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元・願い

 挿絵(By みてみん)


「うぇ……ッ!」


 腹の中央に一撃。

 内臓までダメージが入ったのか酷い声を出した俺は壁を突き破る。

 隣の部屋まで激しく飛ばされて、地面を勢いよく転がった。


《アイテムが使用されました。残メーターを表示します》


 ピコンッと軽い音を鳴らして出てきたパネル。さらに緑のラインが出現するが、それが何かを確かめる余裕はない。

 ヘンメイが追いかけてきた。


『うーららぃ!!』


 剣が振り下ろされる。

 吐き気を我慢して後転、避ける。

 阿部が不在のゲームでは【防御(プロテクション)】が機能しないらしい。衝突した背中が酷く痛む。

 頭は出血したらしく、土が点々と赤く染まった。


『おーやおやおや。よく避けたねぇ、ナイト君。すぐは動けないだろうと思ったんだけどなぁ、んー?』


 地面に刺さった銀の剣を抜き、俺が起き上がる間もなくぶん投げられる。


(言ってることとやってることが正反対じゃねぇか!)


 口を拭い、胃酸の味を遠ざけてから【熱線(ねっせん)】を網状にして作り出す。

 飛んできた勢いを利用して剣を細断。バラバラになった刀身が周囲に飛び散った。


『あははぁ、あはー!』

「こんの……その再生力どっから湧いてくんだよ!」


 怯む様子もなく、【熱線(ねっせん)】へ踊り込むヘンメイ。

 ゼリーでできた体が剣の二の舞になる。

 灼熱の網で体をバラバラにされながら、しかし剣は握りしめたまま。

 攻撃が届く距離になった時点ではもう治りきっていて、【大賢(たいけん)(やり)】でガードするも、あまりの重さに腕が悲鳴を上げそうになる。

 後ろへ飛び退き衝撃を緩和した。


「おい! お前、正気に戻ったわけじゃねぇのか。誰も殺したくないんじゃなかったのか!?」


『あっはっは! なに言ってるの? これが本来のメイじゃないか。ナイト君と初めて会った時と(おんな)じ。ほぅら。()()()()()()()ヘンメイさ』


 充血した眼球を見せびらかすように、瞼が最大限に開かれる。

 泣いたことなどまるで嘘だったかのように口もとを釣り上げたヘンメイは、不気味なほどに笑っていた。


『だってメイは産月(うみつき)のお人形だもの、産月から命令を受けたんだもの! ハズレを殺せと命じられて、ならそいつに関わるもの全てを壊してやろうと思って! だからこのエリアを作り出したんだよ? わざわざ現実に近い演出まで加えてさぁ!』


 ケタケタ、ケタケタ。

 剣と槍が火花を散らす中、彼女は得意げに語り出す。ここで全員を殺して、あとから現実の未来を殺すつもりだったと。

 そうすれば、みんなが心に傷を負う。自分は今殺されたのだという生々しい感覚が残り、二度目の残虐な死を迎えた未来をその目で見て、己の無力さを悔いて、嘆き、泣いて寄り縋る。

 大切な人を失ってまともでいられなくなった俺たちは総崩れして、連携も取れずに死んでゆく。

 そんな想像をしていたのだと。


『回復持ちが元気に帰ってきたのは少々誤算だった。おかげでメイも窮地に立たされた。すごい精神力だよねぇ、尊敬しちゃう』


「ぐ……っ!」


『ナイト君もじゅーぶんすごいよ? 反転を使えばみんな一気にゲームオーバーにできると思ったのに、きちんとハズレを守り抜いた。うざいぐらいの執着。キミを先に()らないとメイはハズレを殺せないらしい』


 一度だけ攻撃が当たる。

《ヒット》のパネルが出て残り半分ほどまで体力が削られる。

 だけどそのすぐ横にあるもう一つのメーターは、攻撃の判定に関わらずじわじわと減り続けていた。


(なんだこのメーター、何の残量を示してる?)


