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黒白の巫  作者: ねをんゆう
第2章【大黒女】
3/25

3.初めての押し売り

白と黒が互いに侵食し合うような奇妙な模様の四辺形の鉄片を手に取って考え込む。


癖というか、これを手に取ると妙に頭がハッキリするというだけなのだが、自分の考えを整理する時には非常に便利だ。

……まあ、どう考えてもプラシーボ効果なのだが。それでもこの一週間で分かった事がいくつかの事をまとめるには十分だった。


1つ、彼女の前で声を出す時は可能な限り小さく、優しく喘ぐ様な咳をした後に「あー」や「んー」と言った感じに繋いでから話さなければならない。

またこの時、彼女との間に机などを挟む位置どりをすべきである。


2つ、一応彼女も私の話を聞いてはいるので、質問に対して首を振る程度の意思疎通は可能である。


3つ、彼女はとても勉強ができる。



最初の1日、先生が教室へ戻った後、彼女に対して私は様々な事を試してみた。

しかしながら彼女は変わらず私の事を肉食獣にでも見えているかの様にビクビク震えるばかりだった。

朝と1限、そして昼休みと放課後まで使っても分かったのは1つ目の事だけ。これだけしてもこの時はまだ声を出そうとする段階でタオルを被ってしまったりする。


次の日、彼女に『まずは2人でいる居る環境に慣れよう』と提案し、2日目から4日目までを目一杯使って2人で静かに読書をすることにした。

特に何かを話す事もなく黙々と読書をし、なるべく空気になる様に努める。

そうすると最初こそこちらを警戒していた彼女も、流石に4日目辺りには私に構う事なく読書ができる様になっていた。

この試みに関しては我ながらよくやったと褒め称えたい。


5日目の放課後、小さく咳をし話をすることを意思表示した私は、今度は彼女に、『今からする質問に首を振って応えて欲しい』と机を挟み床に座りながら、極力優しく穏やかな声と表情で彼女に伝えた。

最初はそれこそ何でもない『暑くないか?』だとか『喉は乾いてないか?』だとか、そんな他愛の無い質問を。最初の数問はやはりジッとしたまま動かず、まだこの段階へ進むのは早かったかと思った。

しかし、恐らく6.7問目だったか、『猫は好き?』という問いに大して彼女がほんの少しだけ首を動かして私の問いに答えてくれた。

その時の私の感情たるや、あまりの嬉しさに机の角に頭をぶつけ5分ほどうずくまり、逆に彼女に心配をかけてしまう羽目になってしまった。


これが彼女と出会って一週間のまとめである。

彼女の為に図書館に通い、ある程度プランを用意して取り組んだものの、結果的に使用したのは『最も症状が重い場合』のもの。


彼女のそれはただの人見知りなんて物ではない。

恐れているのだ、人間を。


彼女にとって他の人間は全てが獰猛な獣に見えている。

これは明らかにイジメが原因では無く、1生徒ではなく専門の医師に任せるべきレベルの問題だ。彼女には明らかに普通ではない何らかの事情がある、そう判断せざるを得なかった。




……まあ、それはそれとして。




「つかれたぁぁぁ……」


1限終了後、10分間のこの休み時間は今の私にとって本当に唯一の休める時間であった。


ただ読書をしている、と言っても何の物音もたててはいけないというのは人間としてあまりにも辛過ぎる。

流石に自分も気を遣い過ぎだとは思うのだが、椅子を引く度にビクビクとする彼女を見ていれば自然とそうせざるを得なくなってしまうのだ。


「優?なにしてるの?」


前の席から声がかかる。

私の前の席に座っているのは、私の数少ない親友である時雨(しぐれ) (あん)

