パラレル・帰還と夢の声
retake.1
未来の小さな手が、俺の手にそっと触れる。女の子にしては少し角張った、日々の努力を感じる硬めの手。
体温が伝わる。
「残酷だし、つらいけど。でも選んでいくしかないんだよ。役割を与えられた私たちは、命の選別をして、未来を作っていく義務がある。それが今回みたいに仲間の死人でも、これから先……人の命を天秤にかけられたとしてもね」
手を繋いで、肩が寄せられる。
「みんな同じだから。だから……隠さなくていい。悲しい気持ちも、今持ってる悔しさも。全部全部これからの糧にして、自分の考えを貫くための原動力にすればいい。私も…… 一緒に頑張るから」
手に力が込められる。
少しして、鼻をすすりだした俺に、未来は今までよりも優しく温かい声で言った。「討伐してくれて、おおきに」と。
「……おい。そこは『ありがとう』じゃねぇのか」
「元気出るかなって思って。ほら、私が方言に戻ると隆はたいがいツッコミを入れるから」
「今はそんな気分じゃ……ああ、どちらにせよツッコんでたな」
「でしょ? 私の勝ち」
「勝ちってなんだよ」
「ツッコんじゃった隆の負け。かんにんな」
「お前……普段使わねぇ言葉ばっか。合ってんのかその使い方」
「え、どうやろ? 私もようわからん」
「急に素に戻るな」
『かんにん』の使い方を本気で考え始める未来。その表情があまりにも真剣で、俺はつい笑ってしまった。いや、吹き出したという方が正確かもしれない。
「今のは笑わせようとしたんじゃないんだけどね」
軽く拗ねたような口振りで未来は仰向けに寝転んだ。あまり思ってはないけど一応ごめんごめんと謝ってから、俺も横になって空を見上げる。
「未来から手を繋いでもらうのさ、いつぶりかな」
「いつだったかな。今日はたくさんしてもらったよ」
「無意識でした、ごめんなさい」
「謝らなくていいよ。私は嬉しかったから」
守ってくれてありがとうとだけ言って、未来はそっぽを向く。もう喋るつもりはないらしい。手は繋いだまま完全に黙ってしまった。
retake.2
地面に腰を下ろして、時間がある間に右手で目を強めに擦る。頬を片方ずつマッサージ。特に口周りを入念に、口角を上げようと試みた。
retake.3
今までよりも優しく、温かい声で、感謝を伝えられた。「討伐してくれて、おおきに」と。
「……おい。そこは『ありがとう』じゃねぇのか」
「元気出るかなって思って。ほら、私が方言に戻ると隆はたいがいツッコミを入れるから」
「今はそんな気分じゃ……ああ、どちらにせよツッコんでたな」
「でしょ? 私の勝ち」
「勝ちってなんだよ」
「ツッコんじゃった隆の負け。かんにんな」
「お前……普段使わねぇ言葉ばっか。合ってんのかその使い方」
「え、どうやろ? 私もようわからん」
「急に素に戻るな」
『かんにん』の使い方を本気で考え始める未来。その表情があまりにも真剣で、俺はつい笑ってしまった。いや、吹き出したという方が正確かもしれない。
「なに笑ってんよ。今のは笑わせようとしたんちゃうんやけど?」
「ふ、ふふ。や、別に? つか、頑張らなくてもいいぞ。自然体のお前はそれだけで面白いから」
「失礼な。どう受けとったらええん」
「そのままの意味で」
「やっぱ失礼やわ。向こう戻ったら即刻由香さんに電話して、今日は隆の晩ご飯つくらんでええよって電話したる」
「は!? それは卑怯だろうが!」
「なんも卑怯じゃないです〜。」
retake.4
数秒が経って、閉じた目に入る光の量が変わった。
ゆっくりと瞼を開けてみると、見えたのは所定の位置に置かれた俺のキューブ。革製の椅子の感触と慣れ親しんだ狭くて暗い空間。頭はクマ耳のカチューシャが存在感を放つ。
帰ってこれたのだと実感しながら外に出るレバーに手を置いて、下げる。ウィーンと静かな音を鳴らして開いたドアの向こう側で、同じようにクマの機械から出てくる最中だった未来と目が合う。
軽く手を振って、長時間同じ姿勢だった体の軋む音を聞きながら外に出た。
「おかえり。二人とも」
渋い男性の声。
照れくさいながらもその嬉しさを噛み締めて、笑って返事をした。「ただいま」と。
retake.5
ヘンメイを討伐したためなんだろう。
