元・土屋隆一郎の本音⑤
『土屋隆一郎の本音』の戦闘を終えたあとの未来視点から、『答え合わせ』までの推敲前ストーリーをこちらに投稿。
その後から、推敲するに当たって色々考えた話の流れや、書いたけど使わなかった話などを順に公開していきます。(あくまでメモの状態ですが)
『碧眼の彼女』本文には出てこなかった会話や掛け合いがあるので、楽しんでいただけたら幸いです!
火に包まれていた学校が、雨と水で元の姿を取り戻していく。嵐のような雨だった為、土は水を含んで濃い茶色になっていて、なんとも言えない重苦しい気がする。火で割れてしまった窓や植木は修復が必要だけど、被害としては抑えられた方だと思う。
「隆、起きて隆」
死人の魂が抜けた隆の体はだらんと脱力している。
隆が死んでしまわないように、私が抉ってしまった右胸の傷の治療を急いで始めた。
隆に呼びかけながら、完全に分離してしまっている血管を花の道管のイメージで結合させる。パックリ切れている肉と筋肉、皮膚も、蔓のイメージから糸を作って縫合する。
キューブの能力を生み出す力以外にあるもうひとつの機能、貯蔵と経由。キューブの真ん中にある四角の埋め込まれたボタンを押せば、その中がちょっとした貯蔵庫になっていて、必要な物を取り出すことが出来る仕組み。
それを使って、何かあった時の為にあらかじめ採っている隆自身の血液の入ったパックを貯蔵庫から転送させる。
……バカな隆。輸血パックしか入れてない。これだけでどうやって体内に血を入れるつもりなんだか。
仕方ないので、それを道管とトゲで作った針で輸血をする。
「隆、頑張れ。頑張れ……」
何度も声をかける。特別心配はしていない。死人は消えているし傷口も閉じてある。輸血は必要なレベルだけど、キューブを使っていたから出血量も死には程遠く、回復も早い。でもやっぱり、反応が無いのは怖い。
「なあ隆。私さっきの死人が言ってたこと、実は理解できてなかったんよ。私バカやからさ、ちゃんと説明してもらわな分からんのよ」
制服に付いてしまった隆の血と土を蒸散で落としながら続ける。
「私でもわかるように隆の口から聞きたい。隆が本当に思ってること。やからさ」
制服も綺麗になった。全部元通り。
「さっさと起きんかい」
そうぶっきらぼうに言った瞬間、バシッ!!
「いッッ!!」
「おはようさん」
輸血も終わって傷口も抜糸が出来るほど完全に閉じている事を確認してから、平手打ちしてやった。そう、思いっきり。
「おま、手加減とかないの……。俺怪我人なんだけど?」
「寝たフリするような余裕がある人は怪我人じゃないですー」
寝たフリ、というのもさっき隆の顔が笑ったように見えたのは、死人が消えてからだったから。状況をわかってて今の今まで意識が無い振りをしていたわけだ。全く、とんでもないやつ。
ぷいっとしてやったけど、ふと隆が私の体を青い顔で見ているのに気がついた。恐らく、さっきの炎の防壁の中に飛び込んだ時にできた、ボロボロになった制服と広範囲のびらんが見えてしまったんだろう。
「お前、それ……」
「そのうち治る。気にせんでええよ。それよりも、隆が教室出ていくときに、クラスメート何人か一緒に連れ出したらしいんやけど、隆覚えてへん?」
気にしだしたらずっと気にしてしまう隆だから、早々に話題を変える。
問いかけながら、先に助けようとしてできなかった凛ちゃんと加奈子ちゃんの救護へと向かった。火の渦が極限まで強まった時の熱気にやられ、水の防壁があっても意識を失ってしまったようだった。
……おかげで、仲間の命を奪うかのような瞬間を見られずに済んだけど。
「ごめん、全然覚えてない。何なら1限目が終わってからのことは何も」
「そうやんね……」
「このふたりのことじゃないのか?」
「ううん、凛ちゃんたちは私と手分けして隆の事探してくれてたんよ。やから他におると思うんやけど。
あ、ごめん凛ちゃんお願いしていい? 保健室連れていく」