小中高と同じ学校ではあったものの、こうやって話す様になったのは中学生の中頃からだったか。その時には既に茶髪になっていて女子の中でも孤立気味のポジションにいた。


とにかく頻繁に彼氏が入れ替わり、その愚痴を延々と聞かされるだけの関係性……だけではないのだが、ともかく私が心から信頼できると断言できる人間だ。


実際、私は彼女と話すことが嫌いではない。

けれど残念ながら今はそれを聞く余裕すらないというのもまた事実で……


「杏、悪いが今は彼氏の愚痴を聞く元気はないんだ、後にしてくれないか……」


「もう、あんたの心配してるだけで別に誰もそんな事言ってないでしょ。それと彼氏とは昨日別れました」


「またか……」


付き合ったという話を聞いたのが3日前。

今回も一週間ももたなかったか。


しかしこれが最速記録で無いところが彼女の怖い所だ。

最速は3時間。

付き合い始めたその日に『なんか違う』と言って終わったらしい。彼女を見ていると常識という言葉がバカらしくなってくるのがいい所だ。


「全く、これだから男ってのは……優、あんたは男に近付いちゃダメよ?絶対にロクなことにならないから」


「そもそも私は男なんだが?それに例え相手が女性だとしても杏のおかげで恋愛をする気は無いよ。いいからそろそろその男で遊ぶ癖を治さないと貰い手が無くなるぞ」


「遊んでませんー、私はいつも1人の人しか見てませんー」


「それがコロコロ変わるわけか、物は言いようだな」


なるほど、確かにその理論なら男遊びはしていない。しかしながら別れて2日も経たないうちに次の彼氏を作る様な人間を遊んでいると表さないならどう言えば良いのか。


もちろん女子からの評判は最悪で、少しの男子からも敬遠されているのが彼女であり、悪質なイジメに発展していないのは彼女の能力故だ。というかその状態で未だに彼氏を作れるのはもっと不思議である。


「優もそのうち好きな人とかできるのかなぁ……」


「杏も相手に恨まれない程度にしないと本当に誰も引きとってくれなくなるぞ。どうせもう粗方のファーストは捨て終わったんだろう?」


「なに?私の処女でも欲しいの?あげよっか?」


「無いもの強請りはしない」


「あのね、私の様な可愛い女の子の処女が貰えるのは限られた人間だけなの。

皆が平等にファーストが貰えるなんて幻想妄想童貞乙。一握りの人間が食いまくってお零れが普通に来るの、普通にも劣る男は収穫もされないで腐り落ちた物を食べるしか無いの。それが現実、それが事実。女子に話しかける事も出来ないその辺の負け犬どもにはほんとにゴミしか残ってないからね?」


「あのなぁ……」


「ということで、いる?」


「いらない」


彼女の言う事は彼女の言う通りどうしようもなく事実で否定の出来ない現実ではあるけれど、それは誰もが否定したくなる事だ。

ことのつまり周囲からの視線が痛い。

確実にクラス全員から睨まれている、どうして彼女は自分からヘイトを引きに行くのがこんなにも上手いのだろうか。

私がクラスメイトに『あんなのと話すのやめた方がいい』と影で言われているという事も知っているのだろうか。

それでも私は彼女と関わることをやめはしないが。


「……で、優は何があったの?最近は朝は居ないし放課後はまだしも昼までどっか行ってる、生徒会ってそんなに忙しかったっけ?それとも学級委員?」


「いや、うちの生徒会は風紀委員を兼任してるとは言え、創作であるみたいに経費の管理とかは全くやらないからな。行事やイベントでも無い限り忙しい事なんてこと、まずあり得ない」


「じゃあ何してんの?」


「……こう、拾って来た猫を落ち着かせる感覚に似ている」


「……?」


「いや、割と本当にそんな感じだな。

猫は拾って来た直後は警戒して本当に近付いて来ないんだ。で、そんな猫と仲良くなる為には取り敢えず環境に慣れさせてから手を差し伸べる。この時の注意点は自分から近付かないことだな、ただひたすらに相手から近付いてくるのをジッと待ち続ける。とにかくこちらに敵意が無いことを示すのが大事なんだよ」


「よく分かんないけど、学内で猫の世話してるってこと?なにしてんの?」


「先生から頼まれたんだから仕方ないだろう。それにやっと少しずつ受け答えが出来るようになってきたんだ、大変だったんだからな」


「その猫って喋るの?」


「……喋らないな」


終始頭にクエスチョンマークを浮かべていた杏だったが、私は何の嘘も付いていない。

別に隠す事では無いのかもしれないが、1日に3回も1人の女の子に会いに行っているというのはあまり良い話では無いし、あの部屋に他の誰かが訪ねてくると、かなり困る。

南先生にも伝えたが、基本的に彼女の事はある程度会話ができるようになるまでは秘密にする事にしているのだから。

……まあ、多分そのうちバレるだろうけども。


「ま、いいや。今度その猫も見せてね」


そんな事を言って話を切った訳だが、正直彼女を人前に、それも女子生徒の前に出せるのがいつになるのか見当もつかない。

とにかく一歩一歩段階を踏んで行くしか無いのだが、今は2年のはじめ。もし一年以内にどうにもならないと受験に食い込んで来てしまう。自分の為にも彼女の為にもそれだけは何とか避けたい。

これは夏休みも合宿の様に毎日来なければならないかもしれない。

基本的に縛られるのが嫌な私だが、それでも一度引き受けた仕事は最後までやり通す。

……まあ、自分自身も楽しんでいるところもあるのだからそれくらいはやろう。

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