も同じ。

攻撃の可動域を増やすためのトレーニングで得られたもの。

力任せに突き出す俺と違って、ぶち抜く最後までいくつかの◼️を残せるやり方だ。


(なんだろ。この流れ、一回見た気がする)


あと少しで顔面にぶつかるというのに、やけに冷静な思考。

真っ直ぐ向かってきているように見せかけて、絶妙な角度が付けられた殴打。これに当たれば、俺の首が飛ぶ可能性があって、未来が止めてくれた拳だ。


「後退」


一歩だけ後ろへ。俺の顔面があった位置で急に軌道が上向きに変わったロボ凪さんの拳は、俺には当たらない。


(直線の攻撃じゃない時は、必要な分だけ距離をとること)


避けるために体勢を崩さない。自分へのダメージは最小限に、反撃の機会を作る。


「直せ、癖」


声で命令して、勢い任せになりがちな自分にストップをかける。


手刀が拳よりも避けにくいのは、ギリギリまで指を引っ込めてるから。反射的に避けても少しだけ曲げていた指を伸ばせば、数センチ距離と威力を増せる。

速すぎて、指が伸びきっていないことに気付けなかっただけ。


(マテリアル、拳ひとつで壊しちゃうんだもんな。普通にやったらさすがにできねぇか)


笑えてくる。理解できないものを『凪さんだから』と決めつけて、区別していた昨日までの自分が。

常に己を磨いていると知っていたはずなのに、どうして疑問を持たなかったんだろう。どうして知ろうとしなかったんだろう。


 ──隆一郎だけが持ってる能力と、努力を考えての課題だ。自分の強みを活かしなさい。


遠征へ出る前に言われた言葉を、今になって思い出す。その二つを駆使すればきっとクリアできるからと、忙しい中で伝えてくれた凪さん。

 あの人はきっと、俺が思ってるよりもずっと俺を信じてくれてる。

もし、期待してくれているとだとしたら。


「応えるしかねーよなぁ」


勝負を始めて、どれくらい経ったのか。

初めて見えた一つの道筋。


 視線は飛んでくる拳とロボ凪さんの体

 目の前の拳につながる手首を掴んだ

 ロボ凪さんのこちらへかかる力を利用して、後ろへ投げ飛ばした。

 宙に浮いたロボ凪さんが落ちてくる。

 無防備になった腹へ、拳をぶっ放す!

 入った感触がしてあと一発。蹴り上げようとした。


「り、隆っ!! キューブできたって! いまっ、斎から連絡!」

「えっ!? なんて、もう一回……あっ!」


 瞬間、悟る。


「あ」


 ちーん


 壁のほうに吹っ飛ぶロボ凪さん。

転がった体からパッパラパーラーラーなんて大袈裟な音楽がなる。課題クリアの証拠。おめでとうの音。

……いや、おめでたくない。

やめろそのパッパラパーラーラー。

やめてくれ、その体勢で鳴らさないでくれ。


「隆……今のはヤバいよ」

「わかってる。わざとじゃない」

「わざとじゃなくてもヤバいよ……」


急に声をかけた手前、わるいと思っているんだろう。顔の下半分を手で隠した未来はロボ凪さんへ一歩近付いた。

だけど、ダメだ。ピクピクしたまま彼は動かない。

 つまり何が起きたのか。冷静になる。

 蹴ってしまったのだ。男の弱点を、思いっきり。


「隆……これ、報告するの?」

「これとか言うな。分身だけど、凪さんだぞ」


とはいえ、どうすればいい。課題の結果として伝えなきゃだけど、あの人を怒らせない報告の仕方ってなんだろう。隠蔽するにはどうしたら。そう悩んでいると。


「おじゃましまーす」


ああ、神様どうして。

凪さんの声が扉越しに聞こえる。母さんが玄関まで迎えに行く足音が聞こえる。

待ち望んでいたはずの、久しぶりに聞く本物の凪さんの声なのに。どうしてここに来ませんようになんて祈らないといけないんだろう。


「どうにかしてくれ未来。お前ならなんとかできんだろ」

「無茶言わないで。やったのは隆でしょ」

「共犯だろうが。隠すか怒られるかの二択だ、さぁ選べ。さん、に、いち──」


ガチャ。

下りてくるの、早いですね。おししょーさま。扉を開けるためのカウントダウンじゃなかったんですが。


「音楽が聞こえたから、もしかしてと思って急いで来たんだけど。……とりあえず、説明してもらえる?」


言いたくありません。

説明したらあなたのお説教が飛んでくるから。

背中を向けたまま黙り込む。中に入ったらしく扉が閉まる音がして、それが一層恐怖を沸き立たせる。


「りゅーうーちゃん? ……ねぇ。こっちを向いてみようか」


真後ろからかけられる、抗えないその言葉。

ゆっくりゆっくり振り向けば……にこり。

いつもの優しい笑顔じゃない。冷たい空気を感じるような凪さんがそこにいた。


「お……おかえりなさい、凪さん」

「うん。ただいま」

「ちょっと早めに帰ってこれたんですね。お疲れ様でした」

「うん。りゅーちゃんもお疲れ様」

「帰ってきてくれて嬉しいです」

「うん。僕も会いたかったよ」


にこにこ。にこにこ。

その言葉の中に真実はありますか。

なぁ未来。助けてくれ。なんで首振ってんだよ。お前も共犯だろ、一緒に怒られようぜ。


「こちょこちょと、お説教と……そうだなぁ。全く同じことをしてあげるのも、可愛い可愛い弟子にとってはいい経験か……」


「ご、ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさい許してください、わざとじゃないんです、お願いしまっ……!!」


ビシィッ!! ああ、凪さんはやっぱり大人だ。

全力のデコピンで済んだよ。良かったな、俺。

起きたら説教が待ち構えているんだろうけど、とりあえず今は無事に眠りにつける。

平日だからせいぜい二時間程度で済むだろう。良かったな、起きてからの俺。あとは任せたぞ。

意識が途切れる寸前、細い布みたいなものを右手に巻かれたのがわかった。応急処置をしてくれたのが未来なのか凪さんなのか、俺には知る由もない。

だけど、とてつもなく丁寧で。

目を閉じていてもわかるくらい、綺麗な仕上がりだった。

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