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黒白の巫  作者: ねをんゆう
第3.5章【両事情】
21/25

21.光海優の真実-1



「そういえば杏先輩、どうして杏先輩はまだ高校生なのに一人暮らししてるんですか?」


深夜、いつものように杏先輩の指導に夢中になり過ぎて帰り時を失った私は、杏先輩特製カレーを食べながらそんな質問をした。


「家族が巫に殺されてるから。」


そして全力で地雷を踏み抜いた。


「ぶほっ!!ごほっ、ごほっ!ご、ご、ごめんなさい!!私そんなつもり全くなくて……!」


「ふふ、別にいいわよ。いつかは話すことだったろうし、そのことはもう自分の中で折り合いがついてるから。」


そんな風に私の慌てようを見て口元を押さえて笑う彼女は、本当に何ともないようにコロコロと笑う。少しの悲しさも滲ませないその表現は、彼女が確かにその事実をとうに乗り越えていることを証明していた。


「えっと、もしかして杏先輩も今してる事のきっかけは、優先輩に助けられて〜って感じなんですか?」


「んー、そうね。……でも私の場合はそれどころの話じゃないかもしれないわね。だって私、優には1回どころか4.5回くらい助けられてるから。」


「え……」


「しかも、あの子にそれは凄い迷惑をかけてね。」


なんとも信じられない話だ。

優先輩が助けたというのは想像できるが、杏先輩が助けられるというのはなかなか想像できない。それも何度も、迷惑をかけてだなんて……


「迷惑、ですか?杏先輩が、先輩に……?」


「なによ、私だって最初から何でもできたわけじゃないのよ?私が優に最初に助けて貰った時に一番強く感じたのは、なによりも自分の無力さだったんだから。」


そう言って懐かしそうな顔をする杏先輩は、机の上に立て掛けてある写真を見つめていた。

そこには杏先輩と優先輩、そしてもう1人黒髪の綺麗な女性が写っており、写真の中の優先輩は杏先輩の袖を摘んで後ろに隠れるような格好をしてこちらを覗いていた。今では考えられないような子供染みたそんな姿に違和感を感じたが、同時に可愛すぎて杏先輩を羨ましく思った。


「……私も優先輩が傷だらけで見つかった後、自分の無力さで押し潰されそうになりました。私が今こうしてこれまでの人生の中でも間違いなく1番頑張れてるのは、もう二度とあんな思いをしたくないからだと思います。」


「……そうね。その気持ちが分かるからこそ、私はこうやって貴方に色々教えてるし、こうして受け入れることができてると思う。」


そう言いつつ私のサラダに追加のレタスを押し付けてくる杏先輩。受け入れるどころか押し付けるという、言葉と行動がこれだけ矛盾した行動をできるのは一種の才能だと思った。


「……そういえば、優先輩はどうなんですか?私、優先輩の昔の話とか聞いたことないですけど。」


そんなふと思いついたことを尋ねると、珍しく杏先輩が難しい顔をした。また地雷を踏み抜いたかとも思ったが、どうやらそうでもないらしい。


「……ん〜、正直あの子の過去について私が知ってることは凄く少ないのよね。調べても出てきたのはあの子の家のことくらいだったっけ。あの子もあまり口に出したくないみたいだし、忘れてることもあるみたいだから。」


「そうなんですか?杏先輩が調べても分からないなんて珍しいですね。」


「私も一時期あの子が巫になった経緯が知りたくてね、色々と調べたのだけど全く分からなかったのよ。ここだろうな、って目星は付けれてるんだけど、詳しく知ってる人間もいなくてね。」


そう言って何かのファイルのようなものを引き出しから取り出した杏先輩は1人の人物のプロフィールのようなものを差し出した。


光海(みつみ) 大輝(たいき)、あの子の父親よ。」


「えっ!」


驚いてそのプロフィールを除くと、如何にも厳しい顔つきをした男性の写真があった。

政治家を多く輩出している名家、光海家の本家の出らしい。

家族構成は彼とその妻、そして2人の兄妹。

恐らくこの兄の方が優先輩だと思われる。


「……先輩、この人って今は……」


「亡くなってる。彼どころか優の家族はあの子以外、全員が亡くなってる。あの子が9歳の時に、本家筋のみで行われたパーティー中に起きた大火災でね。」


「それって……」


巫の仕業……


そう言おうとした矢先、杏先輩は再び難しい顔をし始めた。


「そのことについては私もよく分からない。調べた結果、どうやら本当に火事は起きていて、キッチンからの出火だったって情報も確かだったもの。……けど、その後のあの子の経緯を考えると、そこで巫になったとしか考えられないのも事実なのよね。」


「……その、その後の経緯って言うのは?」


「……本家の人間が優しか残っていないことをいいことに、分家の人間達が結託してあの子を放り出して家の全てを乗っ取ったの。

当時のあの子に残されたのは大半をぶん取られた残り少ない両親の保険金だけ。火事の後、意識や記憶があやふやで言葉すら朧げだったあの子は、家も後ろ盾も何もかも奪われて孤児院に押し付けられたそうよ。」


