パラレル・お怒り&バグ搭載④
帰宅した直後、母さんと父さんに謝った。水道代の件、俺の勘違いで意味を成すものではありませんでしたと。
絶対怒られると覚悟していたのだが、母さんから返ってきたのは怒りの言葉ではなくて。
「良かったじゃないの。日常にあるものが戦いにも使えるってわかったんだからさ」
にっと歯を見せて、それより無事に帰ってきてくれて良かったと頭を撫でられた。夜遅くまで待っててくれた二人は限界がきたらしく、寝室に入ってすぐにいびきをかきはじめる。
それが妙に安心して、課題をクリアするために未来と上機嫌で鍛錬場へ向かった。……までは、良かったのだけど。
「ごめん! ごめんって未来!」
「何度謝ってもあかんもんはあかん! 言うこときき!!」
「だぁああああっ!!」
ベリベリベリッ!! 違うな、メリリリリッ!!
めちゃくちゃ怒ってる未来に左腕の皮膚を剥がされる。
なぁ、誰か嘘だと言ってくれ。未来もキューブを展開してるとはいえ、人間の力で前腕丸ごと皮膚を取られるなんて思わないだろ。素手だぞ。誰かこの恐怖をともに味わってくれ!
「ほれみい! こんな簡単にキューブ取れるくらい疲れてんや、集中なんてできるわけないやろ!!」
「キューブじゃねぇ! お前が引っ張ったのは皮膚だ!!」
「どっちでも一緒や、あほ!」
一緒なわけあるか!
最後の方に悪口が聞こえた気がするが、今はなんでもいい。
俺を鍛錬場から追い出そうとする未来に、「嫌だ、嫌だ!」と駄々をこねる。
けれど、体に巻きついた【朝顔】が行動を許してくれるはずもない。
足が勝手に動く。どこかの行進曲みたいに、姿勢良く一定のリズムで階段を登らされる。
鍛錬場がある地下から一階、二階、三階へ。廊下を渡って右向け右。自室の扉を陽気に開けて三歩ほど進めば……ああ、もう。ベッドが目の前だ。
「なぁっ、ごめんって! あとちょっとでいいから付き合ってくれ!?」
「嫌や! これ以上怪我させたくないし見てんのも治すのももうたくさん! ちょっと頭冷やしてきぃ、あほ!!」
バン!! 扉、閉めてくれてありがとう。
母さんが洗濯してくれたのか、いい香りのする布団へ意思に反して飛び込んだ。
残念ながら【朝顔】の蔓は付けられたまま。要するに、動くな。未来が言いたいのはこの一言だろう。
「くそ……あいつ、キューブ持ったまま逃げやがったな」
未来が怒るのも当然だとは思う。今回は俺がわるい。絶対いっぱい怪我するから、全部【治癒】で治してくれなんて頼んだ俺がわるい。
(ノコギリソウの花言葉……治癒だったか。あいつ、阿部ほどじゃなくても怪我は治せるのに、なんで戦場じゃ使いたがらねぇんだろ)
突っ伏してぼんやり考えていると──コン、コン。
ノックの音がした。
「入るよ」
「隆一郎は不在です。扉は開きません」
「声が聞こえます、居留守を使わないでください」
ふてくされた冗談にも返答してくれる未来。ちょっとは怒りが収まったんだろうか?
