パラレル・模擬大会の結果と伝え忘れ(フルバージョン)
閉店の曲が流れる売店。あたたかくて、ほわ〜っとしていて、ゆったりとした柔らかな旋律。まるでお日様に照らされているような安心感と、余韻を残す深いメロディー。
言葉に例えるならば、これは……そう。子守唄。
「未来ぅ……腹いっぱいだなぁ……」
「ねー……しあわせ……このまま寝たいなぁ……」
「いいぞぉ……俺が許可するー」
「やったぁ……おやすみぃ、りゅー……」
「こんの、食欲バカコンビは……ちょっとー! 家帰って寝なさい風邪引くよ!」
「凛ちゃんもねよー……」
「もぉおっ! おーきーろー!」
ぐいいぃっと頬を引っ張られる。けれど、そんなことはどうでもいいのだ。
ウトウトしてる未来の頭が俺の右肩に、俺の頭は椅子の背もたれに。脱力して目を閉じればもう幸せで、どれだけ頬が痛くても気にならない。今の俺は無敵だ。
「最近思うんだけどさ、長谷川ってお母さん感あるよね」
「やめてやれ秀。同い年だぞ」
「でもわかるよ〜。夜の当番があるからほぼ毎日一緒にいるけど、私もお世話になりっぱなしだもん」
寒い時期は毛布を持ってきてくれたり、今みたいに暑くなってきたら塩飴やアイスを買ってきてくれたりと。
当本人は現在、俺の足を思いっきり踏んで蹴ってを繰り返しているが、阿部の説明と秀のイメージを聞けば、なるほど。ちょっと乱暴なお母さんに思えてくる。
いいぞ長谷川。足蹴にするくらい俺は許してやる。
なんせ無敵だからな。
「でもあと一分で店じまいだから、私も起きてほしいかなー」
ごめんねーと続きそうな瀬戸の声を聞いた瞬間。肩から温もりが消える。
さすが未来。眠くても動きは俊敏だ。
「ほれ、土屋も起きろ。ギリギリまで待ってくれとったんじゃ、さっさと出んと」
「わかってる、わかってっけど……あと五分……」
ゲシッ。俺の切なる願いを聞いてもらえるはずもなく。
長谷川の全力の蹴りによって、左足は見事にオワリを迎えたのでした。
◇
「出た瞬間シャキッとしたのう。びっくりじゃ」
「おー。外だし、風もあるからな」
起こそうと頑張ってくれた長谷川にはわるいけど、売店で止まらなかったあくびはもう出ない。夏とはいえ夜遅くになるとやっぱり冷え込んでくるらしく、暖かさと満腹でぼんやりしていた頭がマトモになった。
「加藤、今日ありがとな。食べるの遅くさせちゃってわるい」
「それはかまわんよ。メシ抜きになったらまぁ、はっ倒してとったけど、瀬戸から礼のチョコももらったしな」
ほんのり苦くて大人の味だったという感想を聞くに、おそらく俺がもらったのと同じものだろう。
瀬戸やおばちゃんにもお礼を言いたかったけど、俺がギリギリまで居座ったために後片付けが遅れているらしく、厨房から出てこられなかったのだ。マジで申しわけない。
一応「ごちそうさまでした」と叫ぶだけ叫んで、また改めて顔を出すことにした。
瀬戸には学校で。明日は日曜で休みだから、明後日になるけど。
「遅いぞつっちー! みんな揃わなきゃ楽しみ半減するんだから、早くこーい!」
出入口付近で喋っていると、長谷川の声が飛んできた。ハガキサイズの物体を手に腕ごと上下に振っている。
「何持ってんだ? あいつ」
「さあ、なんじゃろな。よくわからんが行った方が良さそうじゃのう」
残すは俺と加藤だけらしく、斎と阿部、秀まで早く早くとジェスチャーをする。未来だけなぜか俯いているが、とりあえず急ぎ足で合流した。
「えー大変長らくお待たせいたしました! みなさん心の準備はよろしいでしょうかー?」
「おい待て。心の準備って……」
「模擬大会の結果に決まってんでしょー! つっちーが起きてからにしようって話になって、でもご飯食べたらまた寝ちゃったからずっとタイミング逃してたのよ。早く知りたくてみんなウズウズしてたんだからね?」
なんのことだ、と聞く前に全部説明してくれた。なるほど。そりゃ急かしたくもなるよな。
「僕はまったく期待してないけどね」
