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黒白の巫  作者: ねをんゆう
第2章【大黒女】
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5.異形の怪物

その日の放課後、お昼休みのあの瞬間に彼女が本当に喋ったのかどうかも分からず、結局のところ全くと言っていいほどに進展の無い、ある意味無駄な時間を過ごしてしまった私はトボトボとしながら帰りの道を辿っていた。


もう直ぐ夏ではあるが、日は長いと言うほどでも無く、帰る頃には暗めの夕焼けが世界を照らしていた。


そう大して栄えているわけでも無いのだが、それでも抜群の田舎という訳でもなく、車は生活の必需品であっても不便では無いというレベルのこの田舎町。

その中でもここらで一番大きい電気屋のオーロラビジョンには、つい最近増えてきた不審死、行方不明事件について専門家達が討論をしている場面が映し出されている。


『これは宗教系の巨大テロ組織の仕業だ!』

『しかしそんな組織は現状どこにも無い、仮想敵国の暗躍の可能性も考慮すべきだ』

『そもそも逮捕者は出ているのに何故詳細が分からないのだ!』

『分かりました!これはきっとUMAの仕業です!』

『高田教授は真面目に話してください!』


高田教授の異様なハイテンションに少しクスリとしてしまうが、彼の持論が実は真実に一番近い。

むしろどうして未だにテロだと言い切れる人間がいるのかが私には不思議なくらいだ。本当にそうなのだとしたら、このご時世、様々な手段でとっくに滅ぼされていてもおかしくないだろうに。


そんな事を考えながら人の少なくなった道を歩く。


謎の不審死は日本だけでは無く、世界各地の至る所で起きている。

もちろんこの地域でも、だ。


『夜遅くに出歩かない』

『人気のない場所には近付かない』


これ等が鉄則され、季節にもよるがどの学校も部活は5時まで。小学生は集団下校が義務付けられたし、その時間帯になると警察官を街中でよく見かけるようになった。


すると今度は残業終わりのサラリーマン達が狙われ始めた為、最近では定時退社を義務付ける動きが働いてきている。

怪我の功名というか何というか、むしろこんな出来事でも起きないと改善されないという事実が悲しくもある。


しかし、驚くべきはそんな現象が数年経っても未だにテロリストの仕業という説が1番根強いということだ。


カメラに映らない、という訳では無いのだから普通に考えて真実を知っている人間は多いはずなのだが、ニュースで流れるのは架空のテロリストの情報だけ。

逮捕者は出ても国籍も名前も持っていない人物で、逮捕直後に死亡するという話が常。

逮捕する瞬間が映されても私からすれば彼等が本当にその罪を犯した人間には思えない。

行方不明者も体感よりかなり少なく報道されている気がする。


全ての真実を握り潰せる程の力を持った何かが背後にいるのか、それとも世間を騒がせない為にわざと隠しているのか。


いずれにせよ知っている人間は知っているし、知らない人間もなにか恐ろしい者が裏側に存在していると薄々感じているだろう。


それでもそれを見て見ぬ振りし、常識の範囲内に答えを求めようとする。知らないものを受け入れることが、異常なものを受け入れることが怖いからだろうか。

全ての人間が不安と恐怖を感じながら生活する日々、これは一体いつまで保つのだろう。


「ま、考えたところでどうにもならないか」


真実を知った所でどうしようとも思わない。

それは私のしたい事では無いのだから。


そうしてフラフラと路地裏を練り歩いていればもう時間は20時。大通りに車の通りはあるけれど、歩く人などはもう殆ど見当たらない。

24時間のコンビニも最近では珍しい。

街灯に照らされ孤独感を訴える自販機で冷たいココアを買って、むせる。ココアを飲むと何故か毎回むせてしまうのは飲み方が悪いのだろうか、それでも買ってしまう私も私だけれど。

うん、美味しい。むせるけど。


……一応だが別に遊んでいる訳では無い。

確かに家に帰っても誰も居ないし、食事もこういった終盤の平日は適当なパンを詰め込んで終わりだけれど、本当に暇な訳では無い。

小テストの再試が免除されたからと言って手を抜く訳にもいかないし、宿題までは免除されていないのでやるべき事なら山ほどある。


けれど、やらなければならない。

否、やりたい事がここにあるのだから止める訳にはいかない。


『ぃやぁぁぁ!!!』


飲みかけのココアを無理矢理飲み干して走り出し、むせる、かなりむせる。

いやむせている場合ではない。

今まさに誰かが襲われているのだから。


少しだけ意識を傾ければ、右腕に光が3つ灯った石の輪が真っ黒な煙と共に浮かび上がる。

高揚し、軽くなった身体のままに思いっ切り足を踏み込めば、やはり未だに自分でも信じられないくらいのスピードが出た。


オリンピックなど目ではない。

その気になれば一飛びで屋根にだって飛び移れるし、屋根伝いに飛ぶ事だってできる。今だけは体力が無さ過ぎて体育の成績が2しかない自分の姿はどこにも無い。

初めはこの速さへの恐怖でよく壁に突っ込んだり屋根瓦を蹴飛ばしたりしたものだが、今やもうお手の物だ。稀に足を踏み外して落ちることはあるけれど、それも特に支障は無い。