扉が開いて後ろに気配がくる。
ベッドに対して斜めに寝転んだ俺の横へ、未来は静かに座った。──途端。
「あぁあああああっ!!」
悲鳴を上げる、俺。
「未来!! なんっ、なんで、完治薬……っ! いってぇ……!!」
「言ったでしょ、もう治すのはたくさんだって。薬の効果を受けてください」
「嫌がらせかよ!?」
「違う。なんで薬での治療を優先するか、きちんと考えて」
激痛と引き換えに、全身にあった怪我が急激に修復されていく。
ロボ凪さんの殴打にあって機能をほぼ失った右目。ズタボロだっただろう内臓、腕や足の骨。未来が剥いだ左腕の皮膚。
気付く。未来がさっき【朝顔】で俺を陽気に歩かせたのは、治すべき箇所を把握するためだったのだと。
動きの悪いところを視認して、未来が判断するために。
「……一個ずつ治療する【治癒】じゃ、手に負えないくらいの怪我でした」
「正解。じゃあ次。私が無理やりロボ凪さんとの鍛錬を切り上げさせたのは、どうしてだと思いますか?」
【朝顔】の蔓が離れていく。二つの意味できちんと動くようになった体を起き上がらせて、未来の横に正座。
反省の色をこれでもかと見せた。
「課題をクリアするために、ロボ凪さんの攻撃を全部実際に体験するとかいうバカな思い付きに至った俺に呆れた、とか」
「あほ」
「またあほって言った……」
なんだろうこの気持ちは。関西人のあほなんて可愛い罵りじゃないか。結構誰でも言うような言葉じゃないか。
未来だからか? 未来だからこんなにダメージ受けてんのか、俺? 悲しすぎるんだけど。
「……昨日の隆の提案。『わかってるつもりでいた凪さんの戦い方を、きちんと理解するために実際に攻撃を受けてみる。一つずつ慣れて、奪えるものを全部奪って自分の物にする』だったね。奪うというより習得に近いけど、たしかに良案かもって私も思った」
意外にも前向きな言葉から入った未来は、「でも」と否定で繋ぐ。
青色の目が鋭くなった。
「帰ってきて、今の方法を始めてもう六時間。朝だよ? 怪我しても大丈夫って思いながら戦うのは危ないし、私が治してなかったら隆は今ごろ死んでる。こんなやり方でしかクリアできない課題なんて、凪さんが出すわけない」
ハッとする。当たり前なのに今の今まで忘れていた。
一度の攻撃が致命傷になりうる実戦で、こんなやり方は通用しない。相手を知るために自ら怪我をしに行くなんて、敵からすれば美味しい餌でしかないのだ。
治療を前提として戦うのは危険。多分それが、未来が戦場で【治癒】を使いたがらない理由の大部分。
「とにかく休んで。昨日も寝てないんだし、隆が思ってる以上に体は負担だらけなんだから」
鍛錬場に置いていた俺の携帯を渡される。キューブは返してもらえなかったが、無理やり取り上げたこと、皮膚の件も重ねて謝られた。
部屋を出ていく未来を、俺は多分、情けない顔で見ていたと思う。
あまりにもバカだった自分に自分で呆れて、視線が下を向いた。
「……新着メール」
携帯に表示された『一件の新着メール』と『師匠』の文字に目が留まる。
邪魔したくなくて返信不要と書いたはずなのに、相変わらず律儀な人だ。
「そっか。凪さん、俺のこと心配してくれたのか」
頬が緩む。伝えたい言葉だけが入力された、凪さんらしいメッセージに。
件名:Re: ヘンメイ討伐の報告と共有事項
おかえり。
自分が決めた在り方を大事にしなさい。
短いけど、思いのこもったアドバイス。
大丈夫ですと伝えたくて普段から持ち歩いてるノートのおもてを写真に撮る。返信と一緒に送って、安心させられたらいいなと考えながら俺も表紙を見た。
・未来を守る
・呪いの根源を見つけてどうにかする
・仲間を失わないために強くなる
・選択肢がひとつにならないようにする
大きな文字で箇条書きした、増え続ける俺の目標。四つ目は昨日Death gameから戻ってきて、晩ご飯前に書いた項目だ。
討伐する以外に方法はないなんて、もう思わなくていいように。選択肢を増やせるように。
どうして強くなりたいのか。何を守りたいのか。
改めて頭に刻み込んだ。
「休んで……か。もう、ごめんとしか言えねぇな」
ペンと携帯をポケットに突っ込んで、ノートは脇に挟む。
鍛錬場へ行くには一階の玄関前にある階段を使うしかない。問題は部屋を出て通常通り下へ降りようとすると、未来の部屋の前とキッチンの両方を通る点。
どうやら母さんも起きてるみたいだし、未来のことだ。俺が出てきたら戻れって言うよう頼んでるだろう。
「かくなる上は……」
窓を開ける。日が昇って明るい景色に目をくらませながら、体を乗り出すようにして隣にある未来の部屋を確認した。
(カーテンは閉まってる。いけるか)
窓からそっと出て、外壁にあるパイプや小さな屋根を利用しながら移動する。
気配を殺して極力音を立てないように。だけど見つかりたくないから若干急ぎ気味で。
キッチンがある二階を突破して、一階の玄関前。
路地に入って小窓から中の様子を覗き込むと、
「ひっ……!」
バリィイイイインッ!!
