思い出を胸に(投稿できなかった日曜時点)
『あー……あぁあああ! なんっっでバレるかなぁ、もぉーっ!』
ガシッ、ぐしゃぐしゃわしゃっ! 言い表すならそんな感じ。
腹から声を出して文句を垂れたヘンメイは、大胆に頭を掻きむしった。
戦闘前に整えた銀のおかっぱが、爆発したようにぐちゃぐちゃになる。
一頻り掻き回してハッとしたのか大慌てで手ぐしを加え、綺麗にしようと奮闘。第一に身なりを気にするその様子に、最初もこうだったなと思い出す。
「なぁ。お前、なんでまだ戦おうとしたんだよ。いきなりだったとはいえ晴れて自由になれたんだ、もう殺り合う必要なんてなかっただろ?」
《解錠》で自由になったはずのヘンメイがなぜまだ俺に襲いかかってきたのか。逃げてとこちらの身を案じてくれたにも関わらず、なぜ未来を殺すと改めて宣言したのか。
二つの理由が聞きたくて、槍を置いた俺はその場にあぐらを組んだ。
ヘンメイはすぐには答えない。前髪を直すのに苦戦しているようだった。
(まあ……なんでもいいんだけどさ)
少し休むべく瞼を閉じる。
右腕の脈打つ痛み、頬のぴりぴりする感覚、頭は全体的に痛くて、何がどうなっているか考えるのはちょっと億劫。
視界からの情報を無くした脳が、体の異常ばかり指摘する。
だけどそれ以上に主張が激しいのは、疲れと眠気。
あくびも出るし、意思に反してこくりこくりと頭が揺れてしまう。
俺から尋ねておいてだけど、今日はもうお開きにしようぜって言いたくなってきた。
『隆一郎は優しすぎるって、凪が言ってたんだ』
途切れかけた意識をどうにか繋ぎ止める。
身だしなみチェックが済んだのかと顔を上げてみるが、そうでもない。前髪は跳ねたままだった。
「凪さん?」
『そう。主君……メイの持ち主は、凪と仲がいいから。メイがいる、いないに関係なく、会うたびキミの話をしていたよ』
ひとを大事にして、死人の心まで聞こうとする。敵に対して本気でごめんって思える子は、片手で足りるくらいしかいないんだよ。
ニュアンスではなくて実際にそう言っていたらしい。
それは未来の話じゃないのか? なんてぼやけた頭は考え出すけど、言われてみれば死人に対して謝ってる確率は高い気がする。
自分の力不足が原因なら、なおのこと。
『会ってみたかった。年齢にそぐわない顔で前線に立ち続けるあの凪が、頬をほころばせて語る人物に。主君がキミに会いに行く機会があれば、喜んで挨拶をしようと思っていた』
『こんな形で出会うとは思ってもなかったけど』と、ヘンメイは自虐的な笑みを浮かべる。
俺の前に片膝をついて、真っ直ぐ見つめてきた。
『優しさの権化、土屋隆一郎。相沢未来とはまた少し違うけど、メイたち死人を思ってくれる数少ないマダー。……キミは、メイが正気に戻ったとわかってしまったら、討伐できなくなるでしょ?』
「え……」
『メイを持ち主のもとへ送り届けたいと思ってる。違う?』
問いかけてはいるけど、ほぼ確信した言い方。
わかってるんだ、ヘンメイは。俺がこの後どうしようと考えていたのか。
「……ウミツキ。そいつをどうにかすれば、お前を滅する必要はない」
青い瞳から目をそらさず、隠すことなく言う。
ヘンメイのことをよく知っているのだろう凪さん。司令官や国生先生も、討伐すると決めていた。
実績や決断を聞いた俺たちも、最終的には討伐するという約束で命令に逆らった。
でも、こうして戻ってきたのだから。
直接手を下したのは彼女であっても、本当に討伐すべきは原因となったウミツキという存在。ヘンメイ自身ではないだろう。
「行き過ぎた殺生はしたくないし、すべきじゃないと俺は思う。これまでだってそうだったし、今もだし、これから先も、多分……」
多分、変わらない。
そう言おうとした時だった。
『甘いね』
冷ややかな声。刺すような瞳。
急に押し倒されそうになって抵抗するも、今度は力任せに組み伏せられた。
「ちょあっ、ギブ! ギブ、ギブ!!」
『産月とは、組織の名だ。産まれる月と書いて、ウミツキ。動物を示す方のね』
声のトーンが落ちる。
組織という言葉に驚いた俺は、取り押さえられた犯人みたいな体勢で顔だけヘンメイへ向けた。
『よく聞け隆一郎。キミに奴らを倒せる技量はない。惜しかったとはいえ、結局ゲームの力を借りなければメイを正気に戻せず、その援護に終わりが近いことすら気付いてない。そんなキミではね』
どういう意味かと問い返そうとすると、予想していたのかヘンメイの顔が動く。
俺の視線を誘導するように向けられた顎。その先に見える、《解錠》を使っている証拠である緑のメーターは。
「減っ、てる」
減ってる。それしか言えなかった。
