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第7話【選択の時】

 その日から俺は彩菜ちゃんの実家であるボクシングジムへと通う様になった。


 仕事が終わってから夕方にジムへ行って、特別メニューを行う。


 ーー内容は以下の通りである。


・腹筋運動を30回3セット。

・背筋運動を30回3セット。

・腕立て伏せを30回3セット。

・スクワットを30回3セット。

・縄跳びを一分。

・彩菜ちゃんのお父さんとミット打ちを3ラウンド。

・帰宅時はランニングとシャドーボクシング。


 これら全てをこなすのが、しばらくの日課となった。

 そして、余力がある様ならH.E.A.V.E.N.を起動して訓練所にいるスズキさんの元、自室と言う狭い空間で如何に自分の力を発揮するか入念にチェックした。


 これをおよそ1ヶ月続けた頃にはワイシャツの腕回りや肩回りが合わず、ワイシャツを新しく買い替えた。


 休みの日は彩菜ちゃんのお父さんのボクシングジムで本格的なトレーニングを行う。


「坂田君。ちょっと良いかね?」


 そんなある日、彩菜ちゃんのお父さんーーもとい、会長に呼ばれ、俺は会長室に二人きりにされる。


「君が来て、もう1ヶ月になる。そこでそろそろ、相談があるのだが、どうかね?ライセンスを取っては?」

「ライセンス、ですか?」


 俺はその言葉にしばし考え込むが、ボクシングをしている理由はH.E.A.V.E.N.で同僚を助ける為だ。


 ーーなので、俺は会長の誘いを断る事にした。


「すみませんが、それは出来かねます」

「……何故かね?」

「自分がボクシングをしている理由はあくまでも趣味の範疇です。

 本気でボクシングを行うつもりはありません」

「趣味の範疇にしては君のやる気は異常だ。

 まるで何か使命感の様な物を感じるのだがね?」


 会長はそう言うと机に肘をついて手を組む。


「良ければ、君の本音を聞かせて貰っても良いかね?」


 その言葉に俺は迷ったが、1ヶ月もお世話になった会長には本当の理由を話しても良いだろう。


 俺はH.E.A.V.E.N.の事や哲の事などを会長に説明した。

 その言葉にはじめは難色を示した会長であったが、H.E.A.V.E.N.による死の恐怖体験や肉体的な経験がゲームに必要な事、人助けが目的だと話す頃には真剣な表情に変わる。


「……要はそのH.E.A.V.E.N.と言うゲームで人助けをするのが君がボクシングをする理由かね?」

「はい。期待に沿う理由でないのは重々承知です。

 ですが、だからこそ、ボクシングを汚したくありません。

 ボクシングにだけは嘘をつきたくはないんです」


 そう告げると会長は心底、残念そうな顔をする。

 その顔を見て、本当に申し訳なく思うが、こればかりは仕方がない。


「君の気持ちは解った。だが、一つ良いかね?」

「なんでしょうか?」

「仮に人助けを成功したとしよう。

 その後も君はボクシングを続けるのかね?」


 その言葉に俺は迷う。


 経験を積んでボクシングの面白さを知った今の俺からボクシングが無くなる事は考えられない。

 だが、もし、H.E.A.V.E.N.でボクシングを使うなら、ボクシングを汚す事になる。


 でも、続けたいとは思う。


 流石に答えに迷った俺は会長にこう告げた。


「……解りません。仮に人助けが上手くいったとしても、その頃には殺人を犯した拳かも知れません。

 ですが、もしも続けられる事が許されるのなら、続けたくも思います」

「成る程。よく理解した」


 会長はそう言うと紙をビリビリと破る。

 恐らく、ライセンス取得の為の契約書か何かだろう。


「明日から此処へは来なくて良い」


 そう言われて俺はズキリと心が痛んだ。


 だが、仕方のない事だ。

 俺の理由はあくまでもボクシングに対しての冒涜だ。

 それは理解している。

 故に俺は会長に頭を下げた。


「短い間でしたが、お世話になりました」


 そう言うと俺は会長室を出る。

 そんな俺の前に彩菜ちゃんが佇んでいた。


「……先輩」

「……ごめんね、彩菜ちゃん。折角、教えて貰ったのに」


 俺は罪悪感も感じつつ、彩菜ちゃんの横を通り過ぎ、ボクシングジムから出て行く。


 そこからは自宅とH.E.A.V.E.N.でのトレーニングとなった。

 H.E.A.V.E.N.での特訓で俺の素早さは30を超えた。

 その頃にはH.E.A.V.E.N.での体感時間が完全にゆっくりに見える様になる。


 そんな俺に一本の電話が掛かって来たのはジムを辞めて、すぐの事である。


「彩菜ちゃんがーー娘さんが倒れたですって!?」

『ああ。君と私の話を聞いたのだろう。

 君の言うH.E.A.V.E.N.と言うゲームをやって倒れてしまった。

 あれがH.E.A.V.E.N.なのだな』

「それで娘さんは?」

『命に別状はないが、相当なショックを受けているよ。

 そこでなんだが、私の我が儘に付き合って貰っても良いかね?』

「ーーと言うと?」

『娘に会って欲しいのだよ。頼めるかね?』


 俺は弱々しい声で頼む会長にスマホ越しに頷く。


「解りました。明日にでも寄らせて頂きます」

『頼んだよ。娘も君に会いたがっているからね』


 そこまで話すと通話が切れる。

 俺の時もそうだが、やはり、H.E.A.V.E.N.は危険なゲームだ。


 下手をすれば、ショック死すると改めて思う。


 それにしても、なんで彩菜ちゃんがH.E.A.V.E.N.に?


 俺はそう思いながら、H.E.A.V.E.N.で軽く運動してから入浴して就寝する。

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