枠組みごと窓ガラスが砕け散った。
「未来ーっ? 何の音、大丈夫〜?」
「由香さん、ごめんなさーい! 視線を感じてつい。すぐ直すー!」
ついってなんだ、ついって。
自室じゃなくて一階にいた未来とその場にいないらしい母さんの会話に心臓がバクバクする。
咄嗟に顔を引っ込めたのもあるが、多分未来がコントロールしたんだろう。破片は外ではなく家の中に飛んでいて、怪我はしなかった。
宣言通り【再生】によって修繕されていく。
(心臓に悪い……つか、キューブ乱用すんなよな)
人のこと言えねぇけど。
とにかく未来が他の部屋へ移動するのを待つべく腰を下ろす。
持ってきたノートを開いて、さっきまで受けていたロボ凪さんの攻撃を脳内で再生しながら気付いた点を書き連ねた。
痛かったなぁっていう感想よりも、気付きの方が多い。未来には怒られたけど、それだけの価値はあったように思う。
ノートのページがいくらか進んで、空を見上げながらこの後のイメージを膨らませる。
それぞれの攻撃にどう対応するかと考えていると……ズボンの右ポケット。携帯からバイブ音が鳴った。
(斎?)
画面に表示されていたのは電話なんか滅多にしてこない人物で。
声を出したらさすがにバレそうだと懸念するも、急用かもしれないから迷いなく電話を取った。
「もしも……」
『できたぁあああっ!!』
「うおっ!?」
『土屋っ! 俺、できた! できたぞー!!』
開口一番、大声の『できた』に驚くが、すぐに内容を理解する。
斎と秀がずっと頑張っていた新しいキューブ完成の報告だ。
「できた!? すっげ、お疲れおめでとう!」
『おーよーっ!! 報告したいことは色々あるんだけど! 今から挨拶回り行ってくるからまた明日学校で話すなー!』
『とりあえず伝えたかった!』と元気よく締めて、すぐに通話終了の音がやってくる。
時間にして七秒。ほんとに必要最低限の電話だったらしい。
「こりゃ、負けてらんねぇな」
携帯をポケットにしまって立ち上がる。
母さんが未来を呼ぶ声が聞こえたからだ。
「はーい」という返事と階段を駆け上がる音で、一階に人がいなくなったと判断。
いざ鍛錬場へ行くべく玄関のドアを開けた。
「母親は、父より我が子、知っている」
質問。どうしてここにいるんですか父さん。
俺が来るとわかっていたように仁王立ちして妙な短歌を詠んだ父さんは、硬直した俺をじーっと見る。
顔を凝視、ノートを凝視、最後に俺の裸足を凝視して。ふっ、と笑った。
「伝言。未来をお喋りに付き合わせるから、その間にやりなさいって母さんから」
「えっ」
「あと差し入れ。ほい」
ラップに包んだ塩にぎりを二つ渡される。ついでのように濡れタオルも床に敷かれた。
つまり、足を拭けと。どこまで俺の行動を把握してるんだ。
「若い間は無茶をしてもいい。ただ、悲しませないように頑張りなさい」
「これくらいになるまではな」と笑いながら、ちょび髭を愛おしそうに撫でる父さん。でもその髭、高校生で生えたって言ってなかったか。
「……ありがと」
「怪我に気を付けて」
「うす!」
足についた砂や土を拭いて、タイミングがあれば母さんにもありがとうって伝えてとお願いする。
