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第5話【その名はマシュマロ】

『クレハさんの部屋は何畳ですか?』

「え?」

『先程の様にアウトボクサーは極端に身体を使います。

 なるべく、広い場所を確保した方が良いでしょう』


 腕立てをしながら俺は成る程と思う。

 実際に現実世界で腕立てをしている訳だから、二頭筋が悲鳴を上げているが、これも哲の為だ。


『次は実際に打ち込んで見ましょうか。

 30秒ほど休憩したら私のミットに向かって拳を叩き込んで下さい』


 俺は腕立てから解放されると身体をマッサージして充分に身体を休めてからスズキさんに身構える。


『クレハさんは右利きですからオーソドックススタイルが良いでしょう。

 左手と左足を前に出して、構えて下さい』


 スズキさんの指示に従い、オーソドックススタイルと言う構えを取る。


「では、実際に叩き込んで見ましょう」


 その指示に従い、俺はスズキさんのミットに拳を叩き込む。

 俺の拳にスズキさんのミットに当たった瞬間、繰り出した拳にヒットした感触が伝わる。


『手を止めないで下さい。ジャブを二発打ち込んでからのストレートパンチのワンツーを行います』

「は、はい!」


 ミットで頭部を叩かれ、俺は我に返ってスズキさんの身構えるミットに拳を叩き込み続けた。


『足を動かして、ステップを忘れずに。

 アウトボクサーはスピードが命です』

「はい!」


 俺はステップを踏み、ひたすらスズキさんのミットに拳を叩き込み続ける。

 それは何分ーー或いは何十分にも感じた。


『三分ジャストですね。休憩しましょう』

 俺は疲労感で鈍くなった身体をへたり込んで身体を休ませる。

『今のがボクシングの1ラウンドになります。よく耐えました』


 そんな俺にスズキさんはそう言ってミットをしまうと俺の頭上を見る。


『レベルアップしましたね?

 早速、ステータスを振り分けましょうか』


 俺はそう言われて、ステータス画面を見る。


 此処等辺はゲームの設定だ。


 レベルアップはどうやら、1レベル上がる毎に3ポイント加えられるらしい。

 俺はそれを全て、素早さに回した。


 すると視覚的に少し変化が現れる。

 感覚が鋭くなった。そんな感じだ。


『先程も言いましたが、アウトボクサーは素早さが命です。

 極振りする位が貴方の目的に近付けるでしょう』


 そんな話をしていると眼鏡掛けた男が入り口から現れる。

 その手にはロングソードを手にしている。

 その容姿から察するにプレイヤーだろうか?


「こんな所にプレイヤーがいたとはな。

 たまには来てみるもんだ」


 そう言うと眼鏡の男が俺に向かって剣を構える。


「悪いがランキングマッチが近いんでね。

 初心者狩りみたいで不本意だが、勝たせて貰うぞ」


 そう言うと眼鏡の男は俺に突撃して来た。

 だが、その動きは若干、スローに見える。

 俺はそれを回避しながら眼鏡の男のこめかみに拳を叩き込んだ。

 叩き込まれた男は数歩、よろめいて後退する。


「くっ!やるな!

 だが、この程度でこのマシュマロをどうこう出来ると思うな!」

「え?マシュマロ?」


 俺は思わず聞き返すとマシュマロと名乗る男が鼻の頭を掻く。


「あー……スマホでやり取りしながらH.E.A.V.E.N.弄ってたら……な?」

「それはなんと言うか、災難だね?」


 俺はそう言うと疲れ切った身体で構える。

 疲弊している分、ステップも踏めない。

 上体だけでこの人の攻撃を避けれるだろうか?


『まあ、お待ちなさい、マシュマロさん』


 ーー身構える俺達に待ったを掛けたのはスズキさんだった。


『クレハさんはトレーニングを終えて疲労困憊している所です。

 そんな相手を叩きのめしてランクを上げてはプライドが傷付くのでは?』

「……ふむ。確かにそうだな」


 意外にもマシュマロさんは聞き分けが良く、すぐに剣をしまってくれた。


 先程まで初心者狩りがどうのランクがどうの言ってたのが嘘みたいだ。

 俺も構えを解き、マシュマロさんを見据える。


「勘違いするな。別に見逃した訳ではない。

 ただ、このH.E.A.V.E.N.のシステムが気に入らないだけだ」


 マシュマロさんはそう言うと眼鏡の縁に手のひらを添えて位置を直す。

 このマシュマロと言う人も何らかの目的があってH.E.A.V.E.N.をやっているのだろうか?