一応息をしているかを確認してから体についた土を落とす。意識の無い状態だと完全に力が抜けて重たいので、華奢な加奈子ちゃんを背負わせてもらい、隆に凛ちゃんを任せる。
歩きながら展開していたキューブを元に戻し、代わりに携帯を転送させて耳に当てる。
「電話?」
「うん、避難誘導してもらってた谷川君と秋月君に。あ、ふたりとも今大丈夫?」
電話はすぐに繋がった。きっと待機してくれてたんだね。
『相沢さん平気!? 土屋どうなった!? 怪我してない!? よかった連絡あってちょっとハラハラしちゃってたからっ……あそうだ他にも』
『斎ちょっと黙って。相沢さん、こっちは大丈夫。どうぞ』
凄い勢いでこちらの状況を聞く谷川君を宥める秋月君の声は、いつも通りの落ち着いた喋り方だった。
「良かった。こっちももう大丈夫。隆も無事です。怪我は……まあ少しだけ。キューブが敵側にまわると怖いなって思ったかも」
『それ、大丈夫なぐらいの怪我?』
「問題ないよ」
避難して誰もいない保健室のベッドに、背負っているふたりを寝かす。
隆が申し訳なさそうな顔をしながら、ベッドの手すりに付いているパネルを操作して、《火傷(軽傷)》ボタンを押す。すると、彼女らの足元にあるドーナツのような形の機械から、体に霧のようなふわふわが纏っていく。
このふわふわが軽い怪我なら治してくれるのだ。学校以外にも色んなところに設備されているけれど、一日に使えるエネルギーに限界がある為、何度も使っていいものでは無い。
「凛ちゃん加奈子ちゃんも今ベッドに連れてきたから、すぐ意識取り戻すと思う」
『そっか』
『相沢さん、さっき土屋が連れて行っちゃったっていうクラスメート、秀が連れてきてくれたんだ!』
「あ、本当!? 良かった」
安心したところに、隆が戸棚にあるこういう時用の予備の制服を持ってきてくれたので、見つかったとだけ一旦伝えた。
『話聞いたら、長谷川と阿部さん見つけたらポイってされたらしい!』
『多分そのふたりに用があったんだね』
「なるほどね。それならこっちで解決してる。じゃあ、オールオッケーかな?」
『オッケー! じゃ皆に教室戻ってもらうね? もう昼休み終わるから!』
『また後で』
電話を終えた私は、丸椅子に座って小さく動かしている隆を見た。いつもの大きな背中は、項垂れて縮こまっていた。
予備の制服を脇において、隆の横へ移動する。その顔を覗き込むと、若干引いてしまうほど涙と鼻水でぐちょぐちょだった。
「隆ってばそんな落ち込まんくても……」
「おぢごむにぎまってんだぉー。ぐずっ。自分のせいで死人が生まれで皆に迷惑かけて挙句未来に怪我させてんだがら……」
「だーいじょうぶやから」
机にあったティッシュを手渡して宥める。浄水器から水をくんで置いてやって、すっかり自信を失ってしまっている幼なじみの頭を撫でた。
拭いては溢れる涙を何度も何度も拭って、鼻をかんで。子供みたいだと思った。
「誰だって同じようになる可能性があるんや。今回たまたま隆がそうなってしもただけで、特別おかしなことも無い。気にせんと、な?」
「ゔゔー」
「それにほら、怪我も既に治りつつあるし。後は新しい制服を着といたら誰も気づかんよ」
少しづつ治り始めている手のびらんを見せる。キューブを使っていたときの怪我だから、皮膚の回復ぐらい明日の朝には完全復活しているだろう。
「あ、予鈴かな? ここ聞こえにくいね」
廊下の方から若干聞こえるチャイムに気付く。あと5分後には午後の授業が始まってしまう。
「まあ、病人怪我人のいるとごろだからな」
少しスッキリした様子の隆が答える。そのとき、ぐ〜という大きな音が鳴った。その音の元は、隆のお腹。
「……っ!」
「ふ、ふはは」
顔を真っ赤にしている隆につい笑ってしまう。
お昼、食べてないもんね。
「先に教室戻って少しだけでも食べときや。本鈴までもう少しあるからさ。私は着替えてから行くよ」
「うぐ。わ、悪い」
顔を手で隠して恥ずかしそうに出ていく隆を見送ってから、制服を脱ごうとした。
「ッ! いた……」
