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スターダスト・オーヴァドライヴ  作者: 多咲 朔夜
chapter1
16/32

3

 (サイバー)ートウキョウシティの雑踏を、レンとB・Bはイヴの姿を捜し求めて歩いていた。

 電脳空間は簡単なプログラムの知識さえあれば誰でも新たなエリアを開拓できる。その階層は日々拡張され続け、現在どれほどの規模なのか、正確なところは誰も把握できていない。そんな広漠とした世界の中でたった一人を見つけることは、砂漠に埋まる一粒の宝石を見つけ出すのにも等しい困難が付きまとう。

 だから2人も、徒労に終わるのは覚悟の上で捜索に当たっていた。こうしている間にもPT社やES社が財力にものを言わせた人海戦術で確実にイヴに迫っているかと思うと、いかに無駄なあがきと分かっていてもじっとしてなどいられなかった。


「見つからんな。トウキョウにはいないのか?」


「かもしれないな。人ごみは好きじゃないとか言ってたし」


「各国の主要都市はどこも似たりよったりの混雑度だろう。公共空間フリースペースじゃなく私設空間プライベートスペースにいる可能性はあるか?」


 トウキョウやニューヨークなどといった大都市を模した誰でも自由に出入りできる空間を公共空間フリースペース、個人がプログラミングして開拓したアクセス制限のかかった空間を私設空間プライべートスペースという。前者にイヴがいるとすれば出逢える可能性もわずかながらにあるが、後者にいるとなると星の数ほど開拓されたエリアの中から見つけられる可能性は限りなくゼロに近い。


「ないとは言い切れないが、その確率は低いと思う。あいつは俺が連れ出すまでは、幽閉されていたPT社のエリアから一度も出たことがないと言ってた。それに、どうせ俺達がアカウントを持っていない空間は捜せないわけだから、この際考えなくていいと思う」


「それもそうか。お前さんが連絡先アドレスを知ってりゃ話は早いんだがな」


「……いつでも逢えると思ってたから、訊く必要なんてなかったんだ」


「そりゃ甘いぞ。女なんて目を離した隙にすぐいなくなるんだからな」


「彼女がいた経験もないロリコンがなに知った口利いてんだ」


「がはは、それを言われると弱いな」とB・Bは快活に笑い飛ばし、ふと真面目な顔になって、「今度逢えたら、ちゃんと繋ぎ止めてやらんとな。ふらっと勝手にいなくならないように、いなくなってもすぐ見つけられるように。おれもあの子に、また逢いたいよ」


「……そうだな」


 正体が判然としない今、無二の親友であるB・Bがイヴに対して好意的なのはありがたく、心強かった。


「なんといっても可愛いからな。お前がうかうかしてるようだと、おれが寝取るぞ」


「な。ちょ、調子に乗るんじゃないぞブライアン!」


 前言撤回。やはりこいつはろくでもない。


「冗談はさておき、闇雲に捜しても埒が開かん。どこか居場所に心当たりはないのか? 思い出の場所、とか」


 そう言われ、イヴと過ごした短い日々を回顧する。一つだけ、思い当たる場所があった。


「はじめてPT社から連れ出したとき、ニューヨークのアリーナに行ったんだ」


 そう言うとB・Bは微苦笑を浮かべ、


「……初デートからアリーナかよ。お前、どういうセンスしてるんだ?」


「やかましい! 本人が行きたいって言ったんだよ!」


「いい子だな、きっとお前に気を遣ったんだよ。まあ、あんな騒音の坩堝に一人で行っているとは考えづらいが、一応行ってみるか」


 B・Bに促され、レンは釈然としない気持ちを抱えたまま共にムーヴした。


―――――ムーヴ――――――――――――――――――――――――――――――――


 2人が降り立ったSーニューヨークシティのアリーナは、イヴときたときよりも人の入りは少なかった。あの夜はアクセルローズVSシヴァというマッチメイクがあった特別な日だったし、なにより今は平日の昼間だ。基本的に昼夜の概念がない電脳といえど、それを利用しているアバターが現実において生身の肉体を持っている人間である以上、時間帯に応じてログイン人数にばらつきが生じてくる。いかにスタオンが世界規模のプレイ人口を誇ろうと、本質的には娯楽であるため、大多数の人間が学校や職場に行っているこの時間帯に若干客足が鈍るのは自明の理なのだ。