地下へ続く階段を静かに降りながら、もう一度頭の中でロボ凪さんの動きを再現した。
大きな怪我はできない。素体じゃ未来に治してもらうのは不可能だし、鍛錬で使い過ぎたから手持ちの薬はゼロ。
あんな高いもんぼったくるわけにいかないから、さっき未来に使わせちゃった分はお小遣いが入り次第返すと決める。
鍛錬場の前で準備運動をして、深呼吸をしてから扉を開けた。
「ですよねっ!!」
飛んでくる。ロボ凪さんの長いながーい脚が。
こちらの状態なんて関係なく戦闘に入るところ、おししょーさま本人にそっくりだ。
(距離、勢い、長さ、向き)
攻撃範囲を瞬時に判断、しゃがむ。
顔面めがけて放たれた蹴りは空を切る。
「とりあえず、中へ入らせてください!」
突進。全力で体をぶつけてロボ凪さんを奥へと押し込んだ。
体格差もあって吹っ飛ばすなんてできないけど、ある程度後退させて鍛錬場の床へ両足をつけることに成功。
しかしすぐに距離を詰められる。
僅かな遅れが命取りになるような連撃を、時折ぞわりとしながら躱して、守って反撃に出た。
無傷じゃなくていい。
全ての攻撃を無力化するなんて俺にはまだできないから、凌げる分は凌いで、できるだけダメージを軽減する。
次に狙われる場所を絞り込めるようになれば、ロボ凪さんだけじゃなく死人相手でも有利に戦えるようになるはずだ。
「粘れよ、俺」
五感を研ぎ澄ませていく。
双方が動くたび揺れる鍛錬場の空気。音。
たまに攻撃を受けて、口や鼻が出血を感じ取る。
顎を蹴られそうになって咄嗟にバク転で回避した。
(次。顔面まっすぐ……いや)
もう一歩だけ後ろへ。
間を置かず殴りかかってきたロボ凪さんの拳は、俺の顔があった位置で急に軌道を変える。天井に向かって突き上げられた。
「必要な分だけ距離をとる。回避で体勢を崩さない」
ついさっきノートに書いた改善点を復唱。心の中で未来に感謝する。
今の一撃は、今朝の鍛錬を切り上げるきっかけになった拳だ。当たれば俺の首が飛ぶ可能性があって、それだけはダメだと止めてくれた一撃。
「直せ、癖」
蹴る。足払いをジャンプで避けた流れに乗って。
運良く側頭部にクリーンヒット。ロボ凪さんは床へ倒れ込む。
結構な勢いで頭をぶつけたんだろう。マテリアル特有の甲高い音が鳴る。
さらにダメージを加えるべく着地と同時に拳を振り下ろした。
(──切れる)
微かな痛み。
危険を感じてすぐに手を引っ込める。
指の第二関節から血がぷくぷくと滲み出てきた。
のそりと起き上がるロボ凪さんに恐怖を覚え、一旦距離をとる。
おそらく、あのまま突っ込んだら五本とも指がふっ飛んでいた。
殴打で頬が切れた経験はあるが、いくらロボ凪さんが強くても刃物を思わせるような攻撃は見たことがない。
キューブ無しの体術戦なんだからできることは限られるし、それこそ鍛錬場の中にある物を武器として使うくらいしか……武器?
「うわっ!?」
仰け反る。眉間を狙った鋭利な物体をイナバウアー状態になって避けた。
間違いない。ロボ凪さんが使っているのは床から獲得したマテリアルの破片だ。
思いっきり倒れたように見せかけて、この国最強の素材を頭突きでぶち抜いた。だからあの独特な音が鳴った!
