パラレル・お怒り&バグ搭載②(推敲時、本文に入れる)
帰宅した直後、母さんと父さんに謝った。水道代の件、俺の勘違いで意味を成すものではありませんでしたと。
絶対怒られると覚悟していたのだが、母さんから返ってきたのは怒りの言葉ではなくて。
「良かったじゃないの。日常にあるものが戦いにも使えるんだってわかったんだからさっ」
にっと歯を見せて、それより無事に帰ってきてくれて良かったと、未来と一緒に頭を撫でられた。夜遅くまで待っててくれた二人は限界がきたらしく、寝室に入ってすぐにいびきをかきはじめる。
それが妙に安心して、課題をクリアするために未来と機嫌良く鍛錬場に向かった。……までは、良かったのだけど。
「ごめん! ごめんって未来!」
「何度謝ってもあかんもんはあかん! 言うこときき!!」
「あぁああああっ!!」
ベリベリベリッ!! 違うな、メリリリリッ!!
めちゃくちゃ怒ってる未来に左腕の皮膚を剥がされる。
なぁ、誰か嘘だと言ってくれ。未来もキューブを展開してるとはいえ、人間の力で前腕丸ごと皮膚を取られるなんて思わないだろ。素手だぞ。誰かこの恐怖をともに味わってくれ!
「ほれみい! こんな簡単にキューブ取れるほど疲れてんや、集中なんてできるわけないやろ!!」
「キューブじゃねぇ! お前が引っ張ったのは皮膚だ!」
「どっちでも一緒や、あほ!」
「一緒なわけあるか!!」
最後の方に悪口が聞こえた気がするが、今はなんでもいい。
怒りをあらわにした未来は、皮膚ごと剥いだ『炎』のキューブを俺の腕に置いて、再度貼り付けてから治療してくれた。
今日何度目かわからない、未来の【治癒】による回復。
肉が見えかけていた腕が徐々に再生する。
「いてて……お前さ、戦闘中でも治癒使えるようになれよ。絶対便利だぞ」
「いいんよ、私は。あんまり使いたいと思わんし」
なんで? と聞こうとしたが、手が俺の顔に近付いてきたからとりあえず黙る。瞼を閉じて、右目に【治癒】の効果を受けた。
「怪我しても大丈夫やって思いながら戦うのは、危ないんよ。一度の攻撃が致命傷になるかもしれんやり合いで、そんな不確かなもの信じるべきちゃう」
ロボ凪さんの殴打にあって、機能をほぼ失っていた眼球が修復される。光を感じて、瞼をうっすらと開けた。
両目で見えるようになった未来は、瞳を潤ませていた。
「未来?」
「良案って、なんよ。なんも良くない。怪我しても大丈夫やって、思いながら戦うのがどんだけ危険か、ホンマにわからんの?」
声が震える。
ノコギリソウの花言葉で怪我を治せるはずの未来が、戦場では使いたがらない理由が言葉の中にあった。
一度の攻撃が致命傷になるかもしれないやり合いで、そんな不確かなものを信じて戦うべきじゃない。
だからこそ、今の俺のやっていることが嫌で、つらいんだろうと思う。ごめんって、心の底から思う。
「ロボ凪さんの攻撃さ、避けるのはもうできるんだよ。けど、最終的には絶対負ける。なんでかなってずっと疑問だったんだ」
全身にある傷も一つずつ丁寧に治してくれる。
優しい触れ方に、未来に、感謝しながら説明した。
「何時間も耐えられるようになって、課題を始めた頃より強くなった実感はある。けど、それだけじゃダメだ。避けられても倒せなきゃ意味がない。押し切るための何かが、俺には必要なんだ」
「だから全部体に受けてみようって? なんでそんな無茶な考え方になるんよ」
「そうじゃないとわかんねぇことがある。力のかけ方とか、軌道。あと、自分に跳ね返ってくるダメージの軽減も」
強引に殴ったところでマテリアルを壊せるはずがない。この国最強の素材を拳ひとつで破壊できる凪さんは、きっと俺たちとは違う戦い方をしてる。
「俺がわかってるつもりでいた凪さんの攻撃。微妙な認識のズレを百パーセント知るためには、実際に体験してみるのが早い。本当なら徐々に理解すべきだったけど……俺、バカだからさ。全く気付かなくて」
一ヶ月。それだけかけて、自分の動きを完全に理解しろと凪さんは言いたかったんだろう。
危ない土地でも無事でいられる戦い方を覚えさせるため。九年もある経験の差を強引に埋めさせて、自分の力として吸収させるために。
「俺が危ない目にあわないようにって、未来が見てくれてたのはわかってる。やばい攻撃にはストップをかけてもらえたから、今まで大きな怪我はせずに済んだ。けど、今日は。今日だけで全部慣れて、全部物にするから。だから、俺のわがままに付き合ってほしい」
バカみたいな俺の説明と怪我の治療が終わっても、未来は俺を睨んだままだった。
何も言わず、動きもせず。だけど俺がそれ以上口を開かなかったせいか、一つ大きなため息をついた。
「奪うというよりは、習得やね。ちょっとキューブ貸してみ?」
「へ? なんで……」
「いいから。貸して」
「ん」と手を差し出される。
よくわからないがさっきみたいに力ずくで剥がされるのは嫌だ。あれはマジで痛かったから。
左腕に付けたキューブを立方体に戻して、おそるおそる未来の手へ置いた。途端。
「【朝顔】」
やられた。そう思った。
「ちょっ、おいこら未来! てめ卑怯だぞ!?」
「しらんわ! これ以上怪我させたくないし見てんのも治すのも嫌や! ちょっと頭冷やしてきぃ、あほ!!」
あほ。また言われた、あほって。
なんだろうこの気持ちは。関西人のあほなんて可愛い罵りじゃないか。結構誰でも言うような言葉じゃないか。
なんだこれ、未来だからか? 未来に言われたから俺こんなにダメージ受けてんのか? 悲しい。悲しすぎる。
バン!! 扉を閉める大きな音でようやく我に返った。
体に巻き付いた【朝顔】の蔓が勝手に俺の体を動かして、鍛錬場を強制的に退出。自室の扉を陽気に開けて、ダンスを踊らされながらスライディング・ベッド・イン。母さんが洗濯してくれたのか、いい香りのする布団へ意思に関係なく飛び込んだ。……と、思う。だから今ベッドに突っ伏してるはずだ。
「くそ……あいつ、キューブ持ったまま逃げやがったな」
強行突破に出たということは、本気でキレたんだろう。あほなんて言ったくらいだし。
わかってる。未来が怒ってるのは俺を思ってくれてるからだってこと。
もしも今俺がしていることを未来がやろうとするなら、きっと俺だって強引に止めてる。
たかが課題。そんなもののために、自ら怪我をしにいくなんて馬鹿げてると思うだろう。……嫌だって、見たくないって、俺だって言う。でも。
【朝顔】の蔓が体から離れて、自由がきくようになる。
頭から雑念を振り払い、シーツにシワを作って起き上がる。
一応程度に片付けた勉強机の引き出しからノートを一冊取り出した。
「……進捗、何パーセントかな」
表紙に書いた、全く達成できていない俺の高すぎる理想を指でなぞった。
未来を守ること。
呪いの根源を見つけてどうにかすること。
仲間を失わなくていいように強くなること。
いまの自分がどれだけこなせているのかわからない。現在位置がわからないまま、もう一つ書くためにペンを取って、文の下へ追記する。
『選択肢がひとつにならないようにする。』
書いた文字を早く乾かそうとノートを振り回す。
昨日の戦いで、ヘンメイを討伐する以外に方法はない、それしかできなかった自分に腹が立った。
今の俺じゃ、ここに書いた目標なんて何ひとつ届かない。
足りてない。時間も量も、多分、思いも。
「……強くなりてぇ」
机に置いて、一枚ずつページをめくる。
凪さんとの鍛錬、未来との鍛錬、今のロボ凪さんとの鍛錬。これまでに戦ってきた死人の種類と能力。倒し方、反省──これからに繋げられるように、覚えている間にと、書き殴った文字の羅列。
一ヶ月につき一冊、場合によっては二冊ずつ進む自分の記録は、既に部屋を圧迫し始めている。
それでも、足りない。
山積みになった一列を机の上へ置いて、そちらもめくる。
文字を追う。
一つ一つ、見落とさないように、これまでの経験を今一度読み返す。
忘れていたこと、なんとなくで理解していたこと。
全部、改めてインプットする。
(……違う。ここ、多分違う)
数年前、数ヶ月前。当時の俺がそうと理解していた戦闘や敵の能力。今だからこそわかる対策と相違。
左に積んだノートを丁寧に丁寧に読み進める。書き込む。右は重ねていく。
少し眠気がくる。でももう少し。
睡眠阻害ガムの力を借りて、もう一山取りに行く。
同様にインプットとアウトプットを繰り返す。
コンコン。
ノックの音がして、作業は止めないまま返事をする。
躊躇いがちに扉が開いて、静かに俺の横へ来た人物は、机の端へキューブを置いた。
「……お昼ご飯」
「キューブはご飯じゃないぞ」
「おにぎり作った」
キューブの横へ、立派なおにぎりが二つ乗った皿を添えられる。不器用な未来の頑張りが垣間見える、なんとか三角に見えるかな、ぐらいの特大おにぎり。
追加で置かれたほうれん草のお浸しと卵焼きがやたらと小さく見える。
「ありがと」
「下、降りる? 由香さん心配してる」
「いや、ここでいい。大丈夫だって言っといて」
おにぎりに片手を伸ばして、頬張る。
やっぱり塩にぎりが至高だと思う。美味い。
「ごめんな未来。つらいことさせた」
飲み込めば、自然とそんな言葉が出た。
ペンを置いて、食事に集中する。
「……守りたいものがあるなら、相応の力を持たないといけない。全部を守ろうと人一倍、努力してるのをわかってるから、司令官は隆の考え方を認めて、自信を持たせるために『それでいいんだ』って、何度も言ったんだと思うよ」
今度は携帯を渡される。
鍛錬場に置きっぱなしになっていた俺の携帯には、メールが一件入っていた。
「凪さんだって同じ。隆を信じてるからこそ、あの課題を出した」
返事は不要と書いたはずのメールへの返信に、未来が言いたいことが短文で綴られている。
おかえり。
自分の在り方を大事にしなさい。
「私の方にも来てた。必要なら助言してあげてって。……でも、大丈夫だね」
最新のノートの表紙を見て微笑む未来。
自分のことを書いているのは見えなかったのか見なかったフリをしているのか。それだけ言って、もう一度俺に顔を向けた。
「終わったら、少し寝て。整理できると思う」
伝え終わったのか、未来は俺の返事を待たずに部屋を出ていった。
俺が口いっぱいにおにぎりを詰め込んでいるのを上手く使って、何も言えないまま。まさかこのデカ盛りおにぎりは俺に何も言わせないためだったんじゃないか。
(あいつ、頑張れとは言わねぇんだな)
おにぎりも言葉も、どちらもしっかり咀嚼する。
わざわざ応援したりしないのは、言わなくてもいいと思ってるからか、それとも……信じてもらえてると思ってもいいのかな。
飲み込む。エネルギーを取り込んで、ペンを持つ。
未来の部屋の前へ。
扉をノックする。
出てきた未来は、おキクを肩に乗せて、寝ているケトを抱っこしていた。
「お願いします」
頭を下げる。
「……キューブは禁止」
「素体でやって。これ以上の怪我は許さない」
「──はい」
未来の後ろをついて、もう一度鍛錬場へ向かう。
階段を一段ずつ下りて、ロボ凪さんの動きを脳内で精密に再現。
遠征へ出る前に凪さんに言われたことを、今更ながら思い出す。
──隆一郎だけが持ってるその力を、最大限に引き出すための課題だ。自分の強みを活かしなさい。
自分の強みをしっかりと活かすことができたなら、きっと課題はクリアできるからと。
あの時は何を言っているのかよくわからなかった。
けど、今ならわかる。
「僕を倒してごらん……か。凪さんらしいな」
微笑して、鍛錬場の扉を開ける。
いつもと変わらない佇まい。動き。隙のない構え。
すぐにでも戦える状態で待ち続けていたロボ凪さんの前へ立ち、深呼吸をした。
「──よろしくお願いします」
空気が締まる。
簡単に倒せるわけがなかった。
凪さん本人でないとはいえ、これはあの人の分身なんだから。
だからこそ、学べることがたくさんある。
見る。見て、学ぶ。動きの中にある、強さ。僅かな違い。
何が凪さんを強くしているのか、俺が足りていない部分は何か。
そして、俺だったら、どうするか。
拳、拳、蹴り、拳
回し蹴り、次、拳!!
横に避ける
頭をぶち抜かれそうな打撃の連打を分析しながら躱し続ける。
ロボ凪さんの攻撃は不規則。縦横無尽、どこからでも飛んでくる拳と蹴り。
思いもよらないところから攻撃を繰り出してくるのはおそらくこの人の柔軟性。
ギリギリで避けるのはダメだ。もっとしっかり避けないと!
掠るだけで皮膚を引き裂く。拳は少し余裕を持って長い足は付け根を見て攻撃範囲を絞り出せ!
反撃は早く、というべきなんだろうが、隙がねぇ!
右の拳、目の前にスローも〜しょん
どんどん拳大きくなってあと少しで顔面
これに当たってしまえば俺の首……とぶ?
いやだ。嫌だ嫌だ。
考えろ、最後まで!!
視線は飛んでくる拳とロボ凪さんの体
目の前の拳につながる手首を掴んだ
「ああああああああ!!」
ロボ凪さんのこちらへかかる力を利用して、拳を軸に後ろへ投げ飛ばした。
宙に浮いたロボ凪さんが頭を下にして落ちてくる。
拳を全力で握った。
無防備になった腹へ、ぶっ放す!!
入った感触がしてあと一発。蹴り上げようとした。
「り、隆っ!! キューブできたって! いまっ、斎から連絡!」
「えっ!? なんても一回……あっ!」
瞬間、悟る。
「あ」
ちーん
壁のほうに吹っ飛ぶロボ凪さん。倒した、嬉しい。
嬉しいはずなのに、冷や汗
転がったロボ凪さんからパッパラパーラーラーなんて大袈裟な音楽がなる。課題クリアの証拠。おめでとうの音。
……いや。おめでたくない。
やめろそのパッパラパーラーラー。やめてくれ、その体勢で鳴らさないでくれ。
つまり何が起きたのか。冷静になる。
蹴ってしまったのだ。男の弱点を、思いっきり。
「……隆、それはさすがにやばいよ」
「わかってる。わざとじゃない」
「わざとじゃなくてもやばいよ……」
急に声をかけた手前、わるいと思っているんだろう。顔の下半分を手で隠してロボ凪さんへ一歩近づく。
ダメだ、ピクピクしたまま彼は動かない。
どうすればいい、これをどう報告すれば。そう悩んでいると──ガチャ。後ろから扉が開く音がした。
「……帰ってきて、最初にするのがお説教だとは思わなかったよ」
ああ、神様どうして。
待ち望んでいたはずの、久しぶりに聞く本物の凪さんの声なのに、どうしてこうも逃げ出したくさせるのですか。
「りゅーちゃん? こっちを向いてみようか」
抗えないその言葉。
ゆっくりゆっくり振り向けば……にこり。
いつもの優しい笑顔じゃなくて、冷たい空気を感じるような笑顔。
おかえりなさい凪さん。
お疲れ様でした凪さん。
帰ってきてくれて嬉しいです。
すげー会いたかったです。
……どれも言えません。
なぁ、未来。助けてくれ。なんで首振ってんだよ。お前も共犯だろ、一緒に怒られようぜ。
「こちょこちょと、お説教と……そうだなぁ。全く同じことをしてあげるのも、可愛い可愛い弟子にとってはいい経験か……」
「ご、ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさい許してください、わざとじゃないんです、お願いしまっ……!!」
ビシィッ!! ああ、凪さんはやっぱり大人だ。
デコピンで済んだよ、良かったな俺。気絶するだけで済みそうだ。
どこか遠いところで未来が止めてくれてるのがわかる。ありがとう。お前もデコピンくらっとけ。
──よく頑張ったね。おめでとう、りゅーちゃん。
意識が途切れる寸前。そんな優しい声を掛けられた気がした。そう思いたいだけかもしれないけど。