「引き取ってくれる人とかは……」


「居なかった。あの子の見た目と1人だけ生き残ったこととかから、"忌み子"とか呼ばれて避けられていたそうよ。そうでなくとも、あの体質の子を引き取ろうと思うような人間は居なかったんでしょうね。孤児院に入る前に数ヶ月入院してることを考えると、それまでの期間に相当酷い環境に居たのは間違いないわ。」


酷い、と言う言葉しか出てこなかった。

確かに陽の光に当たれない彼を引き取る大変さは分かる。けれど、それでも、家族を亡くした9歳の子供から何もかも奪った挙句に、何の保証もせず孤児院に押し付けるなんて非道にも程がある。

絶対に許せない。


けれどそう思ったのはどうやら私だけでは無かったらしい。


「大丈夫よ。その連中は私が片っ端から1人残らず地獄に送っておいたから。全員多額の借金抱えて、今頃は遠く離れた海洋で漁生活の真っ最中よ。」


思わず感嘆の声が漏れた。

流石は杏先輩である、だから私はこの人に付いていこうと思ったのだ。そんな心情を読み取ったのか少しだけ表情を綻ばせて杏先輩は言葉を続ける。


「ふふ、まあ元からクズみたいな連中だったから。叩けば埃しか出ないような有様だったし、陥れるのは楽だったわ。……問題は、その連中すら優の存在を火事の日まで知らなかったってことね。」


「……それは、どういう?一応本家と分家とは言え、面識はあったんですよね?そうでなくとも先輩の見た目なら良い意味でも悪い意味でも噂になりそうですが……」


「ええ、私もそう思っていたのだけど……光海本家に長男が居るっていう話自体はあったみたいなのよ。ただ、実際に見たことのある人間は本家でも殆ど居ないって話。」


それは、一体どういうことなのだろう。

存在を隠していた……?なぜそんなことを?

いや、理由は考えればいくつもあるが……


「……それと、本家邸の焼け跡から地下室のようなものが見つかってる。比較的状態が良かったから、ベッドや机、トイレや浴室まで完備された子供の部屋だって直ぐに分かったそうよ。それにその部屋の鍵は何故か使用人のポケットに仕舞われていて、しかも……その……虐待的な行為が行われていた痕跡が、あったって。」


「なっ!?」


思わず身を乗り出す。

地下室で過ごしていたというのは彼の体質を思えば納得できる。存在を隠していたというのも妙な噂話がたつのを好まないとか、自分にはよく分からないが名家のプライドみたいなものかと思える。

だが虐待となると話は別だ、それに話を聞く限りだと……


「恐らく、分家の人間達の話す本家の印象から考えても、虐待を行なっていたのは使用人達でしょうね。

それに部屋の鍵という大切なものをただの使用人が持っていたことから考えるに、ご両親は優のことを保護していた訳ではなく、隔離して放置、監禁していたという方が正しいと思う。」


「……その使用人さんが優しい人だったという可能性は……」


「無いでしょうね。鍵を持っていたということは恐らく専属の使用人で、ほとんどの世話を任されていたって考えられる。そんな中で日常的に虐待が行われていたのなら、犯人はこいつしか有り得ない。遺体が身に付けていた装飾品の多さを考えると、養育費の横領なんてことをしていた可能性もあるって私は睨んでるわ。事実、その部屋にあった玩具類は安物ばかりだったそうだしね。」


ギリリッと、無意識に奥歯を噛み締めていた。そんなに噛み締めると歯が傷付くと杏先輩に注意を受けたが、既に自分の意思ではどうすることもできないくらいに私の怒りは達していた。

握り締めていた拳を杏先輩に解かれて、そのまま引き寄せられる。


「ま、今更どうしようもない話よ。怒ったところで悲しんだところで、優の過去は消えないし変わらない。私達に出来ることは優が少しでも幸せに生きられるように導いてあげることだけだもの。」


「……導くと言っても、先輩ならいつのまにか勝手に先に進んでいそうですけどね。」


「……そうでもないわよ。」


「え……?」


思わぬ場所での否定の言葉に顔を上げようとしたら、杏先輩にそのまま抱きしめられてしまった。


「あんたには期待してるから……早く私に追い付いて、追い越しなさい。私のスペアなんかで満足したら絶対に許さないから。」


「私に、できますでしょうか……?」


「私だって元は少し頭が良いだけのクソガキだもの。あんたが本当に優の事を思って努力が出来るのなら、自然とそうなる筈よ。私が言うんだから間違いないわ。」


「……杏先輩がそこまで断言してくれるのなら、なんだか出来そうな気がしてきますね。」


「……私に対するその妄信的な思い込みもそのうちどうにかしないとね。ま、今はいいけれど。」


そう言って私の唇をツンツンと突いた杏先輩は本当に普通の女の子の様な笑みをしていて……この人もまた先輩と同じ様に色々と抱えているのではないかと思わせられてしまった。


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