「卑怯だぞロボ凪さん! 体ひとつでやる課題だろ!?」
反抗するも彼は破片を捨てない。これも避けてみろとばかりに振り回してくる。
技は使ってないからいいでしょ? そんな声まで聞こえてきそうだ。
──隆一郎だけが持ってる能力と、努力を考えての課題だ。自分の強みを活かしなさい。
今になって、課題を渡された時に言われた言葉を思い出す。
凪さんはきっと、俺がクリアできると信じてこの課題を出したんだろう。
一ヶ月もあれば、怪我をしない凪さんとボロボロになる俺の違いに気付くはず。何度も見て経験して、学んで、インプットを繰り返せば自分を倒せるくらい強くなるだろう。そんな期待があったのかもしれない。
(んな簡単な話じゃねぇんだよ……)
歯を食いしばる。
やり合ってわかったのは、凪さんは俺の攻撃をあまり避けていないということ。
こちらの狙いを正確に読み取って、流れるような美しい動作であしらう。できないと判断した時のみ最低限の動きで躱すのだ。
無駄を徹底的に削ぎ落とした戦法。
おそらくそれが、凪さんが持つ最大の強さなんだと思う。
違いは知った。自分の悪い癖も直すよう努力した。
それでも倒せないのが凪さんだ。
慣れとか奪うとか、口では言えるけどできるなら苦労しない。
だってこの国最強の人なんだから。
俺がどれだけ頑張ったって、ずっとずっと先にいる人に簡単に追いつけはしない。
期待してくれてるんだとしたら。
「こういう思考になる時は……冷静なんだよな。俺」
空気が唸り、広く見ていた視界を一箇所に集めた。
これで最後だと言わんばかりに●助走をつけられた、マテリアルを壊せる勢いを乗せた凪さんだけの強力な拳。けれど、違う。
あと少しで顔面にぶつかるというのに、足が回避行動にでようとしない。
目で捉えたら真っ直ぐ向かってきているように見えるけど、耳が拾うのはそういう音じゃなくて、なんとも言えないカーブがかかったような何か。
途端、戦慄。
今まで逃げようとしていなかった足と脳が『逃げろ』と命令した。
認識したのだ。この、凪さんを思わせる拳はいつものそれではないと。
絶妙な角度で放たれた殴打。
直撃した瞬間にしかわからないだろう拳は、俺の顔を殴った直後、ひねり上げられる。
つまり、首が飛ぶ。
これに当たったら俺、死ぬ?
いやだ。嫌だ嫌だ。
怪我は良くても死ぬのは嫌だ。
考えろ、考えろ考えろ考えろ!! 最後まで!!
「いっ、やっ、だぁあああっ!!」
しゃがむ。間一髪、頭のてっぺんスレスレを拳が通り、案の定軌道が上へ逸れた。
死は免れたが体勢が崩れてしまって重心が後ろに倒れる。片手片足でなんとか支えるも追撃がくる。
真下にいる俺を勢い良く踏みつけようとするロボ凪さんから逃げて反撃に出るため、横に転がって蹴り返そうとした、刹那。
「あ」
悟る。やらかしたと。
「ちょっと、隆! なんでここにいるの、休んでって私お願いしたでしょ!?」
バンッ! と扉を開ける大きな音と同時に飛んできた未来の怒声。耳には入るのだが、俺は謝ることはおろか反応すらできない。
思いきり蹴ったことで壁に叩きつけられたロボ凪さんから、パッパラパーラーラーなんて大袈裟な音楽がなる。課題クリアの証拠。おめでとうの音。
……いや、おめでたくない。
やめろそのパッパラパーラーラー。
やめてくれ、その体勢で鳴らさないでくれ。
「あ、あの。隆? おめでとうって言えないくらい顔が真っ青なんだけど……」
クリアのメロディーに怒りは吹っ飛んだのか、いつもの声色に戻った未来は心配そうに俺を覗き込む。
ありがとな、気づかってくれて。でも大丈夫だ。あちこち怪我はしてるけど、顔面蒼白になってる理由は痛みじゃないから。
「隆?」
「やらかした……」
「うん?」
「わざとじゃないけど、やらかした」
それ以外言わない俺を●した未来は、答えを知るべくピクピクしたまま動かないロボ凪さんに近寄って……理解したのだろう。顔の下半分を手で隠して●の勢いで戻ってきた。
つまり何が起きたのか。冷静になる。
蹴ってしまったのだ。男の弱点を、思いっきり。
「ね、ねぇ? あれ、報告するの?」
「あれとか言うな。分身だけど、凪さんだぞ」
とはいえ、どうすればいい。課題の結果として伝えなきゃだけど、あの人を怒らせない報告の仕方ってなんだろう。隠蔽するにはどうしたら。そう悩んでいると。
「おじゃましまーす」
ああ、神様どうして。
凪さんの声が扉越しに聞こえる。母さんが玄関まで迎えに行く足音が聞こえる。
待ち望んでいたはずの、久しぶりに聞く本物の凪さんの声なのに。どうしてここに来ませんようになんて祈らないといけないんだろう。
「どうにかしてくれ未来。お前ならなんとかできんだろ」
「無茶言わないで。やったのは隆でしょ」




