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スターダスト・オーヴァドライヴ  作者: 多咲 朔夜
chapter1
8/32

3

「ようイヴ、今日もきたぜ」


 例の図書館のようなエリアにムーヴしたレンは、いつもの席に座っていつものように本を読んでいたイヴに片手を挙げた。


「こんにちは、レン」


「もうこんばんはの時間だぞ」


「そうなの? ずっとここにいると、時間の感覚が分からなくなる」


「電脳に昼夜の概念はないからな」


「レンがくるのはいつも夜だから、最近はレンがくると夜なんだなって思う」


「なんだか俺、鳥みたいだな」


 レンは笑ってイヴの向かいに置かれた椅子に腰を下ろした。

 初めて逢った夜以来、レンはこうしてほとんど毎日この不思議な少女に逢いに来ていた。なにをするわけでもないが、その日あった出来事などといったとりとめのない話をするのが最近の日課になりつつあった。


「――でさ、B・Bっていうのがほんと筋肉バカで、今日も学校にダンベルを持ってきて風紀委員のミナミに怒られたんだよ。冗談みたいな話だろ?」


 レンの話題は基本的に仲間達との馬鹿話だ。B・Bやスミカ、ウィスパーにミナミなど、付き合いのある深い人物の人となりはこれまでの間にすでに話している。多少の脚色を加えてなんとかイヴを笑わせようと試みているのだが、これがなかなか手ごわい。

 話に一段落がついたところで、イヴが言った。


「レンは本当に仲間のことが大好きなのね」


「え?」意表を衝かれて、レンは戸惑った。


「ここにくると、いつも仲間の話をする。自分の話をしているときより、ずっと楽しそう」


 そんなことを考えたこともなかったレンは赤面し取り乱した。


「そ、そうか? いやでも、なんてことない奴らなんだぜ? スミカはともかく、B・Bやウィスパーなんて、世間からしたら鼻つまみ者もいいところだし」


「でも、レンにとっては特別。そうでしょう?」


 静かな、けれど淀みのない口調でそう諭され、レンはそれ以上反論できなくなる。はじめて出逢ったとき然り、この子はたまに心を見透かしているかのように本質を突いた発言をする。自分では気づけないようなことに気づかされるのだ。


「まあな」レンは肯定し、「俺にはそれしかないからさ」


 レンの言葉の意味を測りかねたらしいイヴは首を傾げる。レンはふっと笑い、できるだけ軽い口調を意識して続けた。


「俺さ、実は孤児なんだよ」


「孤児?」発音を確かめるみたいにイヴは呟いた。


「10年ぐらい前かな、いろいろあって両親が離婚して。俺は父親のほうに引き取られたんだけど仲が上手くいかなくて、それで養護施設に預けられることになったんだ。中学を出るまではそこで暮らしてた。B・Bやスミカとは、そこで知り合ったんだよ」


 イヴは黙って相槌を打っている。レンは続けた。


「俺に家族はいない。生まれたときから無条件で自分を肯定してくれる人間がいないんだ。そのことで、いっぱい寂しい思いやつらい思いをしてきた。たぶんB・Bやスミカもそうだと思う。だからこそ俺達はさ、人生の途中で出逢った人達を大事にしなくちゃって思うんだ。家族みたいに手を取り合って生きてこうって決めたんだ。もしもあいつらになにかあったら、俺は全力であいつらを守る」


 力強く言い切ってから、レンは自分がなんだかとてつもなく恥ずかしいことを口走っているのに気づいた。


「ってこんな話ダサくてあいつらには死んでも聞かせられないな」


「ううん」イヴは首を振り、「そんなことない。素敵だと思う。わたしにはそういう相手がいないから、羨ましい」


 確かに、イヴの口から他者の名前が出てきたことはない。無口で無表情だし、なかなか友達をつくるのが難しいのかもしれない。レンはそんなイヴを少しでも勇気づけたくて、思い切って言ってみた。


「イヴももう、俺の大切な仲間の一人だぞ。なにかあったら、俺にできることならなんでもするし、みんなも力を貸してくれると思う」


 イヴはしばし沈黙した。表情こそ変わらないが、これまでの付き合いから彼女が当惑していることがレンには分かった。


「……ありがとう」


 それでもイヴはレンを気遣い感謝の言葉を口にした。まだイヴとの間には越えられない一線が引かれている、とレンは感じていた。それでも、こうして少しずつでも互いのことを知っていけばもっと仲良くなれる予感もある。今日のところはこのあたりが潮時だろう。


