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パラレル・お怒り&バグ搭載⑥

「……ありがと」

「健闘を祈る」

「うす!」

 

 足についた砂や土を拭いて、タイミングがあれば母さんにもありがとうって伝えてとお願いをする。

 腹が減っては戦ができぬ。地下へ続く階段を下りながら、貰ったおにぎりを一つ食べた。


 大きな怪我はできない。素体じゃキューブで治してもらうのは不可能だし、鍛錬で使い過ぎたから手持ちの薬はゼロ。あんな高いもんぼったくるわけにいかないから、さっき未来に使わせちゃった分はお小遣いが入り次第返すと決める。

 鍛錬場の前に筆記具と携帯を置いて、もう一つのおにぎりはズボンのポケットに。

 準備運動を念入りに行って、大きく深呼吸をしてから扉を開けた。


「ですよねっ!!」


 飛んでくる。ロボ凪さんの長いながーい脚が。

 いきなり戦闘に入るところ、おししょーさま本人にそっくりだ。

 狙いは俺の頭。咄嗟にしゃがんでやり過ごす。

 風が頭上を通った。


「とりあえずっ、中へ入らせてください!」


 体当たりでロボ凪さんを奥へと押し返す。

 せっかくの防音設備も閉め切らなきゃ意味がない。未来にバレたくないから入ってすぐに扉を閉める。

 けれど鍵をする時間はくれないらしい。ロボ凪さんが襲いかかってきた。


「しゃーねぇ……!」


 施錠は諦めて応戦、集中する。

 僅かな遅れが命取りになるような連撃を、時折ぞわりとしながら躱して、守って、反撃に出る。


(急げよ、俺。抜け出したのバレたら今日一日あいつの監視下に置かれてもおかしくない。母さんが引き止めてくれてる間に、なんとか!)


 ただ、それができるなら初めから苦労しないというもの。


「ふがっ……!」


 ダサい声。拳を腹に受けて、前かがみになった瞬間を逃さず追加の蹴りを受ける。

 体勢を崩された。


 ──考えるな。感じろ。


 鍛錬でよく言われる言葉が脳に響く。

 次にやられるのは膝か(すね)のどちらかだろう。

 傾いた重心を利用してバク転。攻撃される前に距離をとる。


(次、顔面まっすぐ……いや!)


 もう一歩だけ後ろへ。

 間を置かず殴りかかってきたロボ凪さんの拳が、俺の顔があった位置で天に向かって突き上げられる。

 空気の渦動(かどう)が見えた気がした。


「首が飛ぶ、か。なるほどね」


 口角が上がる。

 今やられたのは、今朝の鍛錬を切り上げるきっかけになった拳。

 当たれば俺の首がもげるかもしれないほど強力で、それだけはダメだと、未来が止めてくれた一撃だ。

 さっきは目前まできてもその危険性がわからなかったけど……二回目を見れば、あいつが怒るのもよくわかる。

 ありがとな、未来。

 おかげで俺は生きてます。


「たしかこれが、●背負い投げッ!!」


 幾度となく打ち込まれる拳と蹴りの中で、俺の肩めがけて突き出された一つを利用。躱してロボ凪さんの腕を掴み、流れのまま後方へ投げ飛ばす。

 助走をつけて、蹴る!


(いい音!)


 狙いは腹部だったが、さすがロボ凪さん。考えを読み取ってガードされる。

 でも体が浮いた状態では踏ん張りがきかない。衝撃に耐えられずふっ飛んだ体が壁に衝突する。

 マテリアル製特有の甲高い音が響き渡った。


「ふー……」


 細く息を吐いて、乱れてきた呼吸を整える。

 ここでもう一度突っ込むのは危険。立て直しが早いロボ凪さんだから、無理に追撃しようとするとかえってやられる可能性の方が高い。

 急ぎたいのは山々だけど、そのせいでこちらが不利になることは避けるべき。つまり逃げじゃなくて、勝つための待機時間のつもりだった。だけど、


(なんの、音だ)


 聞き慣れない音がする。

 キリキリ、ミチミチ。

 キューブを展開する時とも違う、不安を掻き立てるような音。発生源らしいロボ凪さんが、ゆらりと動く。

 こちらを見る虚無の瞳。真一文字に結ばれた口。その両方が、微かに笑ったように見えた。


「ぐっ……!?」


 刹那、火傷みたいな痛み。

 視界の端で血が扇状に散る。


(なんだ今の。何をされた!?)


 後ろへ跳んで、危険からすぐに距離をとる。

 状況を把握すべく痛む右肩に目を向けた。


「……は」


 言葉にならない。

 ざっくりと、大きく横に切れている。ナイフで襲われたかのような鋭利な切り口。

 脈打つ感覚と同時に服が赤く染まっていくのを見るに、傷はかなり深いのだろう。


(殴られて頬が切れるってのは前にあったけど……こんな刃物じみた攻撃、どうやって?)


