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第8話【約束】

 仕事を終えて、彩菜ちゃんのいるボクシングジムへと向かう。

 ジムの前まで来ると憔悴しきった会長が入り口に座って俺を待っていた。


「会長」

「……来てくれたか」


 会長はノロノロと俺の顔を見上げるとゆっくりと立ち上がった。


 そして、ジムの扉をゆっくりと開けて、彩菜ちゃんの自室の前まで俺を案内する。


「まだ時たまに錯乱している。私では娘を救ってやれなかった」


 会長は拳を強く握ると悔しそうに俯く。

 そして、此方に振り返り、俺の両肩を掴み、頭を下げる。


「頼む!娘を救ってくれ!」

「最善の努力はします。ですので、会長は少し休んで下さい」


 俺はそう言うと肩から手を放し、横にズレる会長の後ろにある彩菜ちゃんの自室に繋がる扉をノックする。


「……誰?」

「俺だよ。彩菜ちゃん」

「先輩!」

「入っても良いかな?

 少し話もしたいしさ?」

「あ、はい。どうぞ」


 俺は彩菜ちゃんに入室の許可を貰うと扉を開けた。

 年頃の女の子らしく、彩菜ちゃんの部屋は熊のぬいぐるみやらが置かれたファンシーな部屋になっていた。

 彩菜ちゃんはそんな部屋のベッドに上体を起こして、此方を見詰めている。

 俺は彩菜ちゃんに近付くとその手を握る。


「色々と言いたい事はあるけど、無事で良かった」

「先輩!」


 彩菜ちゃんは感極まって、俺に抱き着いて泣く。


「怖かったです!あのゲームがあんなに怖い物だなんて思わなかったんです!」

「それについて尋ねたいんだけど、どうして、H.E.A.V.E.N.を始めたんだい?」

「H.E.A.V.E.N.が危険なのかは先輩がパパと喋っているのを聞いて知りました。

 でも、それが理由で先輩と離れるのは嫌だったんです。

 だから、H.E.A.V.E.N.がどれだけ危険か、私が身を持って証明すれば、パパも考え直してくれると思って……」


 彩菜ちゃんはそう言うと俺から放れて自分の肩を抱く。


「本当に死んじゃったのかと思いました。

 今も夢にうなされる位に……」


 そう言うと彩菜ちゃんは俺の事を見詰めた。


「先輩も一度、あのゲームで死んじゃった筈ですよね?

 なのに、なんで、あのゲームをまた再開したんですか?

 今度こそ、本当に死んじゃうかも知れないんですよ?」

「それが約束だからね」

「約束って何ですか!?

 先輩が危険を冒してまでゲームする理由にはならないでしょう!?」

「そうかも知れないけど、困っている人をーー友達を見捨てられないのが、俺の性分だからね?」


 俺がそう言うと彩菜ちゃんは真剣な瞳で俺を見詰め、ギュッと両手を握る。


「私、先輩ならプロボクサーになれる素質があると思ってました。ただ、それだけで先輩を勧誘しました」


 彩菜ちゃんはそう言うと握り締めた手に額を付けてポロポロと再び泣く。


「でも、今は違います。先輩に生きて欲しいです。

 あんな危険なゲームを辞めて、また一緒にこのジムでトレーニングしたいです」

「うん。ありがとう、彩菜ちゃん」


 俺はそう言うと彩菜ちゃんの頭を撫で、彼女を寝かし付ける。


「必ず、戻って来る。その時はまた一緒にトレーニングをしようね?」

「……はい」


 彩菜ちゃんは安堵したのか、瞼を閉じるとそのまま、眠りに落ちる。

 そんな彩菜ちゃんの頭をもう一度、撫でると俺は彩菜ちゃんの自室から出て、会長室に向かった。


「失礼します」


 俺はノックをして中へと入ると会長に一部始終を話す。

 会長は真剣に俺の話を聞くと溜め息を洩らした。


「死の恐怖体験か……あの話は嘘ではなかったのだね?」

「嘘だと思われてたんですか?」

「まあ、眉唾物だと位には思っていたさ。

 娘がこうなる前まではね?」


 会長はそう告げると俺に問う。


「それでこれからどうするのかね?」

「約束が増えましたからね。

 同僚の人助けを終えてH.E.A.V.E.N.を引退したら、彩菜ちゃんと共にもう一度、トレーニングすると言う約束が……」

「そうかね」


 会長は腕を組んで頷くと目を伏せてから一枚の紙を俺に差し出す。

 それは以前、会長が破いたライセンスの推薦状だった。

 会長はこうなる事を予期でもしていたんだろうか?


 いや、恐らく、会長も俺に戻って来て欲しかったのだろう。

 それがたまたま、彩菜ちゃんが倒れた事と被っただけの事だ。


「改めて、君の気持ちは解った。

 君は約束を守る男だ。だから、あのゲームでもしも目標を達成したら、また、このジムに来たまえ。

 今度は来なくて良いなどとは言わない。

 君の心行くまで励みたまえ」

「はい。ありがとうございます」


 俺は一礼すると会長室を出て、ジムを後にする。


 そろそろ、行動に移す時が来たのかもしれない。


 俺はそう思いつつ、帰宅してH.E.A.V.E.N.を起動して訓練所のスズキさんに訳を話す。

 スズキさんは腕を組み、考え込む様に瞼を閉じるとゆっくりと眼を見開いてから頷く。


『理由は解りました。此処からはいよいよ、対人戦と参ります。

 頑張って下さいね、クレハさん』


 その言葉に俺は頷くとこの1ヶ月程、世話になった訓練所を後にする。

 此処からが本当の目的の為の活動だ。


 俺は初志貫徹を胸に再び酒場へと向かう。

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