袖を引っ張ると左腕に激痛が走った。大した怪我じゃないと思っていた手前、何事かとしっかり見てみる。
「未来ち……多分それ皮膚と服がくっついちゃってる……」
「え?」
振り返ると目を覚ました凛ちゃんが薄目でこちらを見ていた。
「無理に取ると皮膚全部持っていかれるかも……。脱がない方がいい」
「そっか」
ゆっくり起き上がる凛ちゃんに大丈夫かと声をかけようとすると、ふあぁ〜と彼女の大きな欠伸が。
「ふふ、体は大丈夫そう、かな」
「うん、問題ない。何があったのかよくわかんないけど。よし、ちょっと失礼」
机の引き出しの中からハサミを取ってきた凛ちゃんは、私の腕をとる。
「ちゃんと冷やした? 治りが早いからって応急処置はサボっちゃダメだよ」
「うぅ、ゴメンなさい」
そう言いながら付いてしまった制服を切りつつ丁寧に手当をしてくれる。家が薬局のためかとても手際が良い。例の痛い薬も塗ってくれたから痛みは増したけど。
「そういえば、凛ちゃんがくれたこのケガかくし、凄く耐性があるんだね。制服はボロボロだけどこれだけ何ともないの。火傷もしなかったし」
「ああ、それ戦闘用のやつだから、かなり強いのよ。薄いジェルパッドだから暑さもマシだと思うし、しばらくもつよ」
「そうなんだ。ありがとう本当に。おかげで長袖が億劫じゃないよ」
「どういたしまして。喜んでもらえて良かったよ」
手当を続けてくれる彼女との間に、沈黙が広がる。
「聞かないの?」
「うん?」
「傷跡のこと。凛ちゃん気味悪がったりしないし、何があったかとか、聞かないから」
少し気になっていたのだ。あの日、執拗に長袖の理由を知ろうとしていた凛ちゃん。傷跡を見たあのときも理由を知りたがっていたように見えた。
でも聞くまいとすぐに口を閉じて、その後プールのときも入れないんだよねとしか聞かなかった。
聞かないかわりにこのケガかくしをくれたのが、優しいなと思って。
「今までこの傷跡を見た人は皆、碧眼のせいもあってこれまで以上に化け物とか、気持ち悪いとか、言うの。だからこんなふうに優しくしてもらうの初めてで……。なんでかなって思って」
「……」
凛ちゃんは無言で顔を上げて、私を見た。
「最初は、単純に興味本位だった。だから気にならないって言えば嘘になるかな。でも聞かない方がいいと思ったから聞かない」
「……そっか」
「聞いてって言うなら勿論聞くよ。でもそれ、死人との戦いでできたケガじゃなさそうだから。無理に言わなくていいよ」
私は手当してもらった左手で右腕を小さくさすって、微笑む凛ちゃんにお礼を言う。
「ありがとう。凛ちゃん優しいね」
「……別に優しくないんだよ、これくらい。今まで未来ちーの周りにいたやつらがおかしかったんだよ」
「そうなのかな」
「そうだよ。周りから傷つけられることに慣れないで。それは当たり前じゃない。それが普通だなんて思わないで」
凛ちゃんが私の頬に手を当てて言う。泣きそうな顔をして。
「アタシも最初傷つけた。ホントに、ごめんね」
「やだ、もういいんだってそれは! 大丈夫だから何回も謝らないでよ」
寧ろこんなに良くしてもらってるのに。と付け足すと、彼女はクスッと少し笑った。
「こんなに綺麗な目なのにね」
「怖いんだよ。同じ色だから」
「それだけ……なのかなあ」
凛ちゃんがボソッと何か言ったように聞こえた。うん? と聞きかえしたけど、なんでもないとはぐらかされる。
「はい、全身手当終了。お疲れ。服着れそう? 手伝う?」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
今すぐには治らない大きな怪我のところだけ服に擦れないようにしてくれていた。引っ掛けてしまわないよう慎重に制服を着る。その間に凛ちゃんはベッドの設定を元に戻していた。
「加奈っちはまだ寝てるからこのままにしとこうか。授業中だよね。サボっちゃう?」
「こーら。元気なら途中からでもちゃんと受けるべきだよ」
「んぇーしょうがないなー」
ぶぅぶぅと不満を垂れる凛ちゃんに笑いながら、ふたりで保健室を後にした。