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スターダスト・オーヴァドライヴ  作者: 多咲 朔夜
chapter1
29/32

4

〈ブレイヴセイヴァー〉が〈グレイヴディッガー〉を撃破する様を、遥か頭上の高台に腰かけ見下ろしていた人影があった。

 その男はスリーピースを折り目正しく着た紳士然としたいでたちをしていた。男性にしては長い髪にはウェーブがかかり、怜悧な瞳の上からモノクルをつけている。童顔だが大人びた雰囲気を纏っているという年齢不詳のミステリアスなたたずまいで、20代後半から40代前半までのどこでも通用しそうな外見だ。

〈ブレイヴセイヴァー〉が脱出を開始し、視界から消えるのを見届けると男は呟いた。


「パンドラの匣は開かれた、か。まずは私の計算通りといったところでしょうか」


 その呟きに応じるかのように男の背後に現れたピクセルの柱から、ロングコートにサングラス姿の男がムーヴしてくる。B・B、ウィスパーとの戦いを終えたタナトスである。


「やはりここにきていたか、ゲームマスター」


「タナトス、ですか。ずいぶん遅い到着ですね、もう決着がついたあとですよ」


「それは惜しいことをした。こちらはこちらで余興を楽しんでいてね、思ったよりも時間を取られてしまった」


 タナトスの口調は幾分くだけていて、二人が浅からぬ間柄であることが窺える。


「で、お前は一体なにを企んでいる?」


「……なんのことです?」


「とぼけるなよ。パンドラを巡る今回の一連の騒動、裏で絵を描いていたのはお前なんだろう?」


「そう思う根拠はなんです?」


「シナリオに都合がよすぎることが多すぎたからな。個々の事象を見ればあたかも自然に思えるが、全体を俯瞰するとこの結末に導こうとする何者かの意図があるのは明白だった」


「ふむ、具体的には」


「順を追って説明していこう。まず、彼らが最初にPT社に侵入しようとした際にレン・シラヌイの機体の自由を奪ってパンドラのいるエリアまで誘導したのはお前だ。いや、それ以前に三人が通っていたワームホールも、お前があらかじめプログラムしていたものをサトル・ミヤナガに見つけさせただけかもしれない」


 男は目を閉じ沈黙を貫く。タナトスは肯定と受け取り続けた。


「もう一つ。彼らだけではPT社の手からパンドラを守り続けるのは困難だった。そこでお前はPT社の注意を分散させるためにES社に目をつけた。パンドラの情報をES社にリークすれば、ロイド博士を雇っていたスキャンダルを葬りたいES社は必ずパンドラ奪取に動くという目算があったんだな。しかし一方で、ES社の手にパンドラが渡ったり、デリートされたりする事態もまた避けねばならなかった。そのために使った駒が、アリシア・メッセンジャー上等兵というわけだ」


 男の反応を注意深く窺いつつ、さらにタナトスが続ける。


「親日家で情に流されやすく、社への忠誠心にも乏しい、そんな彼女の性格的傾向を、お前はES社のスパイリストをハッキングで盗み見てあらかじめ知っていたんだろう。人事を選定する何者かに成りすまして彼女を日本に出向させ、レン・シラヌイのボディガードにあてがうことでES社がパンドラに危害を加えるリスクを軽減させた。――実のところ、れがお前の関与を疑ったのはアリシア・メッセンジャーがきっかけだった。調べてみたら、彼女が日本に来日したのはレン・シラヌイがパンドラと出逢った直後だった。これはどう考えてもおかしなことだ。何故ならその時点ではまだPT社はレン・シラヌイとパンドラの接触を把握していないのだから。レン・シラヌイの身に危険が迫るよりも前から彼のボディガードが来日している、順番があべこべなんだ。その状況が意味することは一つ、アリシア・メッセンジャーの出向を命じた何者かは、遠からぬ未来にレン・シラヌイの身に危機が迫ることをはじめから知っていた。いや、こう考えたほうがより自然だ。同一人物が二人の行動を操っていた、と」