「ぱっと見た感じはいないな」


 周囲を見渡したB・Bが言う。平均的な男性よりも頭一つ分はゆうに大きい男が言うのだから間違いないだろう。


「受付に行ってログイン記録を探ってみよう」


 とレンは提案し、壁際に設けられたカウンターに近づいた。

 カウンターの向こうには20代前半くらいのAI受付嬢が立っている。受付とはいっても観戦チケットの購入などはメニュー画面を開けばどこでも行えるため、受付嬢の仕事は実質クレーム対応ぐらいしかない。ある意味心のないAIに一番おあつらえ向きの仕事だ、とレンはややの皮肉も込めて思っている。


「いらっしゃいませ。どういったご用件ですか?」


 わざとらしいほど溌溂とした笑顔で出迎えられ、レンはげんなりする。不気味の谷。


「ここ数日、イヴっていう女の子がきてないかログイン記録を調べてほしいんだが」


「お客様、申し訳ありませんが」受付嬢はこれまた大袈裟な渋面をつくり、「個人のプライバシーに関わる情報を第三者にお教えするわけにはいかないのです」


「俺は第三者じゃない。れっきとした知り合いだ」


「しかし、それが証明できないことにはなんとも……。規則ですので、すみません」


「融通の利かない奴だな! こっちは非常時なんだよ!」


「おいよせ、落ち着けレン」


 今にも摑みかからんばかりのレンを、B・Bが止める。


「AIが相手だからって居丈高になるのはお前の悪い癖だぞ」とレンをたしなめたあと、受付嬢に対し、「数日前、ここにいるレン・シラヌイと一緒にログインして隣の席で観戦した女の子なんだ。その子があとから訪れていないかを調べてほしい。これならレンとイヴちゃんが知り合いだってことを証明できるし、問題ないだろ?」


「それでしたら。本来は規約に抵触しますが、なにやら事情がおありの様子ですので、特別にお教えいたします。レン・シラヌイ様ですね、少々お待ちください」


 と受付嬢はウィンドウを開き履歴の検索をはじめる。B・Bは自らのこめかみを指さし、


「ここを使わにゃ、ここを」とレンにウィンクする。常に赤点ギリギリの劣等生にだけは言われたくなかったが、機転に免じてせいぜい悦に浸らせておく。


 数秒後、受付嬢が顔を上げた。検索が済んだらしい。しかし、その表情は曇っていた。


「お客様、申し訳ありませんが、該当する記録は見つかりませんでした」


「は? いや、まさか。俺は確かにここに来たぞ。そう……6日前、6日前の夜だ。もう一度調べ直してくれ」


「ええ、レン・シラヌイ様が6日前の夜にログインされた記録は確かに残っております。しかしながら、その際お連れの方がいらした形跡がないのです。観客席の記録でも、シラヌイ様の両隣は空席となっております」


 そんな馬鹿な! あの日、イヴは確かに俺の隣にいたんだ。記録が残っていないだなんてありえない。

 驚愕のあまり二の句が継げなくなっているレンに、受付嬢は言った。


「失礼ですが、お客様の記憶違いではございませんか?」



 受付嬢に礼を述べ、2人は近くのベンチに腰を下ろした。レンは額に手を当て、半ば独り言のように述懐する。


「どういうことなんだ……? あの日、イヴと一緒にいたのは間違いない。あいつが励ましてくれたから、俺は吹っ切れてスタオンにまた打ち込むことができるようになったんだ」