「それじゃ、今日はこのへんで帰ることにするよ」


「もう、帰るの?」


 立ち上がったレンにイヴが訊ねる。確かにいつもより滞在時間は短いが、引き留められるとは思っていなかったので内心嬉しくなる。


「ああ。明日は休日だろ? ちょっと予定があるんだ。さっき言った養護施設に久しぶりに顔を出しに行こうかと思って。早起きになるから、今日はもう寝ないと」


「そう」


 イヴは素っ気なく言って閉じていた本を開く。引き止めていたのではなく、事務的な確認だったのか、とレンが落胆し踵を返したところ、


「レン」


 呼び止められ振り向くと、イヴがはじめてのことをしてくれた。


「また」


 ひらひらと手を振るイヴに、レンはこの日一番の笑顔で応じた。


「ああ、またな」



 翌日、レンはB・Bとスミカの二人とともに北東京にある養護施設を訪れていた。3人が中学を卒業するまでの間生活していた施設だ。

 キリスト教を母体としたその小さな施設の外観は、ぱっと見教会と見分けがつかない。正門に辿り着いたところでB・Bは言った。


「変わらないなあ、ここは」


「本当だな。懐かしい」


「なんで2人ともしみじみしてるのかな。まだ卒園して1年しか経ってないんだから変わらないのは当たり前でしょ」


「それはそうなんだけど、なんかこう、感慨深いものが沸いてくるだろ?」


「私はちょくちょく顔を見せるようにしてるからね。将来のための勉強にもなるから」


 スミカが今も度々施設に通っていることはレンも知っていた。幼稚園の先生になるための訓練として、今のうちに施設の子供たちと接して経験を積んでいるそうなのだ。将来を見据えた幼馴染の行動力には頭が下がる思いだ。

 スミカに続いて園の敷地に入る。ブランコやジャングルジムなどといった遊具が設置された園庭には、休日ということもあり何人かの子供達の姿が見受けられた。子供達のつくる輪の中心にはシスター服を纏った女性がいて、周りの子供達に聖母のように穏やかな笑みを向けている。

 女性はレン達の来訪に気づくと手を振った。


「まあ、レンにB・Bじゃない。スミカからくるのは聞いてたけど、本当に来るとは思ってなかったから驚いたわ」


 笑顔で3人を出迎えたのはこの施設の職員の一人、シスターマリアンヌだった。職員達の中でも特に目をかけてくれていた、3人にとってみれば母親のような存在だ。


「久しぶりね、元気にしてたかしら? あら、レンは少し背が縮んだ?」


「なわけねえだろ。隣の化け物がさらに大きくなったからそう見えるだけだ」


「なるほど。確かにB・Bはまた一段とたくましくなったわね。ここに来た頃はひょろひょろだったのに、別人みたいね」


「よしてくれよ。もう10年近く前の話だ」


「スミカも顔を見せる度に美人になってくわね。将来が楽しみだわ」


「私はついこのあいだ来たばかりでしょう? 恥ずかしいよ」


 しばらく3人の昔話に花を咲かせた。幼少期の頃を持ち出されるのは気恥ずかしくもあったが、3人ともシスターにだけは頭が上がらない。


「そういえば」思い出したようにシスターは言う。「なにか私に頼みがあるって話じゃなかった?」


 そうだ。今日3人が施設にやってきたのは顔見せのためだけではなかった。


「学校から進路希望調査のプリントがきてるんだ。親の認証が必要だから、シスターに認証してほしいんだよ」


 とレンは説明した。昨今では印鑑の代わりに指紋で本人確認をするのが一般的だ。親のいないレン達は、有事の際の身元引受先となっているこの施設の職員に自身の希望する進路を確認してもらい、ID認証をしてもらう必要があった。


「へえ、もうそんな時期なの。月日が経つのは早いものねぇ」シスターは感嘆したように言い、「事情は分かったわ。で、あなた達はどんな進路を希望してるの?」


「私は前々から言ってた通り、専門学校に。学費も奨学金とバイトでなんとかなる目途がついてるから」


「スミカは子供の頃から幼稚園の先生になりたいって言ってたものね。大変な仕事だけれど、あなたならできるわ」


 とシスターはスミカの端末を受け取り親指を押し付けて認証を行った。それからいたずらっぽい笑みをレンとB・Bに向けた。


「さあ、問題はあなた達2人よ悪ガキコンビ。なにになりたいのか言ってみなさいな」


「今のところ未定だ。とりあえず就職って書いてあるから、認証だけしてほしい」


「右に同じ。というか、おれはレンについていく」


「そんなことだと思った」シスターは盛大に溜め息をつき、「一口に就職とは言うけどね、いくら今が好景気でも高卒者の働き口なんて限られてるんだから、もう少し真面目に考えてせめて仕事の系統だけでも決めておかないとあとあと後悔するわよ」