じわじわ動いているのは気付いていたが、今はさっきまでと比べものにならない速度で減少している。
もう残り五分の一ほどまで差し掛かっていた。
『アイテムを使用しましたって表示にラグがあったね。ゲームあるあるだけど、そのせいでメイに質問した分だけ減ると思ったのかな? それとも時間制限だと知りながら、それまでに産月を倒せばいいとでも考えてた?』
バカだねと言いたげに笑って、俺が持っていた後者の考えを否定される。
《解錠》とは、Death game内でしか使えない限定の能力。つまり効果が継続している間に産月って奴を倒して、ヘンメイを完全に解放する必要があった。
でもそれは個人じゃなくて、組織の名前。何人いるかなんて俺には見当もつかないし、今回の件に関わってるのが誰なのかもわからない。
特定の名を出さないあたり、ヘンメイもそこまでは把握できていないんだろう。
「時間が早まってるのは、お前がまだ産月の支配下にあるからか?」
『多分ね。一時的に元に戻ってるだけだから、考えてみれば当たり前さ』
納得したように首を振られるが、俺にとっては全くの予想外だった。
汗が吹き出てくる。
『ねぇ、そのアイテム。効果が切れたらどうなると思う?』
「どうって……!」
『そう。また暴走する。正気に戻りかけたからこそ我慢できていた守護者も、きっともう抑えられなくなる。ここでキミたちを殺したメイは、命令を遂行するためにゲームから出て、本物のハズレを殺しに行くだろう』
一度、言葉が切れる。
次に出すセリフを強調するように間を空けたヘンメイは、静かな声で俺に問いかけた。
『現実でREVERSALを使ったら、どうなる?』
自分の目が極限まで開いたのがわかった。
キューブの技が死人化するだけならまだいい。でもそちらではなくて、目の文字が赤く光る方を使われたら。
全てをモノクロに変えてしまう死の技が、現実で行われたとしたら。
「……仮想空間じゃなくて、現実世界が、反転の対象になる」
『そうだ。死の訓練場やこの市にとどまらず、首都である東京、関東地方。奴の力が及ぶのなら日本全国。全てが反転する。どうしようか? みんなみーんな死んじゃうね』
空気が張り詰める。軽い口調とはそぐわない真面目な声色が、俺に理解を連れてくる。
ヘンメイが芝居をしてまで俺との戦闘を続けようとしたのは、己を討伐させるためだったのだと。
《解錠》の効き目でつい本音が漏れてしまったから、マズイと思って、操られていた時の自分の真似をした。
正気に戻ったと知った俺が、討伐をやめるなんていう選択をしないように。
無関係の人たちを巻き込まないために。
『相手を思いやる気持ちは尊いし、賞賛すべきだとメイは思う。だがお前ひとりのわがままで、この国が死ぬかもしれないことを忘れるな』
押さえ付けられた腕がミシミシと音を立てる。
このままじゃ折れる。もう残り少ない俺の体力、骨折なんてしたら一発でゼロになるだろう。
これは無言の圧力だ。
今この場でヘンメイを討伐するか、それともゲームオーバーになって最悪の結末を迎えるか。
迷う暇は与えない。今すぐに決めろと言われている。
「くっ……そがぁああッ!!」
叫ぶ。体から炎を出して乱暴にヘンメイの手から逃れ、上下を入れ替わる。
無抵抗の相手を討伐するのは簡単だ。
ナイフ程度の大きさで【火炎の剣】を作り出して、一思いに突き刺せるよう振り上げる。
体重をかけて剣先を押し込んで、ヒビが入ったら【熱線】を絡ませて、再生できないまま中から【爆破】で爆砕して。粉々の、バラバラになるまで壊して、壊して、粒子になるまで破壊してからその後は──
『なんで、泣いてるんだ』
目を丸くしたヘンメイから、声をかけられる。
途端、彼女の肌に雫が落ちた。
ひとつ、ふたつ。呼吸に合わせて零れていくのは、小さな小さな透明の粒。その正体が何なのか、今の俺にはわからない。
事実として感じ取れるのは、剣を持つ手は震えていて、意識下では心臓を刺したはずの刃がまだどこにも触れていないということ。
【熱線】を絡ませるためのヒビも、爆破した形跡も一切ない。
錯覚。妄想という方が正しいか。
命を奪おうとしている自分の行動に、考えに。体が拒絶反応を起こしていた。
『どうして泣く。同じ知り合いがいるってだけで、メイとキミは友だちでもなんでもないじゃないか。人を殺めるわけでもない。メイがあの子にした暴力を思えば怒りの方が上回る。そうだろう?』
そうだ。自分の意思でないとはいえ、こいつは俺の大切な人を殺そうとした。泣かせて、体もボロボロにされた。
たくさん、たくさん、傷付けたはずなんだ。なのに。
──土屋隆一郎。お前は、国を守るために仲間を殺せるか?