 記憶を辿(たど)っても答えが見つからない。

 キューブ無しの体術戦だからほぼ殴り合いになるし、それこそ鍛錬場にある物を武器として使うくらいしか。

 ……武器?


「うわっ!?」


 仰け反る。眉間を狙って突きつけられた物をイナバウアー状態になって避けた。

 俺の鼻先にある、()()()()()をした鋭利な物体。


(これ……マテリアルの破片!?)


 もう一度距離を取る。

 間違いない。ロボ凪さんが使っているのはこの国最強の素材、マテリアルだ。

 まさかと思って見てみれば、ロボ凪さんがさっきぶつかった位置に妙な跡がある。糊で貼り付けた紙を無理やり剥がしたみたいな、一部分だけデコボコの壁。

 視界に入ったロボ凪さんは、なぜか指が真っ赤になっていて。ピンときた。


「未来の皮膚剥がしなんて……これに比べりゃ、可愛いもんだな」


 恐怖。笑いが込み上げてくる。

 つまりロボ凪さんは強硬手段に出たのだ。

 ほとんど物が無い鍛錬場の中で、俺をダウンさせられるような強い武器を作るため。

 ()()()()()()()()()()()なんていう、どう考えても有り得ない行動に出た!


「卑怯だぞロボ凪さん! 体ひとつでやる課題だろ!?」


 反抗するも彼は破片を捨てない。むしろこれも避けてみろとばかりに振り回してくる。

 キューブは使ってないんだからいいでしょ? そんな声まで聞こえてきそうだ。


 ──反動がある分、かなり丈夫に作れる人形だからね。なにも気にせず、やりたいようにしてくれて構わないよ。


 遠征に出る前にした、凪さんとの会話を思い出す。

 これから危険な土地へ行くというのに、体力を半分にしてまで分身を作ってくれた凪さん。

隆一郎の技量と努力を考えての課題だから、自分を信じて頑張りなさい。そう言われて、嬉しくて、頑張りますって腹から声出して答えたっけ。


「なら! 頑張れよ、俺……ッ!」


 マテリアルが俺の右腕を切り裂いた。

 ちょうど、さっきやられた肩の数センチ下。利き腕を潰しにきてるのがよくわかる。


(次は腹か? それともまた腕……っ!)


 予想が外れる。狙いは、顎。

 ──ガァンッ!!

 直撃した。

 避けようにも見切れない。

 どこに何をされるのかがわからない。

 一ヶ月かけてようやくまともなやり合いができるようになったのに、たった一つ攻撃手段が増えただけでまるで読めなくなった。

 着々と積み上げてきたものが全部、崩壊していく感じ。力量の差を思い知らされる。


(音ぇ上げんな。五感を使え、思考を捨てろ!)

 

 幸い意識は飛ばなかった。けれど、顎を殴られて正常でいられるはずがない。ふらついて、寝不足も相まって目が回る。

 休んでって言われたのに聞かなかったんだから、後者については自業自得だ。


 体に痣が増えていく。切り傷も多くなる。

 視界が回復するまで待ってくれるはずもなく、受け身を取るしかできない俺はズタボロに。

 意図せず、無茶をした六時間の二の舞になる。


「──足」


ぞくりとした。

 ポケットの辺りをマテリアルが掠って、後で食べようと思って取っておいた、二つ目のおにぎりが落ちて転がっていく。

 そろそろ栄養補給しない? なんて、語りかけられてる気がする俺はもう、限界が近いらしい。けど。どこか楽しい気分になってきたのは、なぜだろう。

 戦場に巻き込まれたおにぎりが踏まれそうになって、それは良くないと、ふらつきながら救いに行く。

 拾おうとすれば俺の頭の位置が下がる。どうぞ蹴ってくださいとお願いしているようなもの。


 もちろん容赦なく蹴るだろう。ロボ凪さんじゃなくて、凪さん本人でもきっと同じ。

 隙を一寸でも見せるな。最初からそう俺に教えているのだから。

 そこにどんな理由があろうとも、たとえロボ凪さんに攻撃する気が今の俺に無かったとしても。

 戦闘を終わらせられる絶好の機会。この人なら間違いなく、『利き足』で、『俺のこめかみ』を、『蹴る』。


「──攻略法、見っけ」

 ガードする。右手でおにぎりを取る素振りを見せてから、左腕で頭を守った。

 予想通りの動きをしたロボ凪さんが目を見開く。頭部ではなく俺の腕に当たった脚を引っ込めて、素早くマテリアルでの攻撃に変更。初めて動揺を見せた。


「食べ物は大事にしないと、ですよ。おししょーさま!」


 殴る。マテリアルを持ったロボ凪さんの右手首を。

 防御力の設定がおかしいから大して痛くはないだろう。けれど、振り下ろした勢いとぶつかり合って指の力が一瞬だけ緩む。

持っていたマテリアルの破片が高い音を鳴らして床に落ちた。


(ロボ凪さんがなんで強いのか、なんで俺は勝てないのか……だったか。よくよく考えてみれば、当たり前なんだよな)