「分かってるよそんなこと。AI教師と同じようなこと言わないでくれ」


 残された時間が決して長くないことは、レン自身が一番よく分かっている。けれど、レンにはプロパイロットになるという諦め切れない夢があった。


「B・Bも。いつまでも子供じゃないんだからちゃんと自分のことは自分で考える。いつかはレンとだって別々の道に進まないといけないんだから」


「おれは死ぬまでレンと一緒にいて同じ墓に入るつもりなんだがなぁ……」


 B・Bはとぼけた口調で本気とも冗談ともつかないことを口にした。


「とにかく、今日のところは認証してあげるから、次回の希望調査までにそれぞれ自分の進路を明確にしておくこと。いい?」


 2人は渋々頷き、それぞれの端末に指紋をもらった。


「さ、お説教はここまで」シスターは一転して明るい口調になり、「せっかく来たんだし、子供達と遊んでいって。今いるのは小さい子達ばかりだから、みんなきっと喜ぶわ」


 昼食の準備のためシスターは建物の中へと入り、三人は子供達の相手をすることになった。頻繁に通っているスミカはみんなと顔見知りなので子供達がやってくるが、面識がないうえに子供の扱いになどついぞ心得がないレンとB・Bには誰も近寄らない。結局二人は寂しくブランコに腰かけスミカが子供達と遊んでいるところを眺めることにした。


「やるねえスミカは。人気者だ。すっかり保母さんが板についてる」


 と言うB・Bの視線の先ではスミカが子供達とだるまさんが転んだをしていた。


「だな。シスターの言うとおり、あいつなら絶対幼稚園の先生になれるだろ」


「お前、どうしてプロパイロットになりたいって夢、シスターに言わなかったんだよ」


「言えるわけないだろ」レンは自虐的に笑い、「今までろくな結果も出してない俺がプロになりたいなんて言ったら笑われるのがオチだ」


「シスターは人の真剣な夢を笑ったりしない」


「じゃあ真面目な顔して説き伏せられるだろうな、いつまでも子供みたいな夢追いかけてんじゃないってさ」


「そう言われたらお前、はいそうですかって簡単に諦め切れるのか? そうじゃないだろ。誰になにを言われても曲げない頑なな意志を持ってるのに、なにを恥じる必要がある」


「なんだよお前、今日はやけにつっかかるじゃないか。お前こそ、自分の将来どう考えてんだよ」


 こういうことを面と向かってB・Bに訊ねるのは初めてだな、とレンはふと思った。これだけ四六時中行動を共にしているのに、不思議とお互い真面目な話はあまりしない。


「おれの将来プランなんて一つだけさ。死ぬまでお前さんやウィスパーと馬鹿やり続けることだ。よぼよぼのじいさんになってもお前らとスタオンやってたいんだ。そういう生き方、というか死に方って最高だとは思わんか?」


「お前な」レンは呆れ、「俺も人のことは言えないが、あまりに無邪気すぎやしないか?」


「無邪気でなにが悪い。この社会のほうが変なんだ、小さい頃は友達を大事にしなさいとか言うくせに、大きくなっても友達同士つるんでる奴らはホモ扱いだ」


 おれはおれなりに真剣に考えてるんだ、とB・Bは続ける。


「世の中みんながみんな自分が主役でなくっちゃ気が済まないって奴ばかりじゃない。自分がなにになりたいかじゃなく、誰と一緒にいるかに重きを置く生き方があってもいいはずだ。おれの目下のところの夢は、お前さんをプロにして、男にしてやることさ」


 レンは当惑した。目の前の男が本気で言っているということが分かったからだ。


「意味分かんねえよ。なんで俺にそこまで入れあげるんだ。プロっていったら、俺よりむしろお前やウィスパーのほうがなれる可能性は高いはずだ」


 現状国内ランキングではレンよりB・Bとウィスパーのほうが上位に位置する。というより、レンが2人の足を引っ張っている形だ。自分とチームさえ組まなければ、2人はもっと高みにいけるはずなのだ。