「マシュマロさん」

「なんだ、ルーキー?」

「貴方は何故、このゲームをプレイしているんですか?」


 その言葉にマシュマロさんはニヤリと笑う。


「このゲームを支配するのが目的だ」

「え?」

「このゲームは欲望の渦巻くゲームだ。

 その上に君臨しようとするのは当たり前の事だろう?」


 結局、この人も自分の欲望の為に動いているのか……。

 少しでも見直したのが、馬鹿らしく思う。

 俺は憤りを感じつつも更に問う。


「支配してどうするつもりなんですか?」

「この世界のルールを作る。その為に私が神になる」

「その為に貴方は人を殺す事になってもゲームを続けるんですか?」

「それが強者の務めだ。そして、だからこそ、私がルールを作る」

「……?貴方の言うルールってなんですか?」

「プレイヤーキルをするこのゲームからプレイヤーキルと言う根源を無くし、より良い平穏なゲームにする事だ」

「え?」


 その言葉に俺は目が点になる。

 マシュマロさんはゲームを支配して平穏なルールを作ろうと言うのか……。


「キョトンとした顔をして、どうした?」

「い、いえ、なんでも……その、思っていたよりも全うな理由だったので面食らったと言うか……」

「ゲームのシステムは変えられないだろうが、ユーザー同士のルールを作る事は出来る筈だ。

 その目的の為には敢えて力を奮い、プレイヤーを倒そう」


 そう言うとマシュマロさんは此方に背を向ける。


「次に会う時にはどちらかが倒れる時だ」

「そうならない事を祈ります」


 俺はマシュマロさんにそう呟くとマシュマロさんは訓練所を去って行く。

 そんな彼を見送ってからスズキさんが口を開く。


『彼はマシュマロ。ふざけた名前に似合わず、ランキング10に入る強敵です。

 彼も初心者狩りであった為に本気ではなかったのでしょうが、クレハさんの潜在能力に気付いた筈です。

 次からは本気で来るでしょう』

「……どうしても、戦わなきゃ駄目なんですか?」

『それがこのH.E.A.V.E.N.のルールですから。

 私からは頑張ってとしか言えません』


 スズキさんはそう言うと俺の肩に触れる。


『何はともあれ、現実でも身体を動かしているのですから、お疲れでしょう。

 今日はもう、ログアウトして入浴しながら身体を解す様に念入りにマッサージしましょうね?』

「でも、マシュマロさんと戦わなきゃならないなら、もっと強くならないと……」

『無理は禁物です。拳闘士は現実でも仮想でも身体を使うのがメインです。

 休める時には休みましょう』

「……はい」


 俺は渋々ながらスズキさんに頷くとログアウトした。


 現実に戻ると俺は凄い汗だくになっていた。

 トレーニングの効果は十分感じる。


 俺は自室から出るとスズキさんの助言に従い、風呂に入って念入りにマッサージをする。

 特に足のふくらはぎから内腿に掛けては重点的に揉みほぐし、極力、筋肉痛になる事を防ぐ。


「糀」


 風呂から出て、寝間着に着替えると父さんが声を掛ける。


「あのH.E.A.V.E.N.について、父さんなりに調べて見た。

 なんでも人生を終わらせる程のゲームだそうじゃないか?」


 その言葉に俺はH.E.A.V.E.N.を取り上げられないか、心配する。


「人生を終わらせる程のゲームと言うのがどんな物かは父さんには分からない。

 だが、あの時の様にお前が倒れたりしないかが心配だ」

「うん。心配してくれて、ありがとう、父さん。でも、俺、約束しちゃったから」

「約束?」


 父さんの問いに俺は真剣な表情で頷く。


「同僚をーー友達を助ける為だよ。

 そいつがなんで今もゲームをしているのか解らないけど、助けを欲しているんだ。

 なら、手を貸して上げないと……」


 俺の言葉に父さんは考え込む様に腕を組んで俯く。


「その友達とやらと一人息子。

 親としては息子が大事だ」

「……父さん」

「だが、お前の気持ちも大事だ。

 お前がその友達とやらを助けたら、あのゲームは金輪際、やらないと約束出来るか?」

「うん。約束するよ」


 そう言うと父さんは真っ直ぐに俺を見据えて頷く。


「なら、お前の好きにしなさい。

 約束したからな?」


 その言葉を聞いて、俺は父さんに笑う。

 やっぱり、うちの父さんは自慢の父さんだ。


 ……本当にありがとう。


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