司令官と初めて会った日にされた質問が、何度も脳内を巡る。
死人との共存を目指すプロジェクトへ加入するにあたって聞かれたあの問いに、俺は迷わずできないと答えた。国と人を守るために、目の前の命を見捨てるなんてできないと。
だけど今、自覚した。
命を絶つことでしか、救えないものがある。
選ばずにいれば、誰かを滅ぼす種になり得る。
司令官はそうとわかっていたはずなのに、なぜか俺を責めたりはしなかった。むしろ快活に笑って、その気持ちを忘れるなと。不安に押し潰されそうだった俺に、それでいいんだと言ってくれた。
泣きそうな笑顔で、何度も何度も伝えてくれた。
俺が、頷くまで。周りと違ってもいいのだと。自信を持てと言い聞かせるように。
『手伝おうか』
不意にヘンメイは言った。
俺の腕に手を添えて、掲げた剣を下ろさせる。
自分の心臓へ引き込もうとするその善意を、「いい」と小さな声で断った。
「自分でできる」
ちょっと待つように頼んで、目を閉じて深呼吸。吸って、吐いてを反復して、体の震えを抑えていく。
酸素が血液中をまわって、落ち着いたのを確かめてから瞼を開けた。
改めて見たヘンメイの顔に、焦りはない。
刻々と近付く終わりの瞬間。大好きだと言っていた、己の持ち主のことを考えているのだろうか。
宙を見る青い瞳は、いつになく穏やかだった。
「なぁヘンメイ。死人と人間は、共に在れると思うか?」
剣を握り直す。乱れていた炎の形を整えていく。
聞かせてほしい。死人と呼ばれる彼女の胸中を。
人と彼らは、共に生きていけるのか。
戦わないという選択はできるのか。
命を宿すほど哀しい気持ちにさせてしまった人間を、許し、一緒に生きたいなんて本当に思ってくれるのか。
投げかけられた最後の質問に、青い瞳が動く。
目を合わせてくれたヘンメイは、俺を安心させるように微笑んだ。
『家族として、人と死人が共に暮らしている。それが何よりの証拠だ』
双眸から赤い涙が溢れる。
肌を伝う雫が、銀色の髪を濡らしていく。
「だよな」
乾き始めた自分の涙を拭い、俺は相槌を打った。
死人だからと疎むことなく笑顔で迎え入れてくれた父さん、母さん。色んな思いはあっただろうに、今では全身で大好きを表現してくるおキクやケト。
まだ限られた場所でしか生活はできないけど、それでも、家族として同じ時間を一緒に過ごしているのは確か。
姿かたちはもちろん違う。でもその事実に変わりはないのだから。
「ありがとう。ヘンメイ」
『……ケト、だったかな。死人との生活を望んでくれるなら、聞いてみればいい。彼ならきっと、まじないの影響も受けずにメイたちの全てを話せるはずだ』
産月のことも、ハズレと呼ばれる未来についても。そう説明するヘンメイに、どうしてかと聞こうとした。
けれど何かが裂けるような不穏な音がして、口には出せず、音の発生源を探してみる。
俺が疑問に思う箇所などお見通しなようで、苦い顔をするヘンメイは、今聞けなかった問いの答えを舌へ乗せた。
『喜びの死人だからさ。メイたちとは、生まれが違うんだよ』
バキッ。話した瞬間、ハッキリと音がした。
「あ……」
見つける。
裂けていたのはヘンメイの皮膚だった。
水を失って、乾いた大地にヒビが入るように。
全身の皮膚という皮膚が大きく開いて、開いて、体内が空気に晒される。
あんなにも瞬時に再生していた体が、何もしていないのにボロボロと崩壊していく。
これが、まじない。死人の真髄を語ろうとする者に発動する、誰かからかけられた自爆装置。
『ほんとに、これがなければっ、みんなにもっと、貢献できたろうになぁ……』
痛い、苦しい。それ以上に申し訳ないという感情が顔に表れて、細く伝っていた赤い涙が大粒になって溢れ出す。
それでも語りたいと願う心を、まじないは許してくれない。溶けて、崩れて、形を失っていく。
「もういい、もういいから!」
情けない声でそれ以上は話すなと懇願する。
だけど、止まらない。
表層を失い剥き出しになった青い心臓が、砂になって地面と同化していく。
まるで命のタイムリミットが視覚化されたような残酷な光景。終わりが近付く彼女に俺は何を聞いたらいいだろう?