 タナトスは自身を親指で指し、


「そして極めつけがれの存在だ。れがたまたまPT社に飼われているタイミングで事が起こったのはもちろん偶然ではない。お前は、途中でお前の意志の介入に気づくであろうれを利用しようとしたんだ。もしもレン・シラヌイがシヴァ・イェーガーに敗れたとき、パンドラをデリートされる前にれにシヴァを始末させようとしてたんだろう?」


 タナトスが問いかけると、男は再びはぐらかす。


「よくできた推理ですが、黒幕を私とする根拠が欠けているように思います」


 タナトスはサングラスの奥で破顔し、「根拠などいるものか。PT社、ES社双方の機密にたやすくアクセスし、これだけの人間の運命をゲームのようにコントロールできる人物など、れの知る限り一人しかいない。ロイド・サザーランドと並ぶ時代の寵児にして〈スターダスト・オンライン〉の生みの親、『プロジェクト・イトウ』代表取締役、ゲームマスターことゲンム・イトウただ一人だ」


 男――ゲンム・イトウ――は微かに笑い、タナトスの推理を肯定した。


「役者の中に君を配置したのは保険のつもりでした。しかし、結果的には必要ありませんでしたね。計画通りパンドラは覚醒した」


 計画通り――。そう、全てはこの男たった一人によって仕組まれた物語だった。社会に生き方を決められることに反感を抱き、そこから抜け出しようやく自分の未来を手にすることができたと信じているレン・シラヌイが、このことを知ったらどう思うだろう、とタナトスは考える。自分の意志で掴んだと思っていた未来が、知らない誰かに操られた上で掴まされたものだと知ったら。

 彼らはまだ運命のしがらみから抜け出せていない。檻を抜けた先に待つのは、より大きな檻でしかない。


「とはいえ」とゲンムは〈ブレイヴセイヴァー〉が最後の一撃で開けた大穴を見上げ、「ここまでとは予想外でした。これからのシナリオに多少修正を加える必要がありそうです」


「ほう、お前でも計算を違えることがあるんだな」


「当然ですよ。人の可能性は無限です。私が予測できるのはプロットだけで、そこにどんな物語を刻むのかは当人達の自由ですから」


「お前はパンドラを使って、どんな物語をつくろうとしている?」


「教えると思いますか? 粗筋を聞いたらどんな物語も魅力が半減する」


「そう言うと思ったよ」タナトスは笑い、踵を返した。「さて、それじゃあれもPT社からの最後の依頼を片付けることにするか。気は進まんが……」


「ロイド・サザーランドの処理、ですか」


「うむ。自分と名声を二分したもう一人の天才に最期に、なにか思うことが?」


「まさか。その種の感傷と私が無縁だということは君が一番よく知っているでしょう。まあ、最後に手を下すのが君だというのは皮肉を感じますが。いずれにせよ、一つの時代が終わるというだけのことです」


「そして新たな時代が始まる、か。お前がそこにどんな絵を描こうとしているのか、陰ながら楽しみにしている」


 そう言い残してタナトスはログアウトしていく。残されたゲンムは独り言つ。


「私も楽しみですよ。あなた達がどれだけ私の期待に応えることができるか。パンドラ――そして、レン・シラヌイ」



 その頃、〈ブレイヴセイヴァー〉は脱出経路のワームホールに向けて歩みを進めていた。

 機体のHPもレンの体力も底をつき、行程は遅々として進まない。もはや無人機の一機を相手にすることもままならず、敵に発見されたらひとたまりもないだろう。

 通信画面でしきりに励ましてくれるイヴの存在だけがレンにとっての救いだった。


「ごめんねレン、わたしはなにもできない。代わってあげられたらいいのに」


「気にするなよ、お前がそこにいるだけで意味があるんだ。俺一人だったらとっくにくじけてるよ」


「でも、レン達がここに来なきゃいけなかったのもわたしのせいだし……」


「まだそんなこと言ってんのかよ。無事に助けられたんだから言いっこなしだぜ」


「ううん、言わせてほしいの。もしこのままここを脱出できたとしても、それで終わりじゃない。PT社やES社、ほかの企業やセクト、いろんな組織がわたしを研究対象にするために接触してくると思う。もしかしたらその都度今回みたいに危険な目に遭うかもしれない。レンはそれでもいいの?」