 切れた額から血が伝うのを感じながら、その意味を考える。

 ゲームに出てくる残量といえば、体力と魔力。

 だけどDeath game(デスゲーム)において魔力なんてものは存在しない。俺たちが好きに技を考えて、生み出せばいいだけだから。

 だとすれば、他になにが──


《アイテムが使用されました》


 思い出す。さっきはしっかりと考えられなかった、あの表示の意味を。


『だから言わせてもらうよ。メイはナイト君を殺してからハズレを殺しに行く。大切なあの子を守りたいなら、キミはメイを殺さないといけない。ハズレが言っていたような、メイを思っての行動なんてしてる場合じゃない』


 煌びやかな線が走る。

 部屋のライトを照り返して襲ってきたのは銀の剣。

大賢(たいけん)(やり)】を垂直に構えてガードする。


『できるかな? 仲間がいなくなったキミに。ハズレでも倒せなかったメイを、ナイト君一人で』


 剣に体重をかけられる。

 一切の迷いもない、俺をゲームオーバーにするための正確な狙いだった。防御できなきゃ首が飛んでいた。


(剣を交えたら相手のことがわかる……か)


 未来が信じていた突破口。

 否定したあの時の俺を、今すぐ殴りに行きたい。


()()はやめろ。ヘンメイ」


 今日一番の低い声。

 俺が放った一言に、ヘンメイの目が大きくなる。

 剣が微かな動揺を見せた。


『くっ……!?』


 槍を旋回。力の緩んだ剣を払いのける。

 防御がなくなったヘンメイへ、いつもより大振りに、だけど隙は生まれないよう纏った炎をさらに燃え上がらせながら【大賢(たいけん)(やり)】で攻め込む。

 何度か避けられるが、チリッ、と衣服を捉える音。

 火力を上げて先端に炎を凝縮させた。


「一点集中」


 突く。

 再生の鬼とも言えるゼリーに守られた、ヘンメイの青い心臓を。

 腹をくの字に曲げるも完全には躱せなかったヘンメイは顔を(しか)める。

 次いで、驚きに(まみ)れた。


「【炎神(えんじん)】」


 槍の先から龍を模した炎を生み出した。ゼロ距離からの攻撃に死人化させることもままならない。

炎神(えんじん)】が体を食いちぎる。

 焼けていく音に彼女の舌打ちは掻き消され、炎が去ったのち心臓に亀裂が入る音がした。


『硬くて剣だけじゃ斬れない、先にヒビを入れないと。って? いい判断!』


 反撃。ヘンメイの体からちぎれた一つひとつが、地べたを転がってチビヘンメイになる。

 だけど、焦らない。

 心臓の治癒に意識を使っている間は、チビヘンメイを復活させる余裕も死人化される恐れもないのだから。


「【火柱(ひばしら)】」


 心臓のヒビを再生できないよう【熱線(ねっせん)】を割り込ませてから、部屋全体に円柱状の炎を作り出す。

 チビたちに時間を与えてはならない。心臓ができる前に燃やして灰にする。

 光炎(こうえん)に包まれた部屋は赤一色。回復しなければと逃げ惑うヘンメイへ、【花火(はなび)】でスピードを増して距離を詰める。

 槍を左手に、空いた利き手へ炎を纏わせた。


『なに、それっ……?』

「そういや序盤に使って以来だもんな。【炎拳(えんけん)】!」


 殴る。身の危険を感じて、ゼリーの拳で殴ろうとした彼女より先に。

 腹部に深く入った炎が勢いに合わせて渦を巻く。

 心臓と体を燃やしながら振り抜いて、全力で壁に打ち付けた。


『がっ……ぁ!』


 ドォッ! と部屋が大きく揺れる。

 左半身を失いながら、それでも再起しようとするヘンメイを止めるべく前に立つ。

 素早く槍を突き出した。


「お前の負けだ。ヘンメイ」


 宣言する。決着がついたと。

大賢(たいけん)(やり)】はまだどこにも突き刺さっていない。数ミリほど届かない位置で、彼女の喉笛を狙っている。

 わかってる。心臓を粒子まで破壊しなければならないのだから、【熱線(ねっせん)】があるとはいえ首を刺しても意味はない。

 現にヘンメイも、「こいつは何を言ってるんだ」と言いたげな顔をしている。

 今すぐ心臓を壊せばいいのに。亀裂が入ってる今なら容易いだろうに。そんな声まで聞こえてきそうだった。

 けれど、今は。

 今だけは、これでいいと俺には思えた。