「プロなんて興味ねえよ」B・Bは一笑に付し、「おれもスタオンは好きだし、より強い奴と戦いたいとは思うけどな。ただそれよりおれは、脚光を浴びてるお前が見たいんだ」


「お前、なんでそこまで俺に……」


 レンが訊ねると、B・Bはしばし沈黙した。レンは辛抱強く答えを待った。2人の視線の先では、悪ガキにスカートをめくられたスミカがかんかんに怒り、怒声と笑い声が混じった喧騒が届いてくる。

 しばらくして、B・Bがひとつの方向を指さしぽつりと言った。


「なあ、憶えてるか、あの場所」


 指し示す先はスミカと子供達がいるさらに向こう、木陰にあるゴミの焼却炉だった。

 おれの人生はあの場所からはじまったんだぜ、とB・Bは語った。



 その男が職員に連れられて施設にやってきたのは、レンが施設に預けられてから半年が経ったころだった。

 黒い肌で覆われた少年は現在とは違い痩せぎすで無口だった。社会では電脳の普及に伴って急速に国際化が進んでいるが、施設という閉鎖されたコミュニティの中では彼の見た目はやはり特異で、それだけで排斥されるには充分な理由だった。加えて彼の母親が水商売の末に体調を崩して亡くなったという噂も流れた。

 彼は施設の同年代の子供達から手酷いいじめを受けた。洋画で覚えたのか汚いスラングで彼や彼の母親を愚弄され、物を隠されたり倉庫に閉じ込められたりした。いじめは日に日にエスカレートしていき、ついには直接的な暴力が振るわれるようになった。施設の職員の目が届かない木陰の焼却炉の前で、彼は毎日複数の子供達からリンチを受けた。


「気持ち悪いんだよ、ニガーが」


「こいつの母ちゃんバイタなんだぜ」


「こういう奴のこと、サノバビッチっていうんだろ?」


 しかし、永遠に続くかと思われた絶望の日々が、一人の少年によって終わりを迎えた。


「お前ら、だっせえんだよ」


 その声と共に、一人の少年がいじめの首謀者たちに向かって飛び掛かっていった。少年と子供達が殴り合う音が聞こえてきたが、彼は怖くてずっとうつむいたままだった。

 しばらくして、何人かがその場を去る足音が聞こえてきた。


「おい、いつまでへたばってんだよ。あいつらならもういない、俺がやっつけた」


 そう声をかけられ、彼は顔を上げ、絶句した。自分を救ってくれた少年が、鼻から血を噴き出し、目の上に青あざをつくり、前歯を欠いていたからだ。一人対複数なのだから考えてみれば当たり前なのだが、やっつけられたのが当の本人であることは一目瞭然だった。

 それでも少年は不細工な顔を歪ませ気丈に言ってのけた。


「こんなのただのかすり傷さ。それより、なかなか助けてやれなくて悪かったな。俺も、決心するのに勇気が必要だったんだよ」


「……なんでおれを助けたんだよ。おれはニガーなのに」


「それ、あいつらが言ったのか」少年は怒気に声を震わせ、「最低だな。肌の色なんて本人が決められることじゃないのに」


「でも、おれの母ちゃんが売春婦だったのは事実だ」


「それだって別にお前が悪いわけじゃない。つうか、俺の父親だってアル中のろくでなしだから、似たようなもんだ」


 少年は微かに自嘲したあと、


「あのな、俺は別に差別が気に喰わなくてお前を助けたわけじゃない。お前が黒か白かとか、お前の母ちゃんがフーゾクやってたかどうかなんてどうでもいいんだ。俺はただ……」


 少年は力強く言い切った。


()()()()()()()()()()()だけだ」


 それだけで、その言葉だけでもう、彼の魂はこの少年に鷲掴みにされていた。この少年こそが真実なのだと彼には思えた。


「お前、せっかくそんなイカした肌の色してんだから、もっと鍛えて筋肉つけたほうがいいよ。そうしたらあいつらだってもうブルってお前には近づけない」


「…………うん……うん」


 彼の瞳から知らず、涙が溢れていた。


「男が泣くなよ、だっせえな」少年は笑い、「俺はレン。レン・シラヌイ。お前は?」


「……ブライアン。ブライアン・バース」


「恰好いい名前じゃねえか。でも長いし言いづらいな。よし、お前は今日からB・Bだ。よろしくな、B・B」


 二人は握手を交わす。それが彼――ブライアン・バース――とレン・シラヌイの出逢いだった。



「あの日から、お前はずっとおれの勇者なんだよ」


 B・Bは懐かしそうに振り返る。その体は鋼のような筋肉で覆われ、かつての軟弱な面影はない。あの日、自分にとっての真実になった人の言葉を愚直に守り続けてきた。


「そんな大袈裟な。とっくの昔のことだろ?」


「お前にとっては些細なことでも、おれにとっては違う。あのときのお前の勇気があったからこそ、おれは人間そのものに絶望せずに済んだ。生きててもいいかなって思えたんだ」