「当たり前だろ」レンは即答した。「お前はもう俺の相棒なんだから。手を出そうとする奴がいたら誰とだって戦ってやる。たぶん、それが俺のすべきことなんだよ」


 貧困層アンダーズとして生まれ、幼き日に両親との別離を経験し、その劣等感故に自分の人生に生きがいを見つけられずにきたレンが、ようやく見出した生きる理由。イヴを守ること。彼女が隣にいてくれるならなんだってできる気がした。


「ありがとう。レンには助けてもらってばかりね」


「そんなことないさ。イヴは俺をどん詰まりの日常から連れ出してくれたし、イヴの言葉で俺は変わることができた。なにより、イヴがいなかったらシヴァには勝てなかった。俺もイヴにはたくさん助けてもらったよ」


 それにさ、とレンは唯一の心残りを打ち明ける。


「俺は本当はイヴとロイド博士を仲直りさせてあげたかったんだけど、できなかった」


「それは……仕方がないわ。あの人は過ぎ去った日々にしか目を向けていなかった。昔のわたしにはあの人しか繋がりのある人間がいなかったから、わたしのほうを振り向いてほしいと思っていたけれど、今は違う」


 イヴは微かに表情を緩め、


「今のわたしには、レンやみんながいるもの。みんなと一緒に前を向いて歩いていくって決めたの。過去とか、自分の出自とか、そういう因果に定められたものよりも、自分の意志で選択したものを大切にすべきだって、レンの生き方を見て学んだから」


「……そっか。あの人も、少しはイヴを見習って前向きに生きてほしいもんだけど」


「そうね。でも、今ならわたしもあの人の気持ちが少しだけ分かるし、許せる気もするの」


「どういうことだ?」


「PT社に連れ戻されて、ほんのちょっとの間レンと離ればなれになっただけなのに、寂しくて仕方がなかった。()()()()()に逢えない辛さを、わたしももう知ってるから」


「え?」


 今なんと言った? 俺の聞き間違いじゃなければ……。

 鼓動が早まり、全身の血液が沸騰したみたいに熱くなる。イヴの頬も珍しく朱の色が差している気がする。なんだか妙にこそばゆい雰囲気が流れた。


「あ、あのさ」


 なにか気の利いたことを言おうとするレンだったが、そこでやにわにイヴの表情に緊張が走る。


「待ってレン、なにかが近づいてくる」


 驚き顔を上げると、遥か前方からヴァーチャロイドとおぼしき影が三つ並んで近づいてくるのが見えた。


「レン……」


 イヴがか細い声を出す。今のレン達に戦う余力は残されていない。あれが敵機だとすれば万事休すだ。それでもレンは虚勢を張る。


「そんな心配そうな顔すんな。俺達ならきっとなんとかなるさ」


 レンの場違いに明るい声を聞き、イヴも運命を共にする覚悟を固めた。とっくに限界を超えた四肢を奮い立たせ、形ばかりのファイティングポーズをとる。と  


「――おーい! 無事か、二人とも!」


 聞くだけで安心するような野太い声で通信が入る。近づいてくる機体の輪郭が徐々に明らかになり、レンは泣きたいような気持ちになる。

 あれは〈バスターアームズ〉だ。〈ウィルオ・ウィスプ〉に、〈フェアリーフェザー〉もいる。みんないつ撃墜してもおかしくないほどボロボロだけれど、ちゃんと生きていた。

 通信画面のイヴと顔を見合わせる。常に無表情を崩さなかった彼女が、そのときはじめて小さく微笑んだ。

 レンは親指を立てた拳を天高く突き上げ、仲間達のもとに、自分達の還るべき場所へと一歩踏み出した。

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