 しばし無言になる。

 壁にもたれかかったまま、体は復活しても心臓はどうにもできないヘンメイは、槍を離さない俺をじっと見続ける。

 互いに口を閉じてどれくらいの時間が経ったのか。

 沈黙を破ったのは、『はは……』という、悔しそうな笑い声だった。


『なんだ。大したことないなって、少し残念に思ってたのに。やっぱり強いじゃん、ナイト君』


 言うやいなや、彼女は両手を上げてみせる。

 ずっと撒き散らしていた殺気や気迫が徐々に消えていく。

 穏やかな感情が見えてきた。


「なぁヘンメイ。お前、本当は正気なんだろ?」


 問いかけるが、答えようとはしてくれない。

 ならば俺がそう思う理由を正直に明かそうと、槍を動かさないように気を付けながら、体力ゲージの近くにある『アイテム』欄をタップする。

 模擬大会を中断されて、完全に忘れていたDeath game(デスゲーム)ならではの能力。敵を倒すと一定確率で現れる、『ドロップアイテム』の一覧画面が表示された。


「俺が無意識に《解錠(かいじょう)》で開けたのは、ウミツキって奴に封じられたお前の()()だ」


 一覧に記載された三つのアイテム、《解錠(かいじょう)》《雷砲(らいほう)》《蜘蛛糸(くものいと)》。

 一つだけ『使用中』のマークが付いた、どんな鍵でも開けられるという《解錠(かいじょう)》を指さして説明する。


 意識の隅に追いやって、閉じ込められていたヘンメイの精神。俺が言った言葉の中に、その鍵を開けさせる宣言みたいなものがあったんだろう。

 タイミングから察するに、多分……ヘンメイを知りたくて投げかけた、『教えてくれないか』っていう俺の頼みごと。

 心根(こころね)をわかりたいと本気で願った俺に、《解錠(かいじょう)》が力を貸してくれた。


(一般のゲームみたいに選択して使えるわけじゃないってのが、これぞDeath game(デスゲーム)って感じだな)


 細く、長く、息を吐く。

 僅かな違いが生死を決める。そんな現実が反映された、『リアル』を題材にした死のゲーム。

 今回は、その性質を味方につけられたらしい。


『急に戻れたのはそのせいか……』


 ひとりごとのように言ったヘンメイは、『それだけ?』と質問で返してくる。


『根拠とするにはあまりにも心もとない。アイテム欄を確かめてる様子もなかったし、本当はもっと、ちゃんとした理由があるんじゃないの?』

「……剣の振り方が、さっきまでのお前と違ったよ」

『振り方?』

「うん」


 よくわからないと何度も復唱するから、一番しっくりくる言葉を選びながら説明してみる。

 俺の首を狙ってきた最後の剣には、圧倒的な『誠意』が込められていた。

 誰かの命令ではなくて、ヘンメイ自身が俺を斬ろうとしている。真っ直ぐな剣の軌道が、そう教えてくれたのだと。


「操られてたお前の攻撃は、なんていうか、よくわかんなかったよ。最後の方は割と見えてたつもりだけど、結局躱しきれなかったし。相反するものがごちゃ混ぜになって襲いかかってくるような、こう……体と精神が全く紐づいてないみたいな、えっと……」


 解説しようにも難しくて、つい言い淀む。

 とにかくまるで違ったのだと、それだけ繰り返して伝えてみた。


「あとさ。お前、いつのまにか守護者(ガーディアン)使わなくなってたじゃんか。秀たちをゲームオーバーにしてからは反転の技もなかったし、一度見た攻撃パターンだって多かった。だいぶやりやすかったよ」


 そうでなければ、たった数手で状況を変えられるはずもない。みんながいなくなって頭の隅では全滅も考えていたし、現実で戦う覚悟もしつつあった。

 正直、勝たせてもらったようなものだと思う。


大賢(たいけん)(やり)】を離す。

 ウミツキという存在から解放されたヘンメイの手を取って、立ち上がらせる。

 心臓に食い込んでいた【熱線(ねっせん)】を丁寧に取り去った。


『……マダーの感覚なんて、メイにはわからないよ』

「そりゃすまん」


 心臓が回復を始める。

 傷が癒えていく様子を見ながら、彼女は深いため息をついた。

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