1、2、3。


よく逃げた人達が追い込まれる行き止まりを探して4つ目、そこに彼女は居た。

真っ暗で普通なら何も見えない様な場所で壁に追い詰められ助けを求める少女と、そこへ忍び寄る異形の姿。

空きカンとなったココアを化け物の背後に投げ捨て、数秒遅れて自分も飛び降りる。


そうして《カンッ》と大きく鳴った空きカンの音に驚き振り返る"ソレ"の後頭部を、飛び降りた勢いを味方にして、渾身の力で道路側へと蹴り飛ばした。


『グギャァァァ!!』


とても汚い悲鳴をあげながら転がっていく化け物。絶対に人間態は男だろう、戦闘にも慣れていない様に思える。だからと言って正面から倒せるかと言われれば微妙な所……こいつ等を相手に確実な勝利というものは無いからだ。能力が分からない以上は油断など、ほんの僅かにも出来はしない。


「まあ、暗がりで女子を襲う様な時点で中身は知れているがな……」


何が起きたか分からず戸惑っている女の子を抱き抱えて路地を出る。別に大通りに出れば確実に安全という訳ではないが、それでも車の通りがある所まで追ってくる奴はなかなか居ない。

特に先程も言ったが、相手はこうして暗がりで女子を襲う様な小心者だ。わざわざ表に出て来てまで追ってくる事はないだろう、直ぐにでも諦めて撤退してくれる筈だ。


「あ、あの……?」


「話は後だ。今から近くの交番に連れてくから、話はそこで聞こう。怪我はないな?」


「だ、大丈夫です」


「そうか、なら良……っ!正気かあいつ!?」


遥か後方でダンッ!と大きな音がした。

振り返れば8本の足に支えられた歪な巨体、真っ赤に光る幾つもの眼。月明かりに照らされたそれは2度3度と身体を大きく揺らした後、恐ろしいスピードでこちらへと跳んで来る。


「お、お姉さん!?」


「落ちない様にしがみ付いてろ!後は私がなんとかする!それと私はお兄さんだ!」


「は、はい!?」


全力で脚を使うがそれでも奴との距離は離れない、どころか縮まってきているのが現実で。見れば糸の様な物を前方へ射出し、それを怪力で引くことで空中で加速している。その動きは少しだけぎこちなく、まだ慣れていなさそうではあるが、まるで某有名映画のヒーローの様だ。というかそれを参考にしているとしか思えない動き。


……ということは。


ビシュッ


奴の口元から放たれた糸玉が直ぐ近くの電柱に当たり、瞬間、蜘蛛の巣の様に広がって粘着した。予想通り、糸を使った長距離攻撃も持っていたようだ。

しかし動きの都合上左右に揺られながらの狙撃を強いられるので、命中率はあまり良くない様に思える。それでも「下手な鉄砲数打ちゃ当たる」とはよく言ったもので、次々と打ち出して来るそれは車や電信柱を盾にしていても避け続けるには限度があるように思えた。人を抱えて走りながら避けるなんて芸当、普段の体力でしていたら確実に転けているだろう。というか50mも走れず息も絶え絶えにぶっ倒れているに違いない。


「お、お兄さん!どうするんですか!?どうするんですか!?」


「別に見捨てたりしないから安心して私に身を任せていろ。ただ絶対に暴れたりはしてくれるなよ?私だって今必死なんだから、っなぁ!」


「ひあぁっ!?」


戸惑っている時間はない、極力彼女に見えない様にして使えば問題はないだろう。

女の子を所謂お姫様抱っこから米俵を担ぐ様な体勢へと移し替え、余った右腕で咄嗟に出現させた鋼剣を振り返る様にして投げ付ける。


ズチュッ


「ギィィァァァッァァ!!」


ブーメランの様な軌道で飛んで行ったソレは、起点となる糸と奴の足を2本ほど容易に引き裂く。

我ながらなかなかのコントロールだ。

ぶっちゃけ半分くらいオートみたいなものだが、それでもまあそこは素直に自分を褒めたいというところ。

弾幕は止み、怪物もまた痛みにもがきながら慣性に導かれて彼方へと吹き飛んでいく。


足を止め、悲鳴をあげながら飛んでいく怪物の足に取り付けられた小さな石の輪を注視してみれば、そこには2つの光が灯っているのを確認できた。


「点灯は、2つか。……だがあれの場合、問題は点灯数よりもその元の方だろうな」


捕食活動に優れた蜘蛛が相手となれば今後も被害は増していくばかりだろう。早めに対処しなければ、点灯数が増えて本当に手がつけられなくなってしまう。


「あ、あの……?」


「ん?ああ、もう大丈夫だ。ただそれでも、君からの話も聞きたいし、念の為に交番まで連れていこうと思う。もう少しその態勢で居て貰ってもいいな?」


「わ、わかりました」


ふと気づく。電灯も何も無い暗闇ではあるが、強化された視覚で確認できた彼女の制服にこの名札。

どこかで見たことがあるどころの話ではなく、彼女はうちの学校の1年生だった。

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