「分かってるよ。お前のことは疑ってない」とB・Bはレンの肩を叩き、「しかし、ログイン記録がないのも本当だろう。そうなると、不可解なことになる」


「あとから履歴を消すことは可能か?」


「そりゃ、ウィスパーのようなハッカーなら可能かもしれんが、普通の人間には無理だ。だいいち、イヴちゃんにそうする理由があるとも思えない」


 それはそうだ。イヴがこの場所を訪れていたことを知るのはレンただ一人なのであり、追手を撒くために自分の足跡を消したのだとしても、ここの記録を消す必要はない。

 2人の思考はそこで暗礁に乗り上げる。冗談交じりの口調でB・Bが口にした。


「まるで電脳霊スペクターみたいだな」


 電脳霊スペクター。くだらない都市伝説だ。現実で死んだ人間の魂が電脳の海をさまようという。イヴの儚げな雰囲気を受けて霊を連想したのは、B・Bにしては詩的ポエティックだと褒めてやりたいところだが、今の状況を考えると縁起でもないと叱責すべきであると思い直す。

 彼女は決して幽霊などではない。ひととき触れた彼女の手の温もりを、言葉のあたたかさを、レンはよく憶えている。たとえ、それが分子電脳変換機ニューロントランスミッターと脳から発せられる電気記号が結託して捏造した幻なのだとしても。

 今はとにかく、イヴに逢いたかった。彼女が幽霊などではないことを確かめるためにも。



 その日の夜、Sートウキョウシティのスタオンセンターでのことだ。

 ミノル・トクヤマがヴァーチャロイドに換装した姿である〈セイントルーン〉は、敵機の攻撃を受けて背中から地面に倒れ込んだ。


「く……強すぎる……」


 思わずうめくミノルの眼前では、いつも一緒にいる彼の取り巻き達3人が、たった一機の敵を相手に翻弄されている。

 シルバーのボディと、両腕と一体化する形で装備された双剣が特徴的なその機体は、テレビやアリーナでの観戦で幾度も目にしたことがある。

〈グレイヴディッガー〉

 ドイツのプロパイロット、シヴァ・イェーガーの愛機として有名な機体だった。


「こいつ、強い……! まさか、本物?」


「なんでシヴァ・イェーガーがこんなところにいるんだよ!」


「うわあぁぁぁぁ!」


 敵の圧倒的な戦闘力を前に、取り巻き達はなすすべもなく撃墜される。続いて〈グレイヴディッガー〉はもはや虫の息のミノルへと近づいてきた。

 腕に装備された剣が〈セイントルーン〉の胸部を貫き、そのまま持ち上げられる。


「装備の割に弱ぇなあ。もしかして、課金厨か? 親から小遣いもらってるような甘ったれが戦場に出てくるんじゃねよ」


 その声は底冷えするほど冷たく、ミノルは目の前の敵がただ者でないことに気づく。


「すねかじりの坊ちゃんに質問だ。レン・シラヌイってガキを知らないか? ここのセンターに度々顔を出してるらしいんだが」


 敵の口から意外な名前が飛び出し、動転したミノルは素直に喋ってしまう。


「レン君になんの用だ……?」


「ビンゴ、か。質問してるのはこっちだ。奴の居場所を吐け。さもなければ現実にあるお前とお友達の肉体が無惨なことになる」


 脅迫に恐れおののいたミノルは思いつく限りのことを口走った。


「し、知りませんよッ。ぼくはそんなに彼と親しいわけじゃない。どうして富裕層トップスのぼくが孤児院上がりの貧困層アンダーズと仲良くしなければならないんですか!」


 すると胸部に刺されていた剣が引き抜かれ、〈セイントルーン〉は地面に倒れ伏す。


「なるほど、孤児院か。そっちを叩いてあぶりだすか……」


 敵はなにやら物騒な独り言を呟き、踵を返しかける。助かった、とミノルは胸を撫で下ろすが、不意に敵機の動きが止まり、


「忘れてた。もうお前に用はないから失せろ、ザコが」


 剣が一閃され、〈セイントルーン〉の機体が縦一文に寸断される。薄れゆく意識の中でミノルは思った。

 レン君、君は一体なにに巻き込まれているのですか――?

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