彼女の力で変わっていた辺り一体の景色が少しずつ変わっていく。
柔らかだった土は◼️、煌びやかなライトは消えて薄暗い雲が立ち込める。
これが本来の火山エリア。
ついさっきまであった華やかさは完全に消えて、どちらかというとおどろおどろしいイメージのある暗いステージ。
ティリン……
静かな空間にトライアングルの音色が鳴り渡る。
しんみりとした◼️を変えるように、文字化けしていない、通常の表記に戻ったパネルが俺と未来の間に出現する。
未来から見たら文字が反対だから、多分俺に向けて◼️されたメッセージ。
読みあげようとしたその時。
「いっ……!!」
ガツン! 盛大な音鳴らさなくていいんだぞ、なんて文句は心の中でしか出てこない。痛いの三文字すら言葉にならないし、体力ゲージが削れる音がした。
「ま、待って! 待って待って!! 【治癒】!」
あー未来ってこんなに慌てたりするんだ。なんて、死にかけの脳が考え出す。
「未来。産月ってやつ、探してくれ」
「ヘンメイは最後の最後までそいつの支配下にあった。多分俺たちのやり取りを近くで見てたはずだ」
未来は真剣な顔で頷いた。
未来がしゃがんで手を地面につく。
ピリッ、と足に電気が走った。
「【森林】」
「……いないか」
「自分で手を汚そうとしない子だから。決着が着いた時点ですぐに逃げたかもしれないね」
「秀、そっちに反応は?」
『ない。Death game内にいるのは土屋と相沢の二人だけになってる。斎が二重チェックしてくれてるけど、死人の◼️は全く』
「そっか……」
『どちらかと言うと、土屋が今持ってるヘンメイのガラス玉。そこから痕跡を辿る方が確実だし早いと思う。だからゲーム内を確認し終わったら早めに戻ってきて。僕らは管轄外だけど、国生先生がいるからできるはずだよ』
「よし。ほんじゃあ……戻りますか? 未来さん」
「うん。」
「隆、それどうする?」
未来は俺の
ドロップアイテム、記憶。
これを使ったら、ヘンメイの過去を知れたのかもしれない。何が哀しくて死人になったのか、正気に戻りかけたあの時、何を伝えたかったのか。だけど、俺たちは使わなかった。
「ここにはさ、主君さんとの思い出もいっぱい詰まっているだろうから。勝手に覗き見るのはご法度ってやつだよ」
自分の身を捧げてまで、敵の正体と◼️を教えてくれたヘンメイ。
◼️だと思うわけだ。
──チリン。
どこからか、鈴の音が鳴る。
未来がハッとしたように振り返る。俺も同じ場所を見るけれど、そこには誰もいなかった。
ただの真っ白な空間に、俺たち二人が立っているだけで、他には誰もいなかった。
現実世界へ帰るために、体力ゲージの真下にある《帰還》と書かれた文字を触る。
自室にある青い目覚まし時計の音がする。
チッ……チッ……と。同じ感覚で秒針が刻まれるその音が、何かを思い出させようとして、だけど、それを拒むように膜が張られる感覚もした。
あの日以来、何かの拍子に聞こえる。
彼らの、人ならざるものの声が。
──ウヅキよ。今回は、お前に託す。近々ゆくといい。
──かしこまりました。かならずや、相沢未来の首を獲って帰還いたします。
火山エリアに入って、未来が危険だと気付いた時に思い出した、夢の中の会話。
未来を殺しにきたヘンメイ。それを操っていたのは、産月という組織のひとり。
……ウヅキ。そう呼ばれていた、あの死人がそうなんだろうか。
いや、ただの夢だった可能性だってある。
なんとなく未来の身が危ないような気がして、本能がお告げのように夢に出した。それだけかも。
(……吐きそうだ)
俺だけじゃわからない。まとまらない。
凪さんが帰ってきたら、今回の件も含めて夢の話をしよう。予知夢なんて、そんなことあるわけないって笑い飛ばされないことを祈って。
retake.6
パワーでは俺の方に分があるから、既に払い上げてしまった槍は本気で刀を振り下ろされても
このままじゃ未来を真っ二つに斬ってしまう。それは嫌だ、絶対嫌だ!!
(拒否、拒否、拒否!!)
「あ、うぁあ変なひねり方したっ! ピキって、ピキって!!」
「だ、大丈夫だよ隆。ほら、体力ゲージは減ってないから! 今までよりも幾分かマシな痛みだから!」
「痛ぇのは変わんねぇよ!!」




