23.大きな一歩……?
その後、何度も助けを試みようとしたが、その度に威嚇の様な唸り声を上げられて断念せざるを得ず、とりあえず彼女に好きなだけ暴れさせてやる事にした。
「うぅ……ぅぅ〜……!!」
なぜ壁と椅子に挟まれただけでこれだけ脱出するのに時間がかかるのか、それだけ冷静さを欠いているのだろうけれど……
けれど、これだけハッキリと聞こえた彼女の声は意外と可愛くて、私よりも大きな体躯を持つ彼女が発していると思うともう少し聞いていたくもなった。
「……ぃ……」
「え?」
耳を澄まして聞いていた彼女の声からまた違った言葉が聞こえた。
ただ踠いていただけの声ではなく、誰かに何かを求める様な……
「……たすけて……くだ、さい……」
「……可愛いな」
思わず口走ってしまった言葉にハッとして振り向くと相変わらず顔を真っ赤にして少しだけ頰を膨らませた彼女が私を睨みつけていた。
どうにも馬鹿にしてしまった様に聞こえてしまったのかもしれない。
「……たすけて……!」
先程より強く発せられたその言葉にはやはり若干の怒りが込められていた。
「い、いや、すまない!今助ける……」
「でもさわらないで……!」
がんっ
まさかの私に触るんじゃねぇ発言は意外と私の心に突き刺さった、普通に涙が出そうだ。
ゆっくりと椅子を外してあげようと手を伸ばすと、本当に触れられるのが嫌な様で、髪で隠れた奥の瞳から凄まじい威圧感を感じる。
声を聞く、というものの代償に何か大切なものを失ってしまった気がするのは気のせいだろうか。いや気のせいではないだろう。
机に引っかかって動かなくなっていた椅子を引っ張り出して、その椅子に巻きついてしまっていた彼女のタオルを外してあげると凄まじい勢いで反対方向の壁へと逃げられてしまう。
タオルを口元に当てて壁を背に丸くなり、そうして私を睨む彼女は以前の彼女とはまた違った意味で近寄り難い。
苦笑いをしながら彼女と離れた椅子に座って持ってきた小説を開く。こういう時は余計なことはしないで少し時間を置いた方がいいのだ、私の心を癒す為にも時間を置いた方がいいのだ。
……それでも意外と心のダメージは大きかったらしく、小説の内容がこれっぽっちも頭に入ってこない。時間をかけて築き上げたものも壊れる時は一瞬なのだ、ジェンガよろしく。
「………ぁ……」
息を吐く様な小声もこの狭く静かな空間ではよく聞こえる。何かを言おうとしてやめた様なそんな声にふと彼女の方を見ると、こちらへ向けていた顔を勢いよく伏せてしまう。
色々あったけれども、こんなにも他人に対して意思表示を見せようとする彼女は初めて見た。
この数日の間に何かがあったのか、彼女の中で思うことでもあったのか……
とりあえず彼女が話しやすい環境を作るのが先決だ、私も嬉しさもあって少々興奮気味だが、とりあえず落ち着いて。
この機会は絶対に逃してたまるものか……!
「……ん?」
小説を閉じて彼女の方へと向き直り、首を傾げて笑顔を作る。
もしかしたら気付かないフリをせず彼女のタイミングを待った方が良かったのではないか、これでは彼女にプレッシャーを与えてしまっているのではないか、様々な不安が私の胸をよぎる。
「………ぁぅ……」
ほら見たことか!
そら見たことか!
完全に対処を間違えた!
今私は大変焦っている。
先日の戦闘で大蜘蛛が大量の糸を吐き出して来た時よりも焦っている!
何とか挽回せねばならない、けれどこの状態から自分がどうすればいいのか全く見当がつかない!!
そうして冷や汗を垂らしながら笑顔のまま停止していた私だったが、同様に戸惑っていた彼女はおもむろに紙とペンを持ち何かを書き始める。
彼女の突然の奇怪な行動に困惑が募る私。
けれど何かを書き終えた彼女が恐る恐るとその紙を私の向かい側の机に起き、小走りで元の場所へと帰還したのを見て、それが恐らく手紙なのだと気がついた。
嬉しさのあまり勢い良く身を乗り出そうとする身体を制止する。
深呼吸をするも吐く息が若干揺れているのは最早感動のあまり泣きそうになっているのか、自分ごとながら若干引くレベルだ。
ゆっくりと腰を上げて音を立てない様にその手紙を手に取ると、彼女がチラチラとこちらへ視線を向けているのが見えた。
ノートの切れ端の様なその紙切れ一枚にこれだけの重みが乗っかっているのだ、手紙というのは凄まじい。
もしこれに「二度と来ないでください」などと書かれていたら私は二度と立ち直れない訳だが、果たして……
『怪我、大丈夫ですか?』
「んっ……!」
あまりの尊さに膝を折って悶絶する。
私が世話をしてる女の子は世界一尊い。
「ぁ……だ、だいじょ……ぶ……?」
そんな私の様子を見て怪我が悪化したと思ったのかアタフタとし始める彼女もまた尊い。
本当にこの数日で何があったのか、もしかしたら休んでいる間ずっと心配をしていてくれたのか、私が訪ねた時に椅子から落下したのは嬉しさと焦りの賜物だったのか、こんな時くらいプラスに考えてもバチは当たらないだろう。
「だ、大丈夫だ。怪我の方ももう問題ないから、心配してくれてありがとう。」
そう言うと彼女は……
「……ん」
とまた顔を背けた。
そうして私は見逃さなかった。
タオルの隙間から彼女の口角が優しく上がっていたのを。