さっき話そうとしていた、死人になった経緯とそれによる垂教か。それともヘンメイの意思を尊重して、今言おうとしていた内容をやっぱり話してもらったらいいのか。
わからない。
だけど今、俺が本当に聞きたいことといえば。
「主君さんに、何を伝えたらいい!?」
大好きだと言った、彼女が慕う人物へ。
届けたい言葉や気持ちがあるのなら伝えたい。
必死で問いかけた質問に、ヘンメイは少し口を開ける。目をまん丸にして、それからゆっくりと細めて。
『お人好し』そう、涙を流した。
『おはよう。とだけ、伝えて。主君との思い出があれば、メイはそれだけで幸せだから。主君だって、きっと、そう思ってくれる』
朗らかな表情を見せた瞬間に鳴り渡る、けたたましいサイレン。
ハッとする。
体力ゲージの横に表示された、アイテムの残り時間を示す緑のラインが終わりを告げる。
《解錠》の効果が、切れた。
『が、あぁああああっ!!』
「【送り火】!」
急に殴りかかってきた拳を左手で受け止めて、右手でアーチ状の炎をいくつも作り出す。
どけ、邪魔だ。全力で逃げようとする体を拳を掴んだまま前腕で押さえ付けて、手刀サイズの【火炎の剣】を握り締める。
ヘンメイは己の討伐を望んでいた。元に戻る意思が彼女に無い以上、死人になる前の姿にする【送り火】はほぼ無意味。
だからこれは、単なる俺のわがままだ。
痛くて苦しい死の瞬間に、少しでも幸せを感じられるように。ちょっとでもつらさを紛らわせるように。
できる限り、暖かい火の中で送り出してやりたい。
「ごめんっ!」
剣に力を込めて、謝りながら突き刺した。
命を奪う感覚が手を伝って脳まで流れ込んでくる。
既に崩れつつあった青い心臓は、泣きたくなるほど脆かった。
『アァアアアアッ!!』
「くっ!」
部屋全体に響く悲痛な叫び声。
命の危機に晒されたヘンメイの目が揺らぐ。
白目に書かれたREVERSALの文字が、赤く光りかけた。
「【朝顔】!」
刹那、俺の後ろからよく知る声。
植物の蔓が裏返った眼球を正常に戻させる。
「未来!? お前、体は!?」
「説明は後! お願い!」
ぐったりしていたはずの未来が、自分の足で俺の近くまで駆けてくる。
【送り火】を一目見て頷いたのち、祈るように両手を組んだ。
「【悲しみは続かない】」
未来の声に合わせて、黄色い花が咲き乱れる。
光り輝くたくさんの花が【送り火】の効果を後押しして、ヘンメイの苦しみを取り払う。
体から力が抜けて、ほんの少し表情が和らいで見えた。
「ありがとう。【炎神】!」
剣先に龍を模した炎を生み出して、青い心臓を芯から焚きつける。
花と火が消えないように、感謝を込めて願い続けた。
どうか、彼女の来世が幸せでありますようにと。
燃え続ける炎の中で、再生の限界を迎えた体が粒子となって飛散する。
高く宙を舞って、引き合うように集結。
丸い形に整った後、魔法が解けたかのように急に落ちてきて慌ててキャッチした。
──恩に着る。がんばってね。
そんな声が、どこからか聞こえた気がした。
ゆっくり手を開いて、受け止めたものを確かめる。
そこにあったのは、赤い朱雀の模様が描かれた結晶体。『メイ』と名前が刻印された、特別なガラス玉だった。




