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黒白の巫  作者: ねをんゆう
第2章【大黒女】
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4.ほんの少しの進歩

昼休みになり、お弁当を持ってスタコラといつもの様に旧生徒指導室へ向かう私。


「んっんっ……あ〜私だけど、入ってもいいな?」


そうして部屋に入れば変わらぬ光景、部屋の隅でお弁当を食べている彼女の姿。あんな狭い所でよく器用に食べるものだなと感心する。


ぶっちゃけた話、私はまだ彼女の顔をしっかりと見た事がない。

具体的には鼻から上の部分に関して。


あれだけ前髪が長いと邪魔にならないのかとか色々と思うことはあるが、彼女にとっては邪魔な事より他人に顔を見られたく無いという気持ちの方が強いのだろう。


なるべく音を立てない様に椅子を引き、なるべく離れた所に腰掛ける。

ここ数日の事から彼女に質問できるという事は分かったが、やはりまだ信用まではされていないという事も分かってしまった。

人の信用などそうそう簡単に得られるものでは無い事は重々承知している所ではあるが、やはり今後の事を考えると早めに勝ち取っておきたい物でもある。


ということで今日からはまた作戦を変え、別の方法でアプローチをしていくことにした。

その作戦とはズバリ……『喋り続ける作戦』である。


「んっ、あー……氷雨さんは確かこの学校の事についてまだ良く知らない……よな?

そろそろスポーツ大会や体育大会、それと文化祭とかの準備も始まってくるし、今日はその辺りについて話していこうと思う。私が勝手に1人で喋ってるだけだから、聞いていても聞かなくてもいいからな」


反応は無い、勝手にしろという事だろうか。

しかし彼女が拒否しない限りは喋り続けるつもりだったのでそれはそれで好都合だ、問題は昼休み中ずっと独り言を話すという苦行に私が耐えきれるかどうかだが……


「今は6月だが、あと一月もしたらスポーツ大会というものがある。これは各クラスの生徒を種目別に分けて、学年問わずクラス対抗で一日中やるものだ。種目はバスケから卓球、リレーやソフトボールとかそれこそ沢山。午後になると決勝戦だったりとかでクラス全員が集まって応援したりとかで凄く盛り上がるイベントだ。優勝したチームとクラスには『先生がなんでも言うことを叶える』という商品が貰えるんだが……やはり色々と拒否されて、最終的にショボい物になってしまうのが通例だな。それから夏休みを挟んで体育大会。各団の団長が応援団を募って、夏休み中毎日応援練習をしてる事が有名だ。当日までに応援練習だったり競技練習だったりを繰り返して、うちの学校の応援合戦は動画サイトで有名なくらい大規模な物だから衝撃を受けると思う。その2月ほど後に文化祭……文化発表会……いや、正しくは文化部の発表会か。この学校の文化祭は何故か他の学校と違ってショボい、クラスで催しなんて全くしないからな。文化部の人間がその日までに展示物を用意して、他の生徒はそれ等を一日中見るだけだ。軽音部のライブや野球部の漫才、生徒会の屋台とかもあるんだが、まあどれも大して面白いものでも無い。なんとか盛り上げようと生徒会も頑張るんだが、これも伝統みたいでな。先生方は今の規模のままがいいらしいんだ。本当は私も他校の文化祭みたいにしたいんだが……」


辛い、凄く辛い。

これだけ1人で話し続けるというのは本当にきつい。

しかも全く反応が無い、というか彼女は既に食事を終えて読書を始めている。とても悲しい。

それでも今回の目的は彼女にこの学校の事を教える事では無いのだから、別にこれでも良いのだ。

あくまで今日の目的は『私の声に慣れてもらうこと』、『私の声を覚えてもらう事』。

そうして段々とここから話の内容を変えて行き、最終的に私自身の話にまで辿り着かせる。


『私自身の事を知ってもらう』というのが今作戦の最終目的だ。だから今は別に私がこれだけ必死に話を繋げているのに無視されていても大丈夫、大丈夫なのだ。


正直自分でもかなり回りくどい方法を取っているとは思うが、急がば回れ。

彼女との関係性はゆっくりと慎重に作っていかないといけないと思う。

きっと一度のミスが致命的になるのだろうから。


「まあ、こんな感じでこの学校の一年は進んでいく。これ等のイベントが近付いてくると流石に私も仕事をしなくてはいけないから此処に来れる頻度も減るかもしれない、それに関しては今のうちに謝っておく……ん?」


ぴくっ、と彼女の身体が震えた。

これは完全に想定外の反応だった。

もしかして自分が思っていたよりも彼女の中で私は評価されていたりするのだろうか?


……いや待て、むしろ来なくなる事を喜ばれている可能性は高い、自惚れるな私。

現時点でお前は『なんか来て勝手に喋ってる変な奴』だ、お前はまだ彼女に何もできてないぞ。

調子にのるな優。


「ま、まあ興味は無いかもしれないが、恐らく君も重要行事の開会式等には出ることになるだろうしな。

それと、イベント当日は私も自分の種目と仕事の時以外は君に付きっ切りになってしまうだろうから、それは許して欲しい」


「………ん……」


そんなこんなで昼休み1時間ほどを独り言で潰すという奇行を終えた私は、5限の体育の授業に間に合うようにいつもより早めに部屋を出る事にした。

お弁当の味とかほとんど分からなかったけど、予定だとこの計画は二日程かけて行うのでこれから二日間ずっと喋り続けなければならない。

今日は一言貰えたけど明日からは………




……あれ?





ドアノブに手をかけていた私は突然電池でも切れたかの様にその場で停止する。


何か大切な事を見逃してはいないか?


そうだ、話を切り上げた直後に私は咳払いや言葉を発したりしたか?


いや、していない。


私が咳払いをするのは話をする前だけだ。


それならばあの『ん』という音は何処から流れた?


誰が発した?


気のせいか?


……いや、気のせいじゃない。


だって今でも私はその音を確かに頭の中で再生する事ができるのだから。


勢いよく彼女の方へと振り向く。


彼女は私に背を向けて座っていた。

本を開いて、部屋の隅で、いつも通りに。

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