 おにぎりを拾い上げてから、駆ける


 未来にもらった助言の答えがようやく導き出せた。

 凪さんの強さの源は、徹底的に無駄を削ぎ落としたシンプルな動き。こちらの狙いを正確に読み取って、流れるようにあしらう。

パワーが強すぎて今まで避けてきたけど、実際に体に受けてみれば攻撃の一つひとつもそうだった。急所や利き手、


俺とは正反対の、確実で綺麗な戦い方。



じゃあ、その綺麗な動き。できなくしたらいいんじゃないか? と。


「なぁ、ロボ凪さん。土屋家の塩にぎりってさ、すっげぇ美味いの知ってますか?」



 マテリアルを振り回して、長い脚で蹴ろうとして、その強力な拳で俺を負かそうと奮闘するロボ凪さん。

 対する俺は、限界間際まで体に受けたおかげで見切れるようになってきた。

 今の俺なら、なんとか攻撃を掻い潜ってお礼の品物をお届けできるんじゃないかと思うのだ。

 このバカな戦法……割と合ってんじゃねぇかな、俺。


「想像以上に美味いんで。いつものお礼に、ぜひ食べてもらいたいなー」


 おにぎりのラップを取る。

 三角のてっぺんをロボ凪さんへ向けて。

 最後の一つになったらしいマテリアルを持ってこちらへ突っ込んできたロボ凪さんは無表情。そんなもの興味無い、とか言いたげ。


「」

 マテリアルVSおにぎりなんてわけのわからない絵面。こんなの未来には見せられない。

 だけど今はいないから。

 ロボ凪さんに土屋家秘伝のおにぎりをプレゼントするべく、ここぞとばかりに駆けた。



 ロボ凪さんが困惑する。無表情のまま挙動不審。

 俺が正常だったならおそらく笑ってる。

 でもごめんなさい。今の俺は、至って真面目です。


「はい、あーんッ!!」


 拳をすんでのところで躱して、勢いのままに、もっぎゅぅっ……!ロボ凪さんの口へ、おにぎりを思いっきり突っ込んだ。

 ちょっとデカい。無駄にデカい。

 喉を詰まらせるほどのおにぎりに苦しくなったロボ凪さんに改めて「いつもありがとうございます」と伝え、拳に力を入れる。

 重心を落としてしっかり床を踏み、体勢を真似る。

 口を押さえていたロボ凪さんが、ハッとしたように俺を見た。


「やりたいようにしてくれて構わないって、言われたんで。甘えさせてもらおうと思います」


 かなり丈夫らしいロボ凪さん。

 この人なら、あの拳を使ってもきっと首は飛ばないだろう。飛んだ場合はグロい結果になるけど……その時は、その時だ。


「じゃあ、いきます。見よう見まねの、ロボ凪さん必殺・首飛ばしの拳ッ!!」



 どうも俺は、凪さんみたいに綺麗に戦うことはできないらしい。


「ちょっと、隆!? なんでここにいるの、休んでって私さっき言ったで……っ!」


 バンッ! と扉を開ける大きな音と同時に飛んできた未来の怒声。途中で言葉が切れる。

 代わりにパッパラパーラーラーなんて大袈裟な音楽が鳴り出した。凪さんが楽しそうに設定していた、おめでとうの曲。課題クリアの証拠。

くるりと未来の方へ振り返る。

全身痛いし、疲れも尋常じゃない。

けれど、目をまん丸にしてこちらを見る未来へ、にひっと笑う。高く高く、ガッツポーズをした。

「勝った」それだけ言って。


「……勝ったの?」

「おう」

「今?」

「うん」

「いつから?」

「いつ……時計見てなかった。けど、おにぎりが冷めてないくらいの時間」


自分で言って不思議に思う。最後に未来に見てもらいながら頑張った課題は五時間かかっても倒せなかったのに、今回は驚くほど早かった。

急いでたっていうのは理由の一つだと思うけど、それ以上に、俺にとって何かしらの成果があったんじゃないかと思う。


「……未来。あの戦法、俺向いてるかも」

「やめなさい」

「でも」

「私は反対」


言われながらも考えていると……そりゃそうだよな。未来のお怒りに触れた。


「ご、ごめん! ごめんって!!」

「知らない! こんな無茶なやり方で、言うことも聞かない隆なんか! おめでとうも言わないし薬もあげない、まる一日すやすや寝てたらいい、あほ!」


なんだよそれ。怒ってんのか労われてんのかわかんねぇ言い回し。


「わ、ちょ、ちょっと、隆!? 隆、大丈夫!?」



 全身に切り傷と打撲、放置していた右肩は大出血と、どっからどう見ても大怪我だけど。未来の『あほ』がまた聞けたと思えば……うん。そんなに悪くもないかもしれないな。

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