「あの頃の俺は幼くて、なにも考えてなかっただけだ。自分が本当に勇者で、世の中なんでも自分の思い通りになるって信じ込んでたんだ」


「今のお前はいろいろ考えすぎだよ。あの頃のような真っすぐさがあれば、プロになるなんてちょろいもんさ。いや、お前ならもっとでかいことができる。全力になったお前のすごさはおれが一番よく知ってるからな。お前は、人の一生を変えられる男だ」


 とB・Bは最高の笑顔で言った。

 レンは気恥ずかしくなって目をそらす。と、そこで一人の子供と目が合った。スミカ達のつくる輪に入れなかったらしい見るからに内気そうな子供が、施設の玄関の陰からこちらをじっと見ている。

 レンが手招きすると、おずおずとこちらに近づいてくる。


「なあ、このでかいお兄ちゃんの腕につかまってみろよ」


 言われた通り子供はB・Bの丸太のような腕を掴む。するとB・Bは立ち上がり、子供ごと腕を高らかに持ち上げた。


「おぉー、おぉー!」


 感嘆の声をあげる子供につられるように、スミカの周りにいた子供達も集まってくる。ぼくもやって、その次はあたし、といった具合にあっという間にB・Bは子供達の人気者になっていた。


「無駄な筋肉もたまには役に立つもんだな」


 レンが言うと、スミカはくすくすと笑った。



 一緒に昼食を食べていかないか、というシスターの申し出に甘えることにし、3人は子供達と施設の中に上がった。外観同様自分達がいた頃と変わらない施設の内装を懐かしく思いながら歩いていると、ふと見慣れない光景がレンの目に留まった。

 そこはレクリエーションルームと呼ばれていた空間で、夜間や休日などに子供達で集まって談笑を交わすための場だった。レンも施設で生活していたとき利用したことがある。そんな空間に、レンがいた当時にはなかった大型のディスプレイが設置されていて、画面に20代後半ぐらいの男性が映し出されている。男は手に持った本を朗読しているようで、何人かの子供達が画面の前で男の爽やかな声に耳を傾けていた。あれは、まさか……。


「おいシスター……あれはなんだ」


「ああ」シスターはレンの視線の先を追い、「教育用AIね。うちの施設でも今年度から導入することにしたの」


 レンの中から怒りが込み上げてくる。


「ふざけんなよ。AIに親の代わりなんて務まるわけないだろ」


「あなたの生い立ちはもちろん知ってるし、AIを憎む気持ちも分かるわ」とシスターは慈愛の表情を浮かべたうえで、「でも、これは施設にとって必要なことだったの。職員だって人間だから完璧じゃない。24時間働ける上に子供達にどんな理不尽を言われても腹を立てたりしないAIの存在には、とても助けられてる。それに、この好景気でもこういう施設の予算はとても潤沢とは言えないわ。AIに仕事を代行してもらうことで浮かせた人件費を別のところに回せば、結果的に子供達の暮らしをよりよくできるの」


 シスターはディスプレイを見やり、


「実際、『彼』がきたことで施設の運営はとても助かってるわ。今では彼が子供達に一番人気がある職員かもしれない。レン、あなたももう少し柔軟になるべきだわ。あなたの不幸の原因がAIにあるにしても、全てのAIが悪いわけではないし、この社会でAIの助けを借りずに生きていくのはもはや困難なことだわ」


 レンは歯噛みした。シスターの言っていることが正しいと分かっているだけに、反論の余地がない。現に自分だって、エージェントの助けがない故にスタオンで苦しんでいる。

 と、そこでディスプレイの中の男性がこちらを見た。柔和な笑顔を浮かべて言う。


『これははじめまして。レン・シラヌイさんですね?』


 レンは困惑し、「なんで俺の名前を知ってる……」


『この施設のOBのデータはインプットされてありますから』


 頭に血が昇っていくのが分かった。自分が知らないAIに自分のことを知られているという不快感。まるで自分の故郷を蹂躙されたかのような気分だった。


「帰る」


 レンは踵を返し施設を出ようとする。呼び止める声が背後から聞こえてきたが、一度も立ち止まることはなかった。

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