「とか言いつつ顔が楽しそうなのよねぇ」
「うるさいな……勝負事は嫌いじゃないってだけだよ」
言葉と正反対の表情をしている秀は、それなりに自信があるらしい。
【双子】で作ったニセガワに乗っかられて死んで、斎に撃たれて死んで、という記憶が鮮明なのだが、それまでにしっかり稼いでいたんだろう。
自信なさげなのは斎と阿部。長谷川は自信満々といった様子。未来は下を向いていてよくわからない。
抱えるような姿勢でいるからどうしたのかと覗いてみると……びっくり。とぐろを巻いたおキクが、未来を威嚇していた。
「珍しいな、怒ってんのか?」
「ん……騒ぎすぎた自覚はあるだろうけど、無理やり寝かしつけたことに腹が立ってるみたい」
持ち前の小さな牙を見せつけて、本当は怖いんだぞ、とアピールするおキク。大好きな頭なでなでをされても機嫌が直らないとなると、相当拗ねてるようだ。
「うーん……参ったな。ちょっとふたりで話してくるよ。もうしないって約束したら戻るから、みんなは先に見てて?」
鞄を俺に預けた未来は、落ち着いて話せる場所を探す。近くの自販機横にあるベンチが目に入ったらしくそちらへ歩いていった。
「今度は未来ちゃんがいなくなっちゃったね〜」
「だなー。まあ相沢の言う通り、結果は後で伝えたらいいんじゃないか? おキクの方がずっと大事だろうからさ」
斎の提案に意義はない。全員が体を長谷川に向ける。
遠目ではよく見えなかった、彼女が手に持ってる物。赤文字で『模擬大会順位表』と書かれた二つ折りの黒い用紙が、みんなに見えるように突き出された。
「では結果発表です。記載は本来の大会と同じ、一位から十位まで載ってるらしい。誰が何位でも恨みっこなしだからね!」
一番文句を垂れそうなやつが何を、と返したくなるがここは我慢。
十位から見ていけるように長谷川が手をかざして、器用に紙が開かれる。あんまり下の方じゃなきゃいいなぁと思いつつ、順々に見ていくと。
「……意外かも」
俺の言いたかった言葉を長谷川が代弁した。
《十位》阿部 加奈子
《九位》秋月 秀
《八位》谷川 斎
他にも参加者がいたから、上位十人に入ること自体とても喜ばしいと思う。ただ三人とも強いと俺は確信していただけに、この上に予想していた順位とはかなりのズレが生じた。
それは斎と秀も同じなんだろう。顔を見合わせて首を捻る。
阿部は予想よりも上だったのか、ふー、と息を吐いた。
視線を恐る恐る上げてみると、困惑はさらに続く。
《四位》長谷川 凛子
「待って待って、三位にも入らない? 大会で常に優勝してきたこのアタシが!?」
「おおお落ち着こう凛ちゃん!」
「落ち着けるわけないでしょー!? 誰よこの三位のなんとかってヤツは!?」
「落ち着こう! ねっ、落ち着こう! えっと、朱雀、すざく……ぅ、うう〜わかんない! 下の名前なんて読むの!?」
「しおんだな。朱雀紫音。ほら、秀がヘンメイの腹から助け出した『譲』の文字を持つ男の子」
「うそ、あの子? どう見ても長谷川より強いとは思えなかったけど」
「当然でしょ!? 大会でも見たことないし名前だってアタシ聞いたことないもん!!」
「少年・赤紫」なんてあだ名を付け始めた長谷川に落ち着けと言いたいが、驚きすぎて俺は何も言葉にできない。
朱雀紫音。面識はあったものの名前は知らず、秀に聞いてもわからなかった年下のマダー。
キューブを管理する斎はきちんと把握していたみたいだ。
「その子についてはよくわからんが、ワシからすればその上だってかなり意外じゃのう」
騒いでいたみんながピタリと止まって、視線がもう一つ上にいく。
《二位》相沢 未来
ほほう? もう一つ上へ。
《一位》土屋 隆一郎
……ほう。そうですかそうですか、俺が優勝ですか。それはなんと光栄なことでしょう。加藤の言う通りとても意外で言葉になりませんね。ええ、とってもありがたいですよこの結果は。うん。嬉しいですね。お祝いですね。うんうん。うん……ん? んー……えっと?
「なんか言いなさいよ!!」
「優勝して嬉しいですっ!?」
脅されて反射的に言うもまったく意味がわからない。
なんで俺? なんで未来じゃなくて俺を一位にしてるんですかDeath gameさん!?
「どうして!? 未来ちーならともかく、つっちーが一番上なのはアタシ納得できないよ!?」
「多分ヘンメイに与えたダメージもポイントとして加算されたんだろ? ほら、俺ら途中でやられちゃったからさ」
「あ〜! そっか、負けたら持ってるポイントが半分相手に移動する制度が働いちゃったんだね?」
「そうそう、阿部正解」
なんとなく察していたらしい斎が説明してくれる。
斎と長谷川、秀、阿部の四人。正確には阿部が二回の計五人分のポイントが、ゲームオーバーにされた時にヘンメイへ移動して、最終的に討伐したのが俺。
ヘンメイがその時に保有していた半分がその時点で今度は俺に移動して、倒した際にもらえる固定の百四十ポイントが追加でもらえる。
あと何度も再生されてたから体力を削るたびに十ポイントとか三十ポイントとか入ってたはずで、全部足せば未来も上回るだろうと。
「待ってよ! そもそも二時間設定だったはずじゃない、模擬大会は! 未来ちーの体調が悪くなったのが四時間経った頃なんだから、それは関係ないはずよ!?」
「あっ、凛ちゃんここに書いてるよ〜。『正式な大会ではないため、外に出ない限り延長戦扱いになります』だって〜」
「はぁあああっ!?」
長谷川の怒りは止まらない。阿部に指さされた箇所を凝視してはまた発狂して、顔を上げたらギロリ。今度は俺を睨めつける。
「ずるい、ずるすぎる! こんなの無効よ!!」
「どうしたの? 凛ちゃん」
「どうしたもこうしたもっ……! って、ああんもう、未来ちぃ〜!」
話が済んだのか、襟巻き状態のおキクと一緒に戻ってきた未来へ長谷川は泣きついた。
状況がわからない未来はとりあえず抱きしめて、今の経緯をうんうんと相槌を打ちながら聞く。とても早口で勢い任せな説明だからたまに秀が補足を入れて理解を促して。
聞き終わった未来は「そっかぁ」と◼️して、長谷川を抱きしめたまま俺に言った。
「おめでとう。隆」
全てがどうでも良くなるような、柔らかい笑顔で。
「未来ちー、悔しくないの?」
「うーん……みんなでわいわいするの楽しかったから、順位はあんまり気にならないかなぁ。心残りなのは、凛ちゃんとの勝負がつかなかったことくらいかも」
途中タガが外れた斎の強襲にあって決着まで漕ぎ着けなかった未来と長谷川の勝負。阿部も加わっていたけど、確かに普段はやり合わない相手だから、機会としては惜しかったかもしれない。
また今度改めて戦ってみたいとの誘いで、長谷川が順調にポジティブになっていく。
「さすがじゃのう……」
「だな」
扱いがうますぎる。しかも自然にやってるんだから恐れ多い。
「帰るわアタシ」
「急にどうした」
未来から離れて鞄を肩にかけ直しながら、いきなり帰ると言いだした長谷川
「未来ちーがまた戦ってくれるんなら実力もっと上げとかなきゃ。今日のままだと勝てそうにないし、なんならつっちーにも負けそうだったからね」
「今から鍛錬か? もう少しで十時だぞ」
「もち。夜遅いなんて慣れてるし、今のやる気を全面にぶつける方が絶対気持ちいいから!」
「じゃっ」と手のひらを見せたかと思えば、キューブを展開して【風速】で飛んでいく長谷川。一秒もかからず視界から消えてしまったあいつは、風より嵐の方が文字的に合うんじゃないかと思ってしまう。
「今のやる気を全面に……か。いいな、あの考え方。俺もこのまま研究所に行くわ。キューブ完成させたいし」
「あ、なら僕も後から行く。もう少しだよね? 手伝うよ」
「サンキュー、秀」
「二人が行くなら私も……」
「阿部はダメ。家まで送る。明日ちゃんと迎えに行くから、今日はゆっくり休んで」
斎がこくこくと頷いて、長谷川同様に手を上げる。【バシリスク】で研究所に一直線。
秀に「帰るよ」と呼ばれた阿部は、顔を真っ赤にして一緒に帰路につく。真横ではなく少し後ろを歩く理由が、どうしていいかわからず挙動不審になっているせいだなんて前を見ている秀は知らないだろう。
「あの二人、あれで付き合ってないんじゃと」
「嘘だろ」
「のう……ワシも自分の目が信じられん」
加藤が感嘆の息を吐くと、未来はふふっと笑う。
友だちの幸せそうな姿を見送った。
「加藤はこの後どうする? 夜だし、帰ったらもう寝るか?」
「うーん、みんな頑張ってるのを知ると何かしたくなってのう……とりあえずマダーになれるように筋トレでもするか」
行きは電車で来たとのことで終電はまだあるのだけど、体力づくりに走って帰るとリュックを背負い直した。
「……加藤君。マダーになったら、色々と危ないよ?」
心配そうに声をかける未来に、加藤は白い歯を見せて豪快に笑う。
「家族を守れるくらい強くなりたいんじゃ。特に妹、弟はまだ小さいし、そのために柔道やってるようなもんじゃからな」
「じゃあまた学校での。」
「ケトはまだか」
「ん、個体差かな? 今のところ起きる気配なしだね」
「……隆、どうしよう。大変なことしちゃった」
「ど、どうした」
「私、みんなに言ってない。巻き込んじゃってごめんなさいはもう言っちゃダメって言われたけど、そっちじゃなくて、独りの方がいいって言ったこと、謝ろうと思ってたのに」
「いや、それも別に言わなくていいと……」
「ダメだよ、あれは別だから! あんなの思ってない、絶対誤解されたくない!」
ばっと携帯を出して急いで電話をかけようとする。
だけど今からみんな頑張るのだということをすぐに思い出して、どうしようと言わんばかりに携帯と俺を交互に見る。
何度謝るなと言われてもやはり謝ってしまうところは、もう未来の性格にも思えた。
「明日か学校で言えばいいよ。あいつら絶対気にしてないしさ」
むしろ忘れてる可能性もある。
帰ったら俺はどうしようか?
いつもならルーティンをこなしてる時間だけど、ハイになったテンションを俺もどうにか活かしたい。ならば何をするべきか……
「……あ」
考えを巡らせていると、思い出した。凪さんが遠征に行く前に言われた言葉を。
「あれって……そういう意味だったのか」
「うん? どうしたの?」
今言えないことに不安を隠せていないが、それよりもぶつぶつひとりごとを言い始めた俺の方が気になったらしい。おキクの頭を撫でながら聞いてくる。
「未来。お前帰ったらすぐに寝る?」
「ううん、頭冴えてるからまだ寝ないと思う。なんで?」
「寝るまででいいからさ、ちょっとロボ凪さんとの鍛錬また見てくれないかと思って」
凪さんが帰ってくるまであと三日。
明日は一日鍛錬場に引きこもるつもりだったけど、今の活性状態と思考なら上手く戦える気がする。
「……ロボ凪さんの攻略法、わかったみたいだね?」
少し、悪そうな未来の笑み。俺は大きく頷いた。
「奪えばいいんだよ。凪さんが持ってる数え切れない戦術と、マダー